第48話 オドアケルの奇襲を切り抜けろ!
鳥の魔物が、この宿に突進してきたのか!?
俺の前で身体を止めているのは、クマのように大きい、ワシ……ではない。コウモリかっ。
全身を黒い毛でおおわれたコウモリだ。大きな顔は、悪魔のように凶悪だ。
コウモリの魔物が、首をプルプルとふるわせながら動かす。
俺たちを捕捉して、また前進を――まずい!
「くっ」
巨大なコウモリがあばれ馬のように突進する。
だが、宿屋の破壊された窓や壁に引っかかっているせいか、俺とウバルドを正確に攻撃することができないようだ。
「グ、グラート!」
ウバルドは、ぶじか。
「荷物と着がえをとってくるんだ。逃げるぞ!」
「く、くそぉ!」
ヴァールアクスを背中にかけて、階段を駆け降りる。
三階の廊下の床が落ちたのか、大地をゆらすような音が宿屋にひろがった。
「何が起きてるんだ!?」
「こわいぃっ」
宿屋の中は、混乱した宿泊客がさわぎたてていた。
「大きな魔物があらわれた。はやく外へ出るのだ!」
二階の廊下にあらわれたコウモリが、黒い口を大きく開いた。
やつの口から空気のゆれのようなものが、伝わってきて……超音波かっ。
目に見えない攻撃が、俺の耳をうばおうとする。
邪悪な振動が鼓膜から頭につたわって、俺の頭を混乱させようとする。
「そうはさせるかっ」
足をのばして、コウモリの大きな顔面をけりとばす。
コウモリはふき飛んで、背後の壁に激突した。
だめだ。宿屋のせまい廊下ではヴァールアクスをふりまわせない。
「グラート、何してる!?」
階段から駆け降りてきたのはウバルドだな。
「そんなバケモノは無視しろ。さっさとにげるぞ!」
ウバルドとともに階段を駆け降りる。
宿屋の外で会話していた者たちは、どこかへ消えてしまったか――。
「ふふ。出てきたわね」
聞きなれない女の声っ。
街の北へと続く夜のメインストリート。
だれもいないはずの夜道に、影のような女が立ちつくしている。
髪は不規則にカールした長い黒髪。
服は黒いドレスで、大きく開いた胸もとに意識をむけられてしまう。
みがかれた白い肌が、黒い髪と衣装に対比されて、白さを際立たせていた。
「お前は、雑貨屋にいた女か」
「ふふ、ご名答」
「妙な気配は感じていたが、まさかオドアケルの者だったとはな」
「あたり前でしょう。あなた、追われてるっていう自覚はあるのかしら?」
女が、パチンと指をならす。
東の空にのぼりはじめていた三日月を背に受けて、コウモリの魔物が姿をあらわした。
「わたしたちの仕事は、勇者の館の元ギルマスの抹殺だけなんだけど、ドラスレさん。あなたも邪魔だから抹殺してあげるわ」
コウモリの魔物が皮膜のつばさをひろげる。
口を大きくあけて、身の毛もよだつなき声を……この超音波は、あたまにひびくっ。
「さあ、クルガ。やっておしまい!」
クルガと呼ばれたコウモリの魔物が、身体を旋回させながら突撃してくる。
横にとんで直撃をさけたが、急旋回する身体は強烈な風圧を発生させているようだ。
俺は弾きとばされてしまったが、後ろの壁をけって衝突をふせぐことができた。
「どう? かわいいでしょう。クルガは、そんじょそこらの魔物とは、できがちがうんだからぁ」
「お前は、魔物を使役することができ――くっ」
クルガがしつこく体当たりしてくる。邪魔だ!
