第72話 グラートの決意、ジルダの決意
その日の夜に村の広場であつまって、皆で大宴会を開いた。
皆であつまって酒を飲むたのしさを、すっかりわすれていた。村の復興に追われていたせいか。
広場のまんなかに大きな火をたいて、全員でその火をかこむ。
村人からわたされたエールは、近くの農園で採れた大麦を発酵させたものだという。
素朴なエールは水のようにうすい。宮殿でいただく濃厚なワインとは比較すらできない。
でもやはり、俺にはこの酒の方が合う。
「たのしそうだねぇ。グラート」
アダルジーザもエールを片手にほほえんでいる。
「ああ、たのしいぞ。皆で飲む酒は最高だ!」
「グラートはぁ、宴会とか、好きだもんねぇ」
「そうだな。プルチアにいた頃は、テオフィロ殿やジルダと毎日のようにあつまっていたのだがな」
「騎士になって、いそがしくなっちゃったから」
騎士になって、広大な土地もいただけたのに、俺はほとんどサルンを管理できていない。領主、失格だな。
「また、宮殿に行っちゃうのぉ?」
「いや、しばらくサルンにとどまることを陛下に伝えている。だから、村の復興を手伝うつもりだ」
「そっかぁ。よかったぁ」
「サルンの関所を補強しなければならないからな。農園の手伝いも必要だろうし、サルンの問題も山積みだ」
「問題、じゃなくて、みんなで、ここをいい場所にしていくって、思えばいいんじゃないかなぁ」
アダルジーザの言う通りだな――。
「グラートさぁん。どうしてっ、騎士団ちょぉを、ことわっちゃったんですかぁ!」
俺に背後からだきついてきたのは、シルヴィオかっ。
「お前、飲みすぎだぞ」
「話を、そらさないで、くだ……さぃ」
シルヴィオは酒に強いと思っていたが、どれだけ飲まされたのだ。
いや、その前に、
「どうしてシルヴィオが、そのことを知っている?」
「へへっ。すべて、おみとおしですよ……ぉ!」
アダルジーザかジルダのどちらかが、しゃべったのか。
「騎士団長って、なに?」
「もしかして、ドラスレ様が騎士団長になるのか!?」
まずい。村人たちに聞かれたかっ。
「ドラスレ様、騎士団長おめでとうございまぁす!」
「ま、まてっ。ちがうぞ。話を――」
「俺、よくわかんねぇけど、騎士団長って、めっちゃえらいんだろ。すげぇなぁ」
「めっちゃえらいなんてもんじゃねぇだろ。国王の次にえらいんじゃねぇのかぁ!?」
顔を赤くそめあげた者たちが、俺の肩をぞくぞくとつかんでくる。
村をあげての絡み酒が、はじまってしまう……。
「すまない、アダル。ここをたのむ!」
「う、うんっ」
盛大にからまれる前に、逃げろ!
「ああ! ドラスレ様が逃げたぞっ」
「奥さん置いてったぞっ。甲斐性なし!」
にぎやかな者たちにかこまれて、しあわせだなっ。
村の裏手にちいさな川がながれている。
食料調達のために釣りをしたり、気分転換ができる絶好の場所だが、俺がいつも座るベンチに先客がいた。
ひとりで夜風にあたっているのは、ジルダか。
「あっ、グラート」
ジルダも俺の気配に気づいた。
「どうした。むこうで酒を飲まないのか?」
「お、おう。ちょっと、休憩」
ジルダもたくさん飲まされたのか。
「グラートも逃げてきたの?」
「そうだ。少しばかり、ややこしくなってきたのでな」
「はは。なんだよ、それ」
ジルダが力なく笑った。
「俺は騎士になったのに、ここの者たちはまったく遠慮しない。困ったものだ」
「それなら、いいんじゃね?」
いいのか? この状態は。
「他の土地じゃ、領主と村人がおなじ酒なんて飲まねぇぜ。そんだけ、うちはみんなが仲いいってことさ」
「そうだといいがな」
ジルダのとなりに腰をおろす。
ゆるやかにながれる小川の水面に、銀色にかがやく月が映し出されていた。
ジルダもうつむいて、ゆるやかな水面をながめている。
いや、ながめているというより、視線の先に川があるだけか。
「どうした。なやみでも抱えているのか?」
「えっ、いや、そういうわけじゃ、ねぇけど」
そのわりには、歯切れがわるいようだが。
「話したくないのであれば、むりにはなさなくていい」
「おう」
ジルダは小川に視線をもどして、両手をあそばせていた。
「その、さ。臣下、だっけ? あの件なんだけど」
「ああ、家臣の話だな。もちろん、今でも受け付けているぞ」
「お、おう」
「俺の家臣になってくれるのか?」
「あ、うん」
ジルダが家臣になってくれるか!
