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就活失敗と特務部隊

サイバーパンクって、いいよね

 燃え盛る船内。上がる悲鳴。ここはまさに地獄だった。己の命を守るために必死に逃げ惑う人々、職務を果たすために違法な研究データをかき集める者。数多の人間が行きかう中、一か所だけ悲鳴の方向性がおかしかった。



「早く侵入者を射撃しろ!」


「敵は二人! 何をモタモタしている、お前のハイパーリム(強化義肢)は飾りか!」


「無理です! だって!」



 警備部隊の社員たちは銃を手に持ち、傾く船内を駆け抜ける。金属床を踏みしめ、数多の端末ロックを解除して進み、彼らは目にする。



「右手に社長、左手に副社長、これが最強の肉壁だ! 違法行為に手を染めた社員共、大人しく道を開けろ!」

 


 男は巨大なパワードスーツを着ていた。異常に武骨で、人工筋肉が防御を気にせず露出している。工業用のパワードスーツを戦地に持ち込むのには当然理由があった。それだけ重たいものを持ち上げる必要があったのだ。



「わ、私に当てずにこの侵入者を撃退しろ! 当てたら承知せんからな!」


「当てたやつは社会的に抹殺してやる! だから早く助けろ!」



 両腕にロープで括りつけられた肉壁。この船を保有する王我コーポの社長と副社長だ。国家ではなく企業が全てを支配するこの時代において、あろうことか男は有力企業のトップ2人を平然と誘拐し、弾避けとして使っていた。



 社員たちは支離滅裂な社長たちの叫びに困惑する。彼らの立場からすれば当たり前でも、社員たちにとっては不条理極まりないオーダーだった。奥に進まれてしまうと違法の()()が露呈し、会社が終わってしまう。かといって流れ弾が当たれば自身が終わってしまう。



 だからこそ侵入者の男は流れ弾が当たりやすいよう、社長たちをぶらぶらと揺らしながら走り出す。結果として社員たちは有効な攻撃をすることができず、戦線を突破されることとなってしまった。



 当然理由がある。平穏を望む男がこんな滅茶苦茶なことをする羽目になった理由。すべての始まりは1か月前の出来事であった。




◇◇◇◇◇





 出る杭は打たれる。昔から使われてきた言葉であるが、この2160年でも通用する一言だ。社会は個性やら突出した才能やらを褒め称える。ただし自分たちに都合のよいものだけだ。彼らにとって使い勝手の悪い個性やら才能は「出る杭」として様々な方法で打たれるのだ。だから俺は静かに息を潜めて生きる。



「超能力者による犯罪が相次いでいます。王我コーポが運営する治安維持部隊は「犯罪率の低下を目指し最善を尽くす。身近に超能力者がいる場合は我々に通報を」と取材に答えました。ところで超能力者とは一体何なのでしょうか、先生?」


「超能力者は100年前の大戦による汚染により生まれた人間の変異種、すなわちミュータントです。見た目は人と同じですが、特殊な力を持っています。変異種であるがゆえに人権があるかは議論が続いており、強い差別を受けています。私としては彼らにも権利が」


「以上、ありがとうございました。超能力者は潜在的な犯罪者です。皆様、見つけ次第GNまで通報をお願い致します。続いてのニュースです」



 朝7時。2160年でも太陽は変わらず昇る。しかし俺のような一般市民では、日光を浴びることのできる上階層には住めない。タイマーにより灯りとモニターが自然に点灯し、俺の意識を覚醒させる。だが朝一でモニターから流れてきたニュースは最悪な内容であり、無言で電源を切った。



賄賂の横行する治安維持部隊は言うことが違うな、と頭の中で唾を吐く。奴らと取引のある犯罪組織は検挙されず、犯罪率に加算されない。代わりに超能力者という差別されやすい存在を槍玉に挙げてあたかも仕事をしているかのように見せかけているのだ。国家が失われた中、市民の安全を守る立場であるのにもかかわらず。



