第42話 古代樹の庭園の狩場捜索、奥でただならぬ異変が
古代樹の庭園は、熟練冒険者であればそれほど難しい狩場ではない。
群生したシロヘビキノコは危険だが、他のちいさい魔物に致命傷を負わされることは少ない。
「数はおおいけど、やっぱりそんなに強くねぇな」
ジルダが炎の魔法で古代ガニを追いはらう。
「そうだな。プルチアのグランドホーンやニョルンにくらべれば、大したことはない」
毒の胞子をまき散らす毒ラッパシメジが、先のひろがった管から白い粉を噴射する。
毒の胞子を吸い込めばダメージを負うが、
「こんなん、風の魔法で処理できるだろ」
ジルダがそよ風を送り込んで、毒の胞子を遠ざけてくれた。
「さすがだな、ジルダ」
「へへ。まかせときなって」
ジルダに付き添ってもらって、たすかった。
「ここの魔物は、どうも苦手だ。ジルダがいてくれるとたすかる」
「そうかいっ」
毒ラッパシメジの根元から火をつけて、彼らをまとめて焼きこがした。
「グラートってさ、何げに褒め上手だよな。前から思ってたけど」
「そうか?」
「そうだろ。だから、『第一の家臣』みたいな信者ができるんだぜ!」
第一の家臣……シルヴィオのことか。
「シルヴィオは、信者ではない。大事な臣下だ」
「そうかい」
「彼も騎士になれば、俺から独立していくだろう。彼はジルダが思っているような、中身のない人間ではない」
「グラートって、仲間思いなんだなぁ」
そこに、ちょうどいい切り株がある。少し座ろう。
「あいつが騎士になるかはわかんねぇけど、あんたから独立するとはかぎらないだろ」
「そうだな。だが、いずれははなれていくと思うぞ」
「どうして、そんなことがわかるんだ?」
シルヴィオのことを少し話しても、だいじょうぶか。
「シルヴィオはまずしい農村の出でな、家族をやしなうために冒険者になったのだ」
「あいつの家は貧乏だったんか」
「父親と死別したうえに、母親が病弱だというからな。弟や妹もおさないようだから、家計を支えるのは大変だろうな」
シルヴィオは今ごろ、弟や妹と会っているだろうか。
「シルヴィオは今でこそ俺の臣下だが、かつては同じギルドに所属する仲間同士だった。俺は彼を目下の者と思ったことはないぞ」
「へぇ。でも、あんたは勇者の館のサブマスだったんだから、あんたがやっぱり上役だったんだろ?」
「そうだが……俺の見方と、皆の見方はちがうのか?」
ジルダが地面に腰をおろす。足をばたばたさせながら笑った。
「グラートってさぁ、自分を過小評価してるんだと思うぜ」
「そうか?」
「そうだろ。だって、あんたがサブマスやってた勇者の館って、当時は都で知らない冒険者はいなかったギルドだぜ。そんでもって、あんたはヴァールを倒しちまうし、国王陛下にまで気に入られちゃうんだもん。
あんたの下にいるシルヴィさんは、力の差をかなり感じてると思うぜ」
俺は知らないうちにシルヴィオにプレッシャーをかけているのか?
――グラートさんがあまりに強すぎて、とても追いつける気がしないです。
「それは、よくない傾向だな……」
「グラートってさ、たしかにいいやつだけど、鈍感なとこがあるよな。だから、勇者の館のギルマスとかに、うらまれちまうんだろうな」
ジルダの言葉はするどい。毎度ながら、あたらしいことに気づかされる。
「シルヴィオは、俺にはない良さがたくさんある。その貴重な才覚を、こんなところでつぶしてほしくないものだが」
「アダルもだぜ。プレゼントは用意したのかよ」
「していないな。どうしたものか……」
これは、ウバルドの捜索以上の難問かもしれない。
「アダルは、どんなものをあたえれば喜ぶのだろうか」
「くく、さぁな」
「アダルとは、それなりに長い付き合いになるが、プレゼントと呼べるものをほとんどあげたことがないのだ。杖とかローブとか、そういうものは買ったことがあるが」
ジルダが腹をおさえて笑っていた。
「どうした?」
「いやさ。グラートって、おもしろいなぁって、思って」
俺が、おもしろい?
「笑わすつもりはないのだが」
「だってさ。えらくなったのに、プルチアにいたときと、ぜんぜん変わんねぇんだもん! 腰が低すぎなんだよなぁ」
騎士になったばかりで、慣れないのもあるかもしれないが。
「身分的にえらくなっても、俺は俺だ。アダルもジルダもシルヴィオも、俺にとって大切な存在だ」
「はいはい。わかってるよ」
「騎士になったからといって、急に態度を変えようとは思わな――」
左から魔物の気配!
