解放
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「作戦は単純だ。まず、相手の弱点の一つが『精密機器を運んでいる』というところだ。そこだけは如何に戦力を高めようと変えることはできない」
「そして先ほど、空路で運送するということが判明しましたね」
「スラムは基本、ソーラーパネルや無数に建築された密集都市の下にある。空路でたどり着ける場所など極めて少ない。ましてや大型飛行船ともなれば、選択肢はさらに絞られる。あとは監視カメラを辿れば確定だ」
「行く先が決まっている、となれば」
「ああ、待ち伏せだ」
◇◇◇◇◇
事前の作戦通りに、灰色のトラックは足を止める。目の前の対戦車地雷は彼らの逃走劇を台無しにする威力を秘めている。除去するまでは進行は不可能だ。そして、除去させないために銃弾が降りそそぐ。ピンホールとその部下はアサルトライフルとマシンガンを構え、銃口を装甲車に向けた。彼女のポケットには、追加任務の前金が入っている。
「いくよ、皆!」
「了解、お嬢!」
「掃射します!」
停止したハンマーメイズたちのトラックを封じ込めるように、背後からピンホールのトラックが現れた。敵の装甲車は装置を守るように車を移動させ、盾として使う。
「打ち返せ!」
そう叫んだ男の手があっさりと狙撃される。スラムの崩壊したビルの一番上に蟻正はいた。狙撃銃を構え、アサルトライフルが命中しづらい遠距離から一方的に射撃し続ける。前回のカーチェイス時と異なり、今は振動がない。蟻正の狙撃精度は本来の勢いを取り戻し、『エデンの子供たち』の選択肢を著しく狭める。
そして彼の脇には緑色の携帯用レールガンと専用バッテリーがある。万一、トラックが逃走した際に防弾タイヤを打ち抜くためのものだ。バッテリーの容量に限界があるため、もって数発だが、その間の火力は期待できる。
皆が他の奴らを引き付けてくれているのを確認して、トラック上のハンマーメイズに俺は一撃を叩き込み、距離を取った。肩の新しい『PCP』は、電流を受け一発で機能を停止する。彼女の全身のハイパーリムは青く発光し、彼女の笑みが深まる。電撃を食らったはずなのに、彼女は楽しそうだ。
「ようやく会話してくれたね。アタシをそう呼ぶってことは君、結構戦闘嫌い? どうしてかな、怪我が嫌? 人が死ぬのが嫌? 負けるのが嫌?」
ハンマーメイズの体が跳ね、一息で距離を詰めてくる。脊髄置換による反応速度向上は、脳と体のラグを限りなく0に埋める。加えてハイパーリムにより強化された体は、踏み出すだけで分厚いトラックのコンテナをへこませた。彼女の持つ槌が、うなりをあげて俺の脳に飛び込んできた。
超能力者としての身体能力で体を沈ませる。スタンバトンを振り回し、2発目の『崩し雷』を発動する。だがその危険性は十分理解しているのだろう。無理に攻めてくることなく、すっと彼女は身を引く。空振りした俺の体を、あろうことか槌を捨て、彼女は素手で掴みかかる。振り終えた右手と、腰に構えていた左手が金属の手に抑え込まれ、握力だけで今にも押しつぶされそうになった。
「でも君、つまらないな。攻撃はずっと非殺傷、何か切り札を持っているわけでもない。治安維持部隊にでもいって、適当に警棒でも振ってたほうがいいんじゃないか?」
彼女は戦闘中にもかかわらず、本心から心配したような表情を向ける。ハンマーメイズはきっと、本当に俺の感情に共感しようとしているのだ。その上で戦闘で叩き潰し、楽しむ。汗と機械油の匂いまで判る距離まで顔を近づける彼女が、俺にとってたまらなく不快だった。だから
「そうだな、まずは殺す技でも覚えてみるか? 刃物がいるなら貸してやるぞっっ!」
「うるさいな、そうだよ、治安維持部隊に行きたかったんだよ! 殺し合いなんてしたくねえよ!」
『崩し雷』の起点は、体表であればどこでもよい。通常であれば電気が散るだけで終わるが、ハンマーメイズは俺の体をしっかりと掴んでしまっている。故に腕起点の『崩し雷』が直撃した。
ハンマーメイズの体を電流が焦がし、反射的に後ろに仰け反る。だが、そこで追撃を終わらせない。槌も持たず、バランスを崩した彼女に向かい、スタンバトンを真上から叩き込んだ。