 さらに、悪い敵を倒すという構図は大衆の好むものである。超能力者という下等な存在に立ち向かう治安維持部隊を、メディアは好意的に報道し続けていた。超能力者虐めでいくら稼いだのだろうか。



検挙された同類のことを考えると、ずんと心が沈む感覚がする。次はお前の番だ、と言われている気持ちになるのだ。とはいってもあまり辛気臭い表情をしている場合ではなかった。ベッドから降り、着替えを始める。



 鏡の前で低品質な化学繊維製パジャマを脱ぐ。その下からは2160年としては極めて珍しい、100%生身の体が現れる。



今の時代、機械置換による身体改造が一般的に行われている。単純な身体能力の増強は勿論、脳に埋め込むことで思考速度を上げたり電脳世界と直結させることもできる。だから人の能力と未来は身体改造につぎ込める金によって決まる、とすら言われているのだ。まあ俺のような能力者は、拒否反応のせいで金があってもどうにもならないのだが。



のそのそと服を着替え終え、ミスがないか確認を行う。鏡に映っているのは黒髪黒目、中肉中背の少年である。15歳という年齢に相応しい幼さの抜けない顔である。全身を似合わぬ紺色のスーツで覆っており、胸元には「徳川ネオインダストリー第24中等学校卒業生」という文字が描かれていた。



 ぱん、と頬を叩き先ほどのニュースを頭から振り払う。なんといったって今日は就職活動の最終面接なのだから。




◇◇◇◇◇




 就職活動は、昔は随分と形式が違うものであったらしい。各個人が各々行きたい企業に応募するという方式は個人の意思を尊重していると言えるだろう。勿論、採用されるかは別として。



 だが今はその真逆である。全ての学校は企業の傘下にあり、卒業生はAIによる判定の元、各企業に割り振られるのだ。仮にその縛りから逃れようとすれば、違約金が発生しスラム行きである。俺たちは数字と企業の都合、それだけで残りの人生を決定されてしまうのだ。だから自分の望まない部署に配属される、すなわち「()()()()」がないように、学生生活を送るのだ。無論頭の足りない馬鹿はどの時代にも無数にいるわけだが。



 磁気浮上式鉄道に揺られ数十分。。徳川ネオインダストリー自治区、その首都である東京区画は増築と改築が繰り返されており、無機質な灰色の壁と天井が無限に続いている。やかましい広告と足早に去っていくスーツの会社員の間を抜けて、俺はとある巨大なビルに入った


 中に入ると頭蓋骨まで機械に換装したらしい、異形の改造人間が俺を睨む。携帯端末を起動しIDを見せると何やら照合を行ったのか、無言で先を示される。徳川ネオインダストリーの本社支部。ここに入るのは恐らく俺の人生で最後であろう。



 徳川ネオインダストリー。世界の1/3を支配する巨大企業である。その子会社は万を容易に超えており、身の回りを見れば徳川ネオインダストリーの商品が溢れかえっていた。俺のスーツも昼食も移動手段の磁気浮上式鉄道も徳川ネオインダストリーの関連企業によるものだ。



 だが俺のような人間は本社に関わることはない。身体改造も後ろ盾もない人間は末端の子会社に配属され、そのまま一生を終えるのだ。あの警備員たちも本社の建物を守る時点で俺よりはるかに高い地位にいる。立ち去る俺にわざわざ聞こえるように警備の改造人間はあざ笑った。



「中卒で就職だってよ。汚染区画の清掃か治安部隊の肉壁にしかなれねえのにな」


「本当にな。俺の子供はしっかり大学まで行かせるぜ。あんな風になってほしくないからな」


「がはは、違いねぇ!」



 監視カメラとセンサーばかりが立ち並ぶ廊下を歩みながら思う。彼らの言うことはもっともだ。この超学歴社会で高校すら出ない人間に与えられる職は悲惨だ。しかしそれでもスラムや汚染区画に住むよりは遥かにマシなのだから。



