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第70話 宰輔との戦いが終わり、陛下と面会。騎士団長の座は

 副騎士団長のベルトランド殿と協力し、宰輔がはなった兵を撃退することに成功した。


 捕らえたのはすべての兵のうちの半分以下でしかなかったが、宮殿の中へ侵入されることはなかった。


 多くの兵たちの自白により、宰輔の反意があきらかとなった。


 宰輔は危険を察知したのか、俺が宰輔の屋敷に着いた頃には行方をくらましていた。


 しかし、ほどなくしてヴァレンツァの郊外で宰輔が捕らえられた。


 宮殿で宰輔と内通していた者たちも連座で捕らえられ、宰輔と宮廷をめぐる問題はここに終結した。


「サルヴァオーネを宮殿の地下牢につなぎ、彼の内通者もすべて捕らえたと申すのだな」

「は。仰せの通りでございます」


 宮殿の奥に建つアウロラ宮の昼下がり。優雅な末席を陛下からゆずっていただく。


 俺のとなりでジェズアルド殿が同席している。


「宰輔が兵と宮廷の内通者に送った書状をすべて押収しております。宰輔が言い逃れをすることは、もうできないでしょう」

「そうか」


 陛下は沈んだ顔で、裏庭の泉をながめておられた。


「グラートにジェズアルド、ごくろうだった。お前たちのはたらきにより、宮廷にはびこる悪を一掃することができた。王国のすべての国民と官吏たちを代表して、お前たちに礼を言おう」

「は」

「褒美はすぐに用意する。少し、待ってほしい」

「無論であります」


 宰輔と官吏たちの恐怖から解放されたというのに、陛下はよろこんでくださらない。


 ジェズアルド殿に目を向けたが、彼も陛下の真意をはかりかねているようだった。


「陛下。サルヴァオーネをドラスレが捕らえたのに、どうして浮かない顔をされるのですか」

「うむ。グラートがサルヴァオーネの暴虐を阻止してくれたのは、うれしい。だが、サルヴァオーネももとは社稷をささえる廷臣だったのだ。この結果を、すなおに受け入れてよいのか……」

「何をおっしゃられますかっ。サルヴァオーネは陛下と宮廷に仇なす逆臣。王国にふりかかる危機を未然にふせいだのですから、よろこばしいかぎりではありませんか!」

「そうだな。ジェズアルドの、言う通りだ」


 それでも陛下の愁眉しゅうびはひらかれない。


「こたびの争いで都がまた荒廃してしまった。国民たちには、なんと詫びればよいのか」

「それは、致し方ありませぬ。都にひそんでいた兵の暴動を事前に阻止できなかったのは、わたしたちの落ち度です。そのかわり、都の復興に今まで以上の力をそそぐ所存でございます」


 宰輔の兵があたりかまわず放火したため、都の大半が燃えてしまった。


 ヴァールとの戦いに匹敵する都の惨状には、目を覆いたくなるばかりだ。


「ジェズアルド殿のおっしゃる通りです。王国をまもるわたしたちに、かなしんでいる時間などありません。ヴァレンツァの国民には苦労ばかりかけてしまいますが、彼らと協力して街をなおしていくしかないでしょう」

「そうだな。お前たちの言う通りだ」


 陛下がやっと顔を上げてくださった。


「わたしがここで落胆していても、こわされてしまった都はもどらないのだ。弱気になるのは、もうやめよう」

「その意気ですぞ、陛下っ」

「ああ。ありがとう、ふたりとも」


 ジェズアルド殿は、さっとハンカチをポケットからとりだしていた。


「して、サルヴァオーネの処罰はどうすればいい? わたしは、更迭のみでよいと思っているが」


 宰輔の更迭をかんがえていたのは、宰輔が都で兵をうごかす前のことだ。


 あんな大乱を起こしてしまったのだ。官職の剥奪だけでは済まされないだろう。


「陛下。差し出がましい苦言をおゆるしください。宰輔を更迭のみでゆるしてしまうのは、罰がいささか軽いとわたしは考えます」

「そうなのか? グラート」

「はい。陛下への反逆は、すなわち王国への反逆を意味します。王国への反逆に対する罪は、死罪が相当。最低でも流罪は免れません」


 かつて無実の反逆罪を突きつけられた俺が、こんな苦言を陛下に直訴することになるとは。


「そんなに重い罪なのか。しかし、宰輔の今までの功績を考慮して、もう少し軽い罪にしたいが」

「いけません。今ここで宰輔を重い罪に処さなければ、陛下の威厳が弱いとあなどる者がまたあらわれてしまいます。

 威厳というのは、陛下の意思の強さなのです。すなわち、陛下に反逆する者たちを厳正に捕らえ、涙をのんでかれらを処罰する。陛下はおつらいでしょうが、これも人の上に立つ者のさだめなのです」