ジルダを左手でもちあげて、魔物の攻撃をかわす。
「す、すまねぇ」
「気にするな。エンデだな」
俺とジルダが座っていた地面が、太い枝によっておしつぶされていた。
俺たちの前に立ちはだかったのは、エンデという木のバケモノだ。
エンデの幹の中心にえがかれた目が、赤いひかりをはなつ。
「そういや、いたっけな。こんなやつ!」
「やつの攻撃を受けたら、ひとたまりもないぞっ」
エンデがまた太い枝をふりおろしてくる。
枝は鉄のように固いが、意外としなやかだ。
枝は地面を打った衝撃で強くバウンドし、その反動を利用して俺たちを払ってきた。
「うわっ」
「く!」
グランドホーンの突撃にまさる衝撃だっ。
後ろの古代樹に背を打ちつける。
エンデの攻撃は驚異だが、次の攻撃まで時間がかかる。
「その隙を打つ!」
ヴァールアクスを引っさげて、エンデに突進する。
エンデが右の枝をふりおろしてくるが、その攻撃をかわしてエンデの幹に左足の靴底をおしつけた。
「うおぉ!」
エンデの幹を高速で駆け上がり、上空で身体を縦に旋回させる。
「くたばれ!」
遠心力で攻撃力を倍加させたヴァールアクスの刃を、エンデの頭上にふりおろした。
刃はエンデのかたい幹をケーキのように分断する。
右と左にわかれた巨大なエンデは、それぞれの方向へと音を立ててくずれた。
「サンキュー! グラート」
「まかせろっ」
尻もちをついていたジルダを起こして、ハイタッチする。
「やっぱり、でかいのはグラートにまかせるのが一番だなぁ」
「ああいう手合いが、もっとも得意だからな」
古代樹の庭園は、魔物のバリエーションに富んでいる。冒険者にこのまれる所以か。
* * *
ウバルドの捜索を再開だ。
古代樹の庭園はフォレトから彼方へ広がる樹海だ。
都ヴァレンツァより広いといわれる広大な森を、あてもなくさがすのは危険だ。
「木のひらけた部分から出るのは危険だな」
「そうだな。けどさ、ぼくらのさがしてるギルマスって、どの辺にいるんだ?」
「そうだな……」
古代樹の庭園には、四つほどの狩場のスポットが存在する。
ヴァレダ・アレシアの歴代の冒険者によって築かれたものだが、冒険者たちの大半はこれらのスポットを利用する。
「四つの狩場があるから、まずは順にまわってみよう」
「そうだな。この先に一番メインの狩場があったよな。そこから行ってみっか」
「そうしよう」
古代ガニや雑草バッタを倒しながら、森の道をすすんでいく。
一番目の狩場は草原のように広い。あちこちに冒険者の姿が見える。
「どうだ。ギルマスはいそうか?」
「見た感じ、いなそうだな」
この狩場は村から近いため、冒険者がよくおとずれる。
人目につく場所にウバルドはいないだろう。
「おそらく、ここにウバルドはいない。他をさがしてみよう」
「ひえぇ。めんどくせえなぁ」
他のみっつの狩場は、環状の道につながっている。
他の狩場は一番目の狩場より狭く、村からもはなれているため、これらの狩場に足しげくかよう者はいない。
ふたつ目の狩場は、草原のあちこちに朽ちた建物が顔をのぞかせている。
滅んだ街並みのような廃墟は、朽ちた壁や扉が蔦におおわれている。
「ここも、ひさしぶりだな」
「そうだな」
フォレトの人たちによると、この街は遠い過去に存在していたのだという。
「ヴァレダ・アレシアができるはるかむかしに、まったく別の王朝があったということだが、それは本当なのだろうか」
「さぁな。歴史家の妄想なんじゃねぇの」
ジルダは興味がなさそうだ。壁をかくす蔦を引っぱっている。
ここの石だたみや倒れた柱は、プルチアで見た遺跡に似ている。
「前にプルチアで、インプたちの本拠地をアダルとさがしたが、そのときにも見かけたな」
「見かけたって、こういう遺跡っぽいとこ?」
「ああ。インプの本拠地も、この遺跡の壁や石だたみに似たものでできていた。状態は、あちらの方がきれいだったが」
「じゃあ、ここもインプたちの本拠地だってことか?」
「さあな。そこまではわからない」
古代樹の庭園でインプが出没したという情報は、今までに一度もない。
インプと遺跡に関連性はなさそうだが――。
「何してんだよ。はやくさがそうぜぇ」
「ああ。すまない」
冒険者は遺跡や洞窟の宝に興味をしめすが、遺跡や洞窟そのものには興味がない。
遺跡ができた理由や、洞窟をとりまく環境をしらべるのは、とても有効なこ――。
「うわぁ!」
「にげろ!」
冒険者たちの声!?
「なんだ!? さっきの声っ」
「行こう!」
住居の廃墟のあいだを通り抜ける。
遺跡の中央にある広場のようなところで、ひときわ大きな古代樹が鎮座している。
よその冒険者たちは、あの古代樹から逃げているようだ。
「おいっ、何があった」
逃げまどう冒険者の首ねっこをつかまえる。
「は、はなしてくれよ!」
「お前たちが逃げているのは、あの古代樹か?」
「そうだよ! はやく逃げねえと、殺されるぞっ」
魔物に浸食された古代樹か。
古代樹の全身が緑色のひかりにつつまれる。
古代樹の足もとからシロヘビキノコが大量にのびて、俺たちに襲いかかってきた。




