辺境伯閣下と契約結婚して、初夜に「貴女を愛することはない」と言われたので、気ままに生活していたら、なぜか溺愛されるようになりました。
私はクローディア・ビスティ。
ビスティ男爵家の長女です。
ビスティ男爵家は、大洪水によって多額の借金を背負ってしまいました。
そこに、手を差し伸べてくれたのが、オズワルド・ブランデブルク辺境伯閣下でした。
オズワルド閣下は、惜しみない支援を約束してくださいました。
その対価として、私はオズワルド閣下と契約結婚することになりました。
「すまない、クローディア」
父コンラートは、私に対して深々と頭を下げました。
「気にしないでください。私は貴族家の娘として、お家のために結婚するために育ちました。この私が、皆のお役に立てるのですから、悔いはありません」
「しかし、オズワルド閣下はいつも仮面を被って行動する奇人で、変態趣味を持っているという噂もある。だから、もう28歳であるにも関わらず、結婚相手が存在しなかったんだ。もしお前が嫁いだら、どんな目に遭うか分からない」
「それでも構いません。オズワルド閣下は、我が家に支援を約束して下さり、しっかりとした契約書も作成してくださいました。たとえ私が死んでも、この契約は必ず履行されます。私1人の犠牲で皆を救えるのなら、この命など惜しくはありません」
◇
私は、馬車に揺られて、領都ローベレトに到着しました。
領都ローベレトはブランデブルク辺境伯領の中心部にあり、オズワルド閣下はこの街で暮らしています。
領都ローベレトは、大勢の人で栄えていました。
現在は、花嫁である私の到着を記念して、歓迎パレードが行われています。
馬車越しに、歓声が聞こえてきます。
ブランデブルク辺境伯領は栄えており、領民からは支持されているようです。
歓迎パレードが終わり、馬車は屋敷に到着しました。
「ようこそ、クローディア」
オズワルド閣下は、長身の方で、本当に仮面を被っていました。
悪い噂を思い出して、私は思わず怯えてしまいました。
「……長旅で疲れただろう? 今夜は、大切な初夜だ。風呂に入って、よく汗を流しておけ」
◇
それから、私はメイドに案内され、お風呂に案内されました。
お風呂はとても大きく、100人くらい同時に入れそうでした。
そこで隅々まで綺麗に磨かれて、香油を塗られました。
「クローディア様は本当にお美しい方ですね。これならきっと、旦那様も気に入ってくださいますよ!」
メイドは、私の姿を見て大喜びしていました。
そして、私は、透けるような薄さのネグリジェを着て、オズワルド様が来るのを待っていました。
うぅ……恥ずかしいです。
私は、毛布を身体に巻き付けて、露出を減らしました。
この格好で、殿方の前に出る勇気はありません。
ガチャリ。
扉が開いて、オズワルド様が現れました。
オズワルド様は、私を見て、驚いたように足を止めました。
……確かに、寝室に入るなり、毛布を巻き付けた人がいたら驚きますよね。
元々、初夜のムードを高めるために、恥ずかしい思いを我慢してネグリジェを着ていたのに、これでは台無しです。
「……クローディア。貴女はまさか、ここで寝床を共にすると思っていたのか? これは契約結婚だ。貴女を愛することはない。貴女に手を出すこともない。……だから、そんなに怯えなくてもいい」
「……え? そうなのですか?」
「ああ。メイドが余計な気を利かせてしまったようで、申し訳ない。後できつく叱っておく」
貴族社会では、結婚して初めて一人前として扱われます。
だから、私と契約結婚することにしたのでしょう。
「貴女の部屋は別にある。案内しよう」
こうして、私は豪華な部屋に案内された。
「……え? 本当にこんな場所で暮らしていいのですか?」
「ああ。困ったことがあったら何でも言ってくれ」
そう言って、オズワルド様は丁寧に頭を下げ、立ち去りました。
◇
初夜の日から、1ヶ月が経過しました。
相変わらず、私はオズワルド様から手を出されることはなく、白い結婚のままです。
どうやら、あの夜の「貴女を愛することはない」という言葉は本当だったみたいです。
オズワルド様は多忙な方で、いつも忙しそうにしているので、最近はほとんど会うこともありません。
だから、一人で楽しく日々を満喫しています。
オズワルド様は、火事で顔が焼けてしまい、火傷の跡を隠すために仮面を被っているようです。
でも、今でも火傷の跡が痛むようで、あちこちの伝手を使って治療法を探していますが、成果は芳しくないようです。
私は、ビスティ男爵家では薬師として働き、お小遣いを稼いでいました。
薬師としての評判は上々で、私が結婚した時は、皆から惜しまれました。
もしかしたら、私の薬なら、オズワルド様の火傷を治すこともできるかもしれません。
だから、中庭を借りて、治療薬を作るために必要な薬草を栽培していました。
良い治療薬を作るためには、良い材料が必要です。
自作した聖水を使って、種から薬草を育てました。
そろそろ、収穫の時期です。
私は薬草を収穫し、すり鉢でゴリゴリとすり潰しました。
そして、薬草を聖水で煮詰めて、不純物を取り除いて薬効成分を取り出します。
何度も繰り返し煮詰めて、ドロッとした粘りのある液体状になるまで繰り返します。
完成しました!
