初任給
「まだ痛ぇ……」
あれから2週間が経過した。蟻正はあの後、俺をBRIGADEと関係のある病院に叩き込んだ。ついでにこっそり装置を持ち去ろうとしているピンホールに睨みをきかせ、無事に拠点に納入したらしい。
らしい、というのにも理由があり、当然俺は病院から動くことができなかったからだ。腕の筋肉に大幅な損傷、骨近くまで熱が達したことによる火傷、説明は数多あったが俺には関係ない。ただただ痛い。蟻正たちは何度か見舞いに来てくれていたが、強めの薬でぐったりしているか、あるいは痛みに呻いているかの二択なのを見て、ここ最近は来ていない。
彼らも彼らで忙しいので当然ではある。真っ白な壁紙の、トラブル対策のために過剰なほど物が置かれていない空間。窓も何も無く、壁面投影機能も排除された、患者をとにかく管理しやすくするための部屋だ。壁に埋め込まれているモニターには、ここ一週間ほど同じニュースが流れ続けている。
「先週、徳川ネオインダストリーから離脱するべく、武装蜂起を行った企業の取り調べが進んでいます。生物兵器の開発及び自治区中心区への持ち込みは強く禁じられており、非難の声が市民から相次いでいます」
「信じられない暴挙です。内戦を起こそうとするなんて、以前の大戦から何も学んでいないのでしょうか!」
「市民からはこのような声があがっています。また、各社の社長は無期懲役が確定したとみられております。特に、スラム経由で戦車と装甲車を自治区に侵入させようとした件については――」
内容はある程度捻じ曲がっており、真実が語られることはない。しかしとてつもない大事件あったことは確かであり、今はどのニュースもこの事件について語り続けていた。
犯人として挙げられた企業の中に王我コーポの名前はない。証拠を最速で消したのか、あるいは初めから関係が薄かったか。また、挙げられた企業は3社だけであった。蟻正の話からすれば、もう何企業かあってもよさそうである。今捕まっているのはトカゲの尻尾なのかもしれない。
だが、それをイチロウや蟻正が放置しておくとは思えない。王我コーポ含め、逮捕は時間の問題であろう。
というわけで、悲しみと共にまだわずかに残る痛みを噛みしめる。流石の医療技術と超能力者としての再生能力。特に、俺は電気を操る能力であるため、電気と付随する熱への耐性は高い。医者が五回くらい患部を見直すほどである。
改めて腕を見ると傷はほぼ塞がっている。超高温のレールガンが2発通過したと思えない姿だ。本来であればもっと早く治せるらしいが、熱が神経に達していたため、丁寧に治療を行ったとのことであった。
軽く伸びをする。ここ最近、やらなければいけないことがあまりにも増えていた。というのも、気が付けば4月に突入しており、俺はなし崩し的にBRIGADEに正式所属となった……のだろうかは不明だ。そこを確認する間もなく、時は過ぎて行っている。いずれにせよ、俺がまず初めにするべきことと言えば、新居を探すことだった。
4月になったということは、俺は完全に卒業し退寮になったということ。まとめていなかった荷物は業者に纏めてもらったものの、その行き場がない。つまり俺は、退院した瞬間にホームレスとなってしまうのである。
そんなことを考えていると、扉の向こうが騒がしくなる。ピンポーン、という気の抜けた音と共に入ってきたのは、どす黒い邪悪そのもの。一挙手一投足が企みに満ちた、極悪人。
「お、ようやく治療が完了したのじゃな!」
「まだ痛みは少し残っていますけどね。少しであれば外出も許可されています」
つまり、ただの空音隊長である。以前病室に来たときは、目の下の隈がひどいことになっていた。だが今は元気そうで、服装も落ち着いた色のワンピースを着ていた。角度により文様が変わる工夫を凝らしているそれは、彼女が着ると魔王の服に早変わりする。
が、中身は全くそんなことはないようで。「新入社員が大怪我とは、流石に心配したのじゃ」と胸を撫でおろしている。分かりにくいようでわかりやすいその姿に苦笑した。
忙しい空音隊長が何故わざわざ見舞いに何度も来ていたのか。勿論新入社員のケアということもあるのだろうが、それ以上に大事なことがある。彼女は回りくどい話は面倒だと判断したのだろう、単刀直入に本題を告げた。
「さて、妾から確認しておくことが一つあったので、改めて。初めの約束、どうするのじゃ?」
その言葉と共に、空気が緊迫する。初めの約束。任務成功と引き換えに治安維持部隊への配属移動を行う、というもの。俺は努めて冷静に、最初の懸念点について吐き出す。
「僕が超能力者であることについては?」
「聞いておる。そして、BRIGADEは実力主義。既に超能力者は在籍しているのじゃ」
端的に、しかし完璧に不安を払拭する一言であった。恐らくパンツの変質者辺りは既にそれを見抜いた上で俺を勧誘することに賛成したのだろう。そして超能力者である、という程度のことが押し通せないわけもない。
既に腹は決まっており、空音隊長も俺の心の内を見抜いている。だがそれでも、人生を決めるこの一言を吐き出すには少し勇気がいる。ふぅ、と息を深く吸ってはいて、気持ちを整えてから、空音隊長の目を見て言った。
「前言を撤回させてください。僕は、BRIGADEへの配属を希望します」
「今回のように、常に死の危険がちらつくのじゃぞ?」
「それは僕が超能力者である以上、どこに行っても変わりません。ただ、ここで過ごした方が窮屈せずに済みそうです」
「そうじゃな、間違いない」
空音隊長はクク、と小さく笑う。そして「少し早いが」と言って、端末を取り出し何かのボタンを押した。同時に俺の画面に表示が映る。「入金を確認しました」。空音隊長は初めからこれを提案するつもりで、本題を真っ先に話したのだろう。彼女はベッドに座る俺に手を差し出しす。
「妾も少し時間が空いておる。せっかくじゃ、何か買い物でも行かぬか?」
俺は目を丸くする。そこに表示されていたのは、まともな金額ではない。俺の初任給がそこにあった。
「一、十、百、千、万、十万、百万、千万……!?」
「かははは、どうじゃ、桁が違うじゃろう! 重要任務解決時にはこれくらい給与が出るぞ!」
改めて空音隊長の方に向き直り、敬礼の姿勢を取り、俺は叫んだ。
「一生ついていきます! 金最高!」
「妾の人徳じゃなく!?」
それはない。
『BRIGADEの給料』
基本給20万。各任務への貢献度に応じてボーナスが入る仕組みである。通常は高くても数百万円程度であるが、今回は内戦危機+特急料金(2日で即対応)、ということもあり、本社から空音がぼったくったから、という事情がある。
次話、大きなお買い物回。初任給で家を買う男。




