第56話 ウバルドの謝罪とグラートの思い
アダルジーザをつれて、仮住まいの屋敷へと帰宅する。
シルヴィオはサルンの東で出没した魔物を退治していたようなので、夜に屋敷へと来てもらったが……。
「どうして、この男がいるんですかっ」
俺の屋敷に入るなり、ウバルドをきつくにらみつけた。
「シルヴィオ。魔物退治、ごくろうだった。話があるから、そこにかけてくれ」
「言われなくても。グラートさんに聞きたいことは、やまほどあります」
シルヴィオの精悍さは、すっかりもとにもどったようだ。
農家とさほど変わらない屋敷の居間で、アダルジーザやシルヴィオたちとテーブルをかこむ。
ウバルドは玄関に一番近い場所で、縮こまっている。
「グラートさんっ。こいつは、グラートさんを地獄の底に突き落とした張本人なんですよ! それなのに、どうして、こいつがここにいるんですかっ」
シルヴィオが、だんとテーブルをたたく。
ウバルドの肩が、びくりとふるえた。
「どうして、か。簡潔に説明すれば、宰輔の謀略をあばくためだ」
「そういうことを聞いてるんじゃありません! あなたはどうしてっ、こんな男とおなじ空気をすえるんですかと聞いてるんです!」
シルヴィオのこの怒りは、俺を思ったうえの感情だ。
アダルジーザも俺を心から案じてくれているから、ウバルドに対してにくしみを抱いているのだ。
「アダルもシルヴィオも、俺を心から心配してくれる。俺は妻と臣下にめぐまれている」
「グラートさん。今回ばかりは、あなたの考えに賛同できませんよ。だって、そうでしょう? 俺たちの仲を引き裂いて、グラートさんをあまつさえ処刑台にまで送りこもうとした男なんですよ、こいつは!
グラートさんはその寛大なお心で、この男をゆるしたんだと思いますけどね。俺やアダルさんは、だまっていませんよ。この男だけは、絶対にゆるせない!」
ああ、シルヴィオをどうやって説得すればいい。
シルヴィオは、思い込みの強いところがある。こうなってしまうと、彼を説得するのはむずかしい。
「シルヴィオ。どうか、怒りをしずめてほしい」
「怒りなんてしずめられませんよ! グラートさんはどうして、そんな冷静でいられるんですかっ。はっきり言って、おかしいですよ!」
俺はもう、ウバルドに対してにくしみを抱いていない。
プルチアにいたときから、にくしみはうすれてしまっていたが――。
「すまなかったぁ!」
いきなり悲鳴のような声をあげたのは、ウバルドかっ。
ウバルドは、あたまの後ろがはっきりと見えるほど深く土下座していた。
「俺がグラートにやったことは、絶対にゆるされないことだというのはわかってる。お前たちにすぐにゆるしてもらおうだなんて、そんなあまいことは少しも考えてない。でも、しかたなかったんだっ」
ウバルドがあやまる姿なんて、はじめて見た。
「この通り、俺にできることだったら、なんでもする! お前たちの靴をなめろと言うのなら、進んでなめてやる。だから、たのむっ。俺をたすけてくれ!」
「たすけてくれだとっ」
シルヴィオが立ち上がって、ウバルドの胸倉を……やめろ!
「グラートさんにあんなひどいことをしといて、どの口が言うんだ」
「ひぃっ!」
「あのときにグラートさんがおなじことを言っても、お前はグラートさんをゆるしたか? ええっ! 絶対にゆるさなかっただろう。お前はグラートさんを、あのギルドから即刻除名したんだからなっ」
「やめろ!」
かつての仲間が対立するのは、これ以上見ていられない。
気づいたら俺も立ち上がっていた。
「シルヴィオ。俺からも、どうかゆるしてやってほしい。ウバルドはこの通り反省している。俺たちはあの冤罪から、前に進まなければならないんだ」
「どうして、グラートさんがあやまるんですか。悪いのは、この男でしょう?」
「あの一件は、俺にも非があった。俺はドラゴンスレイヤーと皆からもてはやされて、浮かれていたのだ。ウバルドや他のギルメンたちの思いを、しっかりとくみとる必要があったのだ」
シルヴィオが右手をふるわせながら、ウバルドを解放した。
「グラートさんは、浮かれてなんていなかったでしょう? アルビオネの残党狩りとか、王国の仕事にだれよりも従事していたのは、グラートさんだったんですから」
「ギルドの仕事はまじめにこなしていたかもしれないが、ウバルドや対立するギルメンたちの気持ちをくみとれていなかったのは事実だ。そこは、反省しなければならない」
「グラートさんが反省することなんて、何もないでしょうに……」
シルヴィオがウバルドのとなりでへたり込んだ。
「わたしはっ、グラートを、信じてるから」
俺のとなりで腕を強くつかんでくれたのは、アダルジーザだ。
「グラートが、この人をゆるすって言うのなら、わたしもゆるす」
「アダルさんまで……正気ですかっ」
「わたしだって、くやしい。グラートに、あんなひどいことをして、絶対にゆるせなかったもん。だけど、グラートがゆるすって言うんだったら、わたしたちは、怒れないもん」
アダルジーザも、すまない。
「ふたりとも、すまない。身勝手な主人であって」