3発目の、『崩し雷』。
「がぁぁぁぁぁ!」
「っ硬いな!」
だが、これでも意識を飛ばすに至らない。並の改造人間なら2発で確実に沈んでいる。ハンマーメイズの体はさらにぐらつきながらも、トラック上の槌を掴む。ハイパーリムによる圧倒的身体能力で、無理やり宙で体を一回転させながら彼女は再び立った。彼女の義肢が異常なほどの発光を始める。元々彼女のハイパーリムは耐久型ではなく、速度重視の代物だ。俺が反応できていたのも、彼女が遊んでいたからに過ぎない。ハンマーメイズは表情を一変させ、語気に怒りを含ませる。
「お前……!」
「何が殺す技だ、殺すことしかできないだけじゃあないか、ハンマーメイズ」
煽る。瞬間、知覚不能の速度で腹に槌が叩き込まれようとする。ああ、これがECR99位。戦闘能力最上位の傭兵の本気。まともに受ければ即死。超能力者としての体があっても、戦闘不能は免れないだろう。
本当にどう動いているのかも分からない。常人に非ざる槌の軌道、その風圧だけを感じながら俺は笑った。
本当にこの3日間は、意味が分からなかった。
謎の配属。意味不明な上司たち。唐突に降り注ぐ任務。旧友の変わり果てた姿。喧嘩。だが、どこか少しづつ希望が芽生えてきた自分がいた。
ああ、こんなに滅茶苦茶なことをやってもいいのか。こんなにも自由に生きても許されるのか。
未だに恐怖はある。平穏な暮らしを送らないかと脳の中でささやく声がする。それでも、目の前の世界は希望があった。「出る杭は打たれる」ではない。打てないほどの硬さになって、ハンマーを逆に破壊する姿と実践する姿に、俺は間違いなく憧れを持ち始めていた。
どうなるかわからない。超能力者として排斥されるかもしれない。だけれど、リスクを押しのけて知るべきなのだ。『おパンツの中にこそ、おち〇ぽがある』のだから。
ハンマーメイズの動きは全く見えない。だが、何一つ問題はない。何故なら、もう当たっているからだ。体表で放電するのでも。直線対象の能力行使でもない。そのさらに上。老人が語った、その先。
範囲対象の能力行使と、俺は呼んでいる。
「『鳴雷』」
対象は前方の全空間。全ての空間の電位が一気に正に変化し、一方で俺の手には負の電荷が集まる。負電荷は正に、すなわち目の前の空間全てに向かって流れ込んだ。無数の落雷が人為的に発生し、無数の破裂音が連鎖する。4度目の電撃が彼女を捉えた。
ハンマーメイズにとって、完全に想定外の技。超能力は通常体表でしか発動できないのだから。俺は白兵戦しかできないという思い込みを利用して、ハンマーメイズの本気を見る前に倒し切る。
「だまし…てた…のか」
「言っただろ、殺すことしかできない雑魚が、って」
ハンマーメイズは耐久力のある改造人間ではない。がしゅん、という音と共に感電したハンマーメイズの動きが遅くなる。ハイパーリムが煙を上げ、肌が焼け焦げた状態で、彼女は力なく、ふらりと地面に落ちた。最大出力の放電に、少し頭痛が走る。全力を出し過ぎた。
それにこの技は派手だ。見られた、ということは遅かれ早かれ、蟻正は俺が超能力者だという結論に辿り着いてしまうだろうが、もう仕方がない。なるようになれ、だ。
『鳴雷』を見て怯んだ装甲車の改造人間たちは、その隙を突かれて次々と銃弾に打ち抜かれる。俺がハンマーメイズを、やり方を知らないため手探りで拘束していく。蟻正は狙撃をやめて直ぐに飛び降り、俺をスルーしてトラック内部に入る。研究者たちを取り押さえているらしく悲鳴が聞こえ、収まるとともに「目的のものを確保した! 証拠も無事だ!」と声が上がった。俺はほっと胸を撫でおろす。これで、離反が避けられるかもしれない。それに、あいつらも。
「さっきのって……」
ピンホールが先ほどの放電で何かを察したかのように、表情を変えて近づいてくる。だが戦闘終了の余韻を許さない音が、ハンマーメイズの持つ通信端末から流れ出した。
『増援が来るぞ、運送部隊、持ちこたえろ!』
一瞬、空に影が映る。俺が数日前に乗ったものより、遥かに巨大な飛行船がそこにはいる。
『戦闘部隊、準備完了! 戦車3台、装甲車5台、投入準備出来ています!』
『ようし、着陸準備! 野郎ども、意地でも装置を回収しろ!』
『『『応!』』』
倍プッシュのお時間です。




