バリカンアタック!
『先日の監獄都市バトルロワイアルの結果発表です! 流石は殺人鬼クリス、既に12人を討伐し釈放まであと僅か!』
『いやぁ、流石監獄都市バトルロワイアル。素晴らしいエンターテインメントです! 犯罪者の命の有効利用、さあ皆さま、最後まで御覧ください! なお、この放送の収益の一部は犯罪の被害者への慰謝料に当てられます』
最悪な音が階下から聞こえてきて、俺は目を覚ます。廃墟を再利用したためか壁は異様に薄く、隣の部屋の音声が貫通してくる。内部は一見清潔ではあるが、所々に消せない汚れが潜んでいた。天井からは安価な旧世代のLEDが無機質に狭い室内を照らしていた。ベッドと布団だけの部屋で、俺は伸びをして起き上がる。
そういえば、と思って手元の端末を開く。昨日、蟻正が死刑囚という話を聞いていた。ということは、彼は監獄都市にてあのバトルロワイアルに参加していたのではなかろうか。少し検索してみるが、顔と名前を変えたのか彼がヒットすることはなかった。
監獄都市バトルロワイアル。犯罪者を殺し合わせるという企画は、監獄の経営に困る企業と、増加する貧困犯罪に対する保証がない2160年の時代性が合致し一大ブームと化した。仮に犯罪者から慰謝料を取り立てられなくとも、監獄都市経由で金銭を得ればよい。何より、処刑とは古代からずっと人類最高のエンターテインメントである。
結果として一時期はスラム街の人間に濡れ衣を着せ、監獄都市に送り込んで稼ぐという事業が流行ったくらいだった。そんな感じで新入社員研修2日目の朝を迎えた俺であったが、早速朝から業務用の端末に着信が入る。差出人は『服を着てほしい人』。……恐らくこの名前に設定したのは蟻正なのだろうが、実に的確な名前だ。一瞬で誰か判別できる。
「もしもし」
「おはようございます、昨日はよく眠れましたか?」
「嫌味ですか?」
「その返しができるのならば大丈夫そうですね。メンタルが参ってそうならばおパンツ体操を伝授しようかと思っていたのですが……」
「結構です」
ホログラム上に現れたのは見覚えのある変質者だった。いつも通りの格好で、謎の体操をしながら話しかけてきている。「足を大きく前後に開き、右手を前に、左手を鳩尾付近に構えます。おパンツ体操第一!」などと叫ぶ異常者に呆れながら、話を無理やり体操とやらから戻す。
「それで、今日はどうすればいいのでしょうか。一応、解雇ではないんですよね?」
「勿論です。彼の失敗は、君の責任ではありません。ましてや新入社員です。一方で、考える必要もあります」
急にイチロウの言葉が低く、厳かになる。いつもの穏やかさと茶化した雰囲気が同居したものとは全く異なる。いつの間にか俺の背筋は真っすぐ伸びており、画面の向こうのイチロウを見つめている。彼は静かに呟いた。
「おパンツの中にこそ、おち〇ぽがあるのですから」
「もう二度と口を開かないで貰えますか? 耳が腐ります」
真面目な話じゃねえのかよ!と思わずがっくり来てしまう。だがそのあとの言葉には、確かに彼の真意があった。
「一手を躊躇ったのではないですか? やる前にリスクばかりが目につき、その先を見ることを諦めて現状維持をしてしまう。私は、あなたがその程度で止まるような人間だとは思っていません。もっと先に行けます」
「……例えば?」
「私と同じ高みまで」
先ほどの下ネタが比喩表現だと気づくまでたっぷり10秒以上を要する。リスク。だが彼が一体そのどれだけの割合をわかっているのだろうか。友人が材料にされたことはあるのだろうか。父親が失脚されかけたことがあるのだろうか。
無言で黙っている俺に、イチロウは笑顔で「悩みなさい、若者」と語った後、通話が切れる。同時に扉がごんごん、と叩かれる
新人と上司の2人だけで初日から荒事に向かう。やはりと言っては何だが、別に監視役がいたようである。変質者が通話を切ったのも扉の向こうの人物が来たからであり、同時に通話で一切固有名詞を出さなかったのも壁が薄いのを把握していたからだろう。
やはり超能力を使わなくてよかった。見られてしまえば何が起こるかわからない。少し安心しながら、入ってください、と声をかける。
「……おはよう」
「……おはようございます」
立っているのは当然と言えば当然、蟻正である。隣の部屋を気にしてか固有名詞を出さず、彼は凄まじく気まずそうにしていた。少しごほん、と咳払いをした後、ベッドに座る俺に対して彼は深く頭を下げた。
「昨日は大変申し訳なかった。私の無能さのせいだ」
言葉遣いは変わっていない。だが自らを強く卑下する言葉には、確かに反省を感じられる。少なくとも昨日までの彼の雰囲気からすると、通常はまずしない発言である。
一方で俺としては、正直あまり掘り起こしたくない部分であった。そもそも蟻正、いやBRIGADEに対する認識は、俺の治安維持部隊への入隊を阻害した存在である。故に彼らに求めているのは良き上司や良き組織、というものではない。今回の任務をスムーズに遂行すること、そして約束通り治安維持部隊に配属変更をしてくれることだ。
だから俺は頭をかきながら、「謝罪を受け入れます。こちらこそ、不手際があってすみませんでした」と返した。蟻正は俺の返事を聞き頭を上げる。
「だが、私は君が本気を出さなかった、という点は許していない。同時に、空音隊長殿とイチロウさんの眼鏡にかなう程の人材でありながら、退社するのも許しはしない」
「後者はあなたが決めることではないと……」
「ああ、だから新入社員研修で、その思いをひっくり返させて見せる」
人を殴っておきながら何を言っているんだ。内心呆れる俺の思いは、次の言葉にかき消されることとなる。
「BRIGADEの良さの一つは、「社の利益になる」と言い張れる範囲であれば、何でもできることだ。そう何でも。というわけで、治安維持部隊を所有する王我コーポに、殴り込みに行くぞ」
「殴り込みにいくって、何をするんですか?」
「まずは王我社長のヅラをバリカンで破壊する」
社の利益になるのかそれ?
『ヅラ』
2160年でも髪型は大変重要なファッション要素の一つである。通常の髪とそん色ない見た目のカツラや植毛は数多あるが、変な形に刈り取られるとしばらく戻すのに時間がかかる。当然ながらそんなことをしたら犯罪だが……?
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