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出社時は前方注意で

 空音の指示に従って小型の装甲飛行船に乗り込み、かつて東京と呼ばれた都市を眺める。空を幾つかの飛行船が行き来し、その下には無数の太陽光パネルが設置され地上に影を落とす。さらに下には無数のビルと地下街が僅かに覗いている。遥か北には一面ぽっかりと廃墟になった区画があり、都市はそこを避けるように作られていた。



 空から街を見下ろすのは初めての体験だった。というのも空を移動できるのはごく一部の富裕層、あるいは警備関係の人間だけだ。対空防衛兵装を邪魔しない為に、徳川ネオインダストリー自治区上空は常に交通量が制限されている。



「初めての光景じゃろ?」



 その言葉に意識を室内に引き戻される。装甲飛行船の中は武骨な仕様になっている。机も椅子もガチガチに固定されており、急に飛行船が方向転換してもずれないようになっている。いや、これは砲撃対策なのだろう。よく見ると弾痕が残っている部分がちらほらと存在していた。



 武器や緊急治療用の道具や生命維持ポッドが室内の大半を占拠している。噂に聞いた内容に恥じぬ、戦闘部隊が使用するための装甲飛行船であった。



だが目の前の女性はそのイメージと大きく異なっていた。



「ぐわー、面接は嫌いじゃ。皆そろって妾を怖がるし……」



 空音は体を椅子に預けて手足を投げ出す。ジャケットを乱暴に脱ぎ、棚に乱暴に置く姿は疲れたサラリーマンそのものだった。ただしあの薄っぺらな威圧感はそのまま。遅る遅る彼女に俺は問いかける。


「あの、BRIGADEに配属という事ですが」


「そうじゃ、これからよろしく頼むぞ、セツナ! 妾はBRIGADEのトップ、空音テン。『千里眼』などと呼ばれているがお主も見抜いている通り、ただの勘違いじゃ」


「やっぱり勘違いなんだ……」


「うむ、実力は欠片も無い! 適当な事を言って深読みさせるのが得意じゃ! これ一本で数多の権謀術数を潜り抜けてきたからの!」



 カスである。上層部にこんなのがいてたまるか。あの怖い幹部のオッサンが最高にまともな人間に見えてきた。コネをしようが汚職をしようがこれより酷い事態はないだろう。



 驚愕する俺を他所に、彼女の後ろで直立するパンツの変質者がうやうやしく頭を下げる。まるで執事のような振る舞いだ。だが手に持っているのは新品のボクサーパンツである。



「BRIGADEのパンツ担当、イチロウと申します。周りからは『変態』『変質者』『社内を歩くな』『せめてネクタイは付けろ』などと呼ばれております。最近は皆さまの勧めに従いネクタイと革靴を履くこともあります」


「もう嫌だこの部隊」


「誤解されているようですので補足しますが、私は他人が履いたパンツが好きなわけではありません。パンツという存在の機能美と歴史に惹かれているのです」


「そこを嫌って言っているんじゃないですよ!」



 マトモな人間がいない。深く絶望する俺に対し、イチロウは「ですがこの部隊は強いですよ」などと平然と抜かす。何を言っている、能力詐称とパンツ担当しか紹介されていないクソ部隊に一体どんな未来があるというのだ。訝しげに睨みつける俺を、柔らかな表情でイチロウは宥める。



「これだけの権限を維持できている、それが全ての証明です」



 ……確かにそれはそうだ。BRIGADEは俺が中等学校に入る前から噂になっていた。通常であれば実力不足が露呈し、地下街の端に追いやられるのが普通だ。しかし彼らは本社の魑魅魍魎を押さえつけている。パンツ一丁で堂々と社内を歩き回り、幹部に謝罪をさせた。



 理解不能の部隊。能力を隠して生きようとする俺とは正反対の、異物でありながらそれを認めさせている生き様。



 だがその上で俺は彼らに言わなければならなかった。



「すみません、配属を辞退することは可能でしょうか」



 俺は世の中の端で生きていたかった。確かに能力を使えば多少は活躍できるだろう。だがその代償は吊し上げられ、検体として解剖される未来だ。1()0()()()()()()()()だけはもう、起きて欲しくなかった。



