第64話 消えたアダルジーザとウバルド
倒れたジルダを起こし、ほろびてしまった村を見わたした。
人のいなくなった家は、さっきの戦いでさらにくずれてしまったな。
「やっと、みんなで建てなおしたのに、こんなのひでぇよ」
ジルダが俺に泣きつく。
「しかたがない。こわれてしまったものは、いちからつくりなおさなければならないんだ」
しかし、この事実はあまりにも、きびしい。
サルンはやっと、前の戦いから立ちなおったというのに……。
「グラートはっ、こんな惨状を見ても平気なのかよ! こんな――」
「平気なわけがないだろう! 村の皆は、俺を信じて、ついてきてくれたというのにっ」
俺はやはり、大きな失敗をしてしまったのか。
宰輔に逆らったのは、間違いだったのか……。
「グラート……」
「自分がきずつけられるのは、まだいい。俺は頑丈だから、いくら攻撃されても、たえられる。だが、俺を信じてくれた者がきずつけられるのは、我慢できない」
こんなことになってしまうのなら、騎士になどなるのではなかった。
「みんなを、さがそう。まだ、生きてるやつがいるかもしれないだろ」
ジルダが俺から手をはなして、言った。
「そうだな。このままでいいわけがない!」
まずはアダルジーザの安否を確認しろ。
俺の仮住まいは、ゆるやかな坂をのぼった先にある。
いやな予感がする。俺の家も他の倒壊した家と同様に壁がこわされている。
窓や屋根もこわされている。人の気配は感じない。
「アダルは、いないのかな」
「そうかもしれない。だが、アダルはそう簡単に死んでしまうような女ではない」
はずれてしまいそうな扉を開ける。
床は多くの足でふみあらされ、砂ぼこりでよごれてしまっている。
家財道具はほとんど持ち出されてしまっているようだ。われた皿も床にちらばっていた。
「ひでぇ」
「アダルがいない。アダルはどこに行ってしまったんだ」
村で倒れている者の姿はあったが、アダルジーザの存在は確認できなかった。
「逃げちゃったのかな」
「いや。アダルはわれ先に逃げ出したりしない。きっと、何かわけがあるんだ」
アダルジーザは、どこに行ってしまったんだ!
シルヴィオや、ウバルドは……。
「シルヴィオ。そうだ。シルヴィオもサルンに残っていたはずだっ」
「は! そ、そうだなっ」
「シルヴィオなら、オドアケルと率先して戦っていたはずだ。シルヴィオは、どこに行ったんだっ」
シルヴィオの家は、俺の仮住まいの近くにある。
坂を下りると、こわされた井戸のそばに数人の人影があった。
オドアケルの追っ手か!?
しかし、黒装束を着ていない彼らは、村人たちで間違いなかった。
「あなたは、村長か!」
「お、おお……ドラスレ様!」
村長に、他の村人たちも……。
「皆、無事であったかっ」
「は、はいっ。死んでしまった者も、何名かおりますが、シルヴィ様や他の冒険者の方々が、わたしたちをまもってくださったのですっ」
そうだったのか。
「ドラスレ様、もうしわけありません。わたしたちが、不甲斐ないばかりに……」
「いいのだ。皆が無事だったのだ。村はまた、最初からつくりなおせばいい」
「は、はいっ」
村人たちは、たすかっている者が多いのか?
