空を突け!
「あ、あれどうするつもり!?」
ピンホールが叫ぶ。先ほどの通信の情報が正しければ、戦車3台と装甲車5台。あまりに御大層なお出迎えである。特に近年の戦車は、単純な貫通力よりも防護性能と突進力を重視している。ロケットランチャーですら無傷で、俺たちを押し潰しに来るだろう。
空には、鉛色の分厚い装甲で覆われた大型装甲飛行船が飛んでいる。丸みを帯びた機体は光を冷たく反射しながら素早く飛行する。両肩についている羽根にはジェットエンジンが取り付けられており、巨躯を飛行させる原動力となっていた。
「どうするんですか、蟻正さん」
敵のトラック内部に入っていた蟻正は、がこんという音と共にコンテナの後部を解放する。そこには無数の臓器が浮かぶ水槽と、謎の大型機械があった。思わず破壊したくなるが、それは一旦後回しにする。やるのであれば、空音隊長と交渉してからだ。
「耐荷重が十分な業務用パワードスーツを使い、これをお前たちのトラックに詰め替えろ。トラック側に何か仕掛けられている可能性は高い。終わり次第脱出を開始する」
「飛行船の方は」
「撃ち落とす」
蟻正は淡々とそう言い、脚部のハイパーリムの力で倒壊したビルを駆け上る。続いて、レールガンを取り出し、淡々と構えた。
レールガン。ローレンツ力により弾丸を加速し、打ち出す武装。蟻正の持つそれは携行用に小型化されている。それでも銃身は1mを軽く超え、太いケーブルが大型バッテリーから伸びている。
だが相手は軍用の大型装甲飛行船。鎧の分厚さは伊達ではなく、所詮携行用のレールガンでは貫通すらしないだろう。ましてや、穴を開けられたところでその巨体には痛み一つない。
「無理だって、そんな鉄砲玉じゃ!」
ピンホールはビルの下でそう叫び、蟻正の反応が無いことに深くため息をつき、手を上げる。仲間の男たちが重量物用のパワードスーツを着込み、作業を開始した。
「言っとくけど、迎撃に失敗したらあたし達は逃げるからね!」
「それでいい」
ピンホールの言葉に蟻正は淡々と答える。そんな会話をしている間にも装甲飛行船は旋回しながら着陸の準備を整えつつある。俺も蟻正の隣まで跳躍した。蟻正はいつも通り淡々と、レールガンの砲身を装甲飛行船に向ける。しゃがんだ姿勢で、彼は空を見つめ続ける。
「勝ち目はあるんですか」
「ある。装甲飛行船は性質上、移動用のジェットエンジンを積んでいて。確実に脆い。そこを狙えれば攪乱が可能だ」
「狙撃対策はしていると思います。命中しますか?」
蟻正の目をのぞき込む。声は淡々としているが、その目には覚悟がみなぎっている。無茶を通すには成果を出さねばならない。BRIGADEはありとあらゆる任務をこなし、社に貢献するからこそ、全ての無茶を許される。
「させる」
蟻正の言葉に、俺も覚悟を決める。無言で腕をまくり、ポケットから取り出した小さなナイフで、縦に真っすぐ、2本の切れ込みを入れる。うっすらと血が溢れ出すが、それこそが俺の能力の補助線となる。そして、汚染区域から出て以来、一度たりとも口に出さなかった言葉を吐き出した。
「僕は、超能力者です」
蟻正は無言で続きを促す、だから俺は、彼のレールガンの砲身の前に、自身の腕を差し出す。ちょうど銃弾が、2本の線の間を通り、腕の表面を削るように。
「能力は電気。ただし、精密な操作や高出力を狙うなら体表が最も効率が良いです。そして、今この血があふれている線を基準に、電流を流しています。同時に、左手を起点に電流を回転させ、磁場を発生させました」
「つまり、砲身を延長し、火力を大幅に上げることができると」
「はい。砲身と電力が二倍なら、弾丸の持つエネルギーも二倍になります。ただし、狙いはずれやすくなるはず。だから、2発で決めましょう。一発目を試射、もう一発目を本命に」
「……いいのだな?」
「構いません」
つまりこの攻撃は、俺の腕を犠牲にして行われる。電流を効率よく流すために、皮膚と弾丸を触れ合わせる。代償に皮膚は引き裂かれ、肉は熱で焼け焦げる。だが今。全てを完璧に終わらせる数少ない方法がこれだった。
下では必死にピンホールたちが水槽や装置をトラックに移し替えている。俺たちは上を見上げ、降り立とうとする装甲飛行船が、狙撃しやすい位置に辿り着くのをただ待った。蟻正は無言でレールガンのセットアップを完了させ続けている。俺は、少し不安になって聞く。彼は、俺が超能力者であることに対して、何も文句を言わなかった。
「……差別しないんです?」
「正義はそのようなことをしない」
「理想主義ですね」