 それに俺には能力がある。バレないように能力を使い、ちょっと楽をしながら本来よりよい人生をひっそりと送る。そんな未来を想像しながらエレベーターに乗り、上の階へ向かった。


 

 しばらく扉が開く。そこには本来いるべきではない存在がいた。彼はこちらをみると眉を上げ、侮蔑を隠さぬ声音で話しかけてきた。



「落ちこぼれじゃないか、まあお前みたいに金もなければ身体改造もしてないカスは就職するしかないよな。命以外に張れるものがないんだから!」



 金髪で背の高い少年、王我カナトは俺を嘲笑う。右目と右手は完全に機械に置き換えられており、耳障りな駆動音が鳴り響いている。俺の同期であり主席で卒業した、性格以外は優秀な生徒である。俺との関係は、嫌がらせをする側とされる側、といったところだろう。後ろ盾がなく、ちょっかいをかけやすい相手を探していたこいつにとって俺はぴったりの人材だった。



 こいつのやっかいな点は、父親が徳川ネオインダストリーの関連会社でもトップクラスに権力を持つ、王我コーポの社長であるという所だ。因みにどれくらい凄いかというと、昔で言えば小国の大統領レベルの権限を持っており、警備関連については法の作成、改変も認められている。まさにこの世界における支配層だ。



 そんな王我カナトが高校に行かず面接を受けている。奇妙な話であった。怪訝な顔をしている俺に彼は居丈高に吐き捨てる。



「勿論高校の推薦は確保しているさ。お前は知らないんだろうが、今回はBRIGADEが珍しく新人を募集している、それ目当て以外でボクがいるのはありえない」



 その名前を聞き本気で驚く。BRIGADE。聞き覚えはある。10名にも満たぬ徳川ネオインダストリー直属の独立特務部隊。ただの一部隊でありながら圧倒的な戦闘力と交渉力により徳川ネオインダストリー役員クラスの権限を持つと言われるイレギュラー。社のために動いているのは間違いないが、逆に社の利益となるのであれば関連会社の殲滅すら辞さぬ狂人の集まり。



 噂では他社の保有する数千の軍勢を3時間で蹂躙したとすら言われている。だが、徳川ネオインダストリー役員、すなわち有力国家の総裁クラスの権力を持つにはそれでも足らないだろう。荒唐無稽な噂話だと断じざるを得ない理由でもある。



「あんなのデマですよ。実際にそんな部隊が存在するわけがないじゃないですか」



 御曹司殿の機嫌を損ねぬよう、しかし疑問点だけは解消できるよう間抜けを装い問いかける。俺の様子を見て肩を竦めながら彼は律儀に説明をしてくれた。



「お前程度ならそうだろう。だがボクはパパの繋がりでBRIGADEの実績が真実だと知っている。実際に面接の場で会ってその凄まじさに震えたよ。あれは怪物だ。とはいっても、BRIGADEの席は主席の僕が頂いた、キミは汚染区画の清掃作業に割り当てられないよう祈るんだな!」



 そう言って彼はエレベーターの先に消えていく。王我との会話が終わったことにほっと胸を撫でおろした。父親の権力と高価なハイパーリムを傘に着る乱暴者は、ひっそりと生きたい俺に取って大敵だ。正直言って一瞬たりとも会話したくはない。



 中学時代の嫌がらせが脳の奥底から浮かび上がってきて、直ぐにシャットアウトする。これから始まるのは俺の人生を左右する最重要試験だ。もう今後関わることがないだろうやつの相手をしている暇はない。



 息を吸い、通路を右折する。その先が面接会場であり、お偉方が俺を待っている。徳川ネオインダストリー直属の学校を卒業した際、直接本社の人間に面接をしてもらえる。それが学校の謳い文句であり、仮に形だけのものであったとしてもそこに希望を見出す人間は多数いる。



