第44話 元ギルマス・ウバルドとドラゴンスレイヤーの対面
ウバルドの頬はこけていた。
剣を抜くが、その身体に覇気や殺意は感じられなかった。
「なぜ、お前がここにいるんだ」
ウバルドの口のまわりは無精ヒゲでおおわれている。
「なぜ? お前に会いにきたからだ」
ウバルドが身体をこわばらせた。
「俺を、殺しにきたのかっ」
「ちがう。そんなことはしない」
「うそつけ! お前も俺を殺しにきたんだろうっ。だまされんぞ!」
ウバルド、落ちつけ!
今まで、宰輔がつかわした追っ手におびえていたのだろう。むりもない。
しかし、今はジルダを介抱するのが先だ。
「ウバルド、すまないが、話は後にしてくれ」
「なんだと!?」
「俺の仲間が危機なんだ!」
ウバルドが肩をふるわせた。
「仲間のジルダが古代樹の攻撃にやられたのだ。だから、たのむ。手をかしてくれ」
ウバルドは右手に剣をぶらさげたまま、次のことばに困っていた。
やがて気絶するジルダをのぞき込んで、剣を鞘におさめた。
「本当に、俺を殺しにきたわけじゃないんだな」
「そんなにうたがうなら、このヴァールアクスをもて」
ヴァールアクスをさしだしたが、ウバルドは受けとらなかった。
「そんな趣味の悪い武器を、いまだに使ってるとはな」
「話は後だ。フォレトに帰るぞ」
ヴァールアクスを肩にかついで、気絶するジルダを抱きかかえる。
ジルダは背が低い上に、ほそい。ヴァールアクスより軽いのではなかろうか。
ウバルドは無言で後についてきた。
フォレトは冒険者があつまる村であるため、傷ついた冒険者を治療する医療施設が用意されている。
ジルダを病床にねかせて、医者に診てもらう。
専属の魔道師による回復魔法で、ジルダはすぐに目をさました。
「うっ、ここは……」
「目がさめたか」
ジルダは弱々しい目で俺を見ている。
「あれ。なんで、こんなとこにいるの?」
「古代樹を倒したからだ。ジルダのおかげだ」
「あ、ああ……そうだったんだ」
ジルダが身体をおこそうとして、痛みで顔をゆがめた。
「いったっ。何これ……」
「ジルダは古代樹の攻撃にやられたのだ。しばらく、安静にしてないとだめだ」
「うげ。マジかぁ。これじゃ、グラートのこと、笑えねぇじゃん」
減らず口がたたけるのなら、だいじょうぶだな。
ウバルドは病室のすみで腕組みをしている。
この病室は病床が十床以上もある。一階だから、窓からすぐに外へ出られる。
「その女は、よくなったんだな」
「ああ。たすけてくれて、感謝する」
「ふん。俺は何もしていない。後ろから見ていただけだ」
ジルダは、ウバルドのことを知らないか。
「だれ。この人」
「彼はウバルドだ。俺たちがさがしていた、勇者の館のギルマスだ」
「えっ、あ……」
ジルダがまた身体をおこそうとして、激痛で頭をかかえた。
「いっつ……」
「ジルダはおとなしくしているのだ。俺がウバルドと話をつける」
「お、おう」
これからウバルドと話すのは、宰輔と宮廷に関する内情だ。
医者やよその冒険者に聞かれてはいけない。
「ウバルド。すまないが、場所を変えさせてくれ」
「もちろんだ。だが、すぐに逃げられる場所しかゆるさんからな」
「わかっている。お前をだましたりしない」
彼の憔悴した姿が、事態の深刻さをうかがわせる。
病院の裏手にまわり、森と村の境い目で足を止めよう。
「さて。どこから話をすればいいか。俺のことをまずは話した方がいいのか?」
「あんなパレードを見せつけられたんだ。お前の素性など、今さら聞きたくもない」
――グラートは鈍感だから、勇者の館のギルマスにうらまれちまうんだろうな。
言葉は慎重にえらばなければ。
「お前は流刑地から生還したドラゴンスレイヤー。かたや俺はギルマスだったのに、ギルドから追い出された身だ。
俺を殺しにきたんじゃないのなら、なんだ。落ちぶれた俺を笑いにきたのか?」
「ちがう! そんなことはしないっ」
「なら、なんだ! お前に罪を着せたのは、この俺だ。あんなことをされて、何も思わないはずはないだろうが!」
ウバルドの怒号が、森にひびいた。
