第58話 対決! 宰輔サルヴァオーネ
ヴァレダ・アレシアを治めるジェレミア国王陛下は、女性のようにうつくしい容姿で象徴的な存在となっている。
そのあまりにうつくしい容姿は、歴代の妃すら後宮の回廊を歩けなくなってしまうと言われるほどで、陛下を敬愛している者は男女にかかわらず多いという。
陛下とは、俺も何度かお会いした。直接会話し、陛下の声も聞いている。
陛下は女性だという宰輔の主張は、多くの人間たちの心をうごかす、とても強い力をもっている。
陛下が本当に女性であったとしたら、俺やジェズアルド殿は一気に苦境に立たされてしまう。
ヴァレンツァの北門で、ジェズアルド殿が従者をつれて、俺を出迎えてくれた。
「ジェズアルド様」
「来たか。ドラスレ殿」
ジェズアルド殿は笑顔で出迎えてくれるが、その表情に力がない。
「ここに来るまでに話は聞きました。宮廷は、どうなっていますか」
「うむ。もちこたえているが、旗色はかなり悪い。宰輔に寝返った者が、かなり多いのだ」
なんと! このままでは、宮廷が宰輔に乗っとられてしまうっ。
「サルヴァオーネめ。そしらぬ顔でこちらを謀っておいて、急に攻めたててきた! やつらはずっと、このときをねらっていたのだ」
「わたしたちが裏でうごいていることを知りながら、宮廷であざ笑っていたということでしょうか」
「うーむ。そういうことになるかもしれん。くそっ、サルヴァオーネめ!」
ジェズアルド殿の従者にかこまれながら、ヴァレンツァのメインストリートを走り抜ける。
「おい、あれ……」
「なんだ、なんだ?」
「このあいだから、何が起きてるの!?」
ヴァレンツァの市民たちも、動揺しているか。
「まずいですね。宮廷の混乱が街にもれている」
「むむっ、そうだな。サルヴァオーネの暴虐を、はやく止めねば……」
宮殿の外門の前で馬をおりる。
表の門を警備するふたりの守衛は、見おぼえがあった。
「祭司長のジェズアルドだ。通るぞ」
「は! おつとめ、ご苦労様ですっ」
俺と同い年くらいの若い守衛に、口ヒゲをたくわえた壮年の守衛。
残念だが、今日はリンゴをさし出すことはできない。
表のはなやかな庭園の左右で、大きな噴水が動いている。
花壇のいろとりどりの花も、今日はめでることができなそうだ。
宮殿の中へと足をふみいれる。
「宰輔は、どちらに?」
「おそらく、今日も玉座の間に居座っているだろう」
赤いじゅうたんをふみしめて、玉座の間へと続く黄金の階段を上がっていく。
「陛下! なぜ、わたしたちの前に姿を出してくださらないのですかっ」
「陛下はやはり、女性なのですかっ」
宮廷の騎士か。それとも官吏の声か。
陛下をあさましく嘲弄する声が、階段のむこうから聞こえてくる。
広い玉座の間を、多くの官吏たちが埋めつくしている。
男の官吏も女官も一様に声を張り上げて、陛下がお出でになられるのを待っているのか。
あまりの人のおおさに、玉座が見えない。こんな状態では、街まで混乱してしまうのはむりもない。
「ええい、お前たちっ。何をしている! さがれっ」
ジェズアルド殿が官吏たちを一喝する。
蝟集していた官吏たちはおどろいて、玉座の間の右と左にわかれた。
「これはこれは、ジェズアルド様。いいところにお出でになられました」
官吏たちが空けた玉座へと続く回廊。
その終点でゴマすりをしているのは、騎士団長のチェザリノか。
「王族のジェズアルド様は、陛下と近しい間柄。陛下にお話があるので、後宮に呼びに行ってもらえませんか」
「なんだとっ。きさま、だれにむかって口を利いている」
「王族のジェズアルド様ですよ。さっきも、そう言ったでありましょう」
チェザリノの嘲笑に、まわりの官吏たちが笑い声をあげる。
チェザリノの後ろには、宰輔サルヴァオーネが傲岸と俺たちを見つめていた。
サルヴァオーネの後ろでたたずんでいるのが、空の玉座だ。
「ふざけるな! 陛下はおいそがしいのだ。お前らなんぞにかまっている時間はないっ」
「ほほ。うそをおっしゃい。時間なんて、いくらでもあるでしょう。政治能力をもたない女性の陛下には、宮殿で時間をつぶすことなど、できないのですからっ」
チェザリノは、陛下の腹心だったはず。
それなのに、いつのまに宰輔の手先になったのか。
「わたしたちは、陛下にお時間などとらせません。ここに少しのあいだだけお座りになられて、ご自身が女性であることを宣言していただければいいのです。このくらいのことなら、子どもでも簡単に行えましょう」
「チェザリノ。きさま……自分が何を言っているのか、わかっているのかっ」
