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第36話 サルンのつかのまの日常、ジルダの進言

 シルヴィオがサルンを発って、十日ほどがすぎた。


 シルヴィオからの連絡は、まだない。


「シルヴィ、だいじょうぶかなぁ」


 農作業をするアダルジーザの手が止まる。


「シルヴィオにはネグリ殿がついている。だいじょうぶだ」

「そうだけどぅ。心配じゃないの?」


 使いふるされたすきを土につきさした。


「心配ではあるが、吉報をまつしかないだろう」

「そうだよねぇ」


 シルヴィオなら、うまくやってくれるはずだ。


「おおーい、グラートぉ」


 小高い丘の上から、ジルダの呼び声が聞こえてきた。


「どうした?」

「村の人たちがさ、そろそろ村の名前を決めたいってさ。復旧作業も、落ちついてきただろ?」


 村の復旧をはじめて、ひと月は経ったか。とりあえず、人が住めるようになった。


「そうだな。すっかりわすれていた」

「村の名前は、ドラスレ村にでもすんのか? それとも、『騎士になったグラート様が治める、あの奇跡の村』とか――」

「そんな名前にはしないっ」


 アダルジーザが後ろでふき出した。


「ジルちゃんっ。変なこと、言わないでぇ」

「あはは。ごめんごめん。でも、いい案だろぉ?」

「そ、そうかなぁ」


 シリアスなことを考えていたのに、すっかり気がまぎれてしまった。


「村の名前なんて、変えなくてもいいだろう」

「ええっ、せっかくなんだから、変えようぜぇ」

「変えるのはかまわないが、皆が納得する名前にしないとダメだぞ」


 俺にネーミングセンスを期待されても困る。


「うーん、じゃあ、やっぱり、奇跡の村……」

「それはやめてってばぁ!」


 奇跡の村というキーワードがアダルジーザのツボに入ったようだ。


「あと、村長ってだれがなるんだ? グラートが村長になるのか?」

「いや。俺はサルンのすべてを管理しなければならないから、村長にはなれない。あの村に一番ながくいる者を、村長にすればいいだろう」

「そういうことか。じゃあ、みんなにつたえとくぜぇ」

「たのんだぞ」


 そろそろお昼か。少し休もう。


「ふたりとも、毎日がんばるなぁ。畑しごとって、そんなに楽しいか?」


 森の切り株に腰をおろして、昼食のパンとミルクを受けとる。


「俺は、きらいじゃないぞ。小さい頃は、自分たちの手で食物を採取していたからな」

「わたしもぅ、グラートとなら、楽しいよぅ」


 アダルジーザのとなりに腰かけるジルダが、「うげっ」とうめいた。


「マジかよっ。騎士になったのに、華がねぇなぁ」

「そんなことはないだろう。夫婦水いらずで楽しいぞ」

「そうだよねぇ」


 アダルジーザの笑顔に、いやされるな。


「贅沢なくらしは、できないけど、みんなでおだやかにくらせたら、いいんじゃないかなぁ」

「アダル。騎士の妻になったのに、畑しごとばかりさせて、すまないな」

「うふふ。いえいえ~」


 毎日の時間が、ゆっくりと流れる。


 そんな生活が、ずっと続けばと思う。


「けっ、けっ。うかれやがって。この、のほほん夫婦がっ」


 ジルダの口の悪さは、まだしばらく治りそうにないな。


「そういや、アダルとグラートは、エルコにいたときから、ずっとそんな感じだったっけなぁ」

「そうだったかな」

「そうだよ。似たもん同士なんだよ、あんたらは」

「似たもの同士かぁ。ふふっ」


 アダルジーザは回復魔法とバフを器用に使う魔道師だ。


 パワーしか能がない俺とは、似ても似つかないと思うがなぁ。


「荒れた土地とはいえ、自分の土地を陛下からいただいたのだ。自分の土地を自分でたがやすのは、いいものだぞ」

「へぇ。そういうもんかねぇ」

「陛下からいただいた土地は、すべて自分の思いどおりにできるからな。どんな土地でも、愛着はわくさ」

「そんなこと言ったって、ネグリさんみたいのがまた来て、あーでもない、こーでもないって、うるさく言ってくるんだろ?」

「いや、それはない」


 ジルダとアダルジーザが、ともに目をまるくする。


「そうなのぉ?」

「騎士がもつ土地は、騎士のものだ。たとえ陛下であっても、騎士がもつ土地に干渉することはできないのだ」

