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材料とは

 蟻正は車を走らせる。車内側面のモニターにはピンホールたちの様子が映し出されていた。機械油で少し汚れた、灰色で統一された車内。ピンホールと他数人の男たちは各所に通話をかけているようで、口だけ動かしている様子が見える。だが彼らの表情は硬い。超能力者に対する蟻正の姿勢を提示された今、彼らにとってこの任務への危険度が大幅に上がっていた。



 それは俺も同じだ。仮に超能力者であることがバレた場合、何が起こるのか分からない。



 蟻正は無表情のまま、助手席に座る俺に話しかける。



「任務において最も確認すべきことは周りの状況だ。それを見ずに進めば死あるのみだ」


「例えば勢力図、とかですか」


「そうだ。今回は治安維持部隊が明らかにカルト教団を匿っている。すなわち奴らは元々カルト教団側であるか、もしくは軍事兵器入手のために他者を蹴落とすつもりがある」



 意外にも丁寧な説明に、蟻正の配慮を感じさせる。彼からしてみれば、これは新人の指導なのだ。目がいい、という曖昧な情報以外無い、ただの小僧を見極め、使えるようにするための。



 戦闘時に褒めるだけだったのは、一先ず及第点と判断されたからだ。そういう意味では先ほどの交渉で有効な手立てを思い付かず、蟻正の後ろでじっとしていた自分は確かに落第だ。まあ、BRIGADEを辞めようとしているからには如何なる評価を付けられてもあまり気にならないが。



「今回の登場人物が見えてきただろう。私が知りたかったのは、奴らが残した痕跡。そしてそれは、必ずしも治安維持部隊を押し退ける必要はない」


「ハッキング、ですか」


「ああ、私の特技だ。カメラのログを消していたようだが作業が追い付いていない。無線接続後、セキュリティ解除を行い、内部データを確認した」



 簡単に言うが、滞在していたのは僅か数分。その間に無線へのアクセス、カメラの発見、セキュリティ解除、データ解析まで全てを行なっている。これもまた、裏側の技術だ。真っ当に仕事をしていて身につく技ではない。蟻正という人物がよくわからなくなってきた自分がいた。



 少しの間、沈黙が二人の間を漂う。居心地が悪くなり、どうしようかと考えていたところでピンホールからの救いの手が差し伸べられた。モニター越しにピンホールがこちらに話しかけてくる。



「二人でこそこそ話してるところ申し訳ないんだけれど、足跡追えたよ。現在Eブロック第12層付近を通過したらしいよ」



 現在の場所を確認するとCブロック8層、とモニターには表示されている。すでに2ブロックと4層の間が開いており、かなり遠い。任務開始時点、即ち朝から敵は逃走を開始していることを考えれば当然ではあった。俺は少し焦り、顎をさする。



「追いつくんですか?」


「それが妙に速度が遅いんだ。だから問題ないと思う」



 妙に速度が遅い。その言葉に合点があった様子で何度か蟻正は頷く。背の高いトラックが何故使われたか。理由の一つは体積の大きなものを運ぼうとしたから。もう一つは。



「振動防止機構を搭載していたからですね」



 振動防止機構。サスペンションを大量に載せ、タイヤからの振動を積載物に伝えないようにするためのものだ。その性質上、輸送室の下に機構を搭載する必要があり、自然と車高は高くなってしまう。蟻正は正解だ、と頷く。



「恐らくそうだな、輸送物は相当の精密機器なのだろう。だから速度をあげて、輸送中に破損させるわけにはいかない。加速しろ、最短で強襲するぞ」



 蟻正はアクセルをドン、と強く踏み込む。俺とピンホールは頷き返した。






「改めて確認だ。現在、目標はEブロックから時速40kmで外部への逃走を測っている。兵力は最低5人。治安維持部隊が介入すればさらに増える。一方こちらは我々2人と超能力者1名、改造人間3名だ」


