第89話 ドラゴンスレイヤーのアゴスティ入城
気絶してしまったシルヴィオとジルダをかついで、アゴスティへ入った。
都からつれてきた兵は、ほとんど残っていなかった。
シルヴィオとジルダも、満身創痍だ。
それでも、アゴスティの包囲をなんとか解くことができた。
ベネデッタとオドアケルの者たちは、すでに撤退していた。
民兵たちも撤退したようだったが、大半の民兵は亡くなってしまったか……。
「ドラスレ様! ご無事ですかっ」
アゴスティの城門を抜けると、守兵たちがかけつけてくれた。
彼らも、頭や腕に包帯をまいている。戦いのはげしさがうかがえた。
「俺は、だいじょうぶだっ。臣下の手当てを、たのむ」
「は!」
「ドラスレ様も、だいじょうぶには見えませんが……」
ストロスとの激闘は、言語に絶するものだった。生きていられるだけでも、ましだ。
「スカルピオ殿は、城にいるのか?」
「はっ。ドラスレ様の安否を気にされております」
スカルピオ殿が無事でよかった。
「ドラスレ様を城へお通しするように、とのことでしたが、すぐに城へむかわれますか? けがの手当てをされた方が、よいと思いますが……」
「そうだな。こんなに血でよごれた状態で面会したら、スカルピオ殿に礼を欠くだろう。明日に面会させてほしいと、スカルピオ殿につたえてくれ」
「わかりましたっ。かならず、つたえます!」
兵のひとりが敬礼をして、城へと続くメインストリートを駆けていった。
「ドラスレ様。城の医務室へ案内いたします」
「ああ。よろしくたのむ」
別の兵に従って、街の奥へとすすむ。
アゴスティの街は、ひどいありさまだった。
城壁のそばの建物は、壁や屋根に大きな穴が空いている。
無数のストラにおそわれたからだろう。黒い羽根が屋根や道のあちこちに落ちていた。
戦いの犠牲になった兵や町民たちも、道のまわりで放逐されている。
子どもを抱いた女性の死体を見ると、途方もない悔しさが込みあげてきた。
「被害の大きさは、カゼンツァと変わらないか」
戦いには勝ったが、よろこびは少しも感じられなかった。
* * *
翌朝。よごれた衣服をととのえて、俺はスカルピオ殿と面会した。
「そなたがドラスレ殿かっ。カゼンツァから、よく来てくれた!」
スカルピオ殿は、白髪がめだつ老年の男性だった。
唇の上に生やした長いヒゲが、とても似合う。優雅な印象を受ける顔立ちだ。
しかし、騎士にしては線がほそい。
きれいな貴族服に身をつつんでいるせいか、剣をとって戦う印象ではなかった。
「ありがとうございます。カゼンツァの戦いが長引いてしまったため、こちらに出向くのが遅れてしまいました」
「うむ。カゼンツァのことは聞いている。あちらの戦いもはげしかっただろう」
「そうですね。厄介な者たちがまざっているため、戦いが激化しているのです」
スカルピオ殿に案内されて、貴賓室に入った。
貴賓室は、赤いじゅうたんと白いカーテンで彩られている。
アンティークの丸テーブルや赤いソファが、とてもおしゃれだ。
「厄介な者たちがまざっているというのは、どういう意味だね?」
「言葉の通りでございます。オドアケルという、都をかつてさわがした者たちが、こたびの住民反乱にかかわっているのです」
席につくと、すぐにドライフルーツがテーブルにはこばれた。
「オドアケル……そんな者たちが、遠いヴァレンツァにいたのか」
「はい。オドアケルは裏の仕事をなりわいとする者たちでしたが、なぜかアゴスティやカゼンツァの民兵にまざっていました。
理由は不明ですが、ヴァレダ・アレシアによからぬことをたくらんでいるのは明らかです」
「そうだなぁ。ただの住民反乱だと高をくくっていたのが、そもそもの大きなまちがいだった。カゼンツァのロンゴ殿も、おなじ考えだったのだろう」
「はい。ですが、それは仕方のないことです。民は戦いの素人。数をいくらあつめたところで、戦いのプロであるわたしたちに勝てるはずがありませんから」
「だが、そのオドアケルという者たちが、民たちの裏でうごいていたとなれば、話は別だということか」
スカルピオ殿は、ものわかりのいい方のようだ。
「残念ながら、そういうことになります。オドアケルは傭兵稼業もおこなっています。わたしたちよりも実戦に強いかもしれません」
「なるほど。ドラスレ殿の主張は、大いにうなずけるものがある。だが、ひとつだけ、どうしても釈然としないことがあるのだ」
釈然としないこと?
