暗雲
「15年前、妾がまだ13歳の時じゃな。当時、徳川ネオインダストリーは1代目の総裁が倒れ、2代目を決める後継者争いが発生していた。血縁を重視して擁立されたのが実の子供である兄上、妾。実力主義を掲げて擁立されたのが現社長じゃ」
その話は聞いたことがある。俺が生まれる前後ぐらいに起きた騒動だ。当時は各企業が複数の派閥に分かれ、次期総裁の座とその甘い汁を狙って争ったと聞く。現総裁は一代目と全く血の繋がりは無いが、初期から一代目を支えた功労者。経験豊富で実力十分、15年たった今も徳川ネオインダストリーがきちんと繁栄していることからわかる通り、優秀な男だ。
「空音隊長が一代目の血縁とは、知りませんでした」
「そりゃそうじゃ。今でも「あなたこそが徳川ネオインダストリー総裁の座に相応しい! レッツ反逆!」などとほざく無能が偶に出てくるから、黙っておるのじゃ」
「ということは、その『目』も?」
「逆じゃな、観察眼だけ遺伝した。父上は優秀じゃったが、妾に引き継がれたのはそれだけじゃ。そのせいで、酷い様になった。通常は多くの人間を見て、まねることで立ち振る舞いというものは生まれる。ところが幼い妾は、『目についた』ものばかりを真似してしまった」
「目についた、ということは特段優れた、という意味ですか」
「そうじゃ。何かを知っているが故に一拍溜める癖、策があるが故の余裕。そういった、徳川ネオインダストリーの最上位、化け物揃いの役員達の真似により、生まれたのが今の立ち振る舞いじゃ。無意識でやってしまうから、もう止めるわけにもいかぬ」
凄く微妙な理由だったが、面接の際の、目にこだわる理由は分かった。目のせいで彼女は極めて苦労をしているし、一方で得もしている。それはそれとして、空音隊長にビビっている皆さんに謝ってほしいところでもあるが。もっと凄まじい経緯や過去があると思いきや、完全にただ優れ過ぎている部分のせいで変な方向に突っ切っちゃっただけじゃないか。
まあそのお陰で俺たちは今、こういう居場所を作ってもらえているのだが。
「と、話が逸れたの。妾を見れば分かるように、一代目の子供はあまりパッとしない面子じゃった。絶妙に平凡な兄上と、外側だけの妾。他は血縁が薄かったなどの影響もあって、実は初期時点から現総裁が2代目の最有力候補であった」
「……そういえば兄上のお話は教科書で読んだ覚えがありますね」
教科書の内容を思い出す。2代目就任時、様々な悪行を行った1代目の息子を、徳川ネオインダストリーは追放。総裁の座は血縁ではなく実力で決定する、ということが決まった瞬間でもあると。あれはかなり美化されているはずだが、中身はもっとドロドロだったのだろう。空音隊長の顔が曇る。
「妾と兄上は最初の時点で2代目総裁に交渉、彼を擁立することで合意していた。だがそうはいかないのが各企業じゃ。特に2代目総裁を嫌うものや、他の大企業は彼以外の無能が就任して欲しかった。結果起きたのが、兄上と妾の誘拐・洗脳未遂事件じゃ。裏に潜んでいたのは鎧装連合」
「思ったよりドロドロしてないですけど、その分もっと不味いことが起きてますね……」
「普通に妾たちは2代目と仲良しじゃしな。去年もお忍びでご飯を奢って貰ったりしたぞ」
「完全に叔父と姪の距離感!」
「兄上は捕まったが、妾は護衛の手引きがあり、無事に逃げ出せた。そしてスラム街で隠れる中、出会ったのがイチロウじゃ当時は30台半ばくらいじゃったか」
ようやく、パンツ一丁ではないイチロウが出てくる。彼もまた、スラム街の出身らしかった。なんというか治安が悪いなこの部隊。隊長以外今のところ全員スラム街で過ごしていた時期あるぞ。あと、パンツ一丁じゃないイチロウが全くイメージできない。アイデンティティの9割を喪失している。
「妾は一目見て分かった。あれは人の形をした怪物じゃと。だからこそ、妾は交渉した。『仲間にならぬか?』と」
「その答えは?」
「『それは、人の役に立てるのか?』」
「思ったより繊細で、かつ曖昧な問いかけですね」
「逆じゃ。あれだけ何でもできるからこそ、じゃ。能力が高いからこそ、その力をもってしても変えられない社会、自身の影響力の限界に絶望する。お主と同じようにあいつも悩んでおったのじゃよ」
何となく、イチロウの気持ちが分かる気がした。例えば俺は、不意を打つ必要があるが、ECR上位のハンマーメイズに勝てる。世間的には間違いなく強い部類だ。だが、超能力者であるとバレることに怯え、隠れ続けなければいけない。
実力だけでは何一つ変わらない。ただの暴力に過ぎない。その上に様々なものを加えることで、ようやく変えることができる。離反を防げたのも、ハンマーメイズを倒したからではない。兵器の存在に気付いたものがいて、BRIGADEが任務を引き受けて、そして現在進行形で後処理をしてくれているからだ。
だから空音隊長はなんてことのない表情をしながら、その存在感を最大限活用して交渉の席に立ち続けている。イチロウや蟻正、今後は俺の暴力を、社会を守る力として使うために。