「超能力者をわざわざ分けるって、あたしは使い捨てていいってこと?」


「そのような行為は正義とは程遠い。被害妄想は程々にしろ」


「でた正義。でも蟻正さん、本当にそんなもの、あると思ってるのかな」


「ある。無ければ私が体現するまでだ」


「ふーん」



 時速100kmオーバーで二台の車両がスラムを駆け抜ける。瓦礫を吹き飛ばしながら人気のない道を走るが、その進みの軽快さとは裏腹に地獄のような空気が車内を占めていた。モニター越しにピンホールの部下たちと目が合い、互いに肩をすくめる。3人ともヘルメットを被っており顔は見えないが、呆れた表情なのは想像に難くない。



「お嬢は色々あったんで、正義とかそういう言い方苦手なんですよ」


「ってことはあの二人、犬猿の仲ですか?」


「表面上は取り繕いますが少しでも化けの皮がはがれるとこの通り」



 俺に説明するついでに、二人の話を遮るべく部下の一人が俺に語りかける。お嬢、という表現からするに緑生化学コーポの関係者なのだろうか。わざわざスラム街までついてくるとは、相当忠誠心がある。超能力者が返り咲くことなどない以上、ピンホールの下についても旨味はない。仮にピンホールを見捨てる判断をした時、彼らの銃口は迷わず俺たちを捉えるだろう。



 しかし、さきほどの超能力者への対応もあり、敏感になるのもわかるが雰囲気が急降下しすぎである。蟻正もピンホールも、初対面の時は新人のためにわざわざ雰囲気を明るくしてくれていたのだろう。



 自分の感情を客観的に説明されてしまい、ピンホールは頬を膨らませながら少し恥ずかしそうにする。蟻正は俺の隣でいつも通りの無表情。その中に何を隠しているのかはわからない。ピンホールは部下の一人の名を呼び、俺への説明を遮らせる。



「うっさいよ、アッシュ。もう見えてくるんだから」


「あいあいさー」


「あれだな。ハッキング対策でオフライン化しているな。仕方がない、飛び移るぞ」







 トラックの護衛である装甲車は2台しか存在しない。その理由は、周囲の銃痕が示していた。まあこんな低速で重要な物を運ぼうとしているなら、ワンチャンスを狙って襲うものは後を絶たないだろう。



 それとは別に、単純に準備の問題もあるのだろうが。急に逃げ出すことになり、機密を持ち出せる特殊トラックを手配した以上、金銭的にも時間的にも護衛が間に合わないのも頷ける。それぞれの装甲車には4人ずつ戦闘用ハイパーリムを装備した改造人間が搭乗していた。



 だが最後の一人、それが問題だった。赤い髪の女傭兵。背丈は俺より少し低く、体は比較的小柄だ。頭に付けるヘッドギアからは数多のケーブルが伸びている。全身がハイパーリムに換装されており、金属製の装甲の隙間からは人工筋肉の青い蛍光色が垣間見える。スリムでありながら防弾性能も兼ね備えた装甲服は彼女の体のラインを強調していた。そして背中には複雑な機構を備えた2mほどの槌を背負っている。



 猛禽類を思わせる獰猛な笑みを端正な顔に浮かべながら、女傭兵はトラックの車上で仁王立ちしていた。恐らく近接戦特化型の改造人間。その装備の良さから、間違いなくどこかの社の支援を受けている存在だ。例えば、治安維持部隊を統括する王我コーポ。



「左の装甲車は私が、右はピンホールたちが相手をする。雪城、お前はあの女傭兵を相手しろ」


「……期待しないでくださいよ?」


「新人にそこまで期待はしない。できる限りのことをすれば、それでよい。ここで失敗しても策はある。失敗が許されない奴がいるとすれば私とピンホールたちだ」


『あいあい、しっかり相手しますよーだ』



 敵集団と、蟻正の車が近づく。同時にピンホールたちが窓から顔を出し、アサルトライフルを掃射し始めた。激しい連射音が鳴り響き、弾丸が敵の傭兵に降り注ぐ。装甲板に火花が散り凹みが数多生まれる。敵の傭兵たちはひるみながらもこちらに弾丸を打ち返してきた。



