茶番を巻き起こせ
時間は遡る。メガグラスプが現れる数十分前。会議までの待ち時間に、ハンマーメイズとアズールブレードは『PCP』の新たな使い方を試していた。カメラや他の一般社員の目から隠れるように、二人は訓練場の個別スペースにて向かい合う。
「『PCP』の利用方法の一つは対超能力だ。ハンマーメイズ、お前は超能力のシステムについて知っているだろう?」
「確か脳から電波を出して、体の表面に作用させるんだったよな?」
「ああ。正確には特殊虚重物質波の物質への干渉、なんて言われている。そして、超能力者には直線対象の能力行使を行えるものもいる」
「あれが直線対象? アタシが戦ったのは凄まじい範囲への放電だったが……」
「もしそうなら、最上位の超能力者だな。大体は炎の弾を一直線に飛ばすとか、そういうのだ」
アズールブレードは肩に付けた『PCP』を起動し、超能力を発動する。手のひらから爆炎が上がり、数十メートル先まで到達する。完成品の『PCP』。直線対象の能力行使を可能とする兵器である。このレベルの武装を量産し、徳川ネオインダストリー自治区中心に送り込むことが出来れば、確かに世界が変わる可能性もあるだろう。
「だが超能力には防ぐ方法がある。さっき教えたとおりにしてみろ」
「お、おう」
ハンマーメイズは言われた通りに『PCP』を起動する。対象は自身の周囲。極小の威力と超速の連続発動。意図していない動作に『PCP』が悲鳴を上げていた。同時に、ハンマーメイズに向かって爆炎が放たれる。しかしその爆炎はハンマーメイズの周辺で掻き消え、何事も無かったかのように元に戻る。
「つまり、その波とやらを打ち消してしまえばよいわけだ。この一手でありとあらゆる超能力は防御できる」
◇◇◇◇◇◇◇◇
(嘘をついたなアズールブレード……!)
イチロウに見下されながら、ハンマーメイズは内心で毒づく。左腕の感覚は既に無い。血管とハイパーリムの繊維が引きちぎれたような、そんな感覚。痛覚遮断システムを起動しながら、『PCP』を確認する。温度異常発生、と描かれているがまだ故障はしていない。あと一回はもつだろう。
脊髄にコンバットドラッグが送り込まれ、一瞬で脳が加速する。同時に、ハンマーメイズの頭の中でいくつもの思考が駆け巡った
(ECRは非公開のもの、アタシが知らない以上、上位の奴だろう。問題はあの超能力。威力の減衰に成功している。つまり波自体は物理的な軌道に従って進行している。直線状に能力が行使されず、特定ポイントだけで発生。ピンポイントに人間の血管で作用するようにしている。直線対象の能力行使の大幅な応用ということだな)
そこまで考えて、ハンマーメイズは冷や汗を流す。直線対象の能力行使も、範囲対象の能力行使も、いずれも分厚い盾があれば防御が可能だ。だが、この存在対象の能力行使に対しては、『波』自体を防がなければ何も意味はない。そして恐らく『波』は直線的な軌道だけではない。範囲、数、威力、貫通力。これらを全て最高水準に保つための工夫。『波』の経路上でエネルギーをロスしないための技術。
「ハンマーメイズ、殺るぞ!」
アズールブレードが先んじて走り出す。『PCP』を起動し、対超能力防御を行ったままの状態である。彼の『PCP』も同様に、長くはないとハンマーメイズは判断する。つまり対超能力防御が途切れるまでの間に、目の前の男を倒すしかない。
アズールブレードの右腕と右足は機能を停止している。だが体が破損することなど、傭兵には日常茶飯事である。着物の下に仕込んだバトルスーツの機能を起動し、折れた手足を固定して、刀を抜いた。
ダメージと利き腕でないお陰か、ハンマーメイズにも軌道が目視できる。アズールブレードの柄と刀に電気が一瞬迸った。瞬間、刀が柄を飛び出し、左腕がその勢いを斬撃の威力に乗せる。『エレキブレード』という、レールガンと同じ仕組みの斬撃であった。
だが、イチロウは斬撃を先読みし、その長身を低く沈める。空振りし隙が出来た胴体に、異常な威力を誇るイチロウの素足が叩き込まれる。アズールブレードのハイパーリムと装甲がひしゃげ、壁に吹き飛ばされた。
「がっ」