 俺は別に面接してもらわなくてもいいんだけどな、と思いながら通路の先へ向かう。そこにはお偉方の護衛なのだろう。何十人もの武装した改造人間たちが道を作るように直立していた。



 それぞれが大仰な武装を腰に下げており、何か有った瞬間俺を抹殺できるようになっている。ハイパーリムは全て人を殺すために調整されており、そこには微塵の遊びも存在しない。



 だがその中に一人、意味のわからない変質者がいた。



 ほぼ全裸の男がいた。真っ白なパンツのみを履いた男は、乳首をパンツ型の謎のシールで隠している。頭には帽子の代わりにパンツを被っており、本来足が出る部分からは白髪が飛び出している。年齢は50程度だろうか、蓄えた髭から感じさせられる知性と相反する、変態の格好であった。



 ……なんでこんな所に変態パンツ男がいるんだ。という疑問は他の護衛も同じであるらしい。時たまちらちらと彼の方をのぞき込み、苦笑を隠せない様子であった。彼の体は100%生身であり、露出した筋肉の自己主張が激しい。一方でハイパーリムの欠片もない、貧弱な体とも言えた。だが彼に畏敬混じりの視線が時たま入っているような感じがするが、気のせいなのだろうか。



 皮膚の露出面積を増やすことによる超能力の多角的発動を狙っているのでは、なんて真面目な思考は即座に却下される。そもそも超能力者は差別される存在だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 俺の考えと真っ向から反する存在だな、と変質者を見ながら思う。他はスーツや戦闘服というまともな姿であるのに対し変質者はパンツのみ。出る杭は打たれる、という言葉通りならばこの男は正に打たれる側であろう。にもかかわらず本社に出入りでき、この年まで生きることができている。少し羨ましいという思考が頭の中をよぎった。



 見られていることに気づいたのかパンツ変質者は俺に無言で親指を立ててくる。呆れながらそれを無視して会場内に入った。




◇◇◇◇◇



 会議室の中心に置かれた椅子に座り、定型文の如き回答を行う。通路の無機質さに反し部屋は極めて豪奢であった。汚れ1つない赤いカーペットの上に今時珍しい木製の机が俺を囲うように並んでいる。机の上には数多のPCが置かれており、時たまお偉方はカタカタと何かを打ち込んでいた。近年はホログラムキーボードや脳波入力も好んで使われている。しかし電波傍受による情報漏洩を防ぐべく、未だに物理キーボードと物理モニターを使う物も多い。


 因みに徳川ネオインダストリーの社員は、基本的に関連会社の社長を兼任している。例えば真ん中に見えるのが王我コーポ社長、つまりあのクソの父親であり、そして徳川ネオインダストリーの幹部でもあるわけだ。彼ら曰く、自身で会社を運営できてこそ幹部足りうる、とのことらしい。



 徳川ネオインダストリーの幹部が俺に興味なさげに質問を投げかける。彼らにとって中卒のガキの配属など本当にどうでも良い。ましてや中卒の人間なら猶更だ。だが学校成立時に掲げた内容を簡単に撤回する事も出来ず、仕方なく面接をしているのだ。



 わざわざ対面でしている理由もそこにある。2160年において、データだけあればどうにでもなる。時代遅れな行為をやめないのも、面目を潰したくないからでしかない。



「ありがとうございます。続いて、あなたの長所を教えて下さい」


「はい、私の長所は協調性です。必要な時に自分を抑え、周囲の為に動くことが出来ます」



すらすらと口から出まかせが流れ出る。協調性など自分にあるとは思っていない。ただ、能力者の癖に見つからず一般人として生活を送ることが出来ているのは事実だ。嘘をつくときは真実を混ぜるに限る。



 お偉方も適当にうんうんと頷いている。所詮は末端の人間だ。「徳川ネオインダストリーを爆破します!」なんて言い出さない限りとりあえずOKが出るだろう。大事なのは汚染区域の清掃担当になるのか。それとも治安維持に回れるか、だ。



