喧嘩
若干暗い回です。
「超能力者は人間のミュータントじゃが、正確には「超能力者」というミュータントが1種類いるのではない。「○○という能力を使えるミュータント」がいる。だから、同じ超能力者でも性質は全く異なる」
10年近く前の過去の記憶。名も知らない老人は、自身の指先から爆発を起こす。もう顔も忘れたその老人こそ、超能力者としての師匠だった。汚染区域の端にある廃墟で、彼は俺たちに超能力の使い方を教えてくれていた。
「儂の肌を見ろ。爆発による傷はない。「爆発という能力を使えるミュータント」である以上、自傷しないよう耐性がある。超能力者はミュータントとしての身体能力の高さが良く語られるが、実はこちらもかなり特徴的だ」
老人の言葉は事実だった。俺は自身の電流で感電したことはないし、電気配線を誤って触っても何も感じない。老人は頷く俺とタイチ、ナナカを見て満足そうに頷く。
「そして超能力は原則自身の体表で行うことを前提としている。野生の動物を想像すると分かりやすいが、例えば毒液を持つ動物や毒液を発射できる動物はいても、毒物を遠くに出現させる生物はいない」
「じいちゃん、俺、火球を遠くに発射できないぜ?」
「そりゃあそうだ。本来体表に出現させるものを射出させる。難易度は高い」
「どうやったら能力を飛ばせるの?」
タイチに続きナナカが老人に聞く。老人はなにやら「脳から発する特殊虚重物質波の物質への干渉」「射出における減衰と座標指定」などと呟いた後、俺たちにわかりやすいようかみ砕いて話してくれる。
「つまり、儂たちは脳から特殊な波を出している。これが肌や遠くの地点に届くことで、効果を発揮する。お前たちが熟練すれば、この波を遠くまで飛ばすことができるじゃろう」
「そうすれば火球を飛ばせる?」
「ああ、飛ばせるとも」
◇◇◇◇◇
遠い過去の記憶が蘇り、直ぐに目の前の現実に押しつぶされる。それは臓器だった。恐らくは脳。臓器はいくつもの石英管と接続し、電気信号を受け怪しく脈動する。そして、石英の装置に刻印された文字に見覚えがある。44298-TAICHI。そしてその手から迸るのは見覚えのある、制御の甘い炎。時たま消えそうになったり大きくなりすぎるその超能力を、俺はよく知っている。だが、万一の望みにかけて聞かざるを得なかった。
「その刻印は……」
「ああ、メンテナンスする際に材料名が分からないと面倒だからな。っと紹介しておくぜ。Psychic Conduit Pillar、まあ『PCP』なんてアタシたちは呼んでいる。ようは超能力を使えるようにする装置だ。気色悪いカルト共だが、トラック内のあの製造装置は本物だな」
絶望の回答が返ってくる。俺の声に答えることもなく、かつての友は火球を生み出すだけの肉塊となりはて機械的に脈動を繰り返す。あれが、超能力者の末路。そして製造装置という言葉。
つまり超能力を使用可能にする兵器、ではない。「超能力を使用可能にする兵器」の製造装置。それが彼らが守るべきものであり、俺たちが奪取すべきものの本質である。
俺の表情を見て笑みを深めたハンマーメイズは火球を手に飛び掛かる。
「つまらん根暗はとっととくたばりな!」
「返せよ、そいつは俺の!」
怒り任せに俺は一歩踏み込み、スタンバトンによるカウンターを決めようとする。横一文字に振りぬいたスタンバトンは、しかしハンマーメイズの槌によりへし折られる。火球が俺の顔の前面に近づく。俺の左手は既に下がっており、拳を繰り出せる態勢ではない。
火球を飛ばさない理由はシンプル、能力への熟練度が低いからだ。必死に自分の外を対象にしようとしているが、それでも手のひら上が限界なのだ。だが俺は。
「がっ!」
「その能力はお前のものじゃない……!」
火球が迫るより早く、電流がハンマーメイズの腹を捉える。手は接触していない。電流が俺の手から飛び出し、空気中を経由しハンマーメイズに到達したのだ。放電が空気中で発生し、閃光が迸り彼女の体を焼く。
直線対象の能力行使、と俺は呼んでいる。自分の手やその上に能力を発動するのではなく、直線上の空間に対し能力を発動する。超能力者としての熟練無しには決して発動できない、奥義の一つ。『徹し雷』。
