第65話 アダルジーザを救え、チェザリノの屋敷へ突撃!
ウバルドが書いてくれた地図にしたがって、俺は馬を走らせた。
チェザリノが住む屋敷はヴァレンツァの郊外にあるようだ。
「なぁ、グラート。その騎士団長のとこに、アダルはほんとにいるんだろうな」
俺のすぐ後ろをジルダが続く。
「そのはずだっ」
「あのギルマスが言ってたこと、本当だといいけどなぁ」
ジルダもウバルドの言葉が信用できないようだ。
「唐突に言われたのだ。ウバルドの言葉が信じられない気持ちは、よくわかる」
「グラートは、信じてるのかよ」
「信じている、と言いたいところだが、本音を言えば半々といったところだ」
「まぁ、そうだよな」
「ウバルドのことは信じたいが、確固とした証拠がないからな」
だが、ウバルドの証言を疑ったところで、他にあてがあるわけではない。
「騎士団長のチェザリノは、宰輔の手先に成り果ててしまった。オドアケルの者たちがいるかもしれないから、気をつけるのだ」
「おう! その辺はばっちりまかせとけっ」
チェザリノの屋敷は、ヴァレンツァからはなれた丘の上に建てられていた。
ヴァレンツァが眼下に眺望できる場所で、この高台の一帯は騎士たちの別宅が建てられる由緒ただしき場所だ。
チェザリノの屋敷は宮殿にこそかなわないが、かなりの広さをほこる邸宅だった。
俺の住む仮住まいの十倍はあろうかという広さに、贅を凝らした屋敷の装飾に目をうばわれる。
門の前には女神像がならび、門の奥にも鋼鉄の甲冑のようなものが黒い光を反射させていた。
屋敷からはなれた森で馬を止める。
「うへぇ。やっぱり、見張りがいるなぁ」
ジルダが木の幹に隠れて、チェザリノの屋敷を見やった。
「そうだろうな。チェザリノは宮廷の要人だ。俺たちのような、位の低い者がおいそれと面会できるわけではない」
見張りは、何人だ?
正門の左右に、ひとりずつ。そのまわりに、ひとりずつ。
四人しか視認できないが、屋敷の中にはもっと多くの兵がいるだろう。
「どうするんだ、グラート。しのび込むのも、むずかしそうだぜ」
「しのび込む気はない。正門から、堂々とうかがう」
俺は幹から姿を出した。
「ええっ! マ、マジかよっ」
「マジだ。俺は妻をうばわれたのだ。チェザリノに会う正当な動機がある」
見張りの者たちが、俺に気づいた。
地面に突き立てていた長槍の先を、俺にむけてくる。
「止まれ。何者だっ」
「俺はサルン領主のグラートだ。騎士団長のチェザリノ様に、会いにきた」
「サルン領の……!?」
見張りの兵たちが、ぞろぞろと集まってくる。
門の外と中にいた者たちが、六人か。
彼らは明らかにうろたえている。
俺とジルダの対応について、小声で話しているようだが、どう対処すればいいのかわからないようだ。
「お前たち、いつまで俺たちを待たせるつもりだ。こちらにも都合というものがあるのだぞ」
「はっ。も、もうしわけありません。サルンの領主様がじきじきにお出でになられるなんて、主からひと言も聞かされていなかったので……」
無能なチェザリノが雇った兵にしては、優秀だ。
「あたりまえだ。非公式の面会なのだからな」
「その、つかぬことをお聞きしますが、あなた様はあの、ドラゴンスレイヤー様ですか」
兵たちの注目が一気にあつまる。
「そうだ。ブラックドラゴン・ヴァールを倒し、都を救ったのは俺だ」
「おお! まさしく――」
屋敷から飛んできた何かが、ひとりの兵の背中を射抜いた。
「な、なんだ!?」
倒れた兵の背中に突き立てられているのは、矢か。
屋敷の二階から矢をはなったのは、オドアケルの者たちだな!
