こんなおパンツは嫌だ2160、優勝はこの方!
「お前、生きていたのか。ハンマーメイズ」
「うっせえ、今アタシは緑生化学コーポの社員という名目で来てるんだぞ」
「でも実際は王我コーポの使いというわけか。わざわざ子会社を通すということは完全にこっちを切るつもりか」
「残念ながら、上はそういうつもりらしい。アタシも捕まっていたところを無理やり解放してもらった身でね、しばらくは言いなりさ」
徳川ネオインダストリー本社支部第76号ビル。地下5階にて男女が壁際で話をしていた。一人は細身の体を、黒を基調とした耐電仕様のハイパーリムに換装している女、ハンマーメイズだ。
もう一人は紺色の着物を身にまとった、30歳ほどの長身の男だ。ハイパーリムの換装は両腕と目、脊髄のみと比較的少ない。服に合わせて青に染めた髪と目は、彼の印象を清廉なものにしている。だが、その戦歴は凄まじい。
赤縄事変。TKDDEWコーポ社長誘拐事件。ここ1~2年、表に出ている部分だけでも、数多の大事件に関与し、成果を残している。傭兵としてはプロそのもの。ECR3位という、本物の怪物だ。名前を「アズールブレード」という。
「しかし、アンタはまだ傭兵のままなのかい? アタシとは違ってかなり『お願い』されてるんじゃないか?」
「諸事情でね、所属はしないことにしている」
この地下は、いわゆる戦闘訓練場となっている。徳川ネオインダストリーが開発した秘密兵器を試験するための場所だ。だがこの支部の戦闘訓練場はしばらく使われておらず、護衛の戦闘員が体を動かすために使っているのが主だった。
一面を分厚い強化コンクリートで覆っており、天井は高く、まばらな照明が辺りを照らす。部屋の中心にはコンクリートの床の上に戦車や銃が置かれていた。壁沿いにも銃器や近接武装が置かれているが、いずれも非殺傷のものばかりである。だが、部屋の中心部の破壊音は、完全に人を殺せる圧を持っていた。
その男の両腕は歪なほどに太く長く、腕一本で並の人間一人と同じ体積がある。それに負けぬよう、全身のハイパーリムは分厚くなっており、さながら要塞と呼ぶべき見た目をしていた。彼はその両腕で戦車を掴み、持ち上げる。人間に非ざるその腕力で、持ち上げたまま戦車を押し潰し始めた。まるで子供が、おもちゃを乱暴に弄るかのように。
『メガグラスプ』という名の、ECR16位の戦士である。南A7G通信コーポに所属しており、戦闘部隊の隊長として知られている。
ハンマーメイズはその様子を見て冷や汗を流す。戦車を持ち上げ、潰す。いくら改造人間とはいえ、この身体能力は異常だ。メガグラスプは、アズールブレードが暇そうにしているのを見て、挑発的に笑う。
「オイ、オマエモヤレ、アズールブレード」
「嫌だ、お前と戦うの面倒だし」
メガグラスプの問いを、アズールブレードは適当に断る。雑に扱われたのに起こったのか、メガグラスプは奇声を上げ、戦車を引きちぎる。そして片割れをアズールブレードに向かって、全速力で投擲した。
「嘘だろ!」
近くにいたハンマーメイズは咄嗟に回避しようとする。だが、それよりアズールブレードの斬撃の方が早い。風切り音を立てて迫る、数十トンもの金属塊。当たれば挽肉間違いなしの、殺人兵器そのものである。その攻撃が恐ろしいことはだれが見ても明らかだ。
「だから面倒なんだよな」
かちり、と刀を仕舞う音だけがする。瞬間、戦車の残骸は4等分され、勢いを失って地面に衝突した。金属を切り裂く音も、ハイパーリムの動きも、ハンマーメイズには捉えることができなかった。
しかも金属塊の全長は、刀の鞘よりも長い。何かギミックがあるのだろうが、ハンマーメイズに当てはまる知識は無い。
周囲には一般の警備員もいる。その全員が、二人のあまりにも高い戦闘力に絶句していた。ECR上位の戦士は、時たま軍勢に例えられる。多くの者がそれを夢物語であると嘲笑うが、間違いなくこの二人は本物であった。単独で戦況をひっくり返す超人。戦車よりも装甲車よりも人を殺せる兵器。