「グラートの、そういうところが、好きなんだからぁ。もう、何も言えないね」
「アダル。苦労ばかりかけるな」
「もうあんまり、苦労かけないでほしいんだけどねぇ」
アダルジーザは、笑ってくれた。
「ふたりとも、おかしいですよ。正気だとは思えません」
「シルヴィオも、たのむ。俺の顔に免じて、ウバルドをゆるしてやってくれ」
「グラートさんにそこまで言われたら、怒れないでしょう。俺だけ意地を張ってたら、変な空気になりますっ」
シルヴィオも、どうにか怒りをしずめてくれた。
「ふたりとも、すまない」
「グラートさんは、もうあやまらないでくださいっ」
シルヴィオが俺に泣きつくように言った。
* * *
長い逃避行の最中にウバルドから聞いた話を、アダルジーザとシルヴィオに話した。
「王家に、クーデターですって……っ」
「そんな……」
ふたりとも、あまりの話の大きさに絶句していた。
「クーデターだなんて、うそでしょう? そんなこと、できるわけありませんよ」
「普通なら、そうだ。シルヴィオの言う通り、栄えあるヴァレダ・アレシアを軍事的に制圧するなんて、不可能だ。だが、その不可能を可能にできるのが、今の宰輔なのだ」
「宰輔のすさまじさは、俺も宮廷で痛感しましたけどね。でも、それこそ、グラートさんが着せられていた反逆罪そのものじゃないですか。そんな過ちをみずからおかすなんて、信じられません!」
シルヴィオの言う通りだ。今の宰輔の傲慢さは、普通ではない。
シルヴィオがウバルドを人差し指でさした。
「どうせ、この男がっ、でたらめを言ってるだけでしょう」
「ち、ちがう! 俺は、でたらめなんて言ってないっ」
「うそつけ! お前はグラートさんからゆるされたいから、適当なことをでっちあげてるだけだろうっ」
まずい。シルヴィオの怒りの矛先が、またウバルドにむいてしまった。
だが、ウバルドも俺の顔色をうかがいながら、果敢に反論する。
「そんなうそをでっちあげて、俺がたすかると思うかっ。お前らは宰輔のおそろしさがわからないから、そういうことが言えるんだ!」
「ふん。自分だけがわかった気になるな。俺だって、前に宮廷にしのび込んだんだ。お前がうそをついてることくらい、すぐにわかるぞっ」
ああ……これでは、まともに議論ができないではないか。
「やめろ、ふたりとも。これ以上けんかするなっ」
「グラートさんは、こんな話を信じてるんですかっ。こんな話、ありえないですって」
「俺は、ウバルドの話を信じている。いや、この話が真実であったことを、なんとしても証明したい」
この証拠さえつかめば、陛下とヴァレダ・アレシアを救うことができる。
「でもぅ、どうやって、証明するのぅ?」
アダルジーザが、ゆったりとした口調で言った。
「そうだな。それが、むずかしい」
「クーデターって、そのぅ、宰輔様が、わぁーって宮殿を占拠することなんでしょ。そのときに、宰輔様をつかまえるの?」
「いや、軍事蜂起されてからでは遅い。軍をうごかされる前に、その証拠をつかまなければならない」
「そんなの、どうやって……」
目の前にあらわれた敵を倒せ、というのであれば簡単なのだが……。
「書状をさがすんだ」
ウバルドが弱々しい声で言った。
「書状?」
「そうだ。俺みたいな証人は、宰輔からその関係を否定されるおそれがある。だが、宰輔が直々に書いたものであれば、別だ。それが反逆の証拠となる」
ウバルドの言っている意味が、よくわからないが……。
「たとえば、都にひそむ私兵に対して、宰輔は定期的に連絡しているはずだ。兵が勝手な行動を起こしたら、困るからな。じゃあ、そのときに、どのような手段が使われるか? 宰輔の言葉を紙に書くだろう」
「王家への反逆をほのめかす言葉をつづった手紙を、宰輔が書いていたと証明できればよいのか」
「そうだ! クーデターの計画や具体的な日時が書かれていれば、それが反逆の決定的な証拠となる。そうすれば、お前は宰輔を失脚させることができるぞっ」
ウバルドの言葉は、金言に思えるな。
「そんな書状だって、宰輔ににぎりつぶされたらおしまいだろうが」
シルヴィオのきびしい言葉がとぶ。
「そんなことはないっ。だから、やつが言い逃れできないくらいに、たくさんあつめるんだ」
「そんなこと、どうやってやるんだ。お前がその書状を宮殿からあつめてくるのかっ」
「やめろ、シルヴィオ。ウバルドをこれ以上責めるな」
シルヴィオがしぶい顔で引きさがる。
「宮廷の者が公式の文書を発行する場合、自分たちの役職をしめす印を押す。宰輔もその例からもれないだろうから、ウバルドの案は有効性が高い」
「そうだろう! 俺だって、役に立てるんだっ」
「グラートさん。それなら、俺にまた行かせてください! 宰輔の尻尾を、かならずつかんでみせますっ」
シルヴィオにまたヴァレンツァに行かせるか。
しかし、なぜか気が進まない。
「今日の話し合いは、ここでおわりにしよう。その後の話し合いは、また折を見て再開しよう」
「はっ」
「この方法しかねぇぜ、絶対なっ」
ほこらしげに言うウバルドを、シルヴィオがまたにらみつけた。