俺の上着がはためき、放電の発生した手のひらを隠す。至近距離で発動したことにより、外部はおろかハンマーメイズですら、超能力を行使したと判別は不可能。
電流はハンマーメイズの肩、すなわち『PCP』に命中する。ハンマーメイズ自身が感電すると同時に電流が『PCP』に流れ込み、タイチの肉片が異常な脈動をした後、発光が停止した。内部はのぞき込んでも見えないほどの暗闇に閉ざされ、同時にハンマーメイズの火球が消失する。
「っ何しやがった!!!」
だが腕の勢いは止まらず、衝撃が俺を襲い体が宙を舞う。手のひらの打撃ではあったが、ハイパーリムの剛力から繰り出される一撃は容易に俺をトラックの上から吹き飛ばした。火球の熱が残る手のひらにより頬が焼け、衝撃により脳が揺れる。
蟻正とピンホールたちの叫び声が聞こえた。それを聞きながら、地面に叩きつけられるまでの僅かな時間に、苛立った表情のハンマーメイズに手を向ける。直線対象の能力行使、『徹し雷』。それさえ使えば、この距離でもあいつを戦闘不能にできるかもしれない。奴は感電によるダメージから立ち直れていない。
だが、その瞬間に『PCP』内部の肉塊と、かつてのタイチの顔が思い浮かぶ。超能力者の末路。人権のない、人間未満の存在。差別。何の為に戸籍を買い、学校を卒業したのか。この距離で直線対象の能力行使を行えば、超能力者であることは明白。積み上げた全てが無駄になる。
思考が頭を駆け巡る。一瞬の間にその問いに答えを出すことはできず、地面に体が叩きつけられる方が先であった。衝撃が体を駆け巡り、声にならない悲鳴と共に肺から空気が消えうせ、呼吸困難になる。
俺が落下した直後にブレーキの音が響き渡った。敵のトラックは止まらず、射程圏外まで逃げおおせる姿が視界の外に見える。俺はゆっくりと体を起こした。痛みはあるが、許容範囲。受け身を取ったからダメージは許容範囲内だ。ミュータントとしての生物的な身体能力の高さに救われたのもあるが。
「大丈夫!?」
俺が落下したのを見て、追撃を中断したピンホールが運転席から飛び降り、こちらに駆け寄ってくる。近くに来た彼女は俺が体を起こす様子を見て、胸を撫でおろす。それから全身をじっくり見つめ、「骨折はなさそうだね。打撲と擦り傷くらいじゃないかな」と言った。
治療薬をポケットの中から探し出そうとするピンホールの背後から、すっと影が映る。太陽は徐々に沈み始め、周囲を暗闇が支配しようとする中でもその怒りの表情は鮮明だった。
蟻正はぐいっと顔をよせ、俺の胸元を掴み、義手で無理やり持ち上げる。ピンホールが横から抗議するのを無視し、蟻正は俺を無言で睨みつける。
何か言わなければ。幾つか案が頭の中で浮かんでは消え、結局ダメージの苦痛もあり安直な答えが口をついて出る。
「足を引っ張ってすみませんでした。……っ!!!」
ばしん、という音と共に顔面に拳が叩き込まれる。衝撃で視界がぶれ、口の中に血の味が侵食してくる。鼻血が出てしまったな、と現実逃避気味な感想を抱く俺に、蟻正は叫んだ。
「何故全力を尽くさなかった! 落ちる瞬間、出来ることがあったんじゃないのか! 貴様は正義以前の問題だ、仕事を達成しようとすらしていない! BRIGADEとしてではなく、そもそも働く人間として失格だ!」
◇◇◇
蟻正は怒りを抑えられないのか何度か叫んだ後、一人で車に乗りどこかへ行ってしまった。立ち去る際にうつむきながら、俺を殴った拳を見つめていたのが印象的だった。頬は幸いにも、義手ではない方での打撃であったため、ダメージは少ない。超能力者の再生力があれば、翌日までには全快するだろう。
だが蟻正一人で戦えるはずもない。そもそも、蟻正が俺が落下した瞬間戦闘を辞めた理由がそこだ。ハンマーメイズの実力は本物。俺という近接戦能力無しに挑めば、敗北もしくは中の製造装置ごと破壊するという結末しかないと判断したに違いない。それに、あの速度で進むのであれば、一日程度の遅れは十分追いつける範囲だ。今、無理をする必要はない。