 彼らの傘下であれば検挙を防げる、という考えもあるだろう。だが今のところ能力詐称女と変質者しかいないBrigadeに、信を置くことはできなかった。



 彼らは俺を見てため息を吐き、拒否を突きつける。



「無理ですね」


「無理じゃの。そもそも王我の息子を蹴ってお主を採用したのじゃ。妾の傘下から離れたが最後、嫌がらせが無制限に飛んでくると思った方が良い」



 空音の言葉は実に正しい。なんでそんなことをしてくれたんだ、と頭を抱える。空音は立ち上がり、しゃがみこんで視線を合わせてきた。濁った眼が俺の脳内を突き刺す。



「軽い気持ちではなく、切実な理由があっての事じゃな。なるほど」



 俺は何も言っていない。だが空音は確信を抱いたのかうんうんと頷き胸を張る。



「ならば一回目の任務で成果を示して見せるのじゃ。見事成功すれば、妾の影響下にある末端の警備部隊に移籍してもよいぞ。当然、嫌がらせを防ぐ所までセットで、じゃ。何分うちも人手不足、働かずに逃げるのは勘弁してほしいの」



 ……信じられないくらい俺に有利な提案であった。彼女の立場を考えればそもそもこんな提案をする必要はない。脅す材料はいくらでもある。さらに言えばその提案の的確さも異常だった。



 確かに彼女の威圧感については、100%ただの勘違いなのだろう。だがその千里眼という名は、あながち嘘ではないのかもしれない。俺は静かに頷く。



 装甲飛行船がビルの屋上に着陸を始めた。再び外を眺めるがやはり夕日が指している。驚きに満ちた一日が、終わろうとしていた。




◇◇◇◇◇



 ぼんやりと、遠い記憶の中を歩いている。足元の砂を踏みしめ、雑踏の中を俺達は走る。


「セツナ、タイチ早く行くよ!」


「おい、ナナカ待てよ!」



 気の強そうな少女がずんずんと先行し、その後ろを俺とタイチが追いかける。もう彼らの顔も姿も朧気であった。周囲は瓦礫と廃金属で造られた掘っ立て小屋ばかり。ガラの悪い大人たちが肩を落としながらとぼとぼと逆方向に歩いていく。その先にはトクガワコーポの自治区があった。



 そう、ここは汚染区域。()()()()()()()()()()()()()()()()区画。俺達のような生まれも不確かで、出生税を納めることの出来ない赤ん坊の行く末は2つ。身体改造の実験体にされて出荷されるか、あるいは汚染区域に捨てられるかだ。



 だが汚染区域の中も、生きにくいわけではないのだ。特に俺達のような赤ん坊の頃からいて、汚染への適応を行える人間であれば。俺の指先に白い光が走り、帯電する。



 超能力。それは汚染への適応から生まれる。正確には汚染適応度、というものがあり4段階目から超能力を発現する。さらに身体強化と毒物耐性も追加され、その結果通常の身体改造が行えなくなることもある。通常の人間と大きく異なる以上、同様の施術だとエラーが発生するのだ。



だがそれは金のない俺達にとっては悪くないことであった。この身体能力を活かして電気工事や建築、修理や医薬品の運搬など、犯罪に手を染めずに生きる手段を与えてくれたからである。



 赤ん坊の俺達を回収したグループも、そういった労働力狙いの奴らであった。汚染適応度の高い俺達は所謂「幹部候補」としてまともな扱いを受けることが出来ている。



 だがそれも、この日までの話だった。銃声が響く。空を所属不明の装甲飛行船が覆い隠す。何百人もの改造人間がパラシュートで降下してくる。



 嫌だ。思い出したくない。記憶がぶつ切りになり、夢から覚醒したいと意識が叫ぶ。だが最悪な事に、俺の頭はいつもあの最後のシーンだけは俺に映し出す。



 ナナカとタイチの足が吹き飛ぶ。悲鳴と共に彼らが崩れ落ち、マシンガンを構えた青髪の改造人間と、槌を構えた赤髪の改造人間が後ろから近づいてくる。



「原料は脳以外不要だ、廃棄部位はどうなっても構わん」


「へいへい、全員挽肉にしてやるよ!」


 

 足元の二人を見る。ナナカは優れた技術者だった。この歳で大人顔負けの知識を披露し、様々な局面で皆を引っ張る。上手くいけば戸籍を取得し、コーポで働くこともできるだろう。タイチは高い身体能力を持っていた。警備隊に就職すれば多くの人々を守ることが出来るだろう。その面倒見の良い性格は多くの仲間とよき関係を作れるはずだった。



