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第54話 ドラゴンスレイヤーと宮廷の盟友

「そんなことより、今日は宰輔が見えてるのよ。あなた、こんなところによく来れたわね」


 ネグリ殿は公園のベンチにすわらずに言った。


「ええ。宰輔がいるのは、先ほど確認しました。肝がつぶれる思いでした」

「もしかして、宰輔を誘拐とか、しにきたんじゃないでしょうね」


 ネグリ殿の発想力は、相当なまでにゆたかだ。


「まさか。そんなことをしたら、俺は今度こそ王国のおたずね者になってしまいます」

「なら、どうして、こんなところまで来たのよ」

「いや、それが……サルンに帰る途中で馬をなくしてしまったので、ネグリ殿に用意していただけないかと思いまして」


 ネグリ殿がこけそうになった。


「そんだけの用でこんなところに来るんじゃないわよ!」

「ネ、ネグリ殿っ。おしずかに!」


 近くを通りかかった女官たちが、不審な目で俺たちを見ていた。


「あなたの能天気さには、毎度あきれを通りこして、怒りすらおぼえるわ。いったいどういう育ち方をしたら、あなたみたいな木偶でくの坊ができあがるのかしら」

「俺の育ちについては、食事会のときにゆっくりと話しましょう。馬がなければサルンに帰れないのですが、近くに寄れそうな街がなかったのです」

「こんな危ないところになんか来ないで、そのへんの農村で牛でもかりればよかったじゃない。お金なら、もってるんでしょ」


 農村で牛をかりればよかったのか。


「そう、ですね。思いつきもしなかった」

「あなた……そんなんで、本当に宰輔を倒せるの? しっかりしてよね」


 ネグリ殿は今日も手厳しい方だ。


「それで、そのとなりの人は、だれなの?」


 ネグリ殿がウバルドに目をむける。


 ウバルドは終始うつむいていた。


「ウバルド。ネグリ殿は信用できる方だ。すべて正直に話すぞ」


 ウバルドが、こくりとうなずいた。


「ネグリ殿。この者はウバルドです。勇者の館の元ギルマスです」

「勇者の館? って、前に何度か聞いたことあったわね。なんだったっけ」

「俺がプルチアにながされる前に在籍していたギルドですよ」


 ネグリ殿が目を的のようにまるめる。


「なんですって! じゃ、じゃあ、この人が……」

「そうです。俺がプルチアにながされる原因をつくった者です。そして、うらで宰輔とつながっていた者です」


 ネグリ殿の顔つきが、明らかに剣呑になる。


 黒い扇子をおろして、ウバルドをにらみつけている。


「落ちついてください。プルチアにながされた件は、俺たちのあいだですでに決着しています。宰輔の謀略についても、俺たちに協力してくれることを誓ってくれています」

「あなた……こんな人間のそばにいて、よくそんなことが言えるわね」

「プルチアの件は、もう過去のこと。それに、あの一件があったからこそ、俺とネグリ殿はこうして深い親交をかさねられているのです。あの一件は、悪いことばかりではなかったのです」


 ネグリ殿は、今にもウバルドを蹴飛ばしそうだった。


 無言の間が、どのくらい続いたのだろうか。若い女官たちは、すでに公園から去っていた。


「まったく、あなたって人は……」


 ネグリ殿がやがて観念して、青い空を見上げた。


「こんな小者こもののせいで、あなたは大変な目に遭ったのよ。あなたがプルチアで死線をさまよったのは、一度や二度じゃないでしょう? それなのに、どうしていっしょに旅なんてできるのよ」

「さっきも言った通り、プルチアの一件は悪いことばかりではなかったからです。俺はウバルドから恨まれていました。俺は進んで恨みを買ったわけではありませんが、当時の俺はブラックドラゴン・ヴァールを倒して、慢心していたのです。

 プルチアの一件では、それを身をもって教えてもらった。アダルやシルヴィオのような、真の友……アダルは妻なので、友とはちがいますが、本当に心をかよわせられる者がだれなのかを知ることもできたのです。

