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第75話 ヴァレダ・アレシア東部の反乱

 翌日から早馬をとばして、三日目の夜中にヴァレンツァへ到着した。


 ヴァレンツァの外壁の門は、日没とともに閉められてしまう。


 そのため、夜明けまで門の外で野宿をし、開門とともに宮殿へとむかった。


「ドラスレ……いや、グラート卿。遠路はるばる、ごくろうだった」


 ベルトランド殿は昼下がりに登庁された。


 銀色の長い髪が宮殿に映える。


 男性ながら端正な顔立ちは、宮殿に仕える騎士にふさわしい容姿であると、俺は思う。


「サルン領主グラート。遅ればせながら、サルンから参内さんだいいたしました」

「うむ。急を要するため、陛下へのご挨拶は不要だ」


 それほど差し迫った状況なのか。


 ベルトランド殿の案内にしたがい、人気ひとけのない一室へとおされた。


 きらびやかな一室には、八人掛けのテーブルが置かれている。


 部屋のすみで花瓶が色をつけている。どこかの湖を描いた絵も、宮殿の白亜の壁にアクセントをあたえていた。


「好きなところにかけてくれ。果物をすぐにはこばせる」

「お気づかい、感謝いたします」


 扉に一番近い椅子の背もたれを引く。


 シルヴィオとジルダは、宮殿の椅子をおそるおそる引いた。


「わたしのような者が、かのドラゴンスレイヤーに指示を出すことになるとはな。人生、何が起こるかわからないな」


 ベルトランド殿がうすく笑う。


 ベルトランド殿は宮廷で俺を騎士として扱ってくれる、数すくない方だ。


 頭も切れ、柔軟な発想力にも長けている。


 前任のチェザリノとは大違いだ。


「ご冗談を。わたしは無駄に国内をあばれまわっていただけです。由緒ただしき家系に生まれたベルトランド様の足もとにもおよばない者です」

「ふ。お前は謙虚すぎると、陛下が前におっしゃっていたが、その通りだったようだな」


 ベルトランド殿と知り合ったのは、宰輔サルヴァオーネの軍事蜂起を阻止してからだ。


 俺がベルトランド殿を騎士団長に推挙してから、ベルトランド殿は俺に信頼を寄せてくれるようになった。


「サルンで休養中のところに急使を送ってしまって、すまない。お前の力でなければ、解決できない問題が起こってしまったのだ」

「わたしのことは、お気にかけないでください。国のどこかで住民反乱が起きたと、使いから聞いております」

「うむ。東にロンゴ卿が治めるラブリアという土地があるのだが、その土地が住民たちによって占拠されてしまったのだ」


 ラブリア、か。聞いたことがない地名だ。


「ロンゴ卿は反乱を鎮圧するため、カゼンツァという中心地を拠点として防衛にあたっていたそうだが、ひと月くらい前にその都市も住民たちによって占拠されてしまったようなのだ」


 ひと月くらい前、か。かなり経っているな。


 反乱などの軍事行動を起こす場合、装備や食料などの兵站へいたんを事前に用意する。


 反乱を起こした者たちは、宮廷の騒動が起きる前から戦いの準備をすすめていたのか。


「わたしたちが宰輔と戦っている前から、民たちは反乱の準備をすすめていたようですね」

「うむ。そういうことになるな」

「普通、民の反乱は突発的に行われることが多いでしょうが、今回の反乱はちがうように思えます。首謀者はよほど頭が切れるようですね」

「お前の言う通りかもしれない。都からも兵を送ったのだが、反乱をしずめたという報告はまだ受けていない。かなり、手こずっているのだろう」


 都の兵が仮に敗れれば、国威にかかわる。


 いや、たとえ敗れなかったとしても、反乱軍を鎮圧できなかったと知れれば、やはり国威の低下はさけられない。


 扉がやさしくノックされ、女官が姿をあらわした。


 茶と果物をトレイに乗せてくれたようだ。


「首謀者は、なんという者ですか」

「首謀者はカルボネという男だ」


 カルボネ……知らない名だ。


「その男はただの農民だという。重税にあえいでヴァレダ・アレシアに弓を引いたと言っているようだが」

「重税……ロンゴ卿は、民たちが反乱を起こすほどの税を課していたというのですか」

「うむ。ラブリアは去年から凶作が続き、ロンゴ殿は食料を民から吸い上げるかたちで、飢えをしのいだようだ」


 それでは、住民が反乱を起こすのは道理ではないか!


