エピローグ
大幅にタイトルを変更しました。
直線対象の超能力行使。噂の完成品か、とハンマーメイズの『PCP』を睨む。腕が痛むが、強化外骨格の破損により衝撃はかなり吸収された。それは言い換えると、肉壁が消失したということである。部屋の隅には吹き飛ばされた強化外骨格とうめき声をあげる社長達。生きてはいるが複雑骨折による長期入院は免れないだろう。
周囲には、エレベーターの残骸である金属製の大きな瓦礫が散らばっている。先ほどまでエレベーターがあった場所、俺の前方20メートルの所にハンマーメイズは仁王立ちしていた。彼女の背後には俺の目当てである水槽と装置が格納されている。
強化外骨格の残骸を体から取り外し、拳を構える。俺の武装はいつも使っている部分式強化外骨格とスタンバトンのみ。対するハンマーメイズは、体に装着するハイパーリムを黒染めにしている。恐らく電撃対策が施された新品だ。彼女は槌を振り回しながら獰猛に笑う。
「絶対来ると思ったぜ、超能力者。滅茶苦茶なことやりやがって、ふざけた奴だ。やはり動機は復讐か!?」
「こんな時でもお喋りかよ、傭兵!」
ハンマーメイズの姿が消える。前回の最後に見せた、あの超加速。ハンマーメイズ本来の、99位の戦闘能力だ。速度とパワーで全てを押し潰す破壊者。目で追えない速度の攻撃への対処は決まっている。直線対象の更に上、範囲対象の能力行使。『鳴雷』。
俺の手から、前方全てを埋め尽くすかの如く雷が放たれる。轟音と共に周辺にあった装置もいくつか破壊されるが、その中を影が突っ切ってくる。
そして『鳴雷』の目的は、雷撃ではない。雷を生み出すミュータントとしての知覚力により、雷を駆け抜ける存在を暴き出すこと。肌に走る熱を感じて、俺は咄嗟に右前方の金属床に体を投げだす。瞬間、服とその下の皮膚を引きちぎる勢いで、先ほどまで俺がいた空間に槌が叩き込まれた。
「あっぶねぇ!」
「避けるじゃねえか、それがミュータントとしての特性か? その割には必死。ハイパーリムで体を強化することもできない、今のアタシの下位互換だな!」
回避した俺に向かってハンマーメイズは手を向ける。発動するのは直線対象の能力行使。見覚えのある、汚染区域の老人が放つ爆破。
イチロウから学んだ方法で超能力を相殺する。同一物質への多重干渉によるエラー。イチロウによる特訓は厳しいものだったが、その分役に立っている。
相殺と同時に今度は俺が先手を取る。範囲対象の能力行使、『鳴雷』。部屋全体に雷鳴が轟き、熱が辺りを駆け巡った。赤熱する地面を蹴飛ばし、ハンマーメイズが接近してくる。だが槌の速度は先ほどと比べると幾分遅い。床に落ちた装置の破片を蹴飛ばし、俺と槌の間を挟んだ。粉微塵に弾け飛ぶ破片と火花で、視界がくらむ。
床に散らばる大きな破片を掴み、電流を回す。電磁力が発生し、破片は巨大な電磁石に変化すした。そしてハイパーリムには、金属が多分に含まれている。
「電流だけだと思ってんじゃねえ!」
『磁砕き』。ハンマーメイズと瓦礫の間に発生した引力は、俺の身体能力を遥かに超える加速を生み出す。回避しようとしていたハンマーメイズは、体が動かない。磁力はハンマーメイズ自身すらも瓦礫に向かって引きずり込む。だが、あろうことか彼女は逆に瓦礫に向かって突撃する。
「な、めんなぁぁ!!!」
「ぐっっ」
自爆覚悟のカウンター。瓦礫に衝突しながら放たれた蹴りは、俺の腹に突き刺さる。体が地面をバウンドし、衝撃が全身を走り抜ける。だがこのままだと殺される。俺は痛みを堪えて無理やり姿勢を整えた。体を少し動かす度に肋骨に激痛が走る。恐らく肋骨が折れた。姿勢を低く構えながら息を整えていると、部屋の端に吹き飛ばされたハンマーメイズがよろり、と立ち上がる姿が見える。
左腕は半壊し内部の人工筋肉とケーブルがむき出しになっている。だが右腕と両足は健在のようで、笑みを更に深めながらこちらに近づいてくる。彼女は足元にある瓦礫を次々と蹴飛ばしながら、性懲りもなく口を開いた。
「なあお前、何がしたいんだよ。復讐というには殺意が低いし、王我コーポへの恨みも、ここまでする理由じゃないだろう?」
「何も話してないぞ」
「動きでわかるんだよ。感情で体が動いていない。多種多様な技は見せてくれるが、その煌きに隠れて本質が見えない。何故だ? 何を欲している?」
瓦礫を蹴飛ばす。ハイパーリムで身体を強化した彼女にとっては簡単にできる行為であるが、俺にとっては極めて脅威だった。というのも、今俺は遠距離攻撃が非常に効きにくい状況にある。一方で、ハンマーメイズ相手に近接戦で勝利するのは至難の業だ。先ほどのように不意を突かない限り、あっさりと敗北してしまうだろう。そして不意を突くための道具は、既に取り払われた。
俺の方から突撃することもできず、会話への返答を考える。何をしたいか。するべきことではなく、したいこと。
