作戦会議
「おはようございます。改めて、今日からよろしくお願いします!」
自治区の外れ、BRIGADE本部のエントランスに入った俺は大きな声で叫ぶ。戸籍剝奪の翌日、スラムから歩いてここまできていた。裏路地を経由してきたため、治安維持部隊にしょっぴかれることもない。
時刻は朝8時40分。少し早めではあるが、誰かはいるだろうと思っていた。しかし、目の前の光景はおかしい。ってか何してんだあんたら。
「おお、早速で悪いが助げでほしいのじゃ、セツナ~」
「幾ら出会いが無いからといって、それは許されません。空音隊長殿。そもそも彼は未成年ですよ」
今日は正式採用になってからの初出勤である。……が、視界に飛び込んできたのは蟻正に首を絞められる空音隊長の姿。何やらウィンドウが数多浮かぶ机の前で、彼らは取っ組み合いを続けていた。何やってんだ、と思いながら近づき、ちょこっと画面を覗き込む。
『新規戸籍:空音セツナ 関係: 夫』
「ぶほぉ!」
「ほら、彼も驚いています。許されませんよ」
「だって妾、勘違いで誰も男が寄ってこないのじゃ! 既成事実を作ってしまえばあとはこっちのもの! 妾のメンタルが改善し社の利益となるのじゃ!」
「年下好きなのは聞いていましたが、未成年かつ同意なしはN、G! あとだだをこねるな!」
「がっ……諦めぬのじゃ……」
たった数秒で昨日の尊敬の気持ちが消し飛んだ。やっぱダメ人間じゃんこの人。地位と雰囲気だけのゴミだ。まあ確かに空音隊長的には死活問題なんだろうけど。勘違い回避+年下+フリーの男、という組み合わせ、そうそう出てくるとは思えない。空音隊長は力をぬいてぐったりとし、任務完了と言わんばかりに蟻正は額を拭いながら虚偽の申請を削除する。流石蟻正、正義の男。
というか戸籍って養子縁組だから、これ空音隊長の親戚の子供になって、その上で結婚という二段階を踏んでいるはずだ。幾ら総裁と仲良しだからといって無理矢理すぎる。
「安心してください、セツナ君。総裁は止めて下さる方ですよ」
奥の廊下から出てきたのは少し汗をかいたパンツ一丁の変質者だ。その背後からは「おパンツ体操第一~」と軽快な音楽と共に謎のフレーズが流れている。彼の体には傷一つなく、あれだけの戦闘を経て平然としていた。
「どうでしたか、動画は」
「本当に強いな、という感想しか出てきません。動画の意味は、「ここまで強くなって欲しい」ということですか?」
背後で蟻正は「どれだけ手ぶれ補正の修正が大変だったか……」と空音隊長を解放しながら呟いている。あの映像はイチロウ視点で作られていた。位置的にパンツの部分に仕込まれたカメラ、当然体を動かすたびにぶれる。内心感謝を送る。
一方でイチロウは俺の答えに首を振る。どういうことだ、と疑問に思う。見本というからにはそうではないのか。
「私が言いたいのは、「既にここまで出来ますよ」ということです」
「無理だろ!」
過大な表現に思わず言葉が荒くなる。あんなことが出来てたまるか。俺は潜入も、交渉も対してできないぞ。そんな俺の思い違いをイチロウは優しく訂正する。
「あなた一人ならそうです。ハッキングも、潜入も、法律も、交渉も。経験値が圧倒的に足りていない。ですが、周囲を見てください。あには、戸籍を用意してでも守ろうとする上司がいます。ハッキングの天才である先輩がいます。パンツ一丁のダンディーもいます。昼ご飯を用意してくれる料理人もいます」
先ほどの空音隊長の悪事を含めると、犯罪者(未遂)、死刑囚(脱獄)、変質者、唯一の良心(料理人)というメンバーである。だめじゃねえか、これ。だが、イチロウの言いたいことも分かる。つまり、
「頼れということですか?」
「そうです。あなたは現時点でもECR2桁前半、いずれ戦闘力だけなら私に並ぶようになります。いえ、並べるように教えます。だからその戦闘力をどう生かすか、を学んでください。周囲がどこまでサポートできるのか。どこまでを自身の超能力でカバーできるのか。それを理解することが、BRIGADEの前線メンバーとして必須の技能となります」
「……じゃあ、早速聞いてもらっていいですか?」
「元よりそのつもりです。話し合うことがあなたの成長につながります」
辺りを見渡す。気絶から戻り、親指を立てる空音隊長。デスクの上に王我コーポ向けの資料を準備している蟻正。目の前でほほ笑むイチロウ。何かを奥の部屋で煮込んでいる上級個体。そういえば、協力するなんていつぶりだろう、と思ってしまう。汚染区域から出て以来、超能力者とバレぬよう、日々他人とは距離を置いて生活してきた。緊張する心を抑え、俺は全員の前で早速プランの説明を開始する。
「まずやりたいことは3つ。1つは、あの装置を破壊したい。多分もう知っているかと思いますが、あの水槽の中には僕の友人がいました。あんな姿で、企業の玩具として使われて欲しくない」
「現状、装置はまだBRIGADEが預かっている状態じゃの。正直処遇に困っている状態ともいえる。超能力者差別を深めることになりかねない物じゃからな」
「本社も意見が割れているとは聞くが、いずれにせよこちらの事情で処分できるものではないぞ、雪城」
俺の言葉を聞いて蟻正がじろりとこちらを睨む。だがそれは、嫌味というよりは「策があるのか」という問いかけだ。一先ず話を進めることを優先し、言葉を吐き出し続ける。
「二つ目は、嫌がらせをしてくる王我コーポへの仕返しです」
「舐められたままというのは社会において良いことではありません。タイミングを見て反撃すべき案件なのは間違いないでしょうね」
「そして最後に、緑生化学コーポに一発かましたいです」
「ピンホールの件だな。だがこちらにメリットが無い」
計3件、全て100%私情だ。だがそれを誰一人咎めない。大事なのは、社の利益になるかどうか。鍵となるのは、未だに離反の処分から逃れ続けている王我コーポ。俺は策を必死に語る。蟻正とイチロウ、空音隊長から無数の修正が入りながら、それは徐々に形を成し始めるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
会議が一息つき、砂糖がたっぷりはいったコーヒーで喉を潤す。皆がまったりとした空気になった瞬間、変質者は爆弾を投下した。俺にだけ効く、おぞましい爆弾である。
「そういえば、任務の前にセツナ君を鍛えておく必要がありますね」
「え」
「では一緒に、おパンツ体操を習得しましょうか」
「???」
頭の中が疑問符で埋まる。同時に蟻正と空音隊長が静かに俺に向かって合掌した。……死ぬの、俺?
『おパンツ体操』
超能力の円滑的運用及び持続時間の延長、格闘戦における瞬間発動など、様々な超能力の応用を鍛えるためのトレーニング。一部の超能力者を運用する組織では、本体操を全戦闘員に義務付けている所すら存在する。イチロウが開発、監修している。