「まだまだ行きますよ」
アズールブレードに追撃をかけようとするイチロウの背中を、ハンマーメイズの槌が襲う。ハンマーメイズの槌は柄を撫でるかのようにして軌道を逸らされてしまう。諦めずもう一度振り回そうとするが、それより先に風切り音が鳴り響き、目の前からイチロウが消えた。どこだ、と視界を動かす間も無く顎から衝撃が迸り、視界が揺らぐ。身を屈めてのアッパー。
シンプルに強い。幾ら超能力者とはいえ、セツナのように強化外骨格を装備しなければ、改造人間との戦闘についていけないはずである。しかし現実問題として、目の前の男は超能力1つだけで数多の敵を蹂躙している。
ハンマーメイズは必死に後退し、ふらつきながら叫ぶ。
「お前、何なんだよ!」
当然の疑問。ハンマーメイズは、戦闘狂である。特に会話で敵をよく知って、その上で嬲り殺すのが最高に好きだ。ありとあらゆる敵の経緯や感情を無視し、暴力で全てを塗りつぶすのが最大の快楽だ。だから、知らずに負けたくなかった。よくわからない相手に蹂躙されるのだけは、たまらなく嫌だった。
「おパンツを、こよなく愛好する、一般社員」
「クソ川柳を詠んでんじゃねえ!!!!」
ハンマーメイズは怒りのあまり、視界も曖昧なまま槌を振り回し、カウンターの蹴りを貰いながら気づく。イチロウのふざけた言葉には、重い実感が籠っていた。前半はさておき、『一般社員』。超能力者が職に辿り着く厳しさ。迫害の苦しさ。
唐突に、ハンマーメイズは目の前の男が大きく見えた。一体どれほど知識を蓄えたのか。一体どれほど鍛錬を重ねたのか。パンツ一丁という見た目以外は何一つ文句のない、経験と努力を積み重ねた上に存在する、格上。
「ああああああ!!!!!!!」
アズールブレードが咆哮し、腰から引き抜いたダガーを投擲する。損傷の比較的少ない、左腕のハイパーリムによる一撃。並の銃弾を凌駕する破壊力を持つ刃は、イチロウに接触する前に軌道を変える。イチロウの能力。念動力とも呼ばれる、物質に運動エネルギーを与えるものだ。
アズールブレードはダガーを投擲すると同時に刀を構える。彼の姿勢を見て、ハンマーメイズは意図を理解する。訓練場で見せた、明らかに『長い』斬撃。あの速度と威力を出せれば、確かにイチロウでも倒せるかもしれない、とハンマーメイズは思う。だがそのためには、当てる必要がある。
「いきなり出てきて、ふざけるんじゃねえ! どうやって、何のために入った!」
「これから解説致します。しばしお待ちを」
「その余裕をやめろ!」
おじちゃん泣いちゃう、などとほざくイチロウに、ハンマーメイズは槌を再び叩き込む。片腕故に威力と精度は低い。だが今回はそれで良い。槌の背部からカートリッジが排出され、ボンという音と共に勢いよく加速する。自身でも制御不能予測不能な、戦車の装甲を打ち砕く一撃。この一撃の回避に手間取らせ、その隙にアズールブレードの奥義を叩き込む。
ハンマーメイズの槌はやはり横から肘で逸らされてしまう。だが一動作を使った。隙だらけのイチロウの背中にアズールブレードが一撃を叩き込もうとする。刀に雷が迸り、秘められたもう一つの機構が解き放たれる。
その時だった。
「イチロウ様!……と、アズールブレード様、ハンマーメイズ様。テロリストを倒してくださったのですね!!!」
扉は、今回の議長である南A7G通信コーポ社長以外は開けられないはずである。だが扉はばんと開き、計22人の人間と護衛がなだれ込む。アズールブレードとハンマーメイズは22人のうち何人かに見覚えがある。離反に参加した各社の、次期社長と見込まれていた人間だ。
「お父様、まだ生きてらっしゃるのですね!」
「叔父上、でもこの傷ですと復帰に10年はかかる……」
「そんな、会社はどうなさるのですか!」
「「「でも大丈夫です。あなた様が育てたこの会社、我々が引き継ぎ、成功させて見せます!!!」」」
イチロウは既に戦闘態勢を解き、悲惨な光景に涙を流している。アズールブレードはその様子を見てため息を吐き、刀を収めた。彼の視界では、社長と護衛たちが倒れ伏しているが、よく見るとなんとか息はしている。如何なる原理か出血は止まっていた。唯一、東PEGGGコーポ社長が部下に支えられながら立っている。彼の胸元からは空の袋が落ちる。負傷を偽装するための、血液パックだ。
