表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/271

第35話 ドラゴンスレイヤー、陛下を食事でもてなす、シルヴィオへの密命

 陛下は一晩、サルンに泊まられる。


 そのため、俺の屋敷で陛下をもてなす手筈となっている。


 しかしサルンは物資がとぼしいため、宮殿で配膳されるような食事をお出しすることができない。


 俺たちが普段から食べているパンとシチューくらいしか、食膳にならべられなかった。


「グラート。これは?」

「ライ麦パンと、山菜をミルクで煮込んだシチューです。こちらの魚は、今朝にわたしが近くの川で釣ったものです」


 陛下は焼き魚を食べられたことがないのか。不思議そうな顔をしている。


「かなり、黒く変色しているようだが」

「火が強かったゆえ、身が焦げてしまったのでしょう。わたしのものと、交換いたします」


 魚を焼くのはジルダの担当だったはずだが、火が強かったのか。


 陛下のとなりでチェザリノ殿は、肩をふるふるとふるわせている。


「このような食事を、陛下にお出しするなど……」

「やめよ、チェザリノ。サルンは物資がとぼしいのだ。被災地の現状を、われらは直視しなければならぬのだ」


 陛下は聡明な方だ。


「陛下の寛大なお気持ちにあまえさせていただきます。村人たちは、もっと粗末なものを食べております」

「わかっている。この地をそなたにあたえたのは、他ならぬわたしだ。ドラゴンたちから受けた被害を、ひと月程度で復旧できるはずなどない」


 陛下がまた、焼き魚を不思議そうに見だした。


「それにしても、この料理はどのようにして食するのだ?」

「村の料理に作法などありません。こうして尻尾をつかんで、腹にかぶりつくだけです」


 魚の焦げた表面が、かりかりの食感をうみだしている。


 少しにがいが、なかなかいけるぞ。


 陛下が配下から白いハンカチを受けとり、魚の尻尾をつかむ。


 魚の腹を、おそるおそる口へと近づけて――。


「むっ!」

「陛下ぁ!」

「だだだだ、だいじょうぶ、ですかぁ」


 アダルジーザがキッチンから飛び出してきた。


「やっぱり、宮殿から、お食事をはこばれた、ほうが……」

「いや。だいじょうぶだ。妙な声をあげてしまった」


 陛下が口をわずかに動かしながら、焼き魚をまた見つめた。


「ふむ。宮殿にはない素朴な味であるが、わるくないぞ」

「ほ、ほんとうですかぁ」

「本当だ。そなたが料理したのか?」

「は、はいっ」


 アダルジーザが俺の腕にしがみついた。


「そうか。よい腕前だ。ドラゴンスレイヤーをとなりでささえてほしい」

「はいっ!」


 アダルジーザは腰が抜けてしまったのか、俺のとなりで固まってしまった。


「アダルジーザ、殿が、つくられた料理だったのか……」


 チェザリノ殿も焼き魚を神妙に見つめたまま、妙な言葉を発した。


 そして、


「う、うまい! うまいですぞ!」

「は、はぁ……」

「チェザリノ……?」


 なぜか感涙しそうなほどによろこんだ。


「グラート。そなたはついこの間まで独り身であったはずだが、このような者をいつのまに娶ったのか。そなたも隅に置けぬなっ」

「妻はわたしが冒険者として生計を立てていた頃から、つねにかたわらでサポートしてくれたのです。

 騎士の叙任式にも同席させていただいたのですが、おぼえていますでしょうか」

「もちろん、おぼえているぞ。そなたと前に医務室で対面したときも、アダルジーザ殿がかたわらにいたであろう」

「はい。妻は優秀な魔道師ですから」


 陛下がシチューをすすりながら、ほほえんだ。


「アダルジーザ殿が、うらやましいな」


 陛下……?