早速、オズワルド様に試してもらいましょう。
「……え? 治療薬が完成した、だと?」
「はい。私は昔から薬を作って販売していましたけど、評判は上々でした。オズワルド様の火傷も、きっと治ると思います」
「……はあ、そうか。期待はしないが、一度くらい試してみてもいいだろう」
オズワルド様はため息を吐き、治療薬を持って自室に戻りました。
数分後、オズワルド様の部屋から歓声が聞こえました。
仮面を外した、素顔のオズワルド様が駆けてきました。
火傷の治ったオズワルド様は、とても格好いい方でした。
「良かった……。無事に治ったみたいですね!」
「ああ。素肌で外を出歩くのは10年ぶりだ。クローディアには、本当に感謝している。何か、願い事はあるか?」
「いえ、オズワルド様からは、もう貰いすぎるほど貰っていますので、これ以上望む事はありません。このまま、オズワルド様の妻でいられたら、私は満足です」
「……そうか」
そう、ぽつりと呟いて、オズワルド様は立ち去りました。
それからは、オズワルド様は社交界でも大人気となりました。
私との結婚が、白い結婚であることは広く知れ渡っているみたいで、結婚中であるにも関わらず、オズワルド様の元には、多数の結婚の申し出が届いているようです。
私は鏡を見て、自分の地味な顔を眺めました。
こんな私より、可愛くて魅力的な子なんていくらでもいるはずです。
最近は実家も復興して、洪水の被害から立ち直りつつあります。
そろそろ、この契約結婚を終わりにすべき時が来たのでしょう。
白い結婚の間は、自由に離婚することができます。
私は離婚する決意を固めて、オズワルド様の元を訪れました。
「ちょうどいい所に来たな、クローディア。貴女に、渡したいものがあるんだ」
そう言って、オズワルド様は、私に小さな箱を手渡しました。
あれ?
これって、もしかして……。
箱を開けると、大きなダイアモンドの付いた結婚指輪が入っていました。
ど、どどど、どうしましょう。
この結婚指輪、きっとすごく高いですよね。
私のイニシャルが刻まれていますし、返品も不可能そうです。
「……クローディア。貴女を一目見たときから、ずっと貴女のことを愛していた。遅くなってすまないが、この指輪を受け取ってほしい」
「……え、でも、初夜の時に、『貴女を愛することはない』と……」
「それは嘘だ。本当は、貴女と愛し合いたかったが、貴女が怯えているのを見て、ついそう言ってしまった。だが、その後も愛は深まるばかりで、仕事に没頭して忘れようとしても、なかなか忘れられなかった。それに……貴女は私の火傷を治してくれた。そのおかげで、私はまた日の当たる場所を歩めるようになったんだ」
オズワルド様の声には、深い愛情が籠っていました。
胸がドキドキして、頬が熱くなるのを感じました。
「……オズワルド様には、私なんかよりもっと、相応しい方がいるのではないでしょうか……」
「そんなことはない。私が愛しているのはクローディア、貴女だけだ」
そう言って、オズワルド様は私をぎゅっと抱きしめました。
こうして、私の白い結婚は終わり、私たちは正式な夫婦になりました。