つまりこの戦闘の意味はシンプル。まず、各社の全員が離反に参加しているかというと、そんなわけはない。むしろ社長の独断専行に辟易している者も多いだろう。そして徳川ネオインダストリーからすると、離反を計画した社を全て取り潰すと、業績に支障が出るだけではない。離反がそれだけ大規模だったということは、社会への不安や敵対企業の増長を招く。悪い奴だから処分しても良い、そんな簡単な話で社会は回らないのである。
そこで出たのが離反の代表者を辞職させ、徳川ネオインダストリーに従順な者を社長に挿げ替える。その上で社長としての権力を使い、秘密裏に自社の膿を自社で吐き出させる、という案であった。
だが各社の社長は裏切り対策として、強力な護衛や腹心の部下を用意している。仮にまっとうに潰そうとしても、なりふり構わない立ち回りをされると徳川ネオインダストリーへの被害は大きい。アズールブレードはハンマーメイズにも武器を収めるように指示しながら、イチロウに文句を言った。
「だからといってこれは滅茶苦茶だろう……」
「最もスマートな方法ですよ。王我コーポを処理できなかったのは残念ですが、それは『彼』にお任せしようと思います」
「スマート、か。だからお前はECRの割に知名度が低いんだよ、イチロウ」
「どんな状況でも、殺さずに済む方法を選ぶことができるのが実力というものです。それに、驚きましたよ。まさかまだ立っているとは」
「……そうか」
ハンマーメイズとアズールブレードは茶番に付き合わされたことにため息をつく。だが本来は、自分達も床に這いつくばっている予定だったことに冷や汗をかいていた。そしてそもそも、戦いが始まる前にほぼ終わっていたという事実を噛みしめる。
つまり、解決策とはイチロウの暴力と空音の交渉。空音が各社の次期社長候補と話を付け、総裁に立場を保証させる。同時にイチロウは東PEGGGコーポ社長の手引きで会議に入り込み、一回の戦闘で全社長に大怪我をさせ、しばらく再起不能にする。
当然社長が襲われるという凶事に対し、徳川ネオインダストリーはテロへの遺憾の意を示すと共に、業務正常化への手助けをする。社会不安を離反者のテロへの怒りに置き換えるわけだ。
床でイチロウの攻撃を受けた社長たちが、声にならない悲鳴を上げる。死なない程度に痛みつけられた彼らは、全治には現代医療を以てしても何年もかかる重傷を負っている。彼らは離反者たちの自爆テロを受けた哀れな犠牲者として、護衛は命を懸けて主を守った忠臣として。明日のニュースで話題となるのである。
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◇◇◇◇◇◇◇◇
「酷過ぎるだろ……」
酒場で俺は頭を抱える。イチロウが暴れまわり、知らん人が急に入ってきて戦闘終了。だが、会話の端々からなんとなく状況を察することはできた。そして、あの超能力の異常さも。
イチロウが超能力者だということは薄々察していた。流石に強すぎるが。そりゃあれだけ滅茶苦茶できるわけである。下準備も、実際の戦闘に入ってからも完璧。あっという間に10社の社長交代劇を実現させてしまった。各社にとっても、徳川ネオインダストリーにとっても最小限の損失で進んでいる。
イチロウは、同じ高みまで、と俺に言った。その意味は「超能力者として」「仕事人として」の両方の意味なのだろう。
改めて、自分のやりたいことを考える。一つは、嫌がらせをしてきて、離反者でもある王我コーポを潰したい。もう一つは、『PCP』を作成する装置を潰したい。最後に、緑生化学コーポの社長、ピンホールの父が何か腹立つ。
頭の中で策がいくつも浮かぶ。そのうちの一つを採用することに決めた俺は、決行予定を固め、空音隊長にメッセージを送った。
『まず、福利厚生で戸籍が欲しいです』
『OKじゃ』
直ぐに返事が返ってくる。素晴らしい職場環境万歳。
いよいよクライマックス突入です。




