第35話 ドラゴンスレイヤー、陛下を食事でもてなす、シルヴィオへの密命
陛下は一晩、サルンに泊まられる。
そのため、俺の屋敷で陛下をもてなす手筈となっている。
しかしサルンは物資がとぼしいため、宮殿で配膳されるような食事をお出しすることができない。
俺たちが普段から食べているパンとシチューくらいしか、食膳にならべられなかった。
「グラート。これは?」
「ライ麦パンと、山菜をミルクで煮込んだシチューです。こちらの魚は、今朝にわたしが近くの川で釣ったものです」
陛下は焼き魚を食べられたことがないのか。不思議そうな顔をしている。
「かなり、黒く変色しているようだが」
「火が強かったゆえ、身が焦げてしまったのでしょう。わたしのものと、交換いたします」
魚を焼くのはジルダの担当だったはずだが、火が強かったのか。
陛下のとなりでチェザリノ殿は、肩をふるふるとふるわせている。
「このような食事を、陛下にお出しするなど……」
「やめよ、チェザリノ。サルンは物資がとぼしいのだ。被災地の現状を、われらは直視しなければならぬのだ」
陛下は聡明な方だ。
「陛下の寛大なお気持ちにあまえさせていただきます。村人たちは、もっと粗末なものを食べております」
「わかっている。この地をそなたにあたえたのは、他ならぬわたしだ。ドラゴンたちから受けた被害を、ひと月程度で復旧できるはずなどない」
陛下がまた、焼き魚を不思議そうに見だした。
「それにしても、この料理はどのようにして食するのだ?」
「村の料理に作法などありません。こうして尻尾をつかんで、腹にかぶりつくだけです」
魚の焦げた表面が、かりかりの食感をうみだしている。
少しにがいが、なかなかいけるぞ。
陛下が配下から白いハンカチを受けとり、魚の尻尾をつかむ。
魚の腹を、おそるおそる口へと近づけて――。
「むっ!」
「陛下ぁ!」
「だだだだ、だいじょうぶ、ですかぁ」
アダルジーザがキッチンから飛び出してきた。
「やっぱり、宮殿から、お食事をはこばれた、ほうが……」
「いや。だいじょうぶだ。妙な声をあげてしまった」
陛下が口をわずかに動かしながら、焼き魚をまた見つめた。
「ふむ。宮殿にはない素朴な味であるが、わるくないぞ」
「ほ、ほんとうですかぁ」
「本当だ。そなたが料理したのか?」
「は、はいっ」
アダルジーザが俺の腕にしがみついた。
「そうか。よい腕前だ。ドラゴンスレイヤーをとなりでささえてほしい」
「はいっ!」
アダルジーザは腰が抜けてしまったのか、俺のとなりで固まってしまった。
「アダルジーザ、殿が、つくられた料理だったのか……」
チェザリノ殿も焼き魚を神妙に見つめたまま、妙な言葉を発した。
そして、
「う、うまい! うまいですぞ!」
「は、はぁ……」
「チェザリノ……?」
なぜか感涙しそうなほどによろこんだ。
「グラート。そなたはついこの間まで独り身であったはずだが、このような者をいつのまに娶ったのか。そなたも隅に置けぬなっ」
「妻はわたしが冒険者として生計を立てていた頃から、つねにかたわらでサポートしてくれたのです。
騎士の叙任式にも同席させていただいたのですが、おぼえていますでしょうか」
「もちろん、おぼえているぞ。そなたと前に医務室で対面したときも、アダルジーザ殿がかたわらにいたであろう」
「はい。妻は優秀な魔道師ですから」
陛下がシチューをすすりながら、ほほえんだ。
「アダルジーザ殿が、うらやましいな」
陛下……?
