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その時パンツが現れた

 戸籍を奪われる、もしくは超能力者とバレてしまう。そういった時のために、予め逃走経路は確保してあった。学校周辺から、大通りを回避してスラム街に行く経路。俺はその道をただただ駆け抜けていた。黒服は追ってこない。スラムや汚染区域に押し込めることが出来ればそれでよい、という判断だろう。



 正式な戸籍を手に入れるには誰かに養子縁組してもらう必要があり、手数料も凄まじい。だから俺は偽造した戸籍で入学したわけだが、一度バレた以上二度目は難しい。



 そして戸籍がない以上、俺はもう何もできない。徳川ネオインダストリー関連のサービスにアクセスできない以上、居場所はスラム街か汚染区域しかなくなってしまった。



 空を見上げる。考え事をしながら歩き続けた結果、気が付けば夜になってしまっていた。周囲は密集した建物、パッチワークのような掘っ立て小屋、なにやらよくわからない品を売る商人。スラム街の騒がしさの中を、ただただ歩く。



「今日盗んだ車が高く売れてよ!」


「どうして私の子供を売り飛ばしたの! あと数年待てばもっと高く売れたのに!」


「新しいドラッグ知ってるか。あれ効き目が凄くてよ……!」



 辺りに満ちるのは、犯罪と様々な感情。ここにいる奴らは表ではどうしようにもない奴らばかりだ。誰もが難を抱え、様々なリスクを見ないようにして生きる。いつかその地雷が炸裂し、スラム街の端に肉塊として放棄されるまで。



 俺もその一人だ。超能力者という立ち位置。汚染区域で生まれた以上、まともに生きるには偽造戸籍が必要で、超能力者とバレれば迫害を受ける。周囲の犯罪者たちと、一体どちらがひどい人生を送っているのだろうか。



「……とはいっても、他の人間には他の苦しみがあるんだろうな」



 この辺りは比較的汚染区域に近い。その分大型の商業施設は少なく、代わりに犯罪紛いの店が多い。視界の端では違法風俗や電子ドラッグの販売を行っているのも見える。懐かしい空気であった。



「戻ってきてしまったんだなぁ」



 空音隊長の手を借りる、という手もある。実際、金の話であればあの人なら手を回してくれるだろう。だが今は、そんな気持ちにはなれなかった。久々に、自身がミュータントであるという現実を突き付けられたから。今日一日は休みだ、明日また考えよう。電源を落とした業務用端末を見ながら考えていると、腹が減ってきた。



 そういえば、夕食どころか昼食もまだであった。いい加減誤魔化すのも限界なのか、胃は食事をよこせと自己主張してくる。緊急用の端末、匿名アカウントの電子クレジットを準備し、何となく気になる店に入った。



 その店は古いビルを改装した、天然食限定の店である。そんな高級な物、と思うかもしれないが質を無視さえすれば天然食は割と手に入るのだ。ただし、この辺りで提供されているものには汚染物質が入っている危険性がある。とはいっても俺には関係ないけどな、と店に入る。バー風の店であったが、彼女一人と気まずそうな護衛2人以外はいない。よく見るとバーテンダーの女は耳を指で塞ぎ、厨房に避難していた。



「父さん、だからもう少し仕事をすれば、大きな金額が入るから! そうすれば株の数%、過半数に必要な分は買い足せるって!」


「お前は私の娘ではない、いい加減にしなさい! そもそも仕事とは犯罪行為だろうが!」


「犯罪でもいいじゃん、父さんの夢は会社の再建なんでしょ! なら誰の何の金でも別に!」


「ふざけるな、お前の汚れた金は、何一つ必要ない!」



 大きな声が響き渡り、ぶちんという音と共に通話が終了する。本来はただの個人通話だが、互いが叫んでいるため俺の方まで聞こえてしまっていた。



 そして俺は知っている。天然食を食べる、金が必要な女を。桃色の髪をした女を。護衛の二人は気まずそうな表情で俺に手を振る。彼女はしばらく泣きじゃくった後、俺の存在に気付き振り向いた。