「窓だ、窓を狙え!」


「ロケットランチャーを叩き込め!」



 車のタイヤが瓦礫を粉砕し、銃弾が飛び交う。その中心で女傭兵は笑みを浮かべながら不敵に笑い続けていた。だがその表情が少し曇る。俺の隣でパン、と乾いた音がしていた。隣を見ると身長ほどの長大な銃身を備えたスナイパーライフルを蟻正が構えている。銃口からは火薬の煙がいまだに噴出しており、銃口の向こうにいた傭兵はずるりと崩れ落ちる。



 通常このような場合は弾丸をばらまき、運よく当たるのを祈るのが普通だ。それは流れ弾で車が破壊できる、威嚇となり相手からの反撃を抑止できる、などのメリットもある。だが一番の理由はそもそも狙っても当たらないからだ。



 いくらAIによる自動照準補助機構があるとはいえ、こんな振動の中で正確に弾を当てることができるわけではない。ましてや前世紀と異なり、ハイパーリムの発達に比例するかのように銃弾の威力と反動は高まっている。



 にもかかわらず、一撃で命中。技術の高さをうかがわせる一撃である。一人で装甲車一台を担当するという言葉は嘘ではなかった。



 敵側に広がる動揺と共に車間が縮まる。右側の装甲車に乗る傭兵が構えたそれを見て、俺は声を荒げた。



「ロケットランチャー!」



 弾をばらまくだけのピンホールたちと比べるとこちらの方が脅威だと判断したのだろう。傭兵の手には鈍い灰色の筒が握られており、冷たい眼差しと共に引き金が引かれる。一瞬の静寂の後、火薬が炸裂する轟音と共に弾頭が発射された。



「わかっている!」



 蟻正が叫ぶ。彼の首から伸びるコードは車のレバー近くの端子につながっている。コードを介して入力された命令は車を急旋回させ、瓦礫まみれの横道に突入させた。がりがりと車体が路地裏の壁を削りながら前進し、近くにいた数人の住人が慌てて飛びのく。



 背後から爆音が鳴り響き、それと同時に車が再び曲がり。一気に加速する。体がぐいと引っ張られる感覚と共に路地を抜け、一気に車は装甲車の隣に飛び出した。



「行け、新人!」


「了解です!」



 高速で走る車の扉を開け、勢いよく跳躍する。装甲車の上に軽々と飛び乗った俺に銃口が移るが、それを蟻正が許さない。傭兵たちの腕に穴が開き、その隙をついて再度跳躍する。



 だん、と力強くトラックに飛び乗ってきた俺に攻撃をせず、女傭兵は興味深そうに俺を見る。周囲は銃弾が飛び交う中、トラックの上では俺たち二人だけが静かに見つめあっていた。緊張が走る中、女は笑みを絶やさず話しかけてくる。



「アタシは、戦いの前には会話がしたいんだ。だって戦いの質が変わる。よくわからないナニカを踏みにじるのと人間を踏みにじるのでは、得られる快感が違うからね。というわけで、君の名前は?」



 会話に応じる必要性を感じなかった俺は、強化外骨格に能力で電流を発生させる。体が勢いよく加速し、向かい風を振り払い距離を0に詰めた。



 だが。俺が踏み込むと同時に槌が振り回され、頭蓋骨を粉砕しようとする。戦闘用のハイパーリムによる腕力と神経強化による反応速度向上。能力者であるが故の拒否反応により、俺が一生できないであろう数多の身体改造は、彼女を凶悪な戦士に仕立て上げていた。



 すかさず体を後ろにそらし、槌の攻撃を回避する。同時に引き抜いたスタンバトンを狙いを定めず振り回すが空を切る。女傭兵は一歩下がり、槌をくるくると回した。



「アタシからするべきだったね。名前は『ハンマーメイズ』。所属は言えないが、まあ色々動いている。趣味は戦闘と会話。嫌いなものは静かな時間。徳川ネオインダストリーのECRは99位、っと。危ないじゃねえか」



