第33話 ジルダと再会、でも家臣にはなりたくない?
プルチアの流人たちが、駆けつけてくれたのか!
「ひさしぶりだな、ジルダ」
ジルダの勝気な態度は、あいかわらずだ。
「おう。テオフィロに言われたから、来てやったぜ」
ジルダと流人たちが一斉に笑う。
「テオフィロ殿から?」
「そ。なんも聞いてねぇの?」
テオフィロ殿から、そんなことを……ああ。活きがいい者というのは、ジルダたちのことだ――。
「ジルちゃん!」
アダルジーザがジルダにとびついた。
「わっと」
「ジルちゃん! ジルちゃんっ」
「ははっ。アダル、ひさしぶりっ」
アダルジーザがジルダに抱きついて、身体をふるわせる。
ジルダの目にも、ひかるものがあった。
「ずっと、会いたかったんだから……」
「ぼくも、そうだよ」
ジルダが来てくれて、よかった。
「グラートさん。しばらく、そっとしておきましょう」
「そうだな」
* * *
陽が落ちて、仮住まいの屋敷にジルダを案内した。
屋敷と言っても、農村の小屋みたいな建物でしかないが。
「プルチアではたらかされていた者たちは、釈放されたんだな」
「そうだぜ。だからぼくたちは、無罪放免で自由の身になったってわけ」
この屋敷は、プルチアで借りていた家になんだかそっくりだ。
居間のテーブルを、ジルダをくわえた四人でかこむ。
「テオフィロから聞いたぜ。グラート、あんたが陛下に奏上してくれたんだろ?」
「ああ。宰輔にはにらまれたがな。陛下は俺の言葉を聞いてくださった」
「陛下はいいけど、さいほって、だれ? 国のえらい人?」
「ああ。えらい人だぞ」
「へぇ。そうなんだぁ」
のんきな言葉をはなつジルダに、アダルジーザがくすくすと笑う。
「王宮でも、グラートは元気に無双してたってわけか! あんたはほんと、敵なしだなぁ」
「そんなことはない。毎日、苦労がたえない」
「それ。あんたが言っても説得力ないから!」
ジルダのするどい言葉に、笑いが込みあげてしまった。
「ジルダもやはり無実の罪でプルチアへ流されていたんだな」
「そうだぜ。言わなかったっけ?」
「どうだったかな。わすれてしまった」
ジルダが露骨にいやそうな顔をした。
「うわ、ひでぇ。せっかくたすけに来てやったのに、これだぜアダル。グラートは騎士になったから、ぼくらのことなんか、もう、どうでもいいんだぜぇ」
「そんなことないってばぁ」
ジルダがいると、さらににぎやかになるな!
シルヴィオだけはひとりで茶をすすっている。ジルダのことを紹介しなければ。
「シルヴィオ。彼女はジルダだ。俺がプルチアに流されていたときに、世話になっていたんだ」
「あ、はい」
シルヴィオがジルダに右手をさし出した。
「シルヴィオです。グラートさんの第一の家臣です。よろしく」
「おう」
ジルダがシルヴィオと握手をかわすが、
「っていうか、家臣って、そういう関係なの?」
俺に疑惑をふくませた視線をむけてきた。
「そうだ。俺は騎士になったからな。シルヴィオは側近だ」
「へ、へぇ」
ジルダは若干だが引いていた。
「冒険者じゃないから、ギルドの仲間とかじゃないんだ」
「ギルドでもよかったのだが、宮廷は格式にこだわる者が多いからな」
「ああ……あのネグリさんみたいな感じね」
ジルダがくちびるをひくひくさせる。
「でも、第一の家臣はアダルじゃねえの? この人なの?」
「この人ってな! アダルさんはグラートさんの奥方様なんだから、家臣なわけないだろっ」
シルヴィオ、おちつけ。
「お、おくがた?」
「そうだ。今ごろ気づいたのか」
「おくがたって、結婚したってこと?」
「それ以外にないだろ」
ジルダが思い切り目をまるくしている。
俺とアダルジーザを何度も見くらべて……こういう間は、苦手だっ。
「やったじゃん、アダル! やっとグラートとむすばれたんだぁ」
「う、うんっ」
「グラートといっしょになりたいって、前から言ってたもんなぁ!」
そう、だったのか。
「ジ、ジルちゃんっ」
「なんだよ、てれんなよぉ。この、このっ」
「ジルちゃんの、いじわるっ」
ちょっと外に出て、夜風にあたりたくなってきた……。
「グラートも、赤くなってんぞぉ」
「そういう言い方は、やめろっ」
ジルダの意地悪い性格を、すっかりわすれていた。
「話をもどすが、プルチアに流されていた者たちは、故郷に帰れたんだな」
「そうだぜ。全員じゃねえけどな。そんでもって、ぼくとか一部の物好きは、あんたに食わせてもらうためにここへ来たってわけ」
「俺は領主になったばかりだからな。お前たちを養える度量は、まだないぞ」