蟻正に置いて行かれた俺は、ピンホールに連れられて夜のスラム街にいた。今いる場所は大きな広場となっており、けばけばしい色をした灯りと共に数多の露店が並んでいる。店主たちの叫び声と酔っ払いたちの騒ぎが辺りを満たし、静けさというものが存在しない。
ベンチの一つに座ってぼーっと腰掛ける。蟻正の言葉は、仕事人として、プロとしては何も間違っていない。最善の選択肢を保有しながら、それを選ばない姿は蟻正にとって最も嫌いなものであったに違いない。
でも同僚に暴力を振るう時点で蟻正も同レベルじゃないか? と思ってしまう自分もいる。一方、あの姿を見る限り、抑えていたのに思わず出てしまった類のものであることは間違いない。
思わず出てしまう、という部分に違和感を感じてしまうところはあるのだが。きっちりかっちりの真面目人間正義厨、そんな男が日常で暴力を振るう癖を持っている。変な話ではある。
「考えることが多いなあ」
蟻正との関係。あの装置とタイチ。『PCP』という装置は、間違いなく超能力者を原料として「加工」を行ったものだ。タイチの能力みたいな粗末なものを使っているあたり、現状は高品質なものを多数生産できている、というわけではなさそうである。
だがあの出力は紛れもない本物。100%の火力で超能力を非能力者が行使できていた。仮に蟻正の言う通り、全力で能力を行使していれば俺が原料になる可能性も。そんな考えを遮るかのように、ぴょんぴょんとピンホールが手を振りながらこちらにやってくる。その手には2つの大きなハンバーガーが握られている。考え事に夢中になっていた俺を見て、心配そうにしながらピンホールは俺の隣に座る。
「ぼーっとしてたら危ないよ、市民の感覚でいると、犯罪に巻き込まれるから」
「いや、俺はスラム生まれなんです」
思わずそう返事をしてしまい、はっと口を閉じる。スラム育ちが市民に上がる方法は、高い金を払い養子縁組を行うか、あるいは戸籍の違法購入である。幸いにも前者だと判断してくれたのか、ピンホールは驚いた表情になる。
「……じゃあ、あたしの真逆なんだ」
「そうなりますね。養子縁組が無ければ、ずっとスラムの中で生きていましたよ」
失言のフォローをしつつ、ピンホールが手渡してきた屋台のハンバーガーを受け取る。パンに合成肉と野菜シート、そして調味料だけという、具材が全て正方形の料理であった。商業的な最安値を突き詰めた姿をしていたが、口に含むとケミカルっぽさや臭みは全くなく、天然もののような風味がする。
「おいしいですね。昔はこの調味料、出回っていなかったと思います」
「うん、ここ最近汚染区域でも栽培できるよう品種改良された奴だから。とはいってもあたしが来た時には既にあったけどね」
「そういえば、ピンホールさんがこっちに来たのは最近でしたね」
ピンホールは口を閉じ、遠くを見つめる。周囲の騒ぎと反比例してここだけが静かな空間であった。ぽつり、とピンホールが語り始める。
「2年前。18の時にさ、超能力が発現しちゃったんだ」
「汚染物質でも食べたんですか?」
「うちの親父を疎んだ人が盛ったみたい。それで運悪く適応しちゃって」
「なるほど……」
超能力者になるには汚染を受け、それに適応する必要がある。方法の一つは汚染区域近くに住み、日ごろから汚染の影響を受けることだ。この方法はじわじわと汚染に体がむしばまれていく分、体の適応が間に合う場合も多い。だから汚染区域の人間は超能力者か、超能力を使えない汚染適応者のみだ。
そしてもう一つがピンホールの言う、汚染物質の過剰摂取である。通常は適応が間に合わず死亡するが、ごく稀に成功してしまう例がある。暗殺者としては入手しやすく、仮に殺せなくても相手を超能力者にできてしまうという一石二鳥。さらに超能力者には機械置換への拒否反応があるから、以前に置換した部位でトラブルが発生しまともな生活を送れなくなる。
「でも超能力者になってしまったなら、過去に機械に置換した部位はどうしたんですか?」
「あーいるね。脊髄部で拒否反応が起きて植物人間になったとか。でもあたしの能力はこれだから、その問題は解決できたかな」
