第87話 ストラの女王をたおせ!
「うわっと!」
「くっ」
シルヴィオとジルダも、俺の後ろで着地していた。
「ふたりとも、無事か!」
「は、はいっ」
「足が、いてぇ」
ふたりとも着地の衝撃でうごけないようだ。
しかし、足の痛みだけで済んだのなら、かなり幸運だ。
ストロスが白い翼をはばたかせて、天たかくまい上がる。
雲のむこうまで上昇し、巨人のような体躯を大きく旋回させた。
あの大きな身体で、どうやって空をとぶのか。ハヤブサのように高速で滑空して――
「くるぞ!」
ストロスが地面まで急降下して、俺たちにまっすぐ突撃してきた。
「くっ」
「うわっ!」
横に飛び込んで、突撃への衝突だけはさけることができた。
しかし、ストロスの巨体と急降下によって発生した風圧で、俺たちは左右に吹き飛ばされてしまった。
「な、なんという、力っ」
「ド、ドラゴンより、すげぇんじゃね!?」
ストロスの突撃は、ドラゴンの突撃を凌駕しているかもしれない。
彼女がまた空のかなたまで上昇して、急降下をくり出してくる。
急降下は速度がすさまじいが、軌道はまっすぐだ。急降下の衝突をさけるのは簡単だが……。
「これでは、ろくに反撃できない!」
戦場のむこうで転がっていたシルヴィオが、くやしそうにさけんだ。
「グ、グラートっ。どうすりゃいいんだ!?」
ジルダは俺のそばで転がっていたようだ。
「わからない。あの急降下をくり返されたら、俺でも反撃できない」
「ええっ。どどど、どうすんだよ!?」
俺とシルヴィオは、近接攻撃を得意とする戦士だ。
中距離の攻撃方法もいくつかあるが、近接攻撃を確実にくらわせなければ、ストロスは倒せないだろう。
彼女がまた曇天のむこうへと消えていく。
雲の裏側を旋回して、俺たちにむかって高速で滑空をはじめた。
「ジルダっ。俺たちの中で遠距離攻撃ができるのはお前だけだ! 何か、よい魔法はないかっ」
「よ、よい魔法だ……うおっ!」
ストロスの突撃で、あやうく轢き殺されそうになった。
単調な攻撃だが、油断していると大けがを負ってしまうぞ。
「よい魔法って、どんな魔法だよ」
「なんでもいい。あの急降下をにぶらせてほしいっ」
「にぶらせるって……その後にグラートが攻撃すんのか!?」
「そうだ!」
ストロスは何度も急降下と突撃を続けてくる。
あいつの体力は底なしか!? このままだと、俺たちの体力がうばわれてしまうっ。
「わかったっ。じゃあ、こうなりゃサンダーストームで、あいつを感電させてやるぜ!」
「サンダー……古代樹にあびせた魔法か!」
「そういうこと!」
あの魔法をあびせれば、ストロスのうごきもにぶるだろう。
しかし、あの急降下をよけながら魔法をはなつのは、むりだ。
「グラートさん。俺が囮になります!」
シルヴィオが二本の幻影剣をさげて、前に――
「シルヴィオ、待て!」
「だいじょうぶです。ちゃんとよけます! ですからグラートさんは、なんとしてもあいつに反撃してください!」
ふたりとも……たすかるぞ!
「さぁ、こい。ストロス!」
シルヴィオが顔の前で、二本の幻影剣を交差させる。
幻影剣の透明な刃のむこうに、ストロスの大きな姿がうつし出されているのか。
「よっしゃ。たすかるぜ、シルヴィ!」
「シルヴィオだっ」
ストロスが雲のかなたから急降下をはじめてくる。
彼女の軌道の先にいるのは、シルヴィオだ。
「くらいやがれっ!」
ジルダが俺の後ろでサンダーストームをとなえた。
天上の雲から無数のエネルギー体がふりそそぐ。
紫色の雷がストロスに落ちて、彼女の全身を感電させる。
「だめかっ?」
ストロスは全身に雷をあびたが、急降下の速度がわずかに下がっただけかっ。
ストロスの巨体がシルヴィオに激突する――
「シルヴィオ、はなれろ!」
「は!」
シルヴィオはストロスにぶつかるぎりぎりまで、彼女を引きつけてくれた。
「グラートさん、後はおねがいします!」
「わかった!」
ストロスはシルヴィオを吹き飛ばして、油断しているわずかなタイミングができた。
やつが上昇をはじめる、このタイミングをねらう!