「へーき、へーき。ぼくたちで勝手にやるから。他のひどい領主なんかの下にいるより、あんたのとこにいた方が気楽だろ?」
なるほど。ジルダらしい発想だ。
「無論だ。必要最低限のことだけこなしてくれれば、後は好きにしていい」
「へへ。ありがてぇぜ」
「ここサルンの地は、長い戦いで荒廃している。村の安定した経営がおくれるようになるまで、数年はかかるだろう。ジルダにはすまないが、どうか協力してほしい」
「まかせときな。ぼくはともかく、みんなはやる気まんまんだから、あんたに協力してくれるぜ!」
ジルダもきっと協力してくれるだろう。恩に着る。
「テオフィロ殿は、まだプルチアにとどまっているようだな」
「ああ。なんか、都に返り咲ける的な話が来てたらしいんだけど、それをことわっちまったんだよ」
テオフィロ殿は、みずからプルチアにのこっているのか。
アダルジーザもおどろいている。
「そうなのぉ?」
「そ。『グラートとの約束をまもるために!』とか、テオフィロはほざいてやがったけど、実際は第二の金山が見つかって、浮かれてるだけなんだぜっ」
俺はアダルジーザとずっこけそうになった。
「テオフィロさま……」
「なんか、金を掘るのがめっちゃ楽しいらしいぜ。ぼくたちには砂金すらくれねぇのによ。ほんと、けちだぜ、あいつ!」
「テオフィロ様はぁ、グラートよりも、お金のことにしっかりしてそうだもんねぇ」
テオフィロ殿がしっかり者なのか。俺がだらしないだけなのか。
「つーわけだから、あんなドケチのことなんか、これーっぽっちも、気にしなくていいぜ」
「テオフィロ殿のことは、わかった。元気なのがわかれば、それでいい」
プルチアにたくさんの資源がねむっているとわかれば、宮廷も態度を変えるだろう。
テオフィロ殿も出世街道にもどれるかもしれない。
「これもテオフィロから聞いたけど、グラートは都に帰るなりドラゴンを倒しちまったんだろ? すげぇよなぁ」
「ドラゴンを倒したのは事実だが、俺ひとりの手柄ではない。アダルとシルヴィオの助力があって、はじめて成しえた功績だ」
「そうなんだぁ。ふたりとも、すげぇんだなぁ」
アダルジーザがくすくすと笑う。
「グラート。宮殿の医務室にはこばれて、また何日も寝込んでたんだよぉ」
「また寝込んでたのかよ! ガレオスのときから、ちっとも成長してねぇじゃねぇかっ」
「むりしないでって、言ってるんだけどねぇ」
また苦手な方向へ話が向かいはじめたな……。
「これが俺の役目なのだ。しかたないだろう」
「そうだけどさぁ。奥方様の立場としては、ほっとけないぜ?」
「そうだよぅ」
うーむ。耳がいたい……。
「わかった。留意しておこう」
「ふふ。おねがいねぇ」
「留意なんか、絶対にしねぇと思うけどなっ」
ジルダは口がよくないが、機転が利く優秀な女だ。
ここに残ってもらえるのであれば、俺の家臣になってもらいたいが。
「ジルダ。単刀直入に言う。俺の家臣になってくれないか」
「えっ。家臣に?」
「そうだ。俺はたくさんのたすけを求めている。ジルダの実力と信頼性は今さら議論する必要もない。家臣になってくれれば、今以上に便宜をはかることもできるぞ」
「へ、へぇ。そうなんだぁ」
ジルダの反応は、今ひとつか。
「ジルちゃん。だめかなぁ」
「だめとか、そういうんじゃねぇけど……」
何か、ひっかかるものがあるのか。
「ぼくさ、ギルドとか、そういうのは苦手なんだよ。ふたりには、話してなかったかもしれねぇけどさ。騎士と、配下っていうの? そういう関係は、ギルドなんかとちがうかもしれないけど、こわいんだよ」
騎士と臣下の関係が、こわい……のか?
「ギルドとか、グループ内の人間関係って、むずかしいじゃん。アダルもグラートも、いいやつだっていうのは、もちろんわかってるけど……」
「ギルドとかの人間関係って、むずかしいよねぇ」
ジルダが気にしていることは、よくわかる。
「そうか。残念だが、ジルダの意思を尊重しよう」
「ごめんよ。グラートやアダルが嫌いだっていうわけじゃないんだ。その、ちょっと、仲間といろいろあったからさ」
そうだったのか。
そういえば、過去に仲間と何かあったと、話していた気がする。
「騎士になったグラートから声をかけられるのって、ほんとはすげぇ名誉なことなんだろ。でも……ごめん! ちょっとだけ、考えさせてっ」
「もちろんだ。家臣になってくれないからといって、ここから追い出したりはしない。だが、よい返事をいつまでも待っているぞ」
「お、おうっ」
ジルダがもうしわけなさそうに頬をかいた。