 俺を囲む徳川ネオインダストリーの幹部を見渡す。その場にいるのは計10人。皆同じように体の大部分を義肢に差し替えている。年齢はおおむね60歳から90歳程度であろうか。身体改造技術の発展により寿命にも老化にも科学のメスが入った以上、真実はあやふやだが。


 

 だがその中で一人、異彩を放つ人物がいた。一番端にいる女性だけは20代後半と明らかに若い。緑髪と黒い目はどろりと濁り、端正なその容姿に影を与えている。座っているので全体像は分からないが背が高くスレンダーな体型をしている。そして何より、彼女からは異様なまでの威圧感を感じた。そっと指を机に叩く一動作にすら意図があるように感じてしまう。



 他の9人は時たまちらりと彼女の方を伺い、無反応であるのを確かめほっとした様子を見せていた。奇妙な光景である。



 年功序列という概念から考えると、彼女は最も下位の存在だ。しかしその一挙手一投足に他全員は脂汗を滲ませながら面接を行っている。俺に興味が無いのは元からなのだろうが、それに加え俺に注意を払う余裕が彼らにはないのだ。



 そんな彼女がふっと顔を緩ませ、僕に視線を向ける。その視線には抉るような悪意を感じ――そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ……なんだこの意味のわからない感覚は? 委縮する様子も無く疑問に思考を取られている俺に気づいたのか、彼女はにやりと笑い口を開く。



「妾からも一つ質問させてもらうかのぅ。小僧、この中で一番中身の無い、虚飾に塗れた人間はどれじゃ?」



 古風な言葉づかいでそう問いかける彼女に、会場に緊張が走る。声は美しいソプラノであり、しかしその一音一音が不吉な意味を持っている。ように聞こえる。



 問いかけの意味は分からない。周囲を見ると先ほどより脂汗を増やしながら、俺が失言しないことを祈るかのような視線をむけてくる。



「観察眼は実力を示す。劣った人間ほど、本来の実力とは見当違いの評価をつける。何故なら実力が無いが故に、他者を測ることすらできないのじゃ。逆に優れたものは力と技術を持つが故に他者を適切に評価できる。さて、問いの答えを聞こうかの?」



 彼女の言葉に考え込む。何故この段階でこんな質問が来たのかが分からない。少なくとも面接対策の教科書にこのような問題は無かった。ただ誰を指名しても角が立つことはハッキリとしている。俺の考えを遮るかのように、彼女はカウントダウンを始める。



「3、2、1」



もうどうにでもなれ、と思い俺は彼女を手で指し示し、「貴女だと思います」と回答した。その瞬間、真ん中に座っていた太り気味の幹部、すなわち王我の父親が凄まじい勢いで立ち上がる。彼は怒りと焦りの表情を浮かべながら、今日一番の大声で俺を怒鳴りつけた。




「今すぐ謝罪しろ、学のない小僧!」




 その言葉に思わず身がすくむ。相手は王我コーポの社長。能力者かどうかなど関係なく、一瞬で俺を社会的に抹殺することが出来る。だがその様子を見て緑髪の女は猶更笑みを深める。



「本物じゃな、妾に怯えず貴様に怯える。本質が見えておる。こういう奴を求めていた」


「空音殿! 当校の者が大変失礼しました、卒業生として大変恥ずかしい事態、申し訳ありません。それに是非空音殿には推薦したい者がおりまして、軽率な決定はおやめ頂けませんでしょうか」



 王我コーポ社長は二回りは軽く離れている緑髪の女性、空音に深く頭を下げる。空音はよいよい、と苦笑しながら幹部を指さした。そして少し考え込み、言葉を紡ぐ。



「青。堕落。貴様にも覚えがある事じゃろう。他所の配属について気にする暇があるのか?」



 直感的に理解してしまう。あーこれ絶対適当言ってる。とりあえずそれっぽいキーワード並べて深読みさせようとしてやがる。だがその指摘を受けた幹部は顔を真っ青に染め、体を恐怖に震わせながら椅子に座りなおす。どうやら本人には思い当たる節があったようだ。