装置を壊す。王我コーポに仕返しをする。緑生化学コーポをどうにかする。やりたいこと、ではあるが確かに本質的ではない。それはどちらかといえばマイナスをゼロにする行動であり、何かを欲する動きとは若干趣が異なる。
「何なんだろうな」
「は?」
「恐怖で目を眩ませて、自分の欲望はおろか鬱憤まで見ないようにしていた。空音隊長は目が良いなんて言っていたけれど、買い被りだ。閉じられた目の視力がいくら良くても、何も見えていないことには変わりがない」
出火が止まらず、焦げ臭い空気が充満する中で、初めてハンマーメイズは顔を歪めた。浮かぶのは怒り。そうだ、彼女は相手を知って、その思いを暴力でねじ伏せたいんだった。言い換えるとハンマーメイズは、戦いにおける意思というものを重要視している。だから、この一言は彼女の怒りを引き起こす。
「自分が何をしたいのか。それを見るために、戦う」
「そんな思いで、お前はアタシを一度倒したのか。ふざけるな!」
再度ハンマーメイズが正面から突撃してくる。雷撃が効かない以上、彼女には回避をする理由が無い。『磁砕き』を使われるのであれば、カウンターを狙うべく攻撃ルートを制限したいのだ。
一方の俺には、『磁砕き』以外の選択肢は無い。骨が折れたため、先ほどのような回避は不可能。ならばカウンターを覚悟し、攻撃を叩き込むしかない。
足元にあるエレベーターの破片を拾い、電流を回す。そしてハンマーメイズに叩き込もうとしたその時。視界が影に覆われる。足元が衝撃で揺れ、目の前に現れた重量物に電磁石となった瓦礫が引きつけられる。ハンマーメイズ本人に気を取られ、俺はそれを見落としていた。
「金属床だぜ、ここは」
ハンマーメイズはその槌で、俺ではなく床を殴りつけ、一番大きな破片を蹴り飛ばしていた。しまった、と思う間もなく、視界の左端にハンマーメイズの姿が映る。咄嗟に腕を上げて体を縮めるも、その上を圧倒的な暴力が駆け抜ける。今度こそ命中した槌は俺の腕を滅茶苦茶にへし折り、体を何度もバウンドさせた。
口から血が溢れ、視界が揺らぐ。冷たい床の感触が、未だ自分に生命の熱が灯っていることを知らせていた。折れた腕で体を起こし、激痛に身を捩りながら、なんとか近くの柱の裏に隠れる。
「がっ……!」
声にならない絶叫を上げる俺に、ハンマーメイズは追撃をかけない。もはや勝負が決したと判断したのだろう。金属床をハイパーリムが規則正しく叩く音が聞こえてくる。
「曖昧な意思で戦場に来るからそうなるんだぞ、BRIGADE。方針は変わっていない。お前を拘束し、無理やり外まで逃げ切る。幾つか壊れたが、まあ多少待遇が悪くなる程度で済むだろうさ」
ハンマーメイズの嘲る声が聞こえる。彼女としては実に愉快なのだろう。大した意思もなく、しかし自分を苦しめた邪魔者が無様に敗北したのだから。槌が引きずられる音と、装甲飛行船からの異音。あまりもの喧しさが、痛みと合わさって思考を歪める。
「無駄なことはするな。おとなしく降参し、無様を晒すんだな」
ハンマーメイズはわざわざゆっくりと時間をかけて、こちらに向かって歩み寄ってくる。ああ、本当に無駄なことをしてきた。様々な物から目を逸らしてきた。向き合う必要がある。覆い隠すベールをこじ開けて、その先を。更に向こうを、見るために今ここにいる。だから俺はそれを行った。
痛みに耐えて俺は柱の陰から出る。その姿を見たハンマーメイズは、今が戦闘中だということも忘れて、ぽかんと口をあけた。
「……全裸?」
部分強化外骨格も、服も。全てを脱ぎ捨てた、生まれたままの姿になっていた。腕からは未だに出血しており、変な方向に曲がっている。確かにそうだ。戦闘中にするべきことではない。しかし、俺は脱ぎ捨てる必要があった。ベールを剥がし、勝つために模索する必要があるのを、俺はまだ理解できていなかった。だから今から始めるのだ。
「『おパンツの中にこそ、おち〇ぽはある』だってさ」
脱ぎ捨ててようやく理解する。アドレナリン全開である全裸の体は、雷を操るミュータントとしての力を最大限に発揮していた。ああ、だから服を脱ぐ必要があったのだ。パンツ一丁なんていう、変質者の見た目に囚われて、その本質を何も理解していなかった。
周囲の電場と磁場から、誰がどこにいるのか。何がどう動いているのかが明確にわかる。そうか、これがイチロウの強さの秘訣、その一つなのだ。超能力者としての力を最大限に引き出す術。あの技を発動するための必須事項。
戦場で全裸になるやつなんていない。だから、無理にでもやらなければわからない。目を背けるのはやめた。全てを試して、勝つのだ。
意識を集中する。対象はハンマーメイズの体内。電撃が俺から走るのではない。彼女を、まるで自身の体表かの如く認識することで発動する奥義。体内より発生する、防御不可の一撃。一度たりとも成功させたことはない。だが、今なら成功する気がしたのだ。
