真面目な生徒会長が『なろう小説あるある』をさりげなく日常会話に混ぜてくるのだが、俺はどう対応したらいいのだろう
うちの生徒会長は大和撫子だ。
立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花。
100人に聞けば120人が美人と答える。美麗ながらもどこかあどけなさの残る顔立ち。抜群のスタイル。濡れ羽色のポニーテールには、まるで日本刀のような怜悧さと美しさがある。
そして彼女は厳しい。規則に反する者がいれば、たとえそれが教師であっても追及する。
『はは、融通のきかない堅物なだけだよ』
と本人は自嘲気味に言っていたが、生徒からの人気は高い。当たり前だ。会長は厳しいが、それは筋の通った厳しさだからだ。老害体育教師のように独善的な指導はしない。厳しいながらも愛のある生徒会長は全生徒から好かれていた。
そして何より世間知らずだ。
ある時、俺は「会長ってアナル弱そうだよな」と友人たちと談笑していた。俺は会長を尊敬している。愛ゆえの紳士的雑談だ。
しかし、不幸にもこの会話を会長本人に聞かれてしまったのだ。
俺は腹を切って詫びようとしたが、「アナルとはなんだ? Canal(運河)ではないのか」と返された。
いや真面目か。後で意味を教えると普通に腹を切られた。
それはさておき。
そんな真面目で固物、おまけに世間知らずな生徒会長。
俺は彼女が大好きだ。
そして同じ生徒会で働く副会長として誰よりも尊敬している。尊敬、しているのだが……
「ん? どうした、副会長」
「いや、なんでもないですよ」
「そうか。……それにしても、暑いな」
「もう7月ですからねー。ま、にしても異常な暑さですけど」
「あぁ。まるで二級炎熱系魔法【炎弾豪雨】で焼かれているみたいな暑さだ」
「は?」
なんか、おかしいのだ。最近の会長は。
具体的には、会話の節々に「なろうあるある」をぶっこんでくるのだ。しかもネタとかじゃない。平然とした顔で。さも当然のように。
はじめは聞き間違いかと思ったが、もうこんなことが一週間も続いている。
真面目で大和撫子な生徒会長の口から吐き出される「なろうあるある」の数々。頭がおかしくなりそうだ。
しかし「それってなろうネタですか?」とか聞けないんだよなぁ。
だってほら……なんか、キモくない? 間違ってたら恥ずかしいし。いや、二級炎熱系魔法がなろう以外で使われてるとは思えないけどさ。
「それってなろうネタですか?」と聞く以上、自分もある程度なろうに精通していることがバレちゃうわけで。
一応俺って「会長の有能な右腕」ポジだし。有能な右腕が実はなろうヘビーユーザーでした、とか会長からしたらドン引きだろう。
なので炎熱系魔法に触れず、手元のノートで勉強を続けていると……
「勉強か? 関心だな」
会長が話しかけてきた。どうやら仕事が終わってかまってほしいみたいだ。かわいい。
「はい、明日英語の小テストがあるんですよ。その勉強です」
「そうか、精進してくれ。高得点は取れそうか?」
「いやー……微妙ですね。難易度は普通なんですけど、どうもモチベーションが沸かなくて。こんな勉強、必要あるんすかね。どうせ就職先なんて国内なんだし……」
「はは、日本の英語教育はペーパーテスト特化だからな。君が退屈に思うのも仕方ない。だが、真面目に語学に取り組んでおくといいことがあるかもしれないぞ?」
「いいこと、ですか」
「そうさ。例えば……隣の席のロシア人美少女のデレに気づけたり──」
「は?」
あーまたこれだ。絶対ア○リャさんじゃん。やめてよ。
いや俺も好きだけどさ。大好きだけどさ。それを生徒会室で言うのは、ほら……違うじゃん。
「と、ところで! 中間テスト。学生一位でしたよね。流石です」
なんか辛くなってきたので強引に話題を逸らす。
会長は天才だ。文武両道。あまたの体育競技で結果を残す傍ら、定期テストでは毎回1位をキープ。
俺も上位に食い込んではいるが、毎回トップだなんてバケモノみたいな成績とれるのは会長ぐらいだ。俺は会長を尊敬していた。今はその尊敬もちょっと揺らいでるけど。
「そう褒めないでくれ、照れるじゃないか。それに本気を出せば君もこれぐらいはできるはずだろう」