「そのために、少数精鋭で大事件を解決する組織を?」
「うむ。イチロウを雇った後、半日で誘拐犯を捕縛。兄上を名目上だけ追放することで膿を一掃。そして今に至るというわけじゃ」
長く喋りすぎて、少し冷めたサンドイッチを空音隊長は頬張る。話にしてみれば簡単である。最強に、活躍の場を与えたというだけの話。『社の利益』というBRIGADEの方針も、俺たちがやりたくない仕事をしなくて済むように掲げているだけにすぎないのだろう。
改めて恵まれた、と思いながら俺もサンドイッチを頬張る。家も買えたし仕事もある。クソみたいな差別もなく生きることができる。
初めて人として生きることが出来ている、そんな気持ちになった。
「で、どうしてイチロウさんは強いんですか?」
「さあ……?」
知らんのかい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同時刻、王我コーポ最上階。雪城セツナと空音テンが呑気に食事をしている一方で、室内は怒号に包まれていた。
「証拠は全て削除したな!」
「はい、滞りなく。一先ずあと数週間は誤魔化せるかと。ただそれ以降は追及を避けられないかと」
「くそ、BRIGADEめ……!」
王我社長と執事は必死にデータの削除を行っていた。『エデンの子供たち』の研究と離反に関与していた彼らであったが、蟻正の襲来と共に全速力で手を引いていた。おかげで最初の段階で証拠を発見され、捕まるということは避けられている。
だが、BRIGADEには当然バレている。となれば後は時間の問題だ。それまでの間に身の振り方を考えなければならない。電気椅子が近づく中で、王我社長は冷や汗をかき、俯きながら端末を開く。直ぐに通話はつながった。表示名は鎧装連合。徳川ネオインダストリーと敵対する、世界の1/3を占める大企業。
「連絡役殿。諸事情により亡命したい。渡せるものは全て渡す」
『おやおや、駆け引きは良いのですか? 良い条件で亡命しよう、ですとか。それに、『エデンの子供たち』との取引は?』
「している場合ではないのはそちらも把握済みだろう。それに、『エデンの子供たち』はデータ以外は不要との判断で、現在は音信不通だ。こちらの要求は家族と重役の市民権と安全の確保、慎ましく生きていけるだけの金。物わかりの良い亡命者だと思わないか?」
『ふふ、確かにそうですね。変に要求が大きくない分、連絡役として上層部に話を通しやすいのは事実です』
王我社長は虚勢を張る。そもそも彼に、自社愛などない。とにかく金を得て、欲の限り暴れたいという、分かりやすい思考の持ち主だ。だからこそ成功したし、だからこそ鎧装連合は目を付けた。連絡役は上機嫌な声で、条件を突き付ける。
『本社に差し押さえられた装置。あれを回収して、こちらに持ち込むのが最低条件です。治安維持部隊を使って、護送中に経路を変えるだけですよ。勿論、それ以外のデータも持ってきて頂かないと、随分と貧しい生活を送ることになるかもしれませんが』
王我社長は無言で頷く。離反は死刑か無期懲役しかありえない。ましてや責任者である社長であればなおさら。だからこそ、選択肢は無く、走り切るしかない。
現状王我コーポをマークしているのはBRIGADEだけだ。となれば、チャンスは必ずある。そこを逃さず脱出すれば、必ず勝機は生まれる。人生の続きがある。
彼は画面を開く。王我コーポの地下三階、研究棟にて横たわる女を。ECR99位、最強クラスの傭兵、ハンマーメイズ。彼女のベッドには培養液が浸されており、チューブが体の中に突き刺さっている。そして見た目は大きく変わっていた。全身を黒を基調とするハイパーリムで覆っている。全てが電撃耐性を施されており、『PCP』は試作品ではなく完成品が装着されている。
「今度こそ役目を果たせ、傭兵!」
王我社長は画面に向かって叫ぶ。彼は気づかなかった。彼女の改造した目、その隅に装着されているメモリーカードが抜きとられていることを。それが誰が盗ったか、ということを。
「雪城のやつ、ゴミだったのかよ! ゴミは犯罪者予備軍だ、日向にいていい存在じゃない、合理的に隔離されて押し込められるべきだ! なのに嘘をついて、正しく生きる人々に紛れ込むなんて許せない! ましてやBRIGADEだと、徹底的に潰してやる! ボクは御曹司だぞ!」
自身の息子の、嫉妬心と差別の激しさを。
『鎧装連合』
名前の通り、パワードスーツや重機等、機械系に強い企業。特に一部の精密機械は彼らしか作れないものも数多く存在する。一方でバイオ系に弱く、社員の平均寿命は短い。徳川ネオインダストリーから生体工学の技術を得ようと工作活動を活発化させている。
王我カナト君久々の登場でした。次話より1章クライマックスに向けて突入です。
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