「それは……」

「ひでぇ」


 シルヴィオとジルダも同様に閉口している。


 ベルトランド殿は、それを苦々しく見つめるしかなかった。


「騎士は自分の土地を統治していくために、率先して力をたくわえねばならぬのだ! 収穫できるはずの麦が獲れなかったのだ。民から搾取するのは、しかたのない手段だったのだ」


 騎士の言い分として、ベルトランド殿の主張はまちがっていない。


 しかし、シルヴィオやジルダたち平民にとって、騎士の主張はたんなる傲慢にすぎないだろう。


「ドラスレ。事態はだいたいのみ込めただろう。ラブリアに行って、住民の反乱をしずめてくるのだ」

「は」


 民たちに非はないが、ヴァレダ・アレシアを荒らす元凶をのさばらせるわけにはいかない。


「かのヴァールを倒したお前が加われば、百人力だ。陛下のため、その力を存分に発揮してもらうぞ!」

「承知しております。おまかせください」


 シルヴィオとジルダの顔色はすぐれないか。


「ふたりとも、よいな。ラブリアに向けて、すぐに出発する」

「あっ、はい!」

「お、おうっ」


 こたびの命令に服したくないという気持ちは、よくわかる。


 ベルトランド殿の暗い表情にも、おつらい気持ちがにじみ出ていた。


「お前たちは、われわれ騎士が傲慢な者たちであると非難するだろうが、民が笑って暮らせる国をつくるため、争いごとをほうっておくわけにはいかぬのだ。

 こたびの反乱をしずめれば、陛下はさらにお前たちを重用することになるだろう。陛下のため、お前たちのために、こたびの反乱をなんとしても鎮圧するのだ!」



  * * *



「ぼく、行きたくなくなっちまったなぁ」


 宮殿から出て、騎士の別宅へと案内される。


 公園のチリひとつない石だたみをふみしめながら、ジルダが言った。


「そうだろうな」

「グラートは、なんとも思わねぇのかよ。今回の反乱って、悪いのは領主の方なんだぜ」

「もちろん、民の苦しい生活と心情を憂慮している。だが、ベルトランド殿の言う通り、争いごとをほうっておくわけにはいかないだろう」

「そうだけどよぉ!」


 兵の最後の準備があるため、ラブリアには明日に出発する。


 今日は豪奢な別宅で宿をとる手筈になっていた。


「お前たちの気持ちはよくわかる。ラブリアの者たちは食べるものを不当にうばわれて、飢餓にあえぎながら蜂起したのだ。その理由に罪はない。

 だが、争いを放置すれば、国の威信が落ちたと思い込む者たちが次々とあらわれてしまう。そうなれば、この国はどうなるか。ジルダなら言わずともわかるだろう」

「わかってるよ! そんなことっ。わかってる、けど……いいのかよ。こんなのって」


 俺の心もはげしく葛藤している。


 飢餓にくるしむ者たちをたすけたい。だが、陛下にさからうこともできない。


 シルヴィオが別宅のとびらを開けた。


「シルヴィオも、よいのか? 気乗りしないのであれば、無理にしたがわなくてよいが」

「俺は平気ですよ。グラートさんのため、ヴァレダ・アレシアのために戦います!」


 よく言ってくれた。シルヴィオはやはり、たのもしい臣下だ。


 だだっ広いロビーの一角で腰を落ちつかせる。


 シルヴィオが、うかないジルダを見やった。


「ジルダは無理しない方がいいんじゃないか? 俺とグラートさんだけでも、任務はこなせるんだし」


 そうだな。戦意が喪失した状態で戦場に行くのは危険だ。


 しかし、ジルダはかぶりをふって、


「な、何を言ってるんだよ。ぼくは平気だよ!」


 やや早口で宣言してくれた。


「そうか。なら、当初の予定通り、グラートさんと俺たちで行こう」

「おう! まかせとけ」


 ジルダが物怖じする気持ちは、よくわかる。


 しかし、内乱を放置しておくわけにはいかない。


 内乱をおこした者をなるべく傷つけず、穏便に解決できるようにしなければ――。


「うひょー。この皿見てみろよ。うまそうなのばっかだぜ!」


 ジルダは、ガラスの器に盛られたリンゴやオレンジに目の色を変えていた。


「ジルダ……変な声出すな」

「ええっ、いいじゃん。うまそうなんだから。グラートさ、これ、ぼくらが食っちゃっていいんだろ?」

「あ、ああ。だいじょうぶだと思うぞ」

「へへん、ラッキー!」


 ジルダが白い歯を見せて、赤いリンゴにかぶりついた。


 シルヴィオと顔を見あわせて、思わず苦笑してしまった。


この話からしばらく地名がたくさん出てきますが、おぼえなくても大丈夫です。

王国内のいろんな土地で悪いやつらが暴れてるので、そいつらを撃破していく流れになります。

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