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第59話 国王陛下の正体

「われらが陛下に仇なす蛮族か。よくぞ言ってくれたものだな」


 宰輔サルヴァオーネが肩をふるわせた。


「陛下が正当な王位継承権をもたれている方であれば、われらもお前の言う、騎士の責務とやらをまっとうするだろう。

 だがっ、現在の陛下はどうか! 正当な権利をもたれていないからこそ、この玉座にお出でになられないのだろうがっ」


 サルヴァオーネはどうやら、自分の勝利がゆるぎないものであると思い込んでいるようだ。


 思い込みの強い人間はくみしやすい。この男を倒すのは、今だ。


「それなら、宰輔にお聞きします。陛下が女性だという、確固たる証拠はおありですか」

「なにっ」


 玉座の間が、ぴりついた。


「宰輔は陛下が女性であるから、ヴァレダ・アレシアの王位継承権をもたれないと思い込んでいるようだが、陛下が女性だという話は、いったいどこからやってきたのですか?」


 まわりでむらがっている官吏たちが、ざわつきはじめた。


「ド、ドラスレっ」


 ジェズアルド殿も困惑しているのか、俺を下がらせようとする。


「はっはっは! ついに墓穴を掘ったな、ドラスレよっ」


 サルヴァオーネ。声をむだに張り上げるな。


「わたしは、陛下を玉座から引きずりおろしたいがために、こうして登庁したのではないっ。陛下が女性であると申す者が何人もあらわれたから、宮廷の混乱を収拾するために、その真偽をたしかめにきたのだ!」

「そうでございましたか。宰輔が言いたいのは、ようするに証人を用意したということですかな」

「わたしが用意したのではないっ。宮廷の多くの者が、真偽をたしかめたがっていると、先ほどから申しているであろう!」


 その程度では、陛下が女性であるという確固たる証拠にならない。


「官吏や召使いたちの証言など、あなたの権勢でどうとでもなりましょう。多くの騎士たちの上に立たれるあなた様であれば、官吏や召使いたちを買収することなど、たやすいのですからな」

「な、なにっ。きさまのその言葉こそ、なんの証拠もないでたらめではないか! わたしをこれ以上冒涜したらゆるさないぞっ」

「それなら! 陛下が女性であるという、確固たる証拠を見せよっ。お前たちのあやしい証言ではなく、ヴァレンツァの子どもでも瞬時に理解できる、れっきとした証拠をな!」


 サルヴァオーネの傲岸な顔が、やっとひるんだ。


「何を、言っている。さっきから……」

「何を? 宰輔の耳は、急に聞こえなくなってしまわれたのか。それならば、もう一度、ゆっくりと教えてやろう。陛下が女性であるというたしかな証拠を、皆の前に見せろと言ったのだ」


 ざわざわとさわいでいた官吏たちは、おとなしくなっていた。


 チェザリノやジェズアルド殿も、石像のようにかたまっている。


「できないだろう。相手の性別を証明するのは、それほど簡単ではないからな」

「な……んだとっ」

「相手の声や外見だけで、女性であると決めつけるのか? 王位継承をゆるがす、この大事な局面で。

 ヴァレダ・アレシアには、女性のように声の高い男がいれば、陛下のようにおうつくしい男性もたしかに存在するっ。そんな彼らを女性と決めつけることこそ、冒涜というものだ!」


 サルヴァオーネたちが、たじろいだ。


「ふざけるなっ。そんなもの、陛下の公式記録をあされば、すぐに判別するだろうが」

「ふふ。宰輔のように優秀なお方が、次に何を言われるかと思えば。そのようなものが存在していたら、あなたは最初からここで提示しているだろう。

 では、どうして陛下の記録を公開なされないのか。それは、陛下の記録がすべて男性であると記載されているからだ!」

「ぐっ、ぐぐ……」


 俺の思った通りか。そんなものがあれば、陛下はもっと早く退位なされていたはずだ。


「陛下に衣を脱いでいただければ、男女の真偽がだれの目にも明らかになるだろう。だが、そんな無礼きわまる要求を陛下に突きつけるのか? 騎士の叙勲を重んじるお前たちが、騎士の頂点に君臨される陛下にな!」


 勝敗は、決した。


「そのような恥辱を陛下に味わわせてみろ。陛下が男性であったら、お前たちは全員、処刑台行きだ!」

「く、くそっ」

「さいほっ!」


 サルヴァオーネたちは、もう起き上がれないだろう。


 陛下をおまもりすることができた。


「やめよ、ドラスレ!」


 陛下の壮烈な声が玉座の間にひびく。


 玉座の後ろから、陛下が従者に付き添われながらお入りになられた。


「ドラスレ……いや、騎士グラート。やめるのだ」

「は。騎士にあるまじき暴言の数々、どうかおゆるしください」

「わたしがゆるすことなど、ここにはひとつもない。騎士グラートも、宰輔サルヴァオーネも、わたしにとって大切な臣下だ。ヴァレダ・アレシアの礎を築くお前たちを、わたしはひとりも失いたくない」