「セツナ、君?」


「……どうも、ピンホールさん」


 ◇◇◇◇



「あたしたちのような人間だと、こういう天然食の店に行きつくよね。あ、勿論君については口外してないよ、蟻正にさんざん釘を刺されたから」


「……ご愁傷様です」


「蟻正の件? それともさっきの通話?」


「どちらもですね。それと、盗み聞きのような真似をしてすみませんでした」


「いいよ、あたしたちが勝手にヒートアップしただけだし。あ、何か頼む?」



 ピンホールの隣に座る。正直とっとと退散したかったのだが、彼女が話しかけてきたため逃走もできなかった。背後では護衛のおっさん達が笑顔で親指を立てている。それを無視して、適当にメニューから腹にたまりそうなものを注文する。



「謎鳥の串焼きと唐揚げ、サラダとお冷を下さい」


「あ、耳栓お願いしたままだった。おーい!」



 厨房に隠れていたバーテンダーをピンホールは呼び出す。この店は酒メインではあるものの、軽食もかなりの数を提供していた。注文を聞き、戻っていく姿を尻目に二人して黙りこくっていた。気が抜けたのか、彼女はだらりと体を机に預ける。机に潰されて、柔らかさを自己主張する胸から目を背け、とりあえず話題を口に出す。



「……お父さん、大変ですね」



 今、彼女が欲しがっているのは別の話題ではなく、この件についての吐け口だろうと判断しての言葉だ。ピンホールは小さく頷き、度数の高そうな酒をのどに流し込む。



「ちょっと期待しちゃってた。ミュータントでも、お金で貢献して、父さんの立場を守る手助けができたら。完全に元通りとはいかなくても、以前みたいな関係に戻れると思っていた。でも違った。別に金があろうとなかろうと、あたしはミュータント。父さんの立場が崩れる原因を作った」


「……最後を聞いただけですけど、情は捨てていないように感じましたよ」


「父さん不器用だから。あたしが嫌だったのは、『情を捨てようとしている』態度を崩せないこと。ずっとあたしがお荷物で、父さんの人生を破壊し続けている事」



 空になったグラスを置き、彼女はどこか遠くを見つめる。後悔と、絶望がないまぜになったかのような顔。いくら自分が努力して、リスクを取ったとしても。父親との関係は生涯修復できないと察した結果だ。



 不条理な話だ。社長令嬢というねたまれやすい立場とは言え、ある日突然汚染物質を盛られて、こんな所まで堕ちるはめになっている。ただ一度の事件が、死ぬまで。



 そこまで考えて、自分の冷めきっていた胸の中に熱が戻り始めているのを感じる。これは不条理への怒りだ。どうしてミュータントだから、という一点だけでここまでされなきゃならないんだ。義憤、というには余りにも私情が挟まっているが、



 少し気を取り直した俺はBRIGADEの業務用端末を取り出し、電源を入れる。流石にこの状況、そろそろ彼らも気づくはずだ。流石に連絡が取れず心配させるのはまずい。明日にまた考えようなんて、ナイーブなことを思っていたが、それは俺個人の心情によるものだ。多分明日以降、迷惑をかけることになる人たちにそんなことはできない。



 案の定、数多の通知、蟻正や空音隊長からのメッセージが表示されるが、その中で一つ、異様なものがあった。パンツ一丁の変質者の名前で送られてきた、数分の動画である。動画のサムネイルはどこかの会議室。血にまみれた床だけが映っていた。タイトルは、『見本をみせます』。



 同時に、バーの隅にあるモニターから、ニュースが流れだす。



『緊急事態です。徳川ネオインダストリー本社支部第76号ビル35階にて、先ほど戦闘が発生した模様です! 現場には本社直属の戦闘部隊が突入を開始しています!』



 なんだこれは。空音隊長と蟻正に一先ず居場所と状況を報告する。その後すぐに、コンタクトレンズに搭載した網膜投影機能で、ピンホールたちに見えないように動画を再生した。



 イチロウが仕事をする姿を、まだ見たことがない。強いという話は聞くが、その真実にすごく興味があった。ピンホールに断りを入れ、網膜に映る映像に集中しようとする。動画が始まると主に、ポップな音楽が流れだした。



『この動画は、御覧のスポンサーで提供されております!』



 下にはパンツ野郎の写真と、恐らく動画編集で疲弊した蟻正が描かれている。……これ、本当に重要な動画なんだよな?

ようやくイチロウの出番です。長かった……

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