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サンドイッチ

「それではこちらは如何でしょうか! 西地区の高層ビル最上階、3層に分かれた大きな室内は特殊ガラスで構成されており、のぞき見を防止しつつ自然光を浴びることができます! さらには室内には株取引用超高速回線が用意されているのも特徴です」



 スリムな紺のスーツに身を包んだ男が手を振るうと室内のホログラムが切り替わる。実際に室内を撮影し、3Dデータに置き換えた映像である。実地に行くより早く、時間をかけたくない顧客にぴったりのシステムだった。



 あれから1時間ほど、俺と空音隊長は不動産業者の元に訪れていた。本人曰く、業者を呼ぶより出向いた方が早いとのことだった。だがそれが今、変な方向で影響している。



「値段はいくらなのじゃ?」


「1億に……失礼しました、8000万となります!」



 そう、空音隊長による勘違いである。一般的に不動産の価格は、顧客の信用度により上下する。その理由は、変な客を入れてしまった場合のリスクである。



 単に金を回収できないだけならいい。状況によっては犯罪に加担しているとみなされることや、敵対企業からの嫌がらせのネタとなってしまうこともある。特に犯罪や汚職が横行している大戦後では、クリーンな顧客が欲しくて仕方がない。それが不動産業者の本音だった。



 そういう意味ではBRIGADEは最高の条件なのだろう。ちらっと営業マンの手元の端末を覗き見た数字では、勤続率100%、死亡率0%、給与の詳細は見えなかったが桁が多かったのは確かだ。それに加え、本社直属という立ち位置。



「ここはいいと思うぞ、セツナ。住む場所が違うと気分も変わるというものじゃ!」


「でも金額が」


「問題ございません。雪城様でしたら最大10年……40年ローンまで組んで頂けます!」



 追い打ちが空音隊長の存在感である。先ほどから金額やローン期間が異常なブレ方をしている。俺はふーんと受け流せているが、空音隊長の振る舞いは邪悪そのもの。「無駄な金を乗せるならば殺す」という雰囲気が漂ってくる。ラスボスが街に買い物に来ているような状況で、変なことができるはずもなく。今提示されているのは本当に最低金額なのだろう。



「もっと地味な場所がいいんですよね。できれば飛び降りとかが容易な3階くらいで」


「飛び降り……?、失礼しました、何も聞いておりませんとも、ええ。それではこちらとかは如何でしょうか!」



 もう一つ物件が提示される。それはBRIGADEの事務所から10分程度のビル3階。部屋はかなり広く、一人暮らし予定なのに4部屋あるという贅沢ぶりで、それでいて価格は5000万程度。さらに室内の改造が可能だ。



 この室内の改造可というのが地味にうれしい。万一の時に、窓や壁を破壊して脱出できるか。防弾扉にして襲撃にひと手間かけさせられるか。こういったちょっとの工夫が、命を救ってくれる。汚染区域で学んだことの一つである。公共交通機関へのアクセスが微妙、などいくつかの問題点もあるが、俺にとっては気にならない程度の物ばかりだ。



「ふむ、築年数は悪いがまあ良いじゃろう。ここにしておくか?」



 空音隊長が聞いてくる。正直収入があったとはいえ、このレベルの買い物を初任給でするのはまずい気もする。だが、ここまでの値引きも今回だけだろう。次回一人で来たら、いくら請求されるかもわからない。最安値で、絶対に必要なもの。



 ダメ押しと言わんばかりにホログラムが表示される。映し出された室内は極めてシンプルだ。清潔な木材風の床と、白い壁紙。トイレと大きな風呂と調理台。自動洗濯機と家事ロボットの設置場所も十分だった。


「そうですね、ここにしたいです」


「ありがとうございます!」


◇◇◇


「お主、ジャンクフードしか食わぬのか?」


「そういうわけではないです。ただ、大規模展開してる店舗は客層が広い分、天然物も置いてくれている可能性が高いですから。特にジャンクフード系の店は、天然食が安く食べられるので好きなんですよ」


「確かに、お主は身体改造なしじゃからなぁ」



 空音隊長の所有する車は、蟻正と同じ機種であった。恐らく業務用ということで同じ車種を一括購入しているのだろう。だが違いは、内部の機械スイッチが減っているということと、外が真っ赤であるという点だ。



 助手席に座った俺は、空音隊長にサンドイッチを手渡す。適当に近くの有名なチェーン店で購入したものだ。サンドイッチの中には卵と野菜、そしてよくわからない合成食のペーストが入っている。一番人気、と書かれたそれを零さないように小さく齧り、空音隊長は笑顔を浮かべた。



「これじゃこれじゃ、イチロウはあまり食べさせてくれないからのう!」


「そうなんですか?」


「下町の合成食には少し危ないのも入っておるからの。妾は結構好きなのじゃが、やはり止められてしまうのじゃ。うーむ、量を控えれば害にならぬというのに、過保護め……」



 空音は複雑そうな表情をする。そういえば、彼らのことについて全然知らないな、と俺は思ってしまう。蟻正についてはある程度は掴めたつもりだが、特にイチロウがわけわからなさすぎる。なんだ最強のパンイチ野郎って。それに空音隊長もなんだよ、その存在感。共に仕事をする仲だ、最低限のことは知っておきたい。



「イチロウさんと空音隊長ってどんな関係なんですか?」



 問いかけながら自然食オンリーのサンドイッチを頬張る。空音隊長は天井を見つめ、懐かしい、素晴らしい過去を思い出すかのように言った。



「出会った当時、イチロウはまだ変質者では無かったのじゃ」


「噓でしょ!? 生まれた時からパンツ一丁じゃないんですかあの人!」


「親の腹から出てくる時は流石に違うじゃろ。……なんかあり得る気がしてきたのじゃ……」



 俺の頭の中に、パンツを履いたまま生まれる赤ん坊の姿が鮮明に浮かびあがった。帰ってください、お願いします。

『不動産業者』

冷や汗が出まくり。紹介を終えた後、背後に隠れていた営業部長と抱きしめあった(変なことすると殺されると思ってた)。


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