第31話 ドラゴンスレイヤーのプロポーズ
陛下と多くの国民の信望をえて、俺はヴァレダ・アレシア王国の騎士に叙任された。
そのため、俺の身分は騎士に格上げされ、サルンの土地まで拝領された。
平民から騎士になる者は、めったにいないという。
通常、騎士になるためには、他の騎士に幼少の頃から付き従い、修練と教養をつまなければならないようだ。
しかし、俺のように戦いで多大な功績をのこせば、異例だが平民が騎士に叙任されることはあるのだという。
「冒険者から騎士になる方がまれにいると、前のギルドの先輩から聞いたことがありましたけど……本当に、騎士になってしまう方がいたなんて……」
都ヴァレンツァの中心。宮殿にほど近い騎士の別宅で、シルヴィオが言った。
宮殿とおなじ白亜の壁に、鏡のようにひかる石だたみ。
ロビーはギルドハウスのように広く、部屋の数もひとつやふたつではない。
「俺もまさか、騎士になんて叙任されると思っていなかったからな。おどろきだ」
この邸宅は、地方から都におとずれた騎士へ貸す住まいなのだという。
サルンの地が先の戦いで被害に遭ったばかりなので、戦後処理のためにこの邸宅を陛下から借り受けていた。
「そのわりには、叙任式でもまったく緊張してなかったですよね、グラートさん」
ロビーの円卓で、シルヴィオがリンゴをつまんでいる。
「そうか? そんなことはないぞ」
「そんなことありますって。しまいには宰輔サルヴァ……様と口論までしちゃいますし……。どこまで最強になれば、気がすむんですかっ!」
シルヴィオはなんで、こんなに怒っているんだ。
「あれは口論ではない。プルチアや流刑地の現状をつぶさにかたっただけだ。あと、宰輔はサルヴァオーネ様だ」
「う、うぐ……っ」
シルヴィオがリンゴをのどにつまらせた。
「ああっ、シルヴィ……だいじょうぶぅ?」
「だ、だいじょうぶ、ですっ」
アダルジーザがシルヴィオの背中をさすった。
「グラート、さんは、俺の目標だったのに……これじゃ、永遠に追いつけないじゃないですかぁ……」
そんなことを言われてもな……。
アダルジーザが俺に目をむけて、苦笑した。
「少し、風にあたってきたらぁ?」
「はい……そうします」
シルヴィオが素直にロビーから出ていった。
「やれやれ。シルヴィオには困ったものだ」
「シルヴィはぁ、グラートが、うらやましいんだよぅ」
騎士になれたのは、この上ない名誉なのだが……。
「しかし、シルヴィオがあの様子だと、凶悪な魔物が出没したときに、連携しにくくなる」
「うーん、そうだねぇ」
「やつをなんとか説得したいものだが……アダル。何か、よい方法はないか?」
「うふふ。グラートはぁ、まじめだねぇ」
アダルジーザに笑われてしまった。
「そんなことはないだろう」
「今はぁ、ゆっくり、休めるときなんだから、戦いのことは、わすれてもいいんじゃないかなぁ」
アダルジーザの、言う通り……か? うーむ。
「シルヴィならぁ、だいじょうぶだよぅ。すぐに、落ちつくから」
「そうだといいがなぁ」
アダルジーザは俺のとなりの席にすわり、リンゴをつまんでいる。
「わぁ。このリンゴ、おいしいねぇ」
「そうだな」
俺は騎士になり、広大な土地を陛下から拝領した。
アダルジーザにも、大事な話をしなければならない。
「アダル、聞いてくれ」
アダルジーザの細い手をとった。
「俺は陛下からサルンの土地をたまわり、若輩だが領主となった。しかしサルンは荒れ果てた土地であり、北にはアルビオネという魔物たちの大国が隣接している。
俺はこれから、多くのたすけが必要だ。だから、アダルにもこれから俺をささえてほしい」
「う、うん……」
アダルジーザがさした銀のフォークから、リンゴが落ちた。
こういうとき、なんとつたえればよいのか、わからん……っ。
「ようするにだ。俺の妻になってほしい」
「えっ……あ……」
「式はすぐにあげられないだろうが、その……婚約、してほしいと……言っている」
まずいっ。顔が急激に熱くなったぞ……!