ハンマーメイズは意図を掴めず、しかし反撃はさせないと言わんばかりに前に走り出す。それよりワンテンポ早く、彼女の体内から電撃が溢れ出す。ハイパーリムのコーティング程度では対応不能な、物理的にありえない、魔法の如き一撃。名前はまだついていない。
存在対象の能力行使、と呼ばれている。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
雷に焼かれ、ハンマーメイズは身を捩じる。だが許容範囲を超えた電流に、彼女は遂に倒れこんだ。ピクリとも動かないハンマーメイズを背に、装置と水槽に向き合う。彼らは俺の知っている人ではない。その肉片だ。
「今度こそ、さようなら」
雷が倉庫の中を走る。これで鎧装連合との交渉材料も無くなった。ため息を吐き、蟻正にメッセージを送った後、壁にもたれかかる。激動の一か月が終わろうとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「退院おめでとうなのじゃ!!!」
「ありがとうございます、空音隊長」
あれから一週間。再び病院に舞い戻り治療を受け、再び業務に復帰していた。今回は腕の骨が折れただけなので、案外素早く終わったのは幸いと言えるだろう。周囲を見渡すと、蟻正もイチロウもいない。ただし、代わりに画面に向かって悪い笑顔を浮かべるピンホールの姿があった。
『……ということで今期の業績は十分なものになったかと』
「でもハイパーリム事業の一部はまずいことになっていると思いますけどね。ね、どうなんですか? 人に汚染物質を盛ったと噂されている、ライ部長殿?」
『ひ、ひぃ!』
王我コーポは結局どうすることもできず、徳川ネオインダストリーの航空部隊により捕縛された。当然この亡命を察知し、止めたBRIGADEには多額の報酬が渡される。そのうち一部を、元々王我コーポが保有していた緑生化学コーポの社債にしてもらったのだ。
そして管理者を、内部を最も知っているピンホール(アルバイト)に預けているわけだ。そもそも、ピンホールの状況の原因は、父親ではなく汚染物質を盛ったクソ野郎だ。BRIGADEの影響範囲を広げるついでに、こういった毒殺まがいのことをする奴にはお仕置きが必要だという結論に至ったわけである。
因みに王我カナト君は、一応亡命自体には関わっていないということで釈放されたものの、私財はほとんどなくなってしまった。そのため高校を退学し、新治安維持部隊で働くか、汚染区域の清掃をするか選択を迫られているらしい。ぜひ下々の苦労を体感して頂きたいものだ。
そんなわけで、終わってみれば案外するりと全ては終わっていた。まあこの辺りの交渉については、俺の領分ではなく空音隊長の仕事である。俺は彼女に深く頭を下げた。
「空音隊長、色々と本当にありがとうございました。今後とも――」
「そんなこと言っている場合ではないのじゃ。腕を直さなければよかったのに、不運な奴め」
が、その感謝の言葉は遮られ、代わりに降り注ぐのは憐みの目。なんだなんだと思っていると、隣の部屋の扉が開く。
「勘弁してくださいイチロウさん……!」
「反省が足りません、はい10万文字書き直し」
「ぐぁあああああああ!」
蟻正が、聞いたことのない声で絶叫していた。事態についていけず、ポカンとする俺にイチロウが向き直った。その顔には、深い笑みが浮かべられている。
「よく来ましたね、セツナ君。ところで、何か忘れていることはありませんか?」
その言葉にフリーズする。そして、目に隈を浮かべ、絶望の表情をする蟻正を見て理解した。そう、つまりこれは。
「反省……?」
「そうです。今回、無駄に危険を冒したり、無茶を通してもらったりと、スマートじゃなかった部分がありますよね? それを放置したまま次の任務に向かうと、死につながります。ここで何がダメかを洗い出し、言語化するのです」
蟻正の隣には、数多の書き損じが丸めて捨て置かれている。正しく言語化できるまで、何度でも作成した文章を書き直させられるのだ。そして先輩の蟻正があれだけ苦労している以上、初めての俺がどんな目に合うかは想像に難くない。俺は全速力で後ろを向き、逃走を開始した。逃げられないとはわかっている。それでもあの蟻正の姿を見ると、抵抗せずにはいられなかった。
「すみませんでした、もう無茶はしません――!!!」
これは今後何千ページも書くことになる、始末書の1ページ目の話である。
というわけで完結となります。
途中筆が止まったりしてしまったのですが、皆様の応援のお陰で当初の予定通り綺麗に纏めることが出来ました。特にいいねや評価、ブクマのお陰で「読んでくれてる人いるぞ!」となったのは、本当にやる気が出ました。
よろしければ最後に評価やいいね等をして頂けると大変嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