「そこまでにしておきなさい、メガグラスプ。あなた、また上に説教されてもよいの?」
「ウググ……」
いつの間にか訓練場の入り口にいた女がメガグラスプを窘める。都市迷彩色のフード付きマントで身を隠す女を、グレイゴーストという。ECR11位、48km先の標的を狙撃した記録を持つスナイパー。東PEGGGコーポ所属の彼女は無論接近戦も強く、右腕に仕込んだショットガンで敵をミンチにすることも可能だ。グレイゴーストはアズールブレードを見て厭味ったらしく言う。
「あら、まだ剣に拘っていたのね。旧時代の骨董品、そろそろ捨てたら?」
「銃が強かったのは人間が弱かった時の話だ。身体強化がある今、並の銃では殺傷力不足。豆鉄砲を必死に当てるより、高い身体能力を活かして潰した方が早い。まあ、お前のような例外もいるがな」
アズールブレードはなんてことのない様子で返す。嫌味が返ってくると思えば真逆の回答に、グレイゴーストは少し動揺し言葉を失う。その顔が少し赤らんでいることは、幸いにも誰も気が付かなかった。
「そ、そろそろ会議の時間よ。35階に集まりなさい」
グレイゴーストがそう言ってエレベーターに入っていく。「セッキョウ、キライ……」と言いながらメガグラスプも後に続いていった。辺りに残るのは一般社員とアズールブレード、ハンマーメイズのみ。
もう一つのエレベーターが開き、アズールブレードとハンマーメイズは乗り込む。アズールブレードは無言で過ごすつもりだったのだろうが、ハンマーメイズにはどうしても聞きたいことがあった。
「なあ、アズールブレード。どうしてあんたはそんなに強い?」
「……理不尽に備えているからだ」
エレベーターの扉が閉まる。アズールブレードは扉の隙間を睨み続ける。まるでそこから何かが出てくるかを恐れるかのように。
「理不尽だ。想定外の姿で現れ、全てを吹き飛ばす」
「?」
「『PCP』といったか。これは素晴らしいな。最高の防具だ。だが、恐らくこれでも足りない。理不尽に抵抗するには。強い理由はシンプルだ、まだ超えられていない壁がある。それを超えようとしている。ただそれだけだ」
「3位のあんたを? 戦車どころか、並の企業なら一人で潰せるのに?」
「ああ、並の企業なら一人で潰すことができる。それが俺の限界だ」
「よくわからないけど、だから『PCP』で変なことをしようとしてたわけか」
「覚えておけ。お前が上に行くなら、一度は役に立つ」
チーン、という乾いた音と共にエレベーターが開く。その先は反物質主義が流行った時代の名残で、無機質な通路と扉だけがある。その先にある部屋は、機密傍受を防ぐために完全防音システムが構築されていた。何が起きても漏れないという点で、今回の開催場所に選ばれたわけである。
扉の一つをコンコンと叩き、IDをかざす。電子錠が空き、アズールブレードとハンマーメイズは部屋の中に入る。
中は外と同じく、簡素な椅子と、大きな机が一つ、それだけだった。11個の席のうち10個が埋まっており、その背後には傭兵たちが控えている。それぞれがECR2桁以内、最上位の傭兵たちだ。ここにいる戦力を合わせるだけで並の軍隊を蹴散らすことが出来る。
「これで揃いましたかな」
「一つは既に空席。現在までの功績を元に、我々も証拠隠滅には協力しましたが、残念です。ハンマーメイズ氏は、代理の派遣ということでよろしいですね?」
「ああ、好きに使えとのことだ」
そう言って、ハンマーメイズは空席の後ろに立つ。席に座る10人は全員が社長やそれに準じる重役。すなわち、今回の離反における首謀者たちである。南A7G通信コーポ社長は咳ばらいをし、会議を始める。
「さて、今回の件は非常に残念だった。装置は押収され、証拠は確保されてしまった。我らがこのまま捨て置かれるという保証はどこにもない。我ら離反派は追い詰められている」
「如何にも。今回はBRIGADEも動いている。私としては早急に行動を提案したい」
「行動?」
