回収
「こちら治安維持部隊第12航空部隊、『荷物』の積み込みを完了した。BRIGADE事務所より出発後、第7研究所への輸送を行う」
それだけを通信機に吐き捨て、マスクで身を包んだ男は小型の装甲飛行船に乗り込み、飛び立つ。男は部隊の副長であり、今回の任務の全容を理解していた。
『BRIGADEから徳川ネオインダストリー本社の研究所に運び込む装置を奪い取る。行き先は鎧装連合。いわゆる亡命だ。安心しろ、これだけの成果物を持ってずさんな扱いをされた日には、奴らの信頼はがた落ちだ。このままだと君も巻き込まれて処分される。しかしこの計画を成功させた暁には、私たちは向こうで新たな人生を送ることができる』
昨日、王我社長に呼び出され告げられた言葉だ。副長は王我社長の指示に従い、数多の不自然を見逃してきた。それが離反を目的とした行為だと知ったのはつい最近だ。だがいずれにせよ離反、内戦を引き起こしかねない大事を自身が助長したのは確か。
BRIGADE事務所周辺には大型装甲飛行船が停泊できるスペースは存在しない。だから小型装甲飛行船を何往復もさせて、装置を積み込む必要があった。背後にはスペースの多くを占める衝撃・傾斜緩和機構と、その上に乗る2つの水槽。中には気味の悪い肉塊が僅かに蠢いている。それが何かを副長は知らない。
大型装甲飛行船は素早く荷物を積み込めるよう、近所で滞空を続けている。1分もたたずに甲板に着陸しながら、副長はふぅと息を吐いた。
生まれて44年、ずっと徳川ネオインダストリーの下で生きてきた。どこに行っても徳川ネオインダストリー。何を食べても徳川ネオインダストリー。だがこれからの人生は全く違うものになる。離反という行為への恐れと新たな世界への不安が、副長の心を蝕む。
『こちら第6航空部隊。99位が到着した。以降、船内の護衛に当たってもらう』
『すべての荷物を確認した。これより、研究所に向かい発進する!』
焦り過ぎだ、と通信を聞きながら副長は毒づく。小型装甲飛行船に積み込んだ水槽は、未だ倉庫に搬入できていない。大きな問題は無いが、マニュアルには運送物は全て倉庫に運び込むもの、とある。エンジンが始動し、飛行船の脇に収納されていた装甲板が羽根の如く広がる。風圧や攻撃から身を守るために装甲が看板上に展開された。その中を、部下の若い男が駆け寄ってくる。
「副長、運び込みが終わる前に発進してしまいますよ! どうなってるんですか!」
この中で離反を知っている者は半数程度、それ以下は選択することすら許されない下っ端だ。確か目の前の部下はまだ24程度の、少額の賄賂と違法ドラッグしかしていない、比較的勤勉な隊員。しかし今日を機に離反者となり、恐らく碌な人生を送れない。
「どうせ馬鹿が手順をすっ飛ばしただけだ。別にどうってことはない」
「どうってことはないって、社長に怒られますよ」
「大丈夫だ、今日は所用でいらっしゃらない。口裏を合わせればよい。さあ、行くぞ」
所用というのは嘘だ。実際は大型装甲飛行船とは別ルートで自治区から脱出すると、副長は知っている。『連絡役』と落ち合って、現地で合流する予定なのだ。どうやら徳川ネオインダストリー内にはあまり知られていない裏道があるらしく、BRIGADEにマークされている社長たちはそれを経由する。
社長たちが姿を晦まして、そちらにBRIGADEの意識が向くその隙に副長たちも脱出する。向こうから『偶然現れた』空賊が攪乱を行うのだ。そうやって空を飛び、鎧装連合のエリアまでたどり着く。
怪訝そうな表情の部下を適当に誤魔化し、少し物思いにふける。何分ほどそうしていたのだろうか、手元の端末から通知音が鳴る。
手元の、管理職限定の端末を見る。画面上には『10分前、連絡役との接触完了。BRIGADEが釣れた』の文字。つまり、今この大型装甲飛行船はノーマーク状態になった。現在地は既に徳川ネオインダストリー自治区の外れ。自治区の外周をなぞる様に飛行した結果、直ぐに逃げられる位置取りになっている。対空砲が飛んでくる危険もあるが、この大型装甲飛行船には迎撃装置が十分に積み込まれている。仮に撃ち込まれても、よほどの質量でなければ装甲を打ち抜くことすら不可能だろう。
と、思っていた。
『緊急連絡、高速で飛翔する物体、こちらに接近中!』
『回避は!?』
『できない、異常な速度だ……なんだあれ!?』
端末にその姿が映る。それは長方形だった。コンクリートの、王我コーポ社員にとっては凄く見覚えのある姿である。副長は思い出す。そういえば、本社のビルは積層式。比較的軽量で、移設用のロケットが取り付けられたまま。それが、仮に何らかの推進力を与えられたとしたら。
『迎撃しろ!』
『社長室だぞあれ! 裏切り対策でミサイルの照準すらできねえよ!』
『回避回避回避回避!』
『誰か何とかしてくれよ!』
何故か、王我コーポ最上階が弾丸と化していた。奇妙な軌道を描きながら、ロケットに火をつけ飛翔する社長室を見ながら副長は呆然とした。阿鼻叫喚の通信が耳元を駆け抜ける。副長は願う。頼む、無事に逃げさせてくれ。
だが、それは叶わない。爆音と共に重量物が衝突し、船が揺れる。小型装甲飛行船にしがみつきながら、かろうじて立った副長が見た光景。割れた装甲板。突き刺さる残骸。鳴り響く数多のエラー音。社長室にあった家具たち。そして、巨大な人影。その顔に見覚えがある。
「BRIGADE……?」
「全部解決しにきたぞ、離反者共」
彼が着ていたのは黒を基調とし、黄色のラインが至る所に入った巨大な強化外骨格だった。産業用の、重量物を持ち上げるためのもの。その両腕と背中には、確かに重量物が装着されていた。
「私を助けろ、副長‼ 社長だぞ!」
「早くこいつを何とかしなさい、副長!」
「ボクは次期社長だぞ! こんなミュータント早く殺せよ!」
副長の口から思わず言葉が漏れる。
「どうなってるんだよこれ」
脱出したはずの社長たちが、何故か全身に括り付けられている。『連絡役』はどうなったのか。そもそも飛んできたあれは何なのか。一瞬見えた、落下する瓦礫を回収する変質者は何なのか。頭がぐちゃぐちゃになりながら、副長は両腕を頭上に掲げた。彼は、こんな訳の分からないことで死にたくはなかった。
無事冒頭を回収。詳細は次話で。