ヴァールアクスでクルガの胴を斬りつける。クルガは絶叫するが、一撃では息絶えないか。
「そ。わたしの一族は魔物をあやつれる一族だったのよ。だから、オドアケルにスカウトされたってこと」
クルガのかぎ爪をヴァールアクスで受け止める。
反撃のなぎばらいでクルガの胴を両断した。
「オドアケルには、お前のような邪悪な者がいるのだな」
「あら。邪悪だなんて、心外ね。わたしたちは、あなたたちのように裕福ではないのよ」
オドアケルの手の者たちが、建物の暗がりから飛び出してくる。
十名くらいで一斉に斬りつけられたら、そのすべての攻撃をよけることはできない。
「あなた、都を二回もすくったんでしょ。素敵! できることなら、あなたを今すぐスカウトしたいわ」
あの女は、何を言っているんだ。
「どうかしら。あなたがわたしたちの同志になるっていうのなら、あなただけ命をたすけてあげるけど」
「ふざけるな! 俺はヴァレダ・アレシアに仕える騎士。お前たち悪魔の手先にはならんっ」
「あら、失礼しちゃうわね。わたしたちだって人間よ。となりの国の魔族なんかと、いっしょにしないでほしいわ」
リングダガーの切っ先が、俺の頬をかすめる。
かっと傷口が熱くなって、鮮血が頬をつたった。
「グラートっ、そいつらをはやく殺せ!」
ウバルドは、後ろで持ちこたえているか。
人間の命をうばいたくないが、しかたないか。
「お前ら、よけるのだぞ!」
後ろに引いて、ヴァールアクスをかまえる。
「はっ!」
腰を落として、瞬時に間合いをつめる。
ヴァールアクスをふりあげて、オドアケルの連中が立つ地面にうちつけた。
「うわぁ!」
爆発に似た衝撃が地面を粉砕する。
強烈なエネルギーが、かたい地面とオドアケルの者たちをふき飛ばした。
「しまった。やりすぎたか」
一軒の宿屋をまるまると埋めてしまいそうな穴だ。しかし、街の者にわびている時間はない。
オドアケルの者たちは、先ほどの衝撃で気絶したな。ウバルドもか。
黒いドレスの女は、遠くの建物のうらに逃げていたか。
女は俺を見つめて、にやりと笑った――クルガの、咆哮!?
ふりかえった先に、死んだはずのクルガが雄叫びをあげていた。
クルガのかぎ爪が俺の胸をえぐる。
チェインメイルを着込んでいたが、リング状の鉄を断ち切られてしまった。
「お前も、不死身の身体をもっているのか」
首を再生させたガレオスが思い返される。
クルガが夜空を急上昇する。
俺が開けた穴のそばで、死骸となったクルガが倒れていた。
そうか。クルガは二匹いたのか。
クルガが月の前で低い鳴き声を発して、空から急降下してきた。
「くっ」
まるでハヤブサだ。はやすぎて、完全にはよけられないっ。
クルガはあまりの速度をおさえることができなかった。
クルガの激突した地面に、ぽっかりともうひとつ大きな穴が開く。大量の土があたりにとび散った。
ここで、止めをさす。
クルガが穴から飛び出して、黒い口を開く。
唇をわずかにふるわせて、超音波を放ってきた。
「このタイミングが最も隙だらけだっ」
耳からつたわる激痛にたえながら、渾身の力をヴァールアクスに込める。
「おわりだ!」
ヴァールアクスがにぶい音を発する。
ヴァールの魔力を得た刃が、クルガの黒い身体を一文字に両断した。
「やったか!?」
ウバルドが倒壊した宿から出てきた。
「ああ。クルガというバケモノは、もういないだろう」
真っ二つに裂かれたクルガを見て、ウバルドが顔を青くする。
「こいつらは、アルビオネに生息する魔物なのか?」
「さあな。俺にもよくわからん。オドアケルの女が呼び寄せたようだから、あいつに聞けば何かしらわかるだろう」
女がいるむこうの暗がりを指したが、その先に女の姿はなかった。
「どうやら、逃げられたようだな」
「ふむ。逃げ足のはやい女だ」
戦いが終わって、たかぶっていた気持ちが少しずつおさまってくる。
「やっぱり、つけられてたんだ! どうするんだ、グラートっ」
ウバルドが俺のシャツをつかんでくる。
土やほこりでよごれたその顔に、普段の落ちついた様子は感じられない。
「どうするも何も、サルンまで逃げるしかあるまい」
「お前は本当に、俺をたすけてくれるんだろうな。途中で見すてたりしないだろうな!」
ウバルド、気をたしかにもつのだ。
「そんなことを絶対にしないのは、ギルマスだったお前が一番わかっているだろう」
「だ、たがな。あんなのにまたおそわれたら、また撃退できるのか。お前の土地まで、ぶじに帰れるんだろうなっ!」
ウバルドがこんなにとり乱すのは、はじめてみる。
オドアケル。あの連中は、得体の知れない何かがある。
「安心しろ。俺の命にかけて、お前をまもってやる」
「た、たのむぞ……」
サルンは、まだ先か。
サルンにもどれたとアダルジーザやシルヴィオに危害がおよばないだろうか。
俺は何か、重大なあやまちをおかしてしまったのかもしれない。