「ええっ、そうなのか? すげぇじゃねぇか!」


 騎士になる一番の恩恵は、やはり土地の所有だろう。


「じゃあ、民からいくらでも税をしぼりとれるっつうことかっ」


 しぼりとれる……。


「そ、そうだな。しかし、民に心ないことをすれば、民は領主からはなれていくぞ」

「そりゃ、そうだけどよ」

「グラートはぁ、そんなこと、しないよねぇ」

「無論だ」


 ミルクをぐいっとのみ込んだ。


「身勝手なことをすれば、それにふさわしい報いを受けるだけだ。だが、善行を心がければ、民もそれに必ずこたえてくれる。

 ジルダも俺の家臣になれば、いずれ騎士に叙任されて、自分の土地をもつことができるぞ」


 ジルダが飲んでいたミルクをつまらせた。


「や、やめろよ! その不意打ちっ」

「はは。俺ばかり、いつも強く言われるからな。このくらいなら、たまにはいいだろう」

「く、くそぉ。ぼくを家臣にするのは、あきらめたんだと思ってたのにぃ」


 アダルジーザが、くすくすと笑った。


「そういえば、『ぼくは第一の家臣だ!』って言ってた人は、いないの?」

「シルヴィオのことか。シルヴィオなら、都に行っているぞ」

「そうなんだ。買い出しにでも行かせたの?」


 陛下からの密命を、ジルダに説明していなかった。


「そんな、やすい仕事ではない。とても重要な任務についているのだ」

「重要な、任務?」

「そうだ。宮廷にはびこる悪を一掃するための、とてつもなく大きな任務だ」


 陛下から受けた密命を、ジルダに簡単に説明した。


「宰輔って、陛下の次にえらいやつだろ。そんなわりいこと、してんの?」

「そうだ。彼の間者が聞いているかもしれないから、大きな声では言えんが、国の財産を少しずつ盗み出して、私腹をこやしているのだ」

「ひどいよねぇ」


 おのれの利益しかかえりみない、騎士として恥ずべき行為だ。


「宰輔がどうしようもねぇほどわりいやつだってんのは、だいたいわかったけどさ。そんなやつをつついて、平気なのかよ」

「もちろん、平気ではない。このことが宰輔にバレたら、俺たちは皆、国外追放ものだ」

「つ、追放……」


 宰輔なら、そのくらいのことはするだろう。


「じゃあ、もしかして、またエルコにもどっちまうってこと?」

「それも、ありうるだろうな」

「そんなのやだよ! やっと、あそこから出られたんだぜ。悪いことしてないのに、また流刑地なんて行きたくねぇよ!」


 ジルダがアダルジーザにだきついた。


「宰輔は危険人物だ。いま一度、気を引きしめないとな」

「ううっ。そんな、さしせまった状況だったなんて、聞いてないぜぇ」

「困ったねぇ」


 しまった。ふたりをあまり脅してはいかないか。


「そういうわけで、俺は宰輔の悪事をつかまねばならないのだが、これがどうも難航しそうなのだ」

「ええっ! それってやばいじゃんっ」

「うむ。シルヴィオは尽力してくれるだろうが、宰輔はそれほど簡単に尻尾を出さない。どうしたものか」

「ううっ、グラートは畑をたがやしながら、そんなことまで考えてたんだな……」


 もっと確実に、宰輔の悪事をつかむことはできないか――。


「つーかさ。グラートは前に無実の罪で流されたんだから、それをしらべればいいじゃん」


 なにっ。


「テオフィロから聞いたぜ。あんたの罪は、やっぱり無かったんだろ? グラートがプルチアに流されたせいで、都は魔物に攻撃されて、めちゃくちゃになっちゃったんだから、国のおえらいさん方の尻尾とやらが、つかめるんじゃないの?」


 ジルダの進言は、採用する価値がおおいにありそうだっ。


「ほんとだぁ。ジルちゃん、すごぉい!」

「だろぉ? ぼくって、わりと頭いいからさぁ」

「うんうんっ。ジルちゃんがいて、よかったねっ」


 アダルジーザに称賛されて、ジルダが肩をすくませているが、アダルジーザの言う通りだな。


「ありがとう、ジルダ。その策、取り入れさせてもらおう」

「策ってなんだよ。おかたいなぁ」

「ジルダはやはり優秀だな。俺の家臣として、となりにぜひとも置きたくなってきたぞっ」

「だぁから、家臣の話はするなって言ってるだろぉ!」


 子どものようにさけぶジルダが、おかしかった。


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