 恐らくだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。能力ではない、自然と身についてしまった悪癖なのだろう。この直感に基づく異常な結論は、しかし少しづつ真実味を帯びてくる。



(酷過ぎるだろ、なんでこんなのが徳川ネオインダストリーの幹部なんだよ……)



 内心でぼやく俺を他所に、面接官の一人はそそくさと終了を告げる。可能な限りこの状況を持続させたくなかったのだ。俺もそれは同じで、静かに頭を下げて退室する。空音と呼ばれた女の濁った瞳とパンツ一丁の変質者が俺の背中を見つめているような気がした。




◇◇◇◇◇




 謎の面接から3時間が経過した。俺は一回の待合室に座って静かに結果発表を待つ。



 恐らく今頃、会話のデータをAIが解析している頃だ。それに加え各面接官のデータ入力により配属は決定される。治安維持部隊か、それとも汚染区域の清掃か。だが最後の空音と呼ばれた女との会話で何かが変わってしまった気がする。


 

 実をいうと、なんとか治安維持部隊に入り込みたいところではあった。王我のやつの下につく、という点では腹が立つが、能力を比較的隠しやすく、また権力も強い。仮に肉壁だとしても、警察としての法的立場は超能力さえバレなければ俺の命を守ってくれる。



 待合室は数百人を収容できるほど広い。だが多くの者はここで就職を選ばず、無理をしてでも高等学校まで進学する。超学歴社会において中卒というのは最悪の汚名ともいえるからだ。俺のように金銭面が本当に切羽詰まっている人間か、あるいは王我のようなイレギュラーでもなければこの場にはいない。故に俺の周囲にはまばらに人が椅子に座っているだけであった。



 内装としてはただ等間隔に椅子が並び、正面に大型モニターが置かれているだけである。反物質主義などと呼ばれているが、要はミニマリストの亜種だ。無駄なモノを設置しない設計という物が10年ほど前は流行っていた。その名残で今も淡々と物が配置されただけのビルは多い。



 座り心地だけは最高な椅子に体を預け、じっと端末を見つめる。これからどうなってしまうのか、それがもうすぐ決定してしまう。そして確定したが最後、逃れることが出来ない。仮に辞めてしまえばブラックリストに載ってしまい、再就職することも出来ず、自然とスラムに辿り着く羽目になるだろう。そして社会の塵として、あるいは能力者と言う異端として。惨めな死を迎える。



 だから俺は静かに、徳川ネオインダストリーの末端で人生を迎えようと思うのだ。そう思っているとぶるりと端末が振動する。白い文字に表示された文字列に思わず声が漏れる。それをかき消すかの如く、悲鳴が上がった。



「どうしてボクが治安維持部隊なんだよ! 何してるんだパパ!」



 背後で王我の叫び声が聞こえる。もうそれどころではなかった。俺の肩にぽん、と手が置かれる。慌ててそちらを振り向くと見覚えのある顔が二つある。緑髪の空音という女、そしてパンツの変質者だ。



 空音は薄っぺらい笑みを浮かべ、俺に右手を差し出した。手元の表示を何度も見る。だがいくら視線を向けてもそこにあるのは、あの荒唐無稽な伝説を持つ特務部隊の名前であった。



「雪城セツナ君。ようこそBRIGADEへ」



『BRIGADE』

異常者の集まり。割れ鍋に綴じ蓋という言葉が相応しいチームである。

このサイバーパンクな世界における特異点。


こんな感じでシリアスとギャグを行き来しながら進めていく予定です。



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― 新着の感想 ―
[一言] 新作更新お疲れ様です。 待ってました、シリアスとギャグの反復横跳び!
[一言] パンツの人に一瞬未来からの帰還者を重ねてしまいました。 新作お疲れ様です。期待しております。
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