「そうか! うれしいぞっ」
「えっ、ちょ、ちょっと」
「どうした? 俺はジルダがうなずいてくれるのを、ずっと待っていたのだ。よろこんではいけないか?」
「ああっ! だから言いたくなかったんだっ」
ジルダは恥ずかしがりやだな。
「グラートって、天然なの? 子どもみたいによろこぶなよな!」
「はは。ジルダは素直じゃないな。子どもみたいによろこんでもいいではないか」
「ああっ、もう!」
ジルダの気むずかしい性格は、まだなおりそうにないか。
「妙な声をあげて、すまなかった。ジルダが俺の家臣になってくれて、うれしいと思っているのは本心だ。ゆるしてほしい」
「べつに、いいけどよ」
ジルダと握手をかわす。しかし顔は背けられたままだ。
「あんたも、物好きだよな。ぼくみたいのなんか、いなくてもこまんねぇだろ」
「そんなことはないぞ。ジルダは自分の実力を過小評価しているのだ。俺はお前のはたらきを、プルチアにいた頃からずっと見てきた。
実力があり、信頼も寄せられる者をさがすのは、それほど容易なことではない。ことわっておくが、ジルダに同情して、家臣になってほしいと言っているのではないぞ」
ジルダが視線をもどして、俺をじっと見上げた。
とまどいと真剣さをふくませた表情は、はじめて見るかもしれない。
「そっか」
「そうだ。だから、お前は自信をもって、ここではたらけばいい。困ったことがあれば、とりあえずアダルに言え。アダルの方が、何かと話しやすいだろう?」
「そう、だね」
ジルダが家臣になってくれれば、こわいものは何もない。
「まじめな話になるが、王国をゆるがす悪は、まだ国中にのこっている」
「そうなの?」
「そうだ。オドアケルの中に、きわめて危険な人間がいる」
ヒルデブランドという切れ長の目をした男。あの男がはなつプレッシャーは、とてつもなく大きいものだった。
――われわれには、人間をはるかに超越する力がそなわっているということだ。
――きみはおそらく、わたしと同族だろう。だが、おのれの身体に流れる崇高な力に気づいていない。
「ああ! あの目のほそいやつ」
「そうだ。ヒルデブランドという名であった。あの男は、あの一回だけで引きさがるような男ではない。すぐにまた罠をしかけてくるはずだ」
あの男が言っていたことは、ひとつも理解できなかった。
だが、あの男の危険さは肌から過分につたわってきた。
「なんなんだろうね、あいつ。気味わるいぜ」
「そうだな。俺やジルダとまったくちがう人生を歩んできた者なのだろう。俺もいろんな人間とかかわってきたが、あのような得体の知れない者ははじめてだ」
「オドアケルって、地下ギルドだろ? よく知らねぇけど、表社会を歩けないやつらなんて、みんな、あんな感じなんじゃないの?」
「そうかもしれないな」
そして、炎を悪魔に変えた、不思議な石。
預言石と呼ばれたあの紫色の輝きは、王国にあらたなわざわいをもたらすものなのではないか。
「サルヴァオーネが国政から去り、王国の一難がとりのぞかれた。だが、これでおわりではない」
「お、おう」
「オドアケルに、アルビオネの魔物たち。ヴァレダ・アレシアの権威をゆるがす者たちは、いたるところに存在する。この者たち全員を屈服させるまで、俺たちの戦いはおわらないのだ。だから、俺に力をかしてくれ」
「わかったよっ」
ジルダが恥ずかしさをまぎらわすように、頬を掻いた。
難局にこれからも遭遇するだろうが、ジルダや仲間たちがいれば、何度でも乗り越えられる。
どんな者が立ちはだかっても、俺はまけん!
月の光が気になって、俺はふと顔を上げた。
雲のない夜空のまんなかで、大きな月が俺の全身を照らしていた。
宮廷編は、これで終わりです。お付き合いいただきまして、ありがとうございました!
次からは、ヒルデブランドと預言石にまつわる物語を展開していきます。
そして、グラートの正体は? グラートの強さの秘密などにせまります。