アダルジーザの顔など、とても見られない……。
「はいっ」
アダルジーザが、返事した。
「わたしで、よければ」
「本当か!?」
「きゃっ!」
思わずアダルジーザに抱きついてしまった。
「す、すまない」
「う、ううんっ」
顔が、リンゴのように熱い……いや、赤いっ。
「いいのか? 俺などで。騎士になったとはいえ、不穏な土地をあずけられた身なんだぞ」
「そんなの、今さらだよぅ」
アダルジーザも頬を赤くしながら、ほほえんだ。
「そんなこと言ったら、わたしがどうして、遠い流刑地にまで行ったのか、わかんなくなっちゃう」
「そう、だな」
「グラートにはぁ、むり、してほしくない、けど……ドラゴンスレイヤーの妻だから、しかたないよね」
俺はあらためてアダルジーザをだきしめた。
「苦労ばかりかけて、すまない」
「ううん。だいじょうぶ、だから……」
ばたん、とロビーの扉がひらかれた。
「ああっ、やっぱりダメだ! グラートさん、今から俺に、稽古、を……」
ま、まずいところを、見られた……っ。
「すすすす、すみませんっ、でしたぁ!」
「ああっ、シルヴィ! まってぇ」
騎士になっても、にぎやかな生活からは抜け出せないようだ。
* * *
それから十日ほどが経って、サルン領への異動命令がとどいた。
戦後処理と、俺たちの仮住まいが建設されたようだ。
「やっと、わたしたちのおうちに、行けるんだねぇ」
陛下からいただいた白馬にまたがり、サルン領へとむかう。
かぽかぽと蹄をならす馬の上。俺の後ろでアダルジーザが子どものように言った。
「ですけど、仮住まいって丸太をつみあげたあばら屋なんでしょう? 騎士になられたグラートさんに、そんな家に住まわせるなんて、ゆるせませんよ」
シルヴィオも陛下からいただいた名馬を引きながら、文句を言った。
「そう言うな。サルンは荒れ果てた土地なのだ。騎士の屋敷が十日でできるわけがない」
「そうですけどっ、くやしいじゃないですか! 結局のところ、人々から見はなされた土地を、グラートさんが押しつけられたんでしょう?」
俺にサルンの土地をあたえよ、と言ったのは宰輔のサルヴァオーネだという。
「グラートさんは、なんとも思わ――」
「あまりさわぎ立ててはならない。宰輔の間者がどこで聞いているか、わからないからな」
シルヴィオがあわてて口をふさいだ。
「シルヴィオの言う通りだ。サルンは荒れ果てている上、都とアルビオネにはさまれている。先代の領主も家財道具のすべてを投げすてたというから、覚悟しておいた方がいいだろうな」
「だ、だいじょうぶだよ! グラートならっ」
「ああ。そうだな!」
宰輔は俺をサルンに置いて、アルビオネを牽制したいのだろう。
宮廷の陰で悪臣とささやかれている宰輔だが、その手腕は敵ながらみごとだ。
「おふたりは、いいですよね。その……責任者、なんですから」
シルヴィオがまた、妙なことを言い出した。
「なんだ、それは」
「別に。なんでもありませんよ」
シルヴィオが最近、子どものようになってしまってしまった……。
「いや、その……邪魔、じゃないですか」
「邪魔? なんのことだ?」
「俺ですよ。だって、おふたりで生活したいんでしょう?」
ああ……俺とアダルジーザに気をつかっているのか。
「シ、シルヴィ。あのねっ」
「いい。アダル。俺が説得する」
シルヴィオはすぐれた男だ。こんなところでくさってはならない。
「シルヴィオ。アダルにも言ったが、俺はこれからも、たくさんのたすけが必要となる。サルンの開拓もそうだが、陛下の期待にこたえ、サルヴァオーネと戦っていかなければならない。
俺はアダルを妻としてむかえた。お前には、家臣になってほしいのだ」
シルヴィオが神妙に俺を見ている。
「ようするに騎士の従卒だ。召使いなどではない。俺の側近だ。この意味がわかるか」
「は、はいっ」
「お前には正式な配下となってもらい、俺の背中をまもってほしいのだ」
シルヴィオの力が俺には必要だ。
「サルンがゆたかになれば、俺はお前を騎士に叙任することができる。そうなれば、お前も騎士だ!」
「えっ……ほ、本当ですかっ」
「本当だ。陛下から、そのように教えていただいた」
シルヴィオは馬から落ちそうになった。
「俺なんかが、騎士になんて、なれるんですか」
「なれるとも! 裕福な騎士は、信頼する平民をとりたてることができるのだ。だから、シルヴィオ。いじけてないで俺についてこい!」
「は……はいっ!」
シルヴィオは子どものようによろこんで、サルンの地へと駆けていった。