「買いかぶらないで下さいよ。先輩、どうせ今回も全教科満点なんでしょう? 俺じゃそんなの無理ですよ」
「……いや、そういう訳ではないんだ。今回は少しミスをしてしまってね」
「そ、そうなんですか?」
「どれ、成績表を見せようじゃないか」
会長はカバンの中をがさごそとあさる。そして、全教科の中間テスト結果が記された成績表を取り出した。
そして一言。
「ステータスオープン」
「……ッ!!」
触れない、触れないぞ。俺は何も聞いてない。ほら、会長だって何食わぬ顔で成績表を取り出してるじゃないか。別におかしなところなんてない。
俺は額に脂汗を浮かべながら、先輩の成績表を見る。
国語、数学ⅡB、物化生は満点。しかし唯一英語だけが99点だった。
「それでも一位じゃないですか。流石です」
彼女は自分の一位を誇るどころか、どこか気弱そうな笑みを浮かべて言った。
「今回は自信が無かったから、自分でも驚いたよ。まさか一位をキープできるなんてね」
「先輩でも自信を無くすことってあるんですね……意外です」
「はは、あるさ。私も人間だ。……言い訳になってしまうのだけど、今回はあまり勉強時間が取れなくてね」
「へぇ……」
「テスト直前なんて……買われたばかりの奴隷少女のようにビクビクしてたよ」
「は?」
ラフタ○ア? それともロク○ーヌ? いや奴隷少女って該当候補者多すぎて絞れないけどさ。
唯一言えることがあるとすれば、それを生徒会室でいうのは……ほら、違うじゃん。
というか真面目な会長の口から「奴隷少女」というファンキーな単語が出てきたことにツボってしまった。奴隷少女て。やめてよ。
しかしここで笑えば「奴隷少女」という概念をなろうを通して知ったことがバレてしまう。
なぜなら、普通の人間は「奴隷」という単語に残酷で悪いイメージしか持っていないからだ。普通なら冗談どころか口にするのも憚られるはずだ。
そう考えると今のなろうって異常なのか? いや、文芸畑なんてどこも異常か。
現代文学の行く末に想いを馳せていた俺は、努めて冷静に、一般人のフリをすることにした。
「会長。その、そういう冗談は……」
「ん? ……あぁ、すまないね。今のはあまりに不謹慎だった。申し訳ない」
「あ、頭を下げないで下さい! 会長が悪意を持って言ったわけじゃないってわかってますから!」
「む……それでもこちらの過失だ。筋は通す」
「わかりました、わかりましたから! 頭を上げてください!」
別に謝って欲しくて言ったわけじゃないのに。というか会長に頭を下げられるだなんて、恐れ多すぎて変な汗が出てきた。心臓に悪い。
「……そんなに私が謝罪するのは変か?」
「えっ」
俺が慌てていると、会長は怪訝そうな目を向けてきた。思わず心臓がキュッとなった。
「いや、変ではないですっ」
「それにしては凄い焦り方だったじゃないか」
「違うんです! その、恐れ多いというか───」
「そう、まるで──お見合いに無理難題な条件を付けたら、クラスメイトが来てしまった時のような驚き方だったじゃないか!」
「勘弁してくれ!!!」
思わず叫んでしまった。ぎょっとした目で会長が俺を見る。
名作だけどさ! 4巻があまりに尊すぎて10回は読み返したけどさ! それを生徒会室で言うのは違うじゃん!
というか現恋好きすぎだろこの人。もっと別ジャンルのネタ振ってよ。「婚約破棄された悪役令嬢みたいな驚き方だった」みたいに対応しやすいネタにしてくれよ。どうしてそんな具体的なところを引っ張ってくるんだよ。
変な沈黙が生徒会室に満ちる。
いや、俺悪いことしてないよね? 悪いのこの人だよね?
なんで会長、「どうしていきなり叫んだんだ……?」みたいな目を向けてくるの? やめてよ。
背中から変な汗が出てきた。もうこれ以上、会長の神聖な御口から「なろうあるある」が吐き出されることに耐えられない。
聞くのだ。会長がなろうを認知しているかどうか。
俺は深呼吸し、覚悟を決めた。
「そ、その。会長、読むんすか?」
「何をだ?」
「な、なろうとか。フヒッ」
めちゃめちゃキモい聞き方をしてしまった。でも仕方ないじゃん、キモオタなんだし。許してよ。
会長はしばし呆気にとられた顔をすると、やがて……
「なろう……?」
え、知らないの???