「ああ、すなわち武装蜂起だ。確率が低くとも、我らはその可能性に賭けねば生き残る可能性が無くなる」
アズールブレードの前に座る男が武装蜂起について叫ぶと、あたりがざわざわし始める。彼らとしても、武装蜂起のリスクについては認識している。ましてや切り札の『PCP』が少ない状態で致命傷を与えられるかは怪しい。だが社長たちの目には、この傭兵たちを使えば、という期待と賛同の意が灯りつつあった。南A7G通信コーポ社長は机を叩いて叫ぶ。
「最悪のパターンが、一撃で徳川ネオインダストリーを倒せず、全力をもって我らが討伐されることだ。考えろ、ここにいる21人が総力を持ったとしても……」
「どうした?」
反論しようとした南A7G通信コーポ社長の口が止まる。彼は何度も周囲の人影を数える。この会議には、1企業につき護衛一人と代表一人を出席する決まりとなっている。にもかかわらず、今目の前には。
「22人いるぞ、誰か紛れ込んでいる!」
「何だと!」
「自分以外の護衛がいるか確認しろ!」
「曲者はどこだ!」
「そんな奴がいるわけないおパンツ!」
「「「「「「何かいたぞ!!!」」」」」
瞬間、全員がその姿を視認する。ホログラムにて傭兵に偽装していた男は、いつの間にかそれを解除していた。頭にパンツを被りネクタイを付けたパンツ一丁の変質者。男は堂々とこの秘密の会議に忍び込んでいた。
ばん、という音と共に中心の机がメガグラスプにより持ち上げられ、イチロウのもとへ飛翔する。全員の思考は一致していた。どう見てもハイパーリムがない、すなわち超能力者。
机を盾にする形で、各々は奥義を放つ。グレイゴーストの『対戦車用超音速装甲貫通弾』。メガグラスプの『バーンバックル』。グランドブラストの『超熱線照射』。いずれも、一撃で人間を死に至らしめる、凶器の大盤振る舞い。
そして超能力者の能力行使は基本、接触、直線対象の2つ。超能力者との戦闘を行ったことがある者であれば、知っていることも多い。であれば、正面を塞ぐ。この一動作で超能力はただの拳銃以下に堕ちる。
接触発動であれば、触れない。
直線対象の能力行使であれば、照準ができない。
仮に範囲対象だとしても、盾に阻まれ効果を発揮できない。
故に、この状況を打開する技は魔法の如き絶技に他ならない。イチロウは足を大きく前後に開き、右手を前に、左手を鳩尾付近に構える。そして目を閉じて、能力を行使した。
「『Pressure Overdrive』」
念動力が、21人の体内の血液に圧力をかける。血管内で超高圧状態になった血液は行き場を求め彷徨い、遂には自身の肉を引き裂き圧を逃がそうとする。敵の体内から血のウォーターカッターが発生し、防御を無視して彼らの肉体を破壊した。
致命的な破壊音と共に、部屋に血が舞い散る。真に恐ろしいのは、この攻撃が接触発動でも、直線対象の能力行使でもないことだ。自身を起点にせず、ダイレクトに相手の血液に干渉する。だから盾があっても無意味な、回避不能の破壊が成立する。
存在対象の能力行使、とイチロウは呼んでいる。
アズールブレードが教えた防御方法で、奇跡的にハンマーメイズと彼自身は生存する。そして起きた事象を把握し、絶句した。超能力の行使とは、自身を起点にするものだ。毒針を刺したり、毒針を飛ばしたりする動物はいるが、毒を相手の体内に転移させる生命など存在するわけがない。
半裸の変質者はゆったりと部屋の中心に歩みだし、残った二人を睥睨する。先ほどまでいたメガグラスプも、グレイゴーストも、グランドブラストも、既に沈黙している。軍隊に対抗しうるほどの集団は、一瞬にして壊滅していた。
「犯罪者の皆様、お仕置きの時間です」
理不尽は、想定外の姿で現れ、全てを吹き飛ばす。
イチロウ。超能力者。ECR1位。鎧装連合の遊星特務隊、ネオコード・インタラクティブの叛徒鎮圧部隊から共にブラックリスト最上位に指名されている、正真正銘の最強である。
『イチロウ』
絶対味方にいたらダメな奴。しれっと潜入もこなしている。