 陛下はやはり寛大なお方だ。


 陛下が玉座にすわり、サルヴァオーネを見やる。


 サルヴァオーネは片膝をつき、あたまを深々と下げていた。


「サルヴァオーネよ。そなたに妙な疑いをもたせてしまったのは、すべて、わたしの不徳のいたすところである。どうか、ゆるしてほしい」

「は……」

「だが、わたしはヴァレダ・アレシアの正当なる王位継承権をもつ者である。そなたに疑われたからといって、この玉座を明けわたすわけにはまいらぬ。

 わたしも歴代の国王にならい、社稷しゃしょくを支える身。王国のため、国王の位を最後までまっとうしたいのだ」


 サルヴァオーネが、ゆっくりと身体を起こした。


 立ち上がり、ちいさくなった背中は寒空の下にいるようにふるえている。


「わたしは、みとめませんぞ。このような、主張はっ」

「そうか……」

「真実を、ここでかならず明かします。おぼえていて、くだされ」

「サルヴァオーネ!」


 ジェズアルド殿がさけぶ。


 サルヴァオーネは身をひるがえして、俺とジェズアルド殿のあいだを通りすぎていく。


 俺と目を合わせずに。


「さ、さいほ!」

「お待ちをっ」


 チェザリノと他の小者たちは、サルヴァオーネの後を追うように、玉座の間から走り去っていった。



  * * *



 玉座の間の奥にある回廊を通り、後宮へと足をはこぶ。


 俺はジェズアルド殿とともに、陛下に付き従った。


 陛下はみずからの足で歩いておられたが、顔は蒼白で、今にも倒れてしまいそうだった。


「ここなら、だいじょうぶでしょう」


 後宮の使われていない一室に入り、ジェズアルド殿が鍵をかける。


 テーブルや食器など、後宮で生活する道具の一式がそろえられた部屋だ。俺たち三人以外に人はいないようだ。


「ここなら、宰輔の目もとどきません。ご安心ください、陛下」


 陛下が突然、くずれ落ちる。


「陛下っ」


 俺は滑り込むように、陛下の細い身体をささえた。


「こわかった……」


 陛下が、泣いている……?


 この女性のように細い身体。透き通るような白い肌と、つややかな髪。そして、かすかな化粧の香り。


 この方は、やはり……。


「ドラスレ。見事だった。お前がこれほどの男だったとは。わたしもさすがにおどろいたぞ」


 ジェズアルド殿はなぜか、あきれ果てたような口調で言う。


「ありがとうございます。なんとか、陛下とジェズアルド様をおまもりすることができました」

「うむ……」


 ジェズアルド殿の表情は、はれない。


 椅子を引いて、テーブルの上であたまを抱えてしまった。


「ジェズアルド、様?」


 俺の胸でしくしくと泣く陛下に、言葉にならないかなしみを背負うジェズアルド殿。


 俺は、どうすればいいのだ……。


「ドラスレ。きみもすでに気がついているであろう。陛下は……女性だ」


 やはり、そうだったのか。


「サルヴァオーネが言ったことは、ただしかったのだ。きみが言う通り、彼は確固たる証拠を提示できなかったから、陛下の退位をあきらめるしかなかった。

 だが彼は、あの程度で完全にあきらめる男ではない。宮殿の間者を増やして、陛下の身辺をさらにさぐってくるだろう」


 ジェズアルド殿の言う通りだが、宰輔の目をあざむき続けるしかないだろう。


「サルヴァオーネをはやく失脚させなければ、わたしたちはじきに宮廷を追われる。サルヴァオーネに逆らったきみも、同じだ」

「わかっております」


 どうしてもひとつだけ、気にかかることがある。


「どうして、このような王位継承の偽りが仕組まれてしまったのですか。これでは、サルヴァオーネの言う通り、ジュスティリア王家が玉座にしがみついているだけではありませんかっ」


 陛下の嗚咽が、少しおさまったようだ。


 陛下にハンカチをわたして、椅子にすわっていただこう。


「きみたちの言う通りだ。悪いのは、わたしたちだったのだ」


 ジェズアルド殿が、深いため息をついた。


「ジュスティリア王家は、男子が生まれにくい家系だったのだ。子を産んでも、腹から出てくるのは女子ばかり。男子が生まれても身体の弱い者たちばかりで、政治はおろか、王位を継ぐことすら困難だった」


 そんな背景が、この国にはあったのか。


「だが身体が弱くても、王位さえ継げればよかったのだ。サルヴァオーネのような獣を宮廷にのさばらせてしまうことになるが、他の家の者に王位をうばわれるよりマシだ。

 だが、陛下のお父上。先代でついに問題が起こった」

「男子が、生まれなかったのですか」

「そうだ。男子が生まれず、次の王位を継ぐ者があらわれなかったのだ。いるのは女子と、わたしのような遠縁ばかり。

 わたしのような者では、サルヴァオーネたちは納得しない。だから、女子を男子と偽るしかなかったのだ」

「それで陛下が、犠牲に……」


 陛下は、犠牲者なのだ。


 だが、ジェズアルド殿が悪いのか?


 わからない。ただしいこたえが……。


「きみはこれでも、わたしたちをまもってくれるかね。王位を継ぐ資格がないのに玉座にしがみつく、醜いわたしたちを」

「無論です。不正を続け、国民を苦しめるサルヴァオーネに正義があるとは思えません。王家にも問題はあったのかもしれませんが、わたしは国民に安寧をもたらす人たちに味方します」

「ほんとうか!? ドラスレっ」


 陛下が突然とびつい……ま、待ってくだされっ。


「ドラスレっ。この通りだ。わたしをたすけてくれ!」

「ご安心ください、陛下。わたしはこの通り、陛下からはなれません」

「ほんとうだな。わたしはその言葉を信じるぞっ」

「はい。ですから陛下は、お気を強くもってください。宰輔に何を言われても、毅然と男子であることを貫くのです。さすれば、宰輔も陛下をおそれて、ちかづかなくなるでしょう」

「そ、そうだなっ。わかった。お前の言う通りにしよう」


 陛下が子どものような顔で笑う。


 ジェズアルド殿は後ろで涙をながしていた。


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