「う、嘘ですよね。知らないんですか?」
「いや、Narrowは知ってる。形容詞で意味は『狭い』だ。でも、それを読むとはどういうことだ? そもそも形容詞なのだから目的語にはならないだろう。いや、小道や山道を表す場合は名詞形になるんだったか……?」
いや真面目か。英単語じゃねぇよ。
頓珍漢なことを言い出した会長に、俺はなろうがどういうものか説明した。サイトの成り立ち。奴隷少女の概念。読んでおくべき名作10選。競合サイトとの風土の違い。相互評価クラスタとかいう悪の枢軸について。普通に3時間は話した。キモオタだから。
「そんなサイトがあるのか……」
会長は初めて知るネット小説の世界にたいそう驚きのようだった。
「なに。私はスマホを持っていなくてな。ネット?というものに疎いんだ」
そんなレベル? ガチの大和撫子じゃん。
けれど今さら驚かない。俺の尊敬する会長はそういう人なのだ。
「それじゃあ、ここ最近会話に挟んできた変なネタの数々は……」
「あぁ、あれか。ユーモアの練習だよ」
「え」
「元はといえば君の提案じゃないか。『会長は堅物すぎます。もう少し冗談を言った方がいいと思いますよ』と言ったのを忘れたのか?」
「あー……」
そういえばそんなことを言った気もする。後輩から逃げられているのを見て、つい忠言してしまったのだ。
「それで、あんなネタを……?」
「あぁ。ユーモアというのだから、他とは被らないユニークなネタにする必要があるだろう? だから色々な資料を分析したんだ。神話や歴史書、中世に書かれた錬金術書も読んだかな。果てはロシア文学にまで手を出したよ」
「……ちなみに、そのロシア文学って」
「ウラジミール・ナボコフの『ロリータ』だ」
イカれてるだろこの人。1955年発行の古典からアー○ャさんを思いついたっていうのかよ。一人で文学史進めちゃってるじゃん。
というかどういうこと? 彼女の言い分を真に受けるのなら、会長はあの「なろうあるある」の数々を自力で生み出したということになる。サイトを見ることもなく。冷静に考えてありえないだろ。
あまりに衝撃すぎて婚約破棄された悪役令嬢みたいな驚き方をしてしまった。
「どうしたんだ。まるで婚約破棄された悪役令嬢みたいな驚き方じゃないか」
いちいち言わんでええねん。頼むから黙っていてください。
「そ、それで。どうだったかな、私のジョークは」
「……ちょっと高度過ぎるかもしれません」
「……そ、そうか」
しょんぼり。ポニーテールが元気を失ったように垂れ下がる。
「で、でも。俺は大好きです。なんというか……会長らしくて」
あまりに不憫なのでフォローを入れると、会長は顔をぱぁっと明るくして
「そ、そうか! ふふ。実はだな。明日の全校集会で今のジョークを織り交ぜた───」
「やめてください! 絶対に!」
「む……仕方ないな。君がそう言うならやめておくよ」
命拾いしたわ。こんな痴態が全校生徒に晒されていたかと思うとゾッとする。
……そこで俺はある計画を思いついた。突拍子もないことだが、ひょっとして、会長なら可能かもしれない。
「……ところで、会長」
「どうかしたのかな」
「その……会長的に面白い概念というか、『ユーモアがあるな』っていう要素を教えてくれませんか」
「構わないが……」
俺がそう頼むと、会長は少し嬉しそうに語り始めた。
「やはり『悪役令嬢』だな。令嬢といえば物質・資本的豊かさの象徴とも言える存在だ。となれば"悪役"令嬢は、過熱した資本主義に対するアンチテーゼに成りうる。それはニクソン・ショックやバブル崩壊による経済的カタストロフを経験した我が国において──」
「『追放』も捨てがたい。これは数多の神話でも取り入れられているが、その起源はやはり旧約聖書のアダムとイヴの楽園追放だろう。ん? あぁ、まずは旧約聖書と新約聖書の違いから説明しようか。一般的にはユダヤ教と──」
会長は大量の『ユーモアのある概念』を教えてくれた。
その多くはなろうあるあるのテンプレ要素だったが、中には未だ発見されていない先進的な概念がいくつも挙げられていた。
試しにそれらをモチーフとした小説をなろうに投稿してみたところ、初日でジャンル別ランキング1位を獲得した。2日で総合1位。半月後には書籍化の打診が来た。
(えぇ………)
俺のこれまでの小説ってなんだったんだ? 泣いた。
夏休みも開け、新学期。
「……会長、これ」
生徒会室に顔を出すと、会長に紙袋を渡した。
「ん? ──おぉ! 村岡総本舗のようかんじゃないか!」
「あげます」
「いいのか!?」
会長は少女のように顔をぱぁっと輝かせ、ようかんをはぐはぐと食べ始める。
このようかんは書籍化の印税で買ったものだ。というか投稿した全作品が書籍化されたのでようかんどころではない金額が手に入ったのだが、流石に使う気にもなれないので口座に保管してある。将来的には結婚式の費用にするつもりだ。
誰の結婚式かって? 俺と会長の結婚式に決まってるだろ。
「美味しぃ〜♡」
それはそれは美味しそうにようかんを頬張る会長を見て、ひょっとしたらこの人が一番なろうっぽい存在なのかもしれないと感じた。そんな秋口の日だった。
「今の私は、まるで餌付けされる奴隷少女だな!」
「いいから黙って食べてください」
最後までお付き合い頂きまして ありがとうございました。
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