 ネグリ殿だって、そのかけがえのない友のひとりです」


 ネグリ殿が、赤い顔をそむけた。


「そういうこと、臆面もなく言わないでほしいわって、前にも言ったわよね」

「そうでしたか? おぼえていませんな」

「ほんとに、バカなんだから……」


 ネグリ殿が近くのベンチにすわり込んだ。


「ありもしない罪を着せられた本人がゆるすって言うんじゃ、あたしらの出る幕はないわね」

「ご理解いただけて、感謝します」

「それじゃ、話をもどすけど、こんな人といっしょに行動してるっていうことは、宰輔の弱みをつかんだと思っていいのね?」

「それは、まだ断言しかねます。あともう少し、といったところでしょうか」

「あら、そうなの?」


 俺たちもベンチにすわろう。


 ウバルドは、ベンチにすわらないか。


「宰輔はここで蜂起するために兵をやしなっているようですね。その証拠さえつかめば、俺たちの勝利です」

「そういうことを大きな声で言っちゃだめよ。間者がどこにいるか、わからないでしょ」

「そうですね。オドアケルという地下ギルドに、このあいだから何度もねらわれています。このまわりにも、いるかもしれない」


 ネグリ殿が顔を青くした。


「そんなことに、なっていたのね……」

「俺たちは途中で追っ手をふりきりましたが、またいつ見つかるか、わかりません。ですので、一刻もはやくサルンに帰らないといけないのです」

「そういう意味じゃ、あなたがここに来たのは正解かもしれないわね。あなたがまさか、宰輔のお膝元に来るなんて、普通の人なら想像できないものね」


 そのつもりでヴァレンツァに来たわけではなかったが、ネグリ殿の言う通りかもしれない。


「宰輔は強敵よ。プルチアの金の件もちょこちょこ調べてるけど、一向に足がつかないわ」

「プルチアの件を調べてくれていたんですね。ありがとうございます」

「あなたのためじゃないわよ。この国の未来がかかってるんですもの。陛下のために、あたしだってがんばるわ」


 だれのためであっても、感謝したい気持ちであることに変わりはない。


「宰輔が兵をやしなってるというのは、宮廷でもかなり前からささやかれてるわ。これも証拠がないから、陛下や王族の方々は手出しができないようだけどね」

「そうでしたか」

「宰輔は頃合いを見て陛下から王位を簒奪するんだって、言われてるけどね。ほんとかどうかはわかんないから、宮廷のみんなは空事そらごとじゃないかって思ってるのよ。

 あたしも、半信半疑だったんだけどね。でも、あなたたちが、こんな汚い恰好で宮殿にあらわれたんだから、もう信じるしかないわね」

「ウバルドが言っていることは本当です。俺が身をもって証明しましょう」


 ネグリ殿が、またウバルドを見まわした。


 ウバルドはずっと石像のようにうごかない。


「ドラスレ。あなたはバカ正直で、一見するとだまされやすそうな人だけど、あなたの人を見る目はたしかよ。そのあなたがそう言うんだから、それがただしいんでしょう」

「ええ。そうです」

「あたしはあなたみたいに素直じゃないけど、この人を一応信じてあげるわ。だけど、ドラスレやサルンの人たちに少しでも危害をくわえるようなことをしたら、ただじゃおかないからね。そこんとこ、おぼえておきなさい!」


 ネグリ殿の雷のような言葉に、ウバルドが肩をふるわせた。


「は……」

「宰輔が兵をかくまってる件は、あたしの方でもしらべてみるわ。でも、おもて立ってうごけないから、期待しないでね」

「ご協力、感謝します」


 俺は両手を合わせて頭を下げた。


「でも、気をつけてください。深追いは禁物ですよ」

「あなた、だれにむかって忠告してるの? あたしはあなたとちがって、無謀なことはしないのよ。こうやって、死地に飛び込むとかね」


 ネグリ殿が黒い扇子を立てて、笑ってくれた。


「そうですね。いらない諫言でした」

「あたしは、あなたの方が心配よ。大事な身体なんだから、むちゃしないでよね」


 まるでアダルジーザに言われているようだ。


「わかっていますよ。安心してください」

「わかってないから言ってるんでしょ。まったく」


 俺は多くの人にすかれている。とても、ありがたいことだ。


「それで、ええと、馬を用意するんだっけ。あたしの名前で、厩で馬をかりればいいのかしら?」

「はい。おねがいします。金なら、ここにあります」

「いいわよ、べつに。お金になんて、困ってないもの。貸しといてあげるから、宰輔をとっ捕まえた後に返してちょうだい」

「わかりました。たすかります」


 ネグリ殿が「やれやれ」と重い腰をもちあげた。


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