「ええ。わかっていますとも。男子じゃないのに国王の座についた悪しき者を、しかるべき場所にもどすのです。わたしたちは、この国の規律をただすために行動しているのですよ。ねぇ、宰輔」
「まったくもって、騎士団長の言う通りだ」
サルヴァオーネが、「くっくっく」と笑いながら、チェザリノの前に出た。
「ジェズアルド様。あなた様はヴァレダ・アレシアの由緒ただしき血筋を引かれるお方。その行動とお言葉には大きな力がはたらきますが、血筋よりも大切なもの、それはなんでしょう。王国の規律ではありませんか。
王国の規律をまげ、王家の傲慢を優先すれば、王国はこの先どうなるか。王国が衰退するのも必然というものでしょう!」
サルヴァオーネ、さすがだ。ものすごいプレッシャーだ。
「わたしたちは、栄えあるヴァレダ・アレシアの伝統と歴史をまもるため、心苦しいが立ち上がったのです。それなのに、あなたがた王族はっ、自分たちの繁栄しか考えてくださらない! 王族とは、なんと身勝手な存在か」
ジェズアルド殿では、サルヴァオーネに勝てない。
「ジェズアルド様。おさがりください」
面をあげて、ジェズアルド殿の前に出る。
サルヴァオーネのうすら笑いが、止まった。
「お、お、お前はっ、ド、ドラスレ!」
サルヴァオーネの後ろで奇妙な声を発したのは、チェザリノか。
「これっ。お前がどうして、ここにいる。ここは、お前のような位の低い者がおいそれと入ってきてよい場所ではないのだぞ!」
「チェザリノ様。わたしはヴァレダ・アレシアに仕える騎士です。すなわち、陛下を危機からまもり、悪を退ける宿命を負う者です。
今、陛下が悪しき者たちによって蹂躙されようとしておられるっ。この危機を、だまって見すごせるわけがない!」
「あ、悪しき者だとぉ」
チェザリノは気が短い小者だ。挑発すれば、すぐに退けられる。
「きさま、だれにむかって口を利いている。わたしはっ、お前の上官だぞ!」
「次は何を言うかと思えば。陛下に仇なすケダモノを上官にしたおぼえはない」
「な……っ。ケ、ケダモノだとぉ。きさまっ、いい加減にしないと、その舌を――」
「だまれ下郎! ざこに用はないっ」
チェザリノが、ぴんと背筋をのばした。
「くっくっく。ドラスレ。少し見ないあいだに、ずいぶんと大きくなったものだな」
宰輔サルヴァオーネがチェザリノを下がらせた。
「失礼。お言葉ですが、わたしの身体が大きいのは、むかしから変わっておりません」
「ふざけるな。わたしが言っているのは、貴様の態度のことだ」
サルヴァオーネは宮廷の内外でおそれられる存在だ。
だが、こうして対峙すると、ひとりの男にすぎないのだと思えてしまう。
「貴様。陛下にずいぶんとかわいがられているようだが、いい気になるなよ。騎士になったばかりの貴様など、われわれの足もとにもおよばんのだからな」
「はて。わたしの位が低いのは重々承知しておりますが、宰輔は妙な思い違いをしておられるようだ。わたしは陛下にかわいがられているから、こうしてサルンから馳せ参じたのではありません。
陛下にお仕えし、陛下をおまもりするのが、ヴァレダ・アレシアの騎士の務めだからです」
「ほう。それは、殊勝な心がけだ。わたしの配下にも、ぜひとも見習わせたいものだ!」
サルヴァオーネの大きな笑い声で、玉座の間がゆれた。
「だが、ドラスレよ。それは思い上がりというものだ。お前はアルビオネのドラゴンどもを倒しただけの、ただの蛮族ではないか。
騎士の功績をもたないお前ごときがっ、わたしと同じ壇上をふむことすら甚だしい。下郎はだれだっ。お前だ、ドラスレ!」
この男もしょせん、騎士の序列にばかり目をうばわれた小者だ。
「宰輔のありがたきお言葉、末代まで伝えておきたいものです。が、はて。ひとつだけ、妙に引っかかるお言葉がございますな」
「だから、いい加減に――」
「あなたは、わたしのことを蛮族と言った。わたしはこの国の子どもすら知っているドラゴンスレイヤーです。元は戦いをなりわいとする冒険者でしたから、わたしが蛮族とさげすまれるのは、しかたありません。
しかし、蛮族というのは、外見だけを指してつける蔑称なのでしょうか? この国には、陛下をまもるべき責務を負った騎士であるにも関わらず、陛下に仇なすケダモノたちが大勢いる。その彼らこそ、真の蛮族ではありませんか」
サルヴァオーネの視線を、まっすぐに受け止める。
ブラックドラゴン・ヴァールに、ゴールドドラゴンのゾルデ。彼らの脅威とくらべたら、目の前の小者の威圧など、そよ風にひとしかった。