「いくぞ!」
全身にみなぎらせていた力を解放させて、爆発的な突進力を得る。
ストロスの突進する軌道に逆らうように、俺は彼女の前に出た。
「俺たちをなめるな!」
左足をついて、ヴァールアクスをふりかぶる。
重たい刃をふりまわして、ストロスの顔をめがけて攻撃した。
ストロスが危険を察知したのか、身体を急にのけ反らせる。
突進の軌道を変えようとしたのだろうが、馬の疾走のような速さだから、軌道を急に変えることができない。
ヴァールアクスは、ストロスの胸のあたりを斬り裂いた。
「やった!」
突進のすさまじい圧力で吹き飛ばされる。
宙を一回転して、両足でしっかりと着地した。
ストロスは、どこに消えた!?
視界の先で、赤い液体がポタポタとたれている。
この液体……いや血をながしているのは、ストロスか。
「やったぜグラートっ。あんたはやっぱすげぇな!」
ジルダが歓喜して俺の腕をつかむが、
「いや、まだだ。さっきの攻撃は、やつに致命傷を負わせることができなかった」
見上げた先で、ストロスがじっと浮遊している。
家屋をつつみ込んでしまいそうな翼をはばたかせて、高い塔の最上階ほどの高さで、ストロスが俺たちの挙動をうかがっていた。
「グラートさん。あいつは……次は、どのような攻撃をしかけてくるのでしょうか」
シルヴィオは全身に砂をかぶっている。
「わからない。あの一撃だけでは、引きさがらないだろう」
急降下の突撃は、もうしかけてこないだろう。
次は、どんな攻撃をしかけてくる?
「ふたりとも。俺のそばからはなれるんだ。あそこから範囲攻撃をしかけてくるかもしれない」
「はっ」
「つーか、ぼくが反撃してやるぜ!」
ジルダが俺からはなれて、上空にいるストロスに雷の魔法をはなった。
曇天から落ちる雷が、ストロスの全身をつつむ。
雷の魔法でストロスの身体から火花がちるが、決定的なダメージを負わせられないか。
「くそっ。なんで、あんなにタフなんだよ!」
「待てっ。様子が変だぞ」
シルヴィオがひとさし指をストロスにむけた。
上空にいるストロスが逆上がりをするように、くるりと大きく旋回する。
純白の翼を何度も羽ばたかせて、白い針のようなものが、こちらに――
「羽根の攻撃だっ。よけろ!」
白い羽根が、ナイフのように地面へと突き刺さる!
鋭利な刃が俺の頬をかすめて、熱い血をながさせた。
「なんだよこの攻撃!」
「くっ……逃げろ!」
ストロスの真下にいるのは危険だ。
彼女の落とす羽根が、俺の肩やわき腹をえぐる。
ストラの女王の名は、だてではないということかっ。
「シルヴィオ、ジルダっ。ぶじか!」
「お、おおっ」
「だいじょうぶですっ」
ふたりとも遠くから返事してくれたが、顔や腕から血をながしているか。
ストロスがまた翼を羽ばたかせて、頭を下にむけた。
高速で身体をうごかして、彼女の巨体がみるみるちかづいていく――
「グラートさん!」
ストロスが、俺を目がけて突進してきたのか!
ストロスは地面に激突する直前に、くるりと身体を旋回させた。
耳をつんざく鳴き声を発して、長い肢を俺にのばしてきた。
「くっ!」
ヴァールアクスでとっさに防御するが……おそろしい脚力だっ。
俺の足もとが、ストロスの攻撃でくぼんだ。
「なめるなっ!」
左足をふみ込んで、ヴァールアクスをふりはらう。
ヴァールアクスはストロスをとらえるが、やはり、すんでのところでかわされてしまう。
ストロスが翼を器用にうごかして、俺の攻撃をかわす。
俺は立て続けにヴァールアクスで斬りつけるが、ストロスにまた上空へ逃げられてしまった。