「他意はないっ。そなたは、気にするな」
「はぁ……。陛下は、まだ妃を迎えておられないのでしたな。宮廷が落ちつかれるまで、婚儀は待たれておられるのですか」
「そ、そうだ。よい妃が、まだ見つからぬのでな」
一介の騎士にすぎない俺と、陛下を同一視してはいけないか。
「どうだ。妻をむかえるというのは、よいものか?」
「どうでしょう。今は村の復興に追われていますから、夫婦の生活というものはできていないように感じます」
「そうか。苦労をかけるな」
「いえ。これがわたしの役目ですから。妻にも、理解してもらっています」
アダルジーザが、はっとわれに返った。
「アダルジーザ殿。苦労をかけるな」
「いっ、いえ、そんな……」
「不自由なことがあれば、いつでも言ってくれ。可能なかぎり、ここを支援するつもりだ」
「あっ、ありがとう、ございます」
* * *
陛下が都へお帰りになられて、数日後。俺はシルヴィオを呼んだ。
「グラートさん。どうしたんですか。あらたまって、話というのは」
「うむ。お前にしか頼めない仕事があるのだ」
シルヴィオの顔つきが変わる。
外をきょろきょろと見まわして、音を立てないように屋敷の扉を閉めた。
「よい動きだ。シルヴィオ」
「陛下から、密命を受けたんですね」
「そうだ。宰輔の身辺をさぐってほしい」
シルヴィオが俺の前で腰をおろした。
「プルチアでテオフィロ殿が金を発掘しているのだが、その金の一部を宰輔が横奪しているようなのだ」
「なるほど。その証拠をつかんで、宰輔をけおとすんですね」
シルヴィオはやはり優秀だ。少し話しただけで、俺の意図をすべて理解する。
「宰輔をけおとすつもりはないが、宰輔が宮廷を牛耳っている今の状況は危険なのだ」
「言葉がすぎました。すみません。ですけど、宰輔の弱みをにぎればいいという理解でいいんですよね?」
「そうだ! 情報収集などの隠密行動は、俺よりシルヴィオの方が得意だ。どうか、手を貸してほしい」
「わかってますよっ。グラートさんのために、がんばります!」
アダルジーザがキッチンから茶をはこんでくれた。
「でもぅ、そんなことをしたら、シルヴィが危険なんじゃないかなぁ」
「だいじょうぶですよ、アダルさん。ギルドにいたときでも、俺はこんな仕事ばっかしてたでしょう?」
「そうだけどぅ、だいじょうぶなのかなぁ」
アダルジーザが危惧するのは、むりもない。
「宰輔は危険人物だ。いつどこで、俺たちを見張っているかわからない。任務よりも、身の安全の確保を優先するのだ」
「はいっ。わかりました」
「危険なのは陛下も承知しておられる。お前が失敗しても、だれも咎めないから、くれぐれもむりはするな」
「は」
シルヴィオはまじめな男だ。このくらい言わないと、俺のためにむりをしかねない。
「しかし、グラートさん。宰輔の身辺をどのようにさぐればいいですか。宮殿にしのび込めばいいんですか?」
宮殿にやみくもにしのび込むのは、まずい。
しかし、陛下にコンタクトをとるのも、むずかしいだろうな。
「宮殿のネグリ殿をたずねてくれ。俺が手紙を書くから、それをネグリ殿に見せるのだ」
「は。承知しました」
「ネグリ殿はうたぐり深い人だが、俺からの手紙だとわかれば、お前に協力してくれるだろう」
この村に、紙は数枚ほどしかない。
短い文章だが、俺とネグリ殿が知るプルチアの話も添えておいた。
「これでいい。これを、もっていってくれ」
「わかりました」
「ネグリ殿は俺たちよりも宮廷にくわしい。宮廷の内情をネグリ殿とさぐるのだ。他に必要なものはあるか?」
「いいえ。あとは、だいじょうぶです」
シルヴィオが快活に返事した。
「何かわかったら、すぐに帰ってくるように。手がかりがつかめなくても、来月のこの日までには帰ってくるのだ。深追いだけはするな」
「承知しました!」
シルヴィオがまっすぐに立って、屋敷を出ていった。
そのほそい背中を、アダルジーザが不安そうに見つめる。
「シルヴィ。だいじょうぶかなぁ」
「だいじょうぶだ。シルヴィオは、優秀な男だ」
「それは、わかってるけどぅ。不安だよぅ」
「そうだな……」
宰輔の悪事を、そんな簡単に暴けるとは思えない。
宮廷の大きな落とし穴に落ちなければよいが……。