「やはり、俺は無実の罪を着せられていたのだな」
「そうだ。だから、俺を断罪しにきたのだろう」
そんなことはない! といえば、また角が立つ。
「俺は、お前が憎かった。お前にいずれギルドを乗っとられるんじゃないかと、思っていた。
だから、俺はお前を罠にはめたんだ。俺の所業は、冒険者の風上にも置けない、人間として恥ずべき行為だ。だが、それがなんだというんだ。
あのギルドは、俺のものだ。力はおよばなかったが、あのギルドは俺が少しずつ大きくしていったんだ。それなのに、お前みたいな人間に横どりされたら、たまったものじゃないだろう」
ウバルドが、ぽつりぽつりと自分の思いを話してくれる。
「あの反逆罪は、やりすぎだったと思う。だが、あそこまでしなければ、俺はお前からギルマスの座をまもれなかったんだ」
俺はギルマスになるつもりはなかったが……。
「俺はギルマスになる気などないと、言いたげだな」
「いや……」
「お前がその気じゃなくても、お前のまわりのやつらは、そう思わんさ。現に、お前を担ぎあげようという動きは、前から何度もあったんだからな」
そんなことが、あったのか……。
「それは、まったく知らなかった」
「ふん。お前のにぶさには、あきれて言葉が出ないな。ギルドの仕事に一生懸命になるのは、たいしたものだがな。もう少し、まわりに目を向けるんだな」
この忠告は、讒言などではない。
「わかった。その忠告を聞き入れよう」
「そういうところも、ムカつくんだがな」
ウバルドと和解するのは、まだ先か。
「お前は、こんな話を聞きに、こんな田舎までわざわざ来たわけじゃないだろう」
「そうだ! 宰輔だ。宰輔とあの冤罪について、お前から聞きたいのだ」
宰輔、という言葉にウバルドが反応する。
「あの日の冤罪を、今さらお前に突きつける気などないが、ひとつだけおしえてほしいのだ。あの冤罪は、宰輔から指示されたものだったのではないか?」
ウバルドの顔が青くなった。
「宰輔も俺を疎ましく思っていた。俺はドラゴンスレイヤーとして国民からはやし立てられていたからだ。
あの日、ギルドハウスの俺の部屋に王国の宝がつまれていた。あの宝は、ウバルドやギルメンたちでは簡単に盗めないだろう。
だが、宰輔が加担したのであれば、どうか。宰輔の手の者であれば、お前たちよりも国の宝を盗みやすいのではないか?」
ウバルドのふるえ上がった姿が、真実のすべてをものがたっていた。
「どうして、そこまで知っている……」
「俺は陛下の……いや、王国の使いとして、あの事件をしらべているのだ。宮廷が宰輔を支持する者と、そうでない者たちによって分断されているのは、ウバルドも知っているだろう」
ジェズアルド殿の推測は、たしかなものだったか。
「宰輔は危険人物だ。このままだと陛下のお命が……いや、王国がまっぷたつになってしまう! そうなる前に、俺たちで止めなけはればならないのだ。
お前は宰輔とつながりがあるだろう。だから、宰輔の悪事を――」
何かが飛んでくる!
とっさに引いた身体の前を、ひかる何かが通りすぎた。
かっ、と近くの幹に刺さったのは、ダガーか。
「見つけたぞ。ウバルド」
森から姿をあらわしたのは、全身黒ずくめの集団……!
頭に黒い頭巾をかぶり、身体もしのび装束のようなものを着ている。
「暗殺者か。宰輔の手の者か?」
「ああ? だれだ、お前は」
暗殺者たちは、五人。倒すのは容易だ。
先頭の男がリーダーだな。その男に、となりの男が耳うちしている。
「ほう。お前が、あのドラゴンスレイヤーか! お前みたいな大物が、なんでこんなところにいる」
「さあな!」
先制攻撃だっ。
急接近してリーダー格の男をなぐり飛ばす!
「ぐわっ」
「き、きさまぁ!」
配下の者たちが剣を抜く前に、全員まとめてけり飛ばす。
ヴァールアクスを病院に置き忘れてしまったが、この程度の連中であればどうということはない。
「お、お前は……」
ウバルドは後ろで縮こまっていた。
「何をしている。はやく逃げるぞ!」
俺はウバルドの手首をつかんだ。