「他意はないっ。そなたは、気にするな」

「はぁ……。陛下は、まだ妃を迎えておられないのでしたな。宮廷が落ちつかれるまで、婚儀は待たれておられるのですか」

「そ、そうだ。よい妃が、まだ見つからぬのでな」


 一介の騎士にすぎない俺と、陛下を同一視してはいけないか。


「どうだ。妻をむかえるというのは、よいものか?」

「どうでしょう。今は村の復興に追われていますから、夫婦の生活というものはできていないように感じます」

「そうか。苦労をかけるな」

「いえ。これがわたしの役目ですから。妻にも、理解してもらっています」


 アダルジーザが、はっとわれに返った。


「アダルジーザ殿。苦労をかけるな」

「いっ、いえ、そんな……」

「不自由なことがあれば、いつでも言ってくれ。可能なかぎり、ここを支援するつもりだ」

「あっ、ありがとう、ございます」



  * * *



 陛下が都へお帰りになられて、数日後。俺はシルヴィオを呼んだ。


「グラートさん。どうしたんですか。あらたまって、話というのは」

「うむ。お前にしか頼めない仕事があるのだ」


 シルヴィオの顔つきが変わる。


 外をきょろきょろと見まわして、音を立てないように屋敷の扉を閉めた。


「よい動きだ。シルヴィオ」

「陛下から、密命を受けたんですね」

「そうだ。宰輔の身辺をさぐってほしい」


 シルヴィオが俺の前で腰をおろした。


「プルチアでテオフィロ殿が金を発掘しているのだが、その金の一部を宰輔が横奪おうだつしているようなのだ」

「なるほど。その証拠をつかんで、宰輔をけおとすんですね」


 シルヴィオはやはり優秀だ。少し話しただけで、俺の意図をすべて理解する。


「宰輔をけおとすつもりはないが、宰輔が宮廷を牛耳っている今の状況は危険なのだ」

「言葉がすぎました。すみません。ですけど、宰輔の弱みをにぎればいいという理解でいいんですよね?」

「そうだ! 情報収集などの隠密行動は、俺よりシルヴィオの方が得意だ。どうか、手を貸してほしい」

「わかってますよっ。グラートさんのために、がんばります!」


 アダルジーザがキッチンから茶をはこんでくれた。


「でもぅ、そんなことをしたら、シルヴィが危険なんじゃないかなぁ」

「だいじょうぶですよ、アダルさん。ギルドにいたときでも、俺はこんな仕事ばっかしてたでしょう?」

「そうだけどぅ、だいじょうぶなのかなぁ」


 アダルジーザが危惧するのは、むりもない。


「宰輔は危険人物だ。いつどこで、俺たちを見張っているかわからない。任務よりも、身の安全の確保を優先するのだ」

「はいっ。わかりました」

「危険なのは陛下も承知しておられる。お前が失敗しても、だれもとがめないから、くれぐれもむりはするな」

「は」


 シルヴィオはまじめな男だ。このくらい言わないと、俺のためにむりをしかねない。


「しかし、グラートさん。宰輔の身辺をどのようにさぐればいいですか。宮殿にしのび込めばいいんですか?」


 宮殿にやみくもにしのび込むのは、まずい。


 しかし、陛下にコンタクトをとるのも、むずかしいだろうな。


「宮殿のネグリ殿をたずねてくれ。俺が手紙を書くから、それをネグリ殿に見せるのだ」

「は。承知しました」

「ネグリ殿はうたぐり深い人だが、俺からの手紙だとわかれば、お前に協力してくれるだろう」


 この村に、紙は数枚ほどしかない。


 短い文章だが、俺とネグリ殿が知るプルチアの話も添えておいた。


「これでいい。これを、もっていってくれ」

「わかりました」

「ネグリ殿は俺たちよりも宮廷にくわしい。宮廷の内情をネグリ殿とさぐるのだ。他に必要なものはあるか?」

「いいえ。あとは、だいじょうぶです」


 シルヴィオが快活に返事した。


「何かわかったら、すぐに帰ってくるように。手がかりがつかめなくても、来月のこの日までには帰ってくるのだ。深追いだけはするな」

「承知しました!」


 シルヴィオがまっすぐに立って、屋敷を出ていった。


 そのほそい背中を、アダルジーザが不安そうに見つめる。


「シルヴィ。だいじょうぶかなぁ」

「だいじょうぶだ。シルヴィオは、優秀な男だ」

「それは、わかってるけどぅ。不安だよぅ」

「そうだな……」


 宰輔の悪事を、そんな簡単に暴けるとは思えない。


 宮廷の大きな落とし穴に落ちなければよいが……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