「それは、なんでしょう?」
「鳥のバケモノだ。今回、ここは鳥の無数のバケモノにおそわれた。あれも、そのオドアケルという者たちと関係あるのかね?」
スカルピオ殿は、魔物使いの存在を知らないのか。
「はい。オドアケルには、魔物を使役する者がいます。その者が、こたびの戦いの先導者でした」
「なんと! そんなおそろしい者までいるのかっ」
「はい。わたしもかつて、ヴァレンツァで魔物使いにおそわれたことがあります。彼ら……いや、その者たちはいずれも女性でしたが、彼女たちは、人に決して媚びないはずの魔物たちを使役して、わたしたちに牙を剥くのです」
ヴァレンツァやサルンで戦ったビルギッタに、その妹のベネデッタ。
ふたりとも、かなりの手練れだった。
とくにベネデッタは、大きな支配力で無数のストラたちを従えて、ひとつの都市を攻め落とそうとしていた。
次にまた侵攻されたら、俺はアゴスティやカゼンツァをまもれるのだろうか。
「魔物を使役する者、か。信じられんが、そのような曲芸を会得したものが、ヴァレダ・アレシアにいるのだな」
「残念ながら、そういうことになります。彼らは軍勢をととのえて、またアゴスティに攻め入ってくるでしょう。勝ち戦におごるのは危険です」
「うむ……」
スカルピオ殿が右手でドライフルーツをとったまま、言葉をつまらせた。
「ドラスレ殿。すまないが、もうしばらく、ここに滞在してくれ」
「もちろんです。敵の警備にあたればよろしいのでしょう?」
「うむ。敵が姿をあらわすまで、ドラスレ殿は城内でくつろいでもらってかまわない。だが、またあの鳥たちがあらわれたら、ドラスレ殿に対処してほしいのだ」
「問題ありません。そのために、わたしはサルンから推参したのです。ともに、ここをまもりましょう」
「あいわかった! ドラスレ殿、どうか、よろしくたのむっ」
スカルピオ殿が勢いよく立ち上がる。
俺も立ち上がって、スカルピオ殿がさし出した手をにぎり返した。
* * *
アゴステイ城の医務室は、けが人でベッドがうまっていた。
先の戦いでけがを負った者が部屋に入りきれず、廊下や別の部屋にまでけが人があふれている。
「ううっ、いてぇ」
「たすけてくれよぉ」
頭や腕に包帯をまいた者。胸や腹を負傷してしまった者。
左足がうごかずに、杖をついている者もいる。
この状態で、ストラの大軍にまたおそわれたら、ここをまもりきれないだろう。
「あっ、グラートさん」
シルヴィオが、窓ぎわのベッドで身体を起こしていた。
ジルダも近くのベッドで横になっている。
「お身体は、だいじょうぶですか?」
「うむ。たいしたことはない。腕や足の痛みがあるが、二、三日やすめば回復する」
「そうですか。さすがです」
シルヴィオが包帯のまかれた胸をおさえる。
「シルヴィオこそ、胸のけがは大事ないか?」
「はい……いや、骨に異常があるかもしれないそうなので、平気ではなさそうです」
それは、まずい。
「ストロスに胸をけられたからな。あの一撃を受けたら、骨も折れるだろう」
「はい。とっさに身体を引いたので、致命傷にはなりませんでしたが……すぐには戦線に復帰できなそうです」
それは仕方ない。大事な臣下を失うわけにはいかない。
「わかった。身体が回復するまで、ゆっくりやすめ」
「すみません」
「気にするな。前にも言ったが、やすむのも大事な仕事だ。シルヴィオに、ここで倒れられては困るのだ」
「はい。ありがとうございます」
シルヴィオが、神妙に頭を下げた。
「ジルダも、すぐに回復しないと思います」
「そうか」
「強い衝撃を受けたのか、全身を打ちつけているようです」
ジルダもストロスの強力な攻撃を受けてしまったからな。
「ジルダは、ストロスがはなった風の魔法を受けていた。至近距離で受けてしまったのが、いけなかったのだろう」
「そ、そうでしたか……」
「仕方ない。それだけ、ストロスは難敵だったのだ。命があるだけ、よかったと思うぞ」
「そう、ですね」
シルヴィオは寝静まるジルダを見やって、悔しそうな顔をした。