「逃げろ……!」



 タイチの言葉に止まっていた足を再び動かし、がむしゃらに逃げだす。背後からは改造人間たちの会話が聞こえてくる。



「いや~、いい仕事だぜ。ミュータントもどきを狩るだけでこんなに高給だなんてよ」


「能力者とかいう社会のゴミの処理は、多くの市民にとって重要な事だからな」



 能力者であり、人と違う。ただその一点で俺達は次々と狩られて行った。涙を振り払いながら地獄の中を逃げ惑う。ああ、だから俺は隠れるべきで、世界の隅で一生を終えるべきなのだ。悪目立ちをしたが最後、また同じことが起きてしまうから――。



◇◇◇◇◇



 翌日。軽い倦怠感と共に自室で目を覚ます。狭い部屋の中ではいつも通りの時事ニュースが流れ出ている。



『王我コーポは昨日、同業2社の買収を発表しました。代表の王我氏は「今後とも徳川ネオインダストリー様への貢献に精進する」と述べております』



 朝から不快な名前を聞いたため、反射的にモニターの電源を切る。黒い画面が若干寝不足の俺の顔を反射し、さらに不機嫌な気持ちになる。本当に嫌な夢だった。



 同時に、ベッドの外に置いていた端末が光る。そこには『退寮通知』と『Brigadeへの配属について』と書かれた文字列があり、ため息と共にそれらを確認する。



 内容は極めてシンプル、タイトル通りのものだ。ため息をついていると、外から声が聞こえてくる。そういえば朝食の時間であった。



 適当に服を羽織り、外に出る。3月25日。周囲は多くの同級生や下級生が行きかう。この中等学校は一つの箱庭になっており、ありとあらゆるものが内部で完結する。とはいっても、それもあと数日。



 中等学校を卒業した以上、この寮から出ていく必要がある。つまり以降の家賃は自分で支払う必要がある。あの嘘まみれの女はどれだけの給料を払ってくれるのだろう。そう思っていると画面にさらなる表示が映る。



『新入社員へ:入社前研修のため、11時に中等学校入口に来い。迎えに行く』



 ……全て初耳の情報である。当日に送ってくる連絡ではない。しかも文面の命令口調を加味すると、おそらく俺の知っている人物でもない。あのパンツ野郎と嘘つき女であればもう少し緩やかな表現であろう。



 昨日と同じように、変わらぬため息を吐きながら俺は足を進めた



◇◇◇



 校舎前。厳かなレンガ造りの校門に反し、その周囲にはきらびやかなビルが立ち並んでいる。空間のいたるところに広告が張り巡らされ、学生たちを食い物にしようと様々な娯楽系企業の狙いが透けて見えた。事実、子供の頃に得た趣味が大人になっても継続する確率は高い。だから子供のうちに教育を行い、将来的な太客に仕立て上げるのだ。




「鬼滅のブレード64期放映中! 128体の無残を倒せるのか!」


「ファイナルファンタシー6、7回目のリメイク版が遂に発売!」



 だがその一方でエンタメについては使いまわしが非常に多い。というのもこれは人々の寿命に関連があった。



 金があれば機械への置換で半永久に寿命が伸びる。そして企業としては貧乏人から少しずつむしり取るよりも、金持ちから一気に回収したほうが効率が良い。



 そういった理由で寿命を伸ばせるほどの金持ちたちが知っている、著作権保護の切れた昔の作品の焼き直しを無限回行っているのが今の企業だった。特に100歳を超えた金持ちの老人たちは新しい娯楽を受け入れるほど暇があるわけでもなければ脳の柔軟さがあるわけでもない。だから自身の知っている、直ぐに楽しめる娯楽を提供する企業が多いのは彼らにとっては助かるのだ。



 一方で俺たちのような若者としては、少し退屈してしまうところもある。最近は21世紀前半の娯楽が流行しているが、100年以上前の作品を最新の流行と言われてもなぁ、と思ってしまうのだ。故に当然ながら、若者の間でも新たな流行が生まれている。



「おいおい、あのニューロンメモリ買ったか?」


「買ったぜ、見てみろよ。この女の人」



 2人の生徒が校門の前で立つ俺の横を通り過ぎてゆく。彼らの手には小さなメモリーカードが握られている。それこそが今、若者の間で流行りの五感を支配し様々なことを体験させるメモリ、ニューロンメモリだ。



