第77話 オドアケルの夜襲と乱暴男
「ぼくはやっぱり、気がむかねぇなぁ」
ロンゴ殿が手配してくれたテントにむかう。
兵たちも各自で休むように指示して、テントの中で腰を落ちつかせた頃に、ジルダがつぶやいた。
「この戦いのことか?」
「うん。だって、あのおっさん。街の人たちを平気で犠牲にしようとしてるんだぜ。こんなの、見てられっかよ」
ジルダの気持ちは、よくわかる。
このテントは円錐型の簡易テントだ。麻の高級ではない素材でつくられたものだろう。
ひろさも、俺とシルヴィオとジルダの三人がぎりぎり入る程度。陣地に張るテントとしては、平均的なものなのだろう。
「グラートは、関係ない人たちが犠牲になってもいいと思ってるのかよ。戦ってる人たちだって、悪くないんだぜ」
ジルダがどこかから茶をそそいできてくれた。
「当然、ひとりでも多くの人たちを救いたい。だから、敵に籠城されないように進言したのだ」
「ああ、さっきの……。籠城って、なんだっけ」
「籠城は、敵が城壁の中に閉じこもることだ」
「ほえぇ。そうなんだぁ」
ジルダが三角座りをして、目をぱちくりする。
「敵に籠城されたら、俺たち寄手は城壁の中にむかって矢や火をはなたなければならなくなる。それだけは、なんとしてもさけなければならない」
「ああ、そういう意味だったんだ。グラートは、そんなことまで考えてたんだなぁ」
敵とはいえ、相手はおなじヴァレダ・アレシアの国民だ。
彼らの殲滅など、陛下はのぞまないだろう。
「しかし、グラートさん。ロンゴ卿の言ってることも一理あります。劣勢の俺たちに、戦い方をえらぶ余裕なんて、あるんですか」
シルヴィオがテントの外から進言してくれた。
「そうだな。正直に言って、かなりくるしい」
「そうでしょう。数はこちらの方が圧倒的に多いでしょうから、一気呵成に攻め立てるしか、方法はないんじゃないのですか?」
ジルダが首をうごかして、俺とシルヴィオを交互に見まわした。
「でも、それだと街の人たちを傷つけることになるんだろ。それ以外に方法はないのかよ」
「方法はあるかもしれないが、ここでのんびりしてる場合でもないだろ。兵糧の問題とか、考えないといけない問題はたくさんあるんだからな」
シルヴィオは戦局をよく見ている。さすがだ。
「シルヴィオの言う通りだ。長期戦こそ第一にさけなければならない」
「そうですよ、グラートさん」
「でも、街の人たちは犠牲にしたくないんだろっ。なんとかしようぜ!」
俺たちの置かれている状況は、かなり悪い。
無関係な人たちを極力傷つけず、かつ迅速に悪の中枢をとりのぞく。
こんな難題を、俺は解決できるか。
* * *
陣のしずかな夜に、銀色の三日月がきらめいている。
あわい光が寝静まる陣をかすかに照らしている。
今日はなぜか、気持ちがざわざわする。床についても寝られない。
「少し身体でもうごかすか」
テントの中にしまったヴァールアクスをとり出す。
わあっ、と妙な声がどこかから聞こえた。
「なんだ?」
兵がさけんだような声だったが、だれかがひそかに酒でものんでいるのか?
「うわあ!」
「たっ、たすけてくれぇ!」
ちがう! 彼らは逃げまどっているのだ。
敵襲!? こんな時間にしかけてきたのか。
「待てっ。何があった」
俺のわきを通りすぎる者の首ねっこをつかまえる。
「は、はなしてくれよ。敵が襲ってきたんだよ!」
「それは、カゼンツァの民兵か?」
「し、知らねぇよ。いいからはなしてくれよ!」
事情を聞く時間はないようだな。
ヴァールアクスを引っさげて、悲鳴の飛びかう場所へむかう。
陣地の東側。下位の兵卒が寝泊まりしている場所が、破壊しつくされている。
地面に大きな穴がいくつも空いている。まるで、ドラゴンに襲撃された後の状態だ。
こわされた無数のテントが、穴のまわりに散乱している。
兵の食事をつくる大きな鍋も、穴のまわりに転がっていた。
「ひどい……」
そして、足もとで横臥しているのは、正規軍の兵士たち――。
「オラオラオラオラぁ! 俺たちを止められるやつらはいねぇのかぁ!」
聞きなれない男の叫び声!?
