最悪の顔合わせ
車で連れられて1時間ほどが経過した。迷路の如く増築に増築を重ねた道路を抜け、俺達は一つのビルの前に到着した。車は自動運転で地下の車庫に仕舞われ、見えなくなる。
自治区の端。汚染区域もかなり近い場所だ。だが自治区内という事もあり、辺りにはいつも通り無数のビルが無機質にそびえたつ。道路は狭く、スーツを着た人々と私服の、裏の空気を漂わせる人が入ひっきりなしに行き来する。雑然とした看板や広告が至る所に張り巡らせてあり、無意味に自己主張を続けているのが妙に目障りだった。
「入るぞ」
金髪の男はすたすたと迷いなく一つのビルに入る。そのビルの見た目は一見周囲にある者と大差はない。強いて言えば高層建築が基本の時代に、4階までしかないというのは少し珍しい。というのも中心地は土地代が極めて高い。建物の建築費の方が安いから、兎に角狭い空間に人を詰め込もうとするのだ。
仮に使わないのだとしても、兎に角高層ビルを建てて、空いた部屋を他の人間に貸せば儲かるはずだ。その疑問を解決する答えが壁にはうっすら残っていた。
硬い何かで削ったような跡。すなわち銃弾の痕だ。それらは上から埋められており、一見分からないようになっている。俺がじっと視線を向けたのを見て金髪の男は無表情のまま呟いた。
「目は確か、か。流石は隊長殿」
そう言い男は義手を扉の前にかざす。ガラスの扉が直ぐに開き、その後ろにあった分厚い金属扉が続いて開いていく。カツカツと進んでいく男の後ろを恐る恐る歩いていると、ようやく見覚えのある顔が映る。
「いらっしゃいませ、セツナ殿」
「おはようなのじゃ~」
1人は言うまでも無く例の変質者。室内でも変わりなく革靴と靴下、ネクタイにパンツだけという変態そのものの格好をしている。職場でこの格好は意味がわからない。この組織には服飾規定という概念が存在しないのだろうか。
イチロウと名乗る半裸野郎はレトロなティーカップに紅茶を入れ、優雅に椅子でくつろいでいる。茶葉のフィルムを見るに合成茶葉ではないらしく、やはりこの男は身体置換をしていないようだった。仮にしているのであれば、天然もの特有の匂いが受け付けない可能性が高い。
一方でソファーに体を沈め、腕だけを伸ばし机のポテトチップスを摘み取っている女がいた。無気力に口に運びバリバリと貪る姿は限界サラリーマンそのものだ。机の横に浮かぶホログラムには無数の通知が並んでおり、空音の仕事量を物語る。
「ど、どうも」
どう反応したらよいか分からず、少し口ごもりながら返事をする。そもそも俺は昨日「辞めさせてください」といきなり言い出した、彼らからすると不都合極まりない新入社員だ。任務を一つクリアすれば辞めさせてくれるとのことだが、その難易度は察することが容易。仲良くすることができるかと言われるとかなり怪しいだろう。
だがそんな俺の懸念を蹴飛ばすかのように、空音はへらりと笑う。彼女の表情には威厳と底知れない闇がある……ように見えるが、完全に気のせいだ。彼女は俺の目をじっと見つめ、そのあと口を開いた。
「大丈夫大丈夫、セツナ君の本質はこっち側じゃ。さて、まずは仲間を紹介しようかの。妾とイチロウは紹介したな。となると次は蟻正じゃな」
そう言うと蟻正と呼ばれた男は背筋を伸ばし、俺の方に向き直る。高い背丈で俺を見下ろしながら、彼は尊大に言った。
「自己紹介がまだだったな。蟻正ケイと言う。ハッキングによる後方支援及び調査、狙撃を担当している。好きなものは正しいこと、嫌いなものは不揃いなものと連載の打ち切りだ。よろしく頼む」
そういって彼は空音の隣に立つ。その動きに釣られて、改めて室内全体を見渡す。