 やっていることは結局22世紀初頭のVRMMOなどの体感型ゲームに近い。異なるのは犯罪や性行為など、かなり過激な内容を追体験できるということだ。それこそまるで実際に行ったログをそのまま流しているような。



ちらり、と彼らが持つメモリの梱包を覗き込む。桃色の髪をショートに切りそろえた美人は、その身をほとんど面積の無い水着で覆っている。恐らく性的なものなのであろう。彼らは意気揚々と寮に戻ろうとして、そして背後からかかる声にびくりとする。



「貴様ら、それは違法物だ。押収する」



声をかけたのは一人の男だった。30歳ほどで、長身をかちりとしたスーツで包んでいる。金色の髪を短く切りそろえており、顎髭もきちんと整えている。その生真面目そうな男の最大の特徴は左手だった。



戦闘用の義手。肩から手の先までが分厚い装甲に覆われており、内部を欠片たりとも露出させていない。見たところ近接戦用のハイパーリムのようだが、その至る所に細かい傷がついている。歴戦の証。そして胸元には「Brigade」の文字があった。


学生たちは顔を背けてメモリを足元に落とし、一目散に逃走する。後姿だけであれば検挙の証拠になりえず、さらに校内であれば捜査もしにくいという判断だ。


 金髪の男も深追いする様子はなく、深くため息をつき端末を操作する。



「ああ、今送った映像の連中が違法メモリを所有していた。売人に繋がっているかもしれん、調べておけ」



 それだけ言って彼は端末を閉じる。同時にいつの間にか周囲に人が集まってきていた。彼らは遠巻きに金髪の男を囲み、ひそひそと言葉を交わしている。



「BRIGADEだ……!」

「本物じゃん、この前のハイジャックも彼らが解決したんだろ?」

「給料数千万とか聞いたぞ?」



この時代における金銭単位は、大戦以前のインフレと戦後の大規模なデフレにより、2000年代に近い金銭単位に戻ってきている。徳川ネオインダストリーは円を基軸通貨として用いており、彼らの傘下内では円での支払いしかできない。


 給料は高いと思っていたがそれまでとは。驚いている俺の目の前に、更に見覚えのある姿が現れる。


王我だ。


「BRIGADEの人間だな? ボクを今すぐ採用しろ!」


 彼は堂々と金髪の男に歩みより、彼に食って掛かる。未だ子供の彼が叫ぶその姿は駄々と呼ぶにふさわしい。金髪の男は頭を掻きながら「申し訳ないが」と前置きし、強い断りを入れた。



「君では3日以内に死亡する。実力を付けてから応募したまえ」


「何言ってるんだ、ボクのパパは!」


「パパが誰だろうと、銃弾は聞く耳を持たない」



 バッサリと王我の言葉を切り捨て、金髪の男は俺の方にはっきりと視線を向け、手招きをする。



「下らない時間を私に使わせるな。行くぞ新入り」



 長身を屈めて、男は車の運転席に入っていく。観客の目が俺に向く中、それに耐えかねて早歩きで歩み出す。ぽかんとした王我の横を素早く通り抜け、開かれた助手席から中に入った。



 内部は何に使うのか分からない物理スイッチが大量についている。恐らく外部からのハッキング対策なのだろう。男は俺が座ったのを確認し、パチパチとスイッチを入れていく。車のエンジンが始動し、発信注意の警告が表示される。発進時の事故防止の為に、周囲にホログラムが表示されるのは一般的な機構だ。だがそのホログラムに影が映る。



「ちょ、ちょっと待て! 何でお前がいるんだよ! ボクじゃなくて!」



 我を取り戻した王我は慌てて俺達の前に立ちふさがろうとする。車の前に体を割り込ませた彼であるが、タイミングは最悪であった。そう、金髪の男は先ほどスイッチを入れたばかりである。



「話をぶほぁ!!!」

「……」

「録画があるから訴えられることはない。行くぞ」



 宙を舞う王我を横目に車が走り出した。出社初日に人を撥ねる職場ってなんだよ、と俺は溜息をついた。やはりこの部隊、全てがおかしい。

因みに就職活動は1回のみ(まさか自社以外に就職するなんてありえないので)である関係上、卒業ギリギリ手前に行われるのが慣例です。全ての職場はノルマに追われており、漏れなくブラック企業。徳川ネオインダストリーは最高の企業です。



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[良い点] 読み終えてから改めてタイトル見て笑ったw
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