「だからここまで進めた。自身がいくら至らぬ身で、無限に失敗を続けたとしても。立ち上がる環境が用意されていて、理想はそのまま。立ち上がらない理由がない。そういうお前は、逆か」
「理想なんてありませんでしたから。汚染区域で野垂れ死ぬ、という最悪はあっても目指す理想なんてとても」
「そうだな。……改めて、あの時はすまなかった」
「ああ、殴った話ですか」
「超能力者、という背景を考えると、あまりにも不条理な要求だった」
「じゃあ後で殴らせて下さい。それで完全に決着ということで。蟻正先輩」
「その呼び方はむず痒いからやめろ。……イチロウさんに並ぶようになれたら、その時は呼んで欲しい」
「了解です」
装甲飛行船が旋回を終了し、ついに羽根の背部、すなわちジェットエンジンをこちら側に向ける。距離は1km程度だろうか。レールガンのバッテリーが熱を帯び始め、超能力者としての感覚が、圧倒的な電力が注ぎ込まれ始めたのを感じる。同時に俺は、その様子を限りなく模倣する。電流の向き、銃弾の方向、磁場の角度。腕の上に電気が迸り始め、制御しきれない部分が小規模放電という形で現れる。
さらに姿勢を部分強化外骨格の制御により、可能な限り体を固めた。ここから先、俺は欠片も体を動かしてはならない。射撃がぶれ、作戦失敗の原因になる。いかなる苦痛があろうとも、それは絶対だ。
「行くぞ」
「……はい!」
レールガン後端の小型モニターが点滅し、同時に引き金が引かれる。青白い光が銃口から放たれ、轟音が鳴り響く。流石の蟻正、薄皮一枚を削るような精巧な射撃が腕の上を駆け巡る。衝撃波と痛み、熱が俺の腕を駆け巡る。痛い痛い痛い痛い痛い、でも!
弾丸が装甲飛行船に到着するまで1秒もかからない。弾丸はジェットエンジンから僅かにずれた、船本体に命中し、装甲飛行船に小さな穴を開ける。そう、空いた。貫通力は十分。あとは目標に命中させるだけだ!
「行けるぞ、2射目、準備!」
砲身が冷める間も無く、再び射撃準備が始まる。銃口からの煙が失われ、改めて俺の腕が見えた。酷いありさまだ。一直線に肉が焦げた跡ができている。あまりに強い電流を走らせたせいか、弾丸が通ってない部位からも悪臭が漂っていた。痛みは神経を駆け巡り、だが動作を強化外骨格が許さない。
涙を呑み込み、歯を食いしばって震えを堪える。依然俺の腕は銃口の前から欠片も動いていない。例え焦げた肉だろうと、未だに俺の一部である。もう一度、電流を、磁場を。苦痛を押し殺し、再現を開始する。
「こっち、も、行けま、す!!!!」
俺が必死に叫ぶと、蟻正は薄く笑みを浮かべ、スコープを覗き込む。飛行船は大慌てのようで、少し経路に乱れが出ている。だがまだ脱出やパラシュートによる降下は試さないつもりらしい。だから、この一撃で決まればすべてが。
「耐えろよ」
「そっち、こそ、当てて下さいね!」
引き金が、再度引かれる。青白い光が辺りを照らし、轟音が響き渡る。小さな弾丸が肉を削り、超高温の熱が俺の骨まで届かんとする。それでも、姿勢を変えない。銃弾の軌道を維持し、銃弾を加速させる。
弾丸は再度超音速で飛翔し、一瞬で装甲飛行船に辿り着く。そしてここまで響き渡るような音で、ジェットエンジンの核を貫いた。羽根から火が上がり、飛翔が不安定になる。現代の技術は優れており、片方つぶれても飛翔は可能だ。ただし通常のように小回りや降下ができるわけではない。片方のエンジンだけで着地できるよう、通常より迂遠な動きをする必要がある。
『左部エンジン被弾、機能停止! レールガンです!』
『こちら降下部隊、戦車のパラシュート降下不能、足場不安定! 目標着地点までの移動願う!』
『こちらパイロット、片方のみでは時間がかかる。再度旋回を開始する必要あり。本日の風を考慮すると、着地可能高度到達まで最低5分』
『馬鹿野郎、そんなに時間かけたら奪われちまうだろうが!』
ハンマーメイズから奪った端末から、そんな声が響き渡る。足元ではピンホールとその仲間たちが必死に搬入を続けていた。あと数分もあれば、積み込みは完了するだろう。
腕の痛みを我慢できず、俺は倒れこむ。が、体は戦闘用の強化義肢により掴まれ、ゆっくりと担ぎ上げられた。蟻正は武装を持ち、俺ごとトラックに帰る。痛みに耐えながら横を見ると、蟻正の笑顔があった。自分がひねくれているという自覚はある。だが、今はその称賛を素直に受け入れることができた。
「素晴らしい仕事だったぞ」
俺の初めての任務は、こうして終わりを告げた。
次話は後片付けの回です。ようやく折り返し地点なんじゃよ。