 腰から引き抜いた短刀を投擲するが、軽々と槌に撃墜される。アサルトライフルでも持ってこればよかったか、とも思うが脊髄置換していない俺ではまともに当てることも難しいだろう。一方で、相手はただの改造人間だ。能力を何度か当てれば落とすことができる。



 問題は能力の発動手順。能力は基本、体表でしか発動できない。例えば手を起点とし、その周辺で電流を発生させることはできても、遠隔地点に電流を発生させることは極めて難しい。仮に遠距離攻撃を行えば異常な放電現象が衆目の目に晒される。超能力者とばれてしまえば、その結果は察しがつく。



 故に接近し、一撃を当てる。改造したスタンバトンは取っ手が電極になっており、『崩し雷』による電流を流すことが可能だ。だが、それをするには余りに相手との差が大きい。



 再び槌が振り回される。襲い来る金属の暴虐をほとんど直感だけで交わし、トラックのふちギリギリまで後退する。その槌は加速機構がついており、振り回すと同時に圧縮空気が解放され初速を限界まで加速するというものだ。スタンバトンを振り回す暇すら与えられないのが正直な現状であった。



「ECR2桁台、か」



 ECR。 Elite Combat Ratingと呼ばれるそれは、文字通り戦闘力ランキングのようなものである。一般には非公開であるECRには、傭兵等の戦士を格付けしランキング化していた。上位に行けば行くほど化け物度合いが上がっていく。



 そして目の前の女は2桁台と名乗った。嘘の様子はない。噂に聞く話だと3桁台でも年収4桁のエリート、護衛から傭兵、暗殺まで依頼は絶えない。特に大戦の影響で企業間のミサイルの打ち合いなど、大規模な戦闘が減った今、小規模戦闘の熟練者は過去最高に重宝されている。ハイパーリムによる超人化はその傾向をさらに後押ししていた。



「怯えているのか? 降参だけは勘弁してほしぜ、あまりにもつまらない。動きはいいんだし、もう少しいろいろやってみてくれよ」



 ハンマーメイズは笑い声をあげる。周囲の状況を耳で聴きとるが、状況は改善していない。少し銃声は減ったが二台の敵装甲車は健在であり、援護は難しい。



 敵は遥か格上の改造人間。援護は無し。目的は兵器の奪取。状況は手詰まりである、絶対に新人にやらせる仕事ではない。



 どうしたものか、と悩む。蟻正たちが装甲車を破壊することに賭け、ひとまずは回避に専念すべきか。そんな思いは彼女の腰から飛び出したものに粉微塵にされる。



 それは六角形の柱状をした、半透明の装置だった。手のひら程度のサイズをした装置に彼女は首元から伸びるケーブルを接続する。すると内部は怪しく発光し、内部が明らかになる。



 臓器だった。恐らくは切り刻まれた脳。それがいくつもの石英管と接続し、電気信号を受け怪しく脈動する。そして、石英の装置に刻印された文字に見覚えがある。44298-TAICHI。そしてその手から迸るのは見覚えのある、制御の甘い炎。時たま消えそうになったり大きくなりすぎるその超能力を、その名前を、俺はよく知っている。



 遠い昔の、汚染区域での記憶が鮮明に蘇る。そうだ、あの地獄の中に確かにいた。赤髪で、槌をもった改造人間。つまり。あの装置の材料は。



「タイチ……?」

『ECR』

戦闘力ランキング。1桁台になると、ミサイルを切断することも可能と噂される。理論上、金銭を積めばハイパーリムを無限に強化できるようになったが故の、個人戦力のインフレーションの末路である。現状、地対空迎撃武装の進歩が激しい現状では、身一つで圧倒的な暴力を振るう彼らの存在は極めて強力である。因みに蟻正は870位(違法ハッキング抜きの、純粋な銃撃戦能力のみの順位)。


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