「お前たちは、どこにかくれていたのだ? シルヴィオや、他の者たちは」
「わたしたちは、まわりの農園にかくれていたのです。アダルジーザ様が、そう指示してくださったので……」
アダルジーザが、村人たちを指揮してくれたのか。
「皆のところに案内してくれるな」
「はいっ、もちろん」
ゆるやかなあぜ道を歩いて、近くの農園へと足をはこぶ。
農園にも数は少ないが、人の住める家屋がいくつか建てられている。
村長に案内された家に入ると、せまい部屋にたくさんの村人たちがかくれていた。
「ああっ、ドラスレ様!」
「ドラスレ様が帰ってきたんだっ」
不安げだった皆の表情が、明るくなった。
「皆、遅くなってすまなかった。村をおそった連中はすべて倒したから、安心してくれ!」
村人たちから歓声が上がった。
「村をおそった連中は、俺たちに一方的な恨みをもつ者たちだ。しかし、この戦いはもう決着している。おそれることは何もない!」
村人たちを安堵させるために、俺は胸を張っていなければならない。
「さすがっ、ドラスレ様ですじゃ!」
「みんなのかたきを、とってくださったんですね!」
俺を信じてくれる者たちを、ひとりもうしないたくない。
部屋にいくつかのベッドがならべられている。
奥のベッドで倒れているのが、シルヴィオか。
「シルヴィオ。すまない。また迷惑をかけた」
「グラートさん。帰ってきて、くれたんですね」
シルヴィオは全身にけがを負っているようだ。
頭と肩をのぞいてシーツにかくれてしまっているが、頭も肩も包帯がまきつけられていた。
「あたりまえだ。皆を捨てて逃げるものか」
「グラートさん。すみませんでした。あいつらを全員、倒すことができませんでした」
シルヴィオがあやまることなど、ひとつもない。
「安心しろ。残りは俺とジルダですべて倒した。村の脅威は去った」
「よかった。さすがだ……」
「アダルは、他の農園に行っているのか? それと、ウバルドは」
「アダルさんは、わかりません。どこかでかくれてると思いますが。ウバルドも、一度も見ていません」
ふたりは、どこに行ったのか。
「あの、ドラスレ様」
勇者の館の元ギルメンだった男が、おずおずと皆の前に出た。
「どうした?」
「ウバルド様から、これをあずかりまして」
男がさし出したのは、四つ折りにされた紙だ。
開くと、「三日ほど待て」と書かれていた。
「グラート。何が書かれてるんだ?」
ジルダが背伸びして手紙をのぞく。
「三日ほど待てと、書かれているな。どういう意味だ?」
「なんだよこれ。暗号なんじゃねぇの?」
暗号、か。古い遺跡や古文書でよく登場するものだな。
「たしかに暗号じみているが、この非常時に暗号なんて使わないだろう」
「うーん。万が一、敵にこの手紙をとられても、内容がわからないようにするため、とか?」
「その可能性は考えられるが……」
暗号だとしたら、どのような意味が込められているのだろうか。
「逃げたんですよ、きっと」
シルヴィオがそっぽむいて、はき捨てるように言った。
「ここが危なくなったから、みんなを捨てて逃げたんですよ。そういうやつですから、あの男は」
シルヴィオがウバルドを信用していない気持ちは、よくわかる。
しかし、サルンに着いたときに見せていた、ウバルドのあの反省した様子を俺は信じたい。
「どうするんだ? グラート」
「これが暗号であったとしても、俺たちには解読できない。三日ほど、サルンで待ってみよう」
「他に当てもねぇもんな」
「そういうことだ。アダルはサルンのどこかで隠れているかもしれないから、あきらめずにアダルをさがそう」
「アダルなら絶対にぶじさ! だいじょうぶだって」
力強く言ってくれるジルダの気持ちが、うれしかった。
* * *
サルンの領地をさがしまわったが、アダルジーザを見つけることはできなかった。
元ギルメンの冒険者たちや、他の村人たちの消息は確認することができた。
彼女の消息だけが、はたと途絶えてしまった。
四日目の朝にウバルドが帰ってきた。
ウバルドは俺の屋敷に着くと、倒れ込むように部屋に入ってきた。
「ウバルド。帰ってきてくれたのだな」
ウバルドの頬や額は汗と砂でよごれていた。
肩から全身をすっぽりとおおう外套もぼろぼろで、今にもやぶれてしまいそうだった。
「水を、たのむ」
「わかった」
ウバルドの声は、かすれていた。
近くの川から汲んできた水をコップにそそぐ。
わたしてやると、ウバルドはすぐに水をのみほした。
「お前の女が連れ去られた場所が、わかったぞっ」
「なに、本当か!?」
どうりで、いくらさがしてもアダルジーザが見つからないわけだ。
「本当だ。チェザリノの屋敷だ」
なに。チェザリノだと……。
「そんな、ばかなっ」
「チェザリノの屋敷はヴァレンツァのそばにある。そこに連れ去られるのを、たしかに見たっ」
ウバルドの目は真剣だ。
ぼろぼろになった姿からも、必死に偵察してきてくれたことが充分にうかがえる。
しかし……。
「チェザリノは宮廷に仕える騎士団長だ。この前、陛下の王位継承権をめぐって俺と対立したが、かれは俺の上官なのだぞ。それなのに、こんな、盗賊に身をやつすようなことをするのか」
「お前もっ、俺の言うことが信じられないのか! 俺だって、身体を張ってやつらの後をつけたんだぞっ」
ウバルドが、怒りで身体をふるわせている。
「俺の言うことが信じられんというのなら、いいっ。勝手にしろ!」
「待て。わかった。自分の非をみとめよう」
ウバルドは、俺のために尽力してくれたのだな。
「その状態では、お前は戦えまい。お前はサルンで待つのだ」
ウバルドはこたえなかった。
「ウバルドの言葉を信じよう。チェザリノと戦うことになるだろうが、俺は絶対に負けん」
騎士団長だろうが、俺の上官だろうが、関係ない。
アダルジーザは、俺が連れもどす。待っていろ!