「おいっ、だいじょうぶか!」
見張りの兵たちが混乱する。
屋敷の二階の窓が次々と開いて矢が射られてくる。
「お前たち、塀のうらへかくれるのだ!」
「はっ、ドラスレ様!」
チェザリノはやはりオドアケルの者たちを雇っていたかっ。
「くっそぉ。見張りの人たちも問答無用で攻撃かよ。ひでぇ」
ジルダが塀にかくれて舌打ちする。
「ジルダの言う通りだな。金で雇った者たちとはいえ、配下に対する仕打ちとは思えん」
「そうだぜっ。こういうやつらがいるから、騎士とかえらいやつらは嫌いなんだ!」
ジルダの言葉は、耳が痛いな。
「ドラスレ様。あなた様はもしや、チェザリノがさらってきた方をむかえにこられたのですか?」
見張りの長らしき男が、俺の後ろで口を開いてくれた。
「そうだ。俺の妻がチェザリノに誘拐されたのだっ」
「おおっ! やはりっ」
見張りの男が、苦々しくつぶやいた。
「いつだったか、夜おそくに全身黒ずくめの者たちが、ひとりの女性をつれてきたのです。女好きのチェザリノが、村からまた若い女をさらってきたのかと、そのときは深く考えなかったのですが」
なんと! チェザリノにそんな悪癖があったのか。
「チェザリノは、そんな悪事をはたらいていたのかっ」
「え、ええ。他の騎士様もおなじことをされているので、こんなものだろうと思いますが……」
「こんなものじゃねぇよ! 女をなんだと思ってやがるっ」
ジルダが声をあらげた。
「声を立てるな、ジルダ」
「す、すまねぇ。グラート」
「お前が怒るのは、よくわかる。チェザリノは、そういう薄汚い男だったのだ」
――ええ。わかっていますとも。男子じゃないのに国王の座についた悪しき者を、しかるべき場所にもどすのです。
かつて玉座の間で不遜な態度をあらわしたチェザリノの姿が、脳裏に浮かんだ。
「あいつら、いい加減にしろ!」
ジルダが塀から身を出して風の魔法をはなった。
円盤のような真空が二階の窓を裂いて、射手をさがらせた。
「ジルダは魔法で射手を牽制してくれ。そのあいだに俺が屋敷に突入する!」
「へ、へいきかよっ。そんなことして」
「平気だ。俺をだれだと思っているんだ」
このくらいの矢の攻撃なら、何度もくぐり抜けてきた。
兵たちも俺の指示を待ってくれているか。
「ドラスレ様。わたしたちは何をすれば」
「お前たちは、ここでジルダをまもってくれ。オドアケルの者たちが森からあらわれて、お前たちを襲ってくるかもしれん」
「わ、わかりましたっ」
「くれぐれも、うかつに塀から顔を出すな。あと、負傷したものをすぐに手当てするのだ!」
「はっ!」
見張りの長の男が、俺の肩をつかんだ。
「ドラスレ様の奥方様は、おそらく屋敷の地下に閉じ込められています。村からさらってきた娘たちを、チェザリノは地下に軟禁しているのですっ」
「わかった! 助言、感謝するっ」
敵の攻撃が止んだ隙に鋼鉄の門を蹴やぶる。
屋敷まで続く小道を走り抜けて、俺はチェザリノの屋敷に侵入した。
一階のロビーは吹き抜けになっているようだ。
二階の天井で、金のシャンデリアが光をはなっている。
白亜の床のむこうに大きな階段がのびて、二階の左右の回廊へと続いている。
「敵が侵入したぞっ」
「殺せ!」
二階の回廊から姿をあらわしたのは、オドアケルの者たちだな!
黒頭巾で顔をかくし、二階から飛び下りてくる。
「ええい、じゃまだ!」
長剣をひからせる者たちをかまわずになぐりつける。
長いヴァールアクスは、屋敷の中だと使いにくい。
ここには、ビルギッタのような手だれはいないようだ。
オドアケルの者たちを一蹴して、地下へと続く階段をさがす。
二階へと続く階段の裏手に、地下にとつながる階段があった。
階段を駆け降りて、部屋の扉を手当たり次第に開けていく。
「ひっ!」
地下の小部屋は、俺の仮住まいくらいのひろさがある。
チェザリノがさらってきたという村の女たちが、すみでふるえていた。
「お前たちは、チェザリノがさらってきた村の者たちだな。安心してくれ。俺はお前たちを襲いに来たのではない」
村の女たちが、こくりとうなずく。
歳は俺とおなじくらいか。もっと年下か。
まだ成人していない女子もいる。
「俺は妻をさがしたら、ここを脱出する。そのときにお前たちもここを出るのだ!」
アダルジーザは、どこにいる!?
この地下のフロアは、意外と広い。いくつの部屋があるんだ――。
「ええいっ、野盗どもをまだ追いはらえんのか!」
回廊の奥から出てきたのは、チェザリノ!
「お前はっ!」
「へっ。あ……ドラ、ドラスレ!?」
見つけたぞ!
チェザリノが奥の部屋に入って、扉を閉める。
ドアノブを押すが、中から施錠しているなっ。
「開けろ、チェザリノ! 抵抗してもむだだっ」
「だ、だまれっ。どうしてお前が、ここにいる!?」
チェザリノのなさけない声が、扉の奥から聞こえてきた。
「きさま、アダルを……俺の妻をさらったなっ。ゆるさんぞ!」
「な、なんのことだっ。そんなことは知らん!」
白を切ってもむだだ!
扉から下がり、突進で扉を押しやぶる。
「うわっ!」
部屋のすみに天蓋のついたベッドが置かれている。
棚やテーブルも高価なつくりで、農村の家とはくらべものにならないほど豪華だ。
「あっ、グラート!」
ベッドが置かれているすみの反対側から、アダルジーザの声が聞こえた。
彼女は後ろ手に自由を縛られていた。




