第62話 オドアケルのサルン急襲
ウバルドをサルンで保護した件と、宮廷で起きた一連のさわぎをジルダに話した。
だが、陛下と王家の秘密まで話すことはできなかった。
「ええっ! ぼくがいないあいだに、宰輔とめっちゃ戦ってたの?」
「そうだな。こんなにはやく直接対決になるとは、思っていなかったがな」
「へ、へぇ。でも、宮殿で宰輔まで倒しちゃったんだ。すげぇなぁ……」
ジルダはくちびるをひくひくさせている。
「宰輔はまだ倒していない。この前の一件は、宰輔を一時的に下がらせただけだ。彼らはすぐに次の一手をねらってくる」
「マ、マジかよっ」
「マジだ。もうすでに、宰輔は次の一手を打っているのかもしれない」
あの男の狡猾さを、むざむざと見せつけられたばかりだ。
オドアケルの追っ手が、この宿の外をとりかこんでいないだろうか。
「宰輔って、宮殿の一番えらいやつなんだろ? そんなのと戦ってるんだから、すげぇよなぁ」
ジルダが水をコップにそそいでくれた。
「そんなやつに勝っちゃったのに、グラートはうれしそうじゃねぇなぁ」
「そうか? そんなことはないだろう」
「むりすんなよ。つらいです、っていうのが顔に書いてあるぜ」
そ、そうなのか……。
「なんか、他にも抱えてんの? ぼくでよければ、話くらいは聞くけど」
俺の一番の気がかりは、陛下とジュスティリア王家の秘密だ。
だが、あの真実は、ジルダにもはなせない。
「俺は、ジュスティリア王家の知ってはならない秘密を知ってしまった」
「王家の、知ってはならない秘密?」
「そうだ。これはヴァレダ・アレシアの根幹をゆるがすほどの問題だ。その問題に、俺が加担してもよいのか」
ヴァレダ・アレシアの王位を継ぐ者は、男子でなければならない。
しかし、ヴァレダ・アレシアの荊棘をみずから進もうとしておられる陛下を、俺は責めることができない……。
「よくわかんねぇけど、ぼくにははなせない問題なのか?」
「ああ。ジルダに話すことはできない」
「ふぅん。アダルにもか?」
「アダルにもだ。これは、墓場まで持っていかなければならない問題なのだ」
アダルジーザやジルダを信じている。うたがうことはひとつもない。
それでも、陛下の秘密を打ち明けることはできなかった。
「アダルにも言えないんじゃ、しかたねぇな。じゃ、墓場まで持っていくんだな」
ジルダが相づちを打つように言ってくれた。
「すまない。ジルダ」
「いいけどさ。でも、あんまり無理してっと、あんたもそのうち倒れるぜ」
「そうだな。サルンに帰ったら、何日か休養をとろう」
ああ、アダルジーザの手料理が食べたいな。
おしゃべりなジルダの話を聞きながら、サルンでのんびり暮らしたいものだ。
* * *
ジルダを連れて北のサルンにむかったが、オドアケルの追っ手はあらわれなかった。
大都市ラグサに行っても、近隣の農村に寄っても連中はあらわれない。
「ウバルドと逃げているときは、オドアケルの追っ手に何度もねらわれたのだが。どうなっているんだ」
川のながれる森を駆け抜ける。
「まぁ、まぁ。変なやつらに邪魔されないんだから、いいじゃねぇか」
ジルダも俺の後ろで馬をあやつっている。
「やつらが襲ってこないことに越したことはないのだが」
「グラートは心配しすぎなんだよ。宰輔がきっと、あんたの命をねらうのをあきらめたんだよっ」
はたして、そうだろうか。
宰輔はオオカミのような男だ。俺のような反対者をゆるしておくはずはない。
「あんたにはかなわないと思ったんじゃね?」
「そんなことはない」
「それか、例のギルマスが疫病神だったとか!」
ウバルドは、疫病神ではないだろう。
「オドアケルの連中は、もともとウバルドをねらっていた。俺は標的ではなかったから、俺がねらわれないのは当然なのか」
「まぁ、そうかもしれねぇわな」
「ウバルドはサルンにいる。アダルやシルヴィオとともに暮らしているが……」
オドアケルの連中は、サルンに急行したのではないか?