 陛下はその大きな瞳で、俺をまっすぐに見ておられた。


「わかった。強いお前の言葉にしたがおう」

「わたしの諫言かんげんをお聞きいただき、ありがとうございます」

「ふふ。わたしもお前のように強くなりたい。だから、わたしも強く生きると決めたのだ」


 陛下はこたびの一件で、本当に強くなられた。


「グラート、お前は宮廷の官吏たちとはちがう。わたしにまちがいがあれば、お前はわたしをおそれずに言葉をのべてくれる。お前のような忠臣に、わたしは今まで会ったことがなかった。

 宮廷の右も左もわからないわたしには、お前のような臣下が必要だ。だから、どうか、これからもわたしに尽くしてほしい」

「もちろんであります。この命にかえて、陛下をおまもりいたしましょう」


 陛下のお顔が、少し赤くなられたように感じる。


「ではっ、とりあえず、ドラスレには騎士団長になっていただきましょう!」


 ジェズアルド殿が涙をふいて、立ち上がった。


「うむっ。そうだな!」

「宰輔と前の騎士団長であったチェザリノが消えたのです。ドラスレに反対する者は、もういないでしょう」

「王国最強のグラートの座は、騎士団長こそふさわしいっ。このあいだの叙任式を超える式典を開かねばならぬな!」


 騎士団長、か。


 ヴァレダ宮廷騎士団を率いる騎士団長は、宰輔に次ぐ要職だ。


 そんな高い位に、かつて蛮族と蔑まれた俺が就いてもいいのか。


「グラート?」


 サルヴァオーネと彼にしたがう者たちは、宮廷からいなくなった。


 しかし、陛下や俺に反感をもつ者は、宮廷にまだたくさんいるのだ。


「陛下。もうしわけありませんが、その話は辞退させてください」


 陛下がちいさい口を開けたまま、身体を止めてしまった。


「ドラスレ! お前は、ななな、なんと言ったのだっ」


 ジェズアルド殿は両手をテーブルについて、怖い顔を俺にむけている。


「先ほど申した通りです。わたしの騎士団長の就任を、とりやめていただきたく思います」

「なぜだっ。なぜ、陛下に忠誠を誓うと言ったばかりのお前が、そんな心ないことをもうすのだ」


 陛下とジェズアルド殿の厚意をふみにじるのは、とてもくるしい。


「わたしも騎士のはしくれ。栄えあるヴァレダ宮廷騎士団を率いるのは、わたしの夢であります」

「それなら、お前が断る道理はないだろうが」

「落ちついてください、ジェズアルド様。わたしはたしかにそれなりの強さを備えているのかもしれませんが、わたしは数ヶ月前まで冒険者として、薄暗い洞窟や森で魔物を追いかけていた者なのです。

 宮廷には、ヴァレダ・アレシアの伝統を重んじる者たちがたくさんいます。宮廷の多くの騎士と官吏たちは、わたしの立ちふるまいに疑問をもっているのです。

 そのようなときに、わたしが騎士団長の要職に就けば、宮廷はどうなるか。火を見るより明らかでしょう」


 宰輔が起こしたような混乱を、俺が宮廷にまねいてしまうのではないか。


「ヴァレダ・アレシアの古いしきたりに縛られた者たちの疑念など、わたしの威厳ですべて吹き飛ばしてみせよう。それでも、お前の心ははれないのか?」


 陛下はさとすように言葉をのべてくださる。


 陛下のお心配りはうれしいが、俺が騎士団長になるのは時期尚早だと感じる。


「今はそのときではありません。どうか、もうしばらくお待ちを」

「今は、ということは、お前がやがて、わたしたちの気持ちを受けとってくれると思ってよいのだな?」

「はい。わたしの気持ちはつねに陛下とともにあります。時期がくれば、騎士団長の任を頂戴したく思います」


 陛下がジェズアルド殿を座らせた。


「わかった。お前の意思を尊重しよう」

「わたしのわがままをお聞きとげいただき、ありがとうございます」

「お前は本当に変わった人間だ。ヴァレダ・アレシアの長い歴史をもってしても、騎士団長の就任をことわった者はひとりもいないのだがな」


 騎士団長の就任が俺の憧れであることに変わりはない。


「わたしは、個人の欲や名誉よりも、王国の平和をねがいます」

「お前は、やはり真の勇者だ。国民はきっと、お前の強い意思に感銘を受けるだろう」

「そう思っていただけたら光栄です」


 陛下がテーブルに肘をつく。


「しかし、グラートに騎士団長をまかせられないとなったら、だれに騎士団長をまかせればよいのか」

「それならば、副騎士団長のベルトランド様がよろしいでしょう。副騎士団長からの昇格ならば宮廷の者たちにしめしがつきますし、あの方は宮廷の危機にまっすぐ立ち向かわれた方です。信用に足る人物だとわたしは見ました」

「そうか! それはよい考えだ。なら、その通りにしよう」

「わたしも騎士団員としてベルトランド様にしたがいます」

「うむ。たのんだぞ」


 陛下が子どものような笑顔でうなずいた。


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