俺の疑問に答えるべく、彼女は服の裾を上げる。ピンホールの柔らかそうな腹部には先ほど戦闘で負ったであろう、銃痕が刻まれている。位置としては肝臓、人体の急所を貫通しているように見える。だがその傷は現在進行形で修復を始めており、じわりという音と共に消えうせようとしていた。
再生能力。比較的保有者の多い能力である。傷の治り方からするに適応度は4、比較的出力の低い超能力であろう。ピンホールは服から手を放し、自分もハンバーガーにかじりつく。スラム育ち特有の、がっつくような動きとは真逆。育ちの良さが伺える所作であった。彼女の話に深く踏み込みすぎる気はなかったのだが、ピンホールは口から出てくる言葉を止められないようであった。
「父は社長だったんだけど、一人娘がミュータント擬きだと分かって、一瞬で社内での立場は弱まるし、あたしは当然放逐。さらにその社内政治の不安が知られた結果株価が一気に下落しちゃって」
「確か元々借金があって、株を手放して補填する予定だったんでしたっけ。それが株価の低下で難しくなったとか」
「そう。今、返済を迫られている借金を返そうとすると、株の過半数を王我コーポに譲る必要が出てくる。株を父とその仲間が多数保有することで立場を維持できているのに、それすら失ったらもう終わり。今の父は、会社がつぶれて破滅するか、経営権を失って放逐され、破滅するかの二択を迫られてる」
ミュータントの遺伝子を持つ男なんて誰も雇いたがらないから、再起も難しいだろうねと彼女は儚く笑う。それはスラムに落ちた自虐も含んでおり、俺は返す言葉もなく食べかけのハンバーガーに目を落とす。
彼女の姿は俺の未来だ。超能力がバレた後の俺。違いは彼女のような親がいない点か。だがそれは救いにもならない。結局同じ。スラムで死と隣り合わせの人生を送る。こめかみにショットガンが突き付けられる恐怖、そして何より材料になるのだけは嫌だった。
まあ現状の、超能力者であることがバレれば終わるという環境もまた碌なものではない。ただ、システムの窮屈さを代償に逃れられるものは多い。
無言の俺を見て、暗い話をしすぎたかとピンホールは心配そうにのぞきこむ。大丈夫だ、とハンバーガーを口に含み、ぶんぶんと首を振る。そのあと、ふと気になったことがあった。
「じゃあ、働いているのは借金を返すために?」
ただの軽口ではない。危険な仕事にはそれ相応の対価がある。上手く立ち回れば、真っ当に稼ぐより遥かに早く、上手く仕事を回すことが可能だ。例えば、危険な兵器を強奪して売却すれば、借金を全て返せるかはさておき、株の過半数を確保する足しにする程度なら可能かもしれない。特に株の価格が下降した状況なら。
今、自分の顔は平静を保てているだろうか。彼女はいつも通りの笑顔を不自然なほど変えずに、はははと否定した。
「ないない、あんな親父のことなんて知ったことか。それにいくらかかると思っているの、現実的じゃないよ」
だがその目は全くと言っていいほど笑っていない。油断ならない。ピンホールが連れている護衛の存在意義が分かった気がした。仮にあの時回収できていたとしても、俺がダウンしていた場合、彼らの銃口はどこを向くかは、言うまでもない。
空気が悪くなる。堂々と裏切る気でいた彼女に意趣返しがしたくて、俺は軽口を叩く。それを聞いてピンホールは嫌な顔をする。
「同じ目を、蟻正さんもしてましたね。正義を語っているときの目です。心にも思っていない」
「いやな名前ださないでよ。とはいっても、まあそうね。あいつほど正義から程遠い男はいないよ」
おや、と思う。彼女は何か知っているような口ぶりであった。喧嘩別れとはいえ、流石にこのままでよいわけではない。蟻正から謝罪が欲しい気持ちと、もう関わりたくないという気持ちが入り交ざっているのが正直な所だ。それに、BRIGADEから配属変更するためには彼の協力が必須だ。
俺一人で任務を実行できるかと言われると否だからな。そんな考えは彼女の次の一言で破壊されることとなる。
「あいつ、元死刑囚よ」
次話は蟻正の回です。今回で暗い回は終わりなのでご安心下さい。