「グラート?」
馬を止めて、思考をめぐらせる。
俺は、油断していたのかもしれない。それとも、ウバルドをサルンに送りとどけて、安心してしまったのか。
「グラート、どうしたんだよ。用でも足したいのかよ?」
ジルダも馬を止めて、俺のもとへともどってきた。
「俺はとんだ思い違いをしていたのかもしれない」
「とんだ思い違い?」
「そうだ。オドアケルの連中は、もともとウバルドをねらっていたのだ。なら、やつらは次にどこをねらうのか」
「サルンだっていうのか!?」
「いそいだ方がよさそうだっ」
俺はふたたび手綱を打った。
* * *
二日ほど馬で駆け、サルンに到着した。
オドアケルの追っ手におそわれることは、最後までなかった。
「ひぇー、やっとサルンに着いたなぁ」
すっかり見なれたサルンの街道に、ジルダの表情が明るくなる。
「けっきょく、オドアケルの連中はあらわれなかったな」
「だから、グラートは心配しすぎなんだって!」
「そうかもしれんが」
街道をまがり、村へと続く小道に入る。
「そういや、聞いたか? 村の名前」
「村の? あ、ああ。聞いたぞ」
「くくっ、けっきょくドラスレ村になったんだろ? 安易だよなぁ」
あの名前はぜひとも変えてほしいが。
「ぼくが適当に言ったら、村長のやつが『それだ!』ってさ。どんだけ適当なん――」
村の入り口である門が、破壊されているっ。
立てた丸太をならべただけの簡易的な門だが……なぐり倒されたのか!?
「おい、グラー……」
ジルダも村の異変に気がついたのか、陽気な声を止めた。
「な、なんだこれ!」
「連中があらわれたのかもしれんっ」
村の者たちは、どうなっている!?
アダルジーザや、シルヴィオは、ぶじかっ。
家屋は倒壊し、炭となった燃えカスから黒い煙が上がっている。
土には多くの足あとや血痕がつき、矢と折れた刃が転がっていた。
「そ、そんな……」
「おそかったかっ」
「や、やっと、村が落ちついてきたのに」
やはり、俺は大きな思い違いをしていたのだっ。
「やっとあらわれたのね、ドラスレ」
あの女の声は、聞きおぼえがあるぞ。
村のまわりの木陰から、黒装束に身をつつんだ者たちが姿をあらわす。
「な……っ」
彼らはボウガンをかまえ、俺とジルダを取り囲む。
「あなたがいないから、張り合いがなかったのよ。待ちくたびれたわ」
オドアケルの連中の後ろであざ笑っているのは、黒ドレスのビルギッタかっ。
「きさまらが、俺の村をおそったのか」
「そういうこと。わざわざ言わなくても――」
「ゆるさん!」
ヴァールアクスをとって、突撃する!
「く、来るぞっ」
「う、撃て!」
遅い!
オドアケルの連中が矢を打つより早く、ヴァールアクスで彼らの隊列を破壊した。
「何してる。ドラスレを早く殺せ!」
ビルギッタのはげしい指示がとぶが殺されてなるものかっ。
「グラート、はなれろ!」
後ろからジルダの声!
「お前ら、ゆるさねぇぞ!」
ジルダが両手からはなったのは、竜巻!?
「な、なんだこれはっ」
うずを巻く空気のながれが、どんどん大きくなっていく。
「やばいよっ」
「にげろ!」
ちいさな竜巻が、まばたきをしただけで塔のように高くなった。
「みんな、ふき飛ばされちまえ!」
竜巻の魔法か。
ジルダはこんなに壮大な魔法まで使えるのか!
轟音を発する竜巻が、倒壊した家屋や柵をまきあげていく。
オドアケルの者たちも竜巻にのみ込まれて、なすすべなく上空へと吹き飛ばされていった。
「ジルダ、すごいぞ!」
「へ、へへ。一日に一回しか使えない大技だぜ」
前に古代樹の庭園で戦ったときも、ジルダは雷の大規模な魔法で古代樹を圧倒していた。
ジルダの魔力はかなり高い。彼女は、やはり優秀な魔道師だ。
「雑魚はかたづけてやったからな。後は頼んだぜ」
ジルダが地面にひざをつく。
ジルダの竜巻をかわしていたビルギッタが、遠くで怒りをあらわにしていた。
彼女の後ろでたたずんでいるのは、巨大なコウモリのバケモノである、クルガだ。
「ああ。後はまかせろ」