陣地のむこうであばれている黒い影が、いくつかある。
彼らは黒い外套に身をつつみ、頭もフードで隠している。
「王国のやつらは、もっと骨のあるやつらだと思っていたのによぉ。なんでぇ。期待はずれじゃねぇか! ルーベン様をもっとたのしませてくれよっ」
ルーベンというのが、集団の先頭でさけんでいる男の名前か?
反乱軍は飢えに苦しむ民兵ばかりであるはずだが、戦闘狂がまじっているのか?
いや、その前に、あの黒い出で立ち……数ヶ月前に、あのような者たちに俺は追われていたはずだ。
「待て!」
オドアケルの者たちに、大喝する。
陣地を破壊していた者たちが、一斉にふりかえった。
「ぁあっ? だれだ、おめぇ」
ルーベンというさわがしい声の男が、集団からおどり出てきた。
この男だけは顔をフードやマスクで隠していない。
目にかからない程度の前髪と、長い後ろの髪を夜風になびかせている。ウルフカットというものか。
男のつり上がった眼光はするどい。虎や豹のような目だ。
俺とおなじような体躯に、右手からぶら下げているのは、鋼鉄の長大な柱。
「俺はサルン領主グラートだ。ドラゴンスレイヤーと名乗った方が、お前たちには伝わりやすいだろう」
オドアケルの者たちから、どよめきが走る。
「ド、ドラゴンスレイヤーだとっ」
「あの、アルビオネのドラゴンを倒したという……」
「ヴァレンツァで追ってたのも、あいつだったんだろっ」
やはり、こちらの方が伝わりやすいか。
「このたび、陛下の命により、お前たちを成敗しにまいった。お前たちがおとなしくするというのであれば、その命まで奪ったりしない。
だが、素直に応じないというのであれば――」
ヴァールアクスの石突を地面に突き刺した。
「かなり乱暴な特訓を、お前たちに課すことになるぞ」
オドアケルの者たちが、一斉にひるんだが、
「けっ。何がドラスレだ。調子にのんな!」
ルーベンという男が吠えた。
「ドラスレといえば、元は冒険者で、民の英雄とか、真の勇者とか言われてたやつじゃねぇか。そんなやつが、今じゃ騎士どもの言いなりか? ふざけるな!」
この男はなかなか、するどいことを言う。
「俺らが何と戦ってるのか、わかってるのかっ。お前ら騎士どもが、なんでも取り上げてくから悪いんだろ!
それなのに、裏切り者のお前が、俺たちに乱暴な特訓を課すだぁ? どの口が言うんだ!」
ルーベンという男は、ただの乱暴者ではない。
オドアケルはヴァレダ・アレシアの闇にひそむ、ただの悪党なのだと思っていたが……考え方をあらためるべきか。
「お前の言葉、たしかに受けとった。お前の言う通り、俺は民を味方せねばならないというのに、民をこれから痛めつけようとしている。それは、よくないことだ」
「だったら、てめぇはさっさと、てめぇの国へ帰りやがれ!」
「いや、そういうわけにはいかない。お前たちにたとえ戦う名分があったとしても、お前たちの狼藉をゆるすわけにはいかない。
どのような狼藉でも、ゆるせば国土が荒れる。そうなれば、困窮するのは弱い民たちだ。騎士は国をまもる者――」
「俺たちがっ、民を痛めつけてるっつうのかぁ!」
ルーベンが柱のような槌で地面をたたき……いや、割った。
強烈な圧力が、地面の底から高速でつたわってくる。
男が割った地面は粉となり、土砂が夜空の高い場所までまい上げられた。
「ぜってー、ゆるさねぇ。あのクソヤローを、俺の手でぶっ殺す!」
しずかだった陣の西から、騎士と兵たちが姿をあらわしてきた。
彼らの後ろからロンゴ殿が、シルヴィオとジルダにまもられながらあらわれた。
「あ、あいつだっ。ドラスレ、あの男を、殺してくれ!」
ルーベンがロンゴ殿をにらみつける。
ロンゴ殿は、「ひぃっ!」とジルダの後ろに隠れた。
「あんのクソざこがぁ。てめぇも、ドラスレの後ですぐぶっ殺してやんよ」
俺は腰をおとして、ヴァールアクスをかまえなおした。