BRIGADEは本社直属という上位の立場であるからには豪奢だというイメージがあった。しかしこの場所はイメージと少し異なるものだった。むき出しの配管は水や電気だけでなく、高圧ガスや液体窒素までもを運んでいる。高い天井にぶつかっているのではないかと心配するほど背の高い装置が立ち並び、壁を埋め尽くしていた。
室内は円形をしており、窓はない。外から見えるのはあくまで偽物。どこまでも実用性と戦闘を前提とした建物である。
空音は蟻正の言葉にうんうんと笑顔で頷く。だが蟻正はポテトチップスを横から奪い取り、彼女の手の届かない所に置く。そしてホログラムを移動させ、空音の目の前に置き、無言で彼女を睨む。
空音はびくりと体を震わせ、「ま、まだあと一人紹介する者がおるからその後で良いじゃろ?」と上目遣いに問いかける。
「いえ、そもそも寝転びながら新人へ対応すべきではありません。新たな仲間なのですから、きちんとしてください」
「うう……ぐうの音も出ないのじゃ……」
じゃああの高圧的なメッセージの書き方もやめてよ、と内心で思うけど届かない。空音はよろよろと立ち上がり、部屋の奥に向かってぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振った。すると向こうから、大柄な男が現れる。その姿を見て全身が震え上がるような感覚を覚えた。
全身を白いハイパーリムで換装した男だ。見たことも無い型式の義肢は素人目でも軍用かそれ以上の高度なテクノロジーが詰め込まれているとわかる。腰に下げた2本の銃剣は鋭利に尖っており、重厚な装甲ですらバターの如く切断するであろう。金属製の顎を動かしながら男は語る。
「初めましテ。上級個体と言ウ」
その一挙手一投足が、彼を強者であると分からせる。仮に俺が超能力を全開で使っても、逃げる事すら怪しいだろう。冷や汗をかく俺に、上級個体はとんでもない爆弾を投下した。
「調理担当をしていル。弁当が必要なら前日までに連絡を頼ム」
「その見た目で!?」
「チェーン店、焼肉屋「上級」もよろしク!」
今日一番の衝撃だった。上級個体と名乗る改造人間は「上級」とロゴの入ったエプロンを付け、謎の踊りを始める。あーその踊り、焼肉屋のCMで見たことある。あんたの関係者だったのか……。
周囲を見る。勘違い女の空音。変質者のイチロウ。正義漢(轢き逃げ)の蟻正。調理人(自称)の上級個体。
……酷い。もっとまともな隊員はいないのか。最悪の部隊すぎるじゃあないか、という当然の感想と、それに反する直感が俺を襲う。
こいつらは強い。名前負けしない化け物揃いだ、と。あの噂話も誇張1つない、ただの事実なのだ。
頭が痛い、何なんだよこいつら……。そう思う俺を他所に空音が立ち上がる。
「というわけで、彼が新人の雪城セツナじゃ。とりあえず1任務こなしてもらい、その中で色々見てもらおうと考えておる。最初の任務はこれじゃ!」
そう言って空音はホログラムを開く。ああロクなもんじゃなさそうだな、という俺の予想は容易に当たった。
「第一種指定犯罪組織、カルト教団『エデンの子供達』が軍事兵器を開発していたことが確認された。只今より蟻塚と雪城は軍事兵器の確保に向かうのじゃ」
「兵器以外は?」
「生死問わぬ。そして兵器の内容であるが」
空音の最後の一言で脳天を貫かれるような衝撃を覚える。ただ平穏に生きるためだけではない。これは俺に根差す、もっと深い問題の為に、挑まなければならない任務であった。
「超能力を使えるようになる兵器、じゃ」
恐らく俺は、その材料を知っている。
『イチロウ』
変質者。まさかの師匠ポジ。
実戦、戦術、ハッキング等ありとあらゆる分野の技術を収める、見た目以外に欠点がない男。
BRIGADEの立役者であり空音の胃痛の原因。