第37話 ドラゴンスレイヤーの始動、グラートの義父は有名人?
それからさらに十日ほどがたって、シルヴィオが夜ふけに帰ってきた。
「グラートさん。すみません。プルチアの金の件、ネグリさんと宮殿をさぐりましたが、宰輔の尻尾はつかめませんでした」
シルヴィオはひざをついて、頭を下げながら言う。
「そうか。ごくろうだった」
「すぐに都にもどりますっ。宰輔の尻尾をかならずつかんでみせます!」
シルヴィオはすぐに立ち上がったが、落ちつくのだ。
「アダルが寝ている。声を立ててはならない」
「はっ。す、すみませんっ」
シルヴィオを椅子に座らせて、ドライフルーツを盛った皿をさし出した。
「村人がつくってくれたものだ。うまいぞ」
「はい。ありがとうございます」
シルヴィオがレーズンを手にとった。
「宰輔は危険人物だ。むやみに近づかない方がいい」
「そう、ですが……もう少しでつかめそうな気がするんです」
「それは、わからないな。宰輔も俺の尻尾をつかむために、シルヴィオを誘っているのかもしれない」
俺もレーズンを口にはこぶ。
レーズンの甘酸っぱさと苦みが口いっぱいにひろがった。
「ネグリさんも、グラートさんと同じことを言ってました」
「そうだろう。ネグリ殿は慎重な方だからな」
「俺はもっと強く出てもいいと思ったんですけどね。宮殿の慣わしは、俺にはまだわからないです」
シルヴィオはレーズンを指でつまんだまま、くやしそうに言った。
「ネグリ殿は、俺たちよりも宮殿の内情に精通している。彼の忠告を素直に受け入れた方がいいだろうな」
「はい」
プルチアの金から宰輔にたどりつくのは、むずかしいか。
「プルチアの金は財務官が管理してるようです。プルチアからはこばれた金の一部が、どこかで消失してるのは明らかだったんですが、宰輔が指示したという証拠が見つからないんです。
この件に深入りしても、結局は財務官を捕らえるだけで終わるんじゃないかと、ネグリさんは言ってました」
「そうだな。金の消失はそれで一時的に防げるが、時間が経てばまた同じことが行われるだろう」
ジルダの言う通り、俺の冤罪から攻めてみるか。
「わかった。危険な任務を受けてくれて、たすかった。ぐっすり休んで、英気をやしなってくれ」
「グラートさん! 俺はまだやれますっ。また都に行かせてください!」
シルヴィオが、だんっ、とテーブルをたたいたので、静かにするように促した。
「いや。今度は俺が行こう。ちょっと、気になることがあるのでな」
「グラートさんが自ら行くんですかっ? それなら、なおさら、俺が行きますよ」
「はは。俺はいい家臣を持ったな。だが、次は俺に行かせてもらうぞ」
「ですが……」
「サルンに来てから、はたらきづめで弟や妹の顔が見れていないのだろう?」
シルヴィオの顔色が変わった。
「そう言われると、返す言葉がないです」
「ここ最近、農作業ばかりで身体がうずいているからな。案ずるな。弟や妹たちに会ってこい」
部屋の奥にしまったヴァールアクスも、退屈すぎてそろそろ暴走する頃だろう。
「やはり、騎士なんて性に合わないな。自由きままに生きていた冒険者の方が、俺には合う」
「やめてくださいよ。陛下からいただいた騎士の称号を捨てるとか、言わないでくださいよ」
「そんなことをしたら、今度こそ陛下からじきじきに国外追放を言いわたされてしまうだろうな」
陛下の信用をうしなうのは、とてもつらい。
「俺は前に国宝を盗みだした罪で捕まったが、その指示が宰輔から出ていたのではないかと思っているんだ」
「勇者の館があったギルドハウスに、宝がつまれてた件ですね。あのときのことは、思い返したくないです」
「俺たちにとってつらい過去だが、それが光明をもたらしてくれるかもしれない」
シルヴィオが腕組みをする。
「グラートさんのお言葉を返すようですが、あれはウバルドのしわざでしょう? 宰輔は関係ないのではないですか」
「王国の宝をギルドハウスにはこび込んだのは、ウバルドで間違いないだろう。だが、ウバルドだけで、そんな大それたことができるだろうか」
「そう、ですが……」
「ネグリ殿は前に、あの冤罪が仕組まれたものだと言っていた。ようするに、俺を最初からプルチアへ流す魂胆だったのだ。そんなことを、ウバルドが考えるだろうか」
「そんなまさか! 宰輔がどうして、なんの関係もないグラートさんにそんなことをするんですかっ。ひどいじゃないですか!」
あの冤罪は、ひどいものだった。
だが、ウバルドと宰輔の関係をつかめれば、宰輔の悪事にたどり着けるかもしれない。
* * *
翌朝にジルダをつれて、朝もやのかかる村を後にした。
「ったく、こんな朝っぱらにたたき起こすなよな。せっかく、いい気持ちでねてたのに」
ジルダは外套に身をくるみながら、馬の手綱を引いている。
「すまないな。ジルダから聞いた策を、急に実行しようと思ったのだ」
「ぼくが言った策? って、なんだっけ」
「俺の冤罪をしらべる件だ」
「ああ……」
北からふく風は冷たい。
「ようするに、言い出しっぺだから、いっしょに来いってか」
「そういうことだ」
「べつにいいけど、アダルにはちゃんと説明したんだろうな。ああ見えて、やきもち妬きなんだからな」
「いや。ジルダと行くといったら、すぐに理解してくれたぞ」
アダルジーザは、やきもちなんて妬かないだろう。
「そりゃ、あんたの前じゃな」
「ジルダの前では違うのか?」
「ああっ、もう、出発!」
ジルダが馬に飛び乗って、手綱を打った。
「あんたはほんと、女心をわかってねぇよなぁ。そんなんだから、アダルが苦労すんだよ」
「女心は、わかっていないと思うが……そんなにひどいのか?」
「そういうことを真顔で言ってる時点で、相当ひどいっ」
むぅ……。
「都で花の一本でも、買っとくんだな」
「わかった。その策も採用しよう」
ジルダが馬上で笑った。
「ジルダは馬術もたしなんでいるのだな。たいした手綱さばきだ」
「へへっ。そうだろ。だてに冒険者はやってなかったからな!」
「馬に乗れないと、ヴァレダ・アレシアの各地に行けないからな。俺も子どもの頃から、たたき込まれたな」
「へぇ。冒険者のお父さんだったんだっけ」
よくおぼえているな。前に話したことがあったか。
「そうだ。義父のアズヴェルドは、それなりに名前が知られていたらしいが――」
「アズヴェルド!?」
ジルダが妙な声をあげた。
「どうした」
「アズヴェルドって、グラディオ・アズヴェルドか!?」
「あ、ああ。そうだ」
「アズヴェルドって、めっちゃ有名な冒険者だぞ! そんな人がお父さんだったのっ?」
「あ、ああ。有名だったとは、自分で言っていたが……」
飄々とした見た目の、ジルダのように口が悪い義父でしかなかったのだが……。
「ぼくもよくは知らねぇけど、ギルドの仕組みとか、戦闘タイプの冒険者とか、そういう冒険者の基礎をつくったのが、そのアズヴェルドさんだって言われてるぜ。だから、グラートは強いのかぁ」
「義父がそんなに有名だったなんて、知らなかったな」
「アズヴェルドさんは国じゅうを走りまわるような人だったらしいけど、なんか急にギルマスをやめちゃったみたいでさ。それから行方不明だったんだよな。
実は魔物に殺されたとか、王国から追われてたとか、いろんな憶測が飛びかってたけど、どれもちがったのかなぁ」
義父は病床で亡くなった。だれかから追われてもいなかった。
「義父の庵をたずねてくる者はいたが、暗殺者には見えなかったな」
「うーん。ちょっと信じられねぇけど、グラートがそう言うんじゃ、まちがいねぇんだろうなぁ」
「義父の亡骸は、庵の裏にある丘に葬った。今日も俺たちを見守ってくれていることだろう」
「グラートって案外、親思いなんだなぁ」
村からクレモナの関所まで、森の道がひたすら続く。
道沿いの木々は切り倒され、白骨と化した動物の死骸がちらばっている。
前の戦いの爪痕は、いたるところに残っている。
「それにしても、宰輔はなんでグラートを追放したんだろうな」
通りがかった泉のそばで、馬の手綱を木の枝にむすびつける。
「プルチアの魔物を俺に退治させたかったからじゃないのか?」
保存食の乾いたパンをジルダから受けとる。
「そんな理由だけで、グラートを追放なんかするかなぁ」
「どういうことだ」
「だってさ。グラートにわざわざ無実の罪を着せて、国の外に追放するって、どう考えても面倒じゃん。グラートはお人よしなんだから、『たのむからプルチアの魔物を倒しに行ってくれ』て言うだけでよかったんじゃないの?」
ジルダは先入観がないのか。言うことがいつもながら、するどい。
「そうだな。言われてみれば、そうだ」
「グラートが所属してたギルドのギルマス? その人がグラートに嫉妬してたっていうのは、なんとなくわかるけど、そんな個人的な理由で、王国のおえらいさんまで巻き込めるのかねぇ」
ジルダの言う通りだ。何か、重大な見落としがあるのか。
「ギルマスのウバルドは俺を嫉妬していた。だから、ギルドから追放したがっていた。しかし、宰輔サルヴァオーネは俺を労働力としか見ていなかったであろうから、王国から追放しようとまでは考えなかった」
「うーん。そんな感じかねぇ」
「宰輔の立場であれば、俺をプルチアに派遣すればいいだけだが、そうするとウバルドは俺をギルドから追放できない。俺に落ち度がないからだ」
「だから、グラートに無実の罪を着せたのか。でも、そうすっと、やっぱり宰輔が損をするんだよなぁ」
ウバルドと宰輔の関係を整理すると、どこかで事実がゆがんでしまう。
「そうだな。宰輔は国庫から金を抜きとるような男だ。自分が損をするようなことはしないだろう」
「だよなぁ」
ウバルドと宰輔は、裏でつながっていた。
だが、彼らの利害は完全に一致していない。
俺は、何を見落としている。まだ知りえない事実がかくされているのか。




