第30話 ドラゴンスレイヤーの騎士叙任式、宮廷にはびこる悪とは
それから十日後。俺の傷は回復し、騎士の叙任式が開かれた。
叙任式では王国につかえる騎士や官吏たちが参加する。
主賓は俺と、アダルジーザとシルヴィオの三人。
俺たちをのせた貴族馬車のパレードがヴァレンツァの大通りを走行し、多くの民衆から声援を受けた。
「なんだか、すごいことになっちゃいましたね……」
「だよねぇ……」
アダルジーザとシルヴィオは民衆の大声援に委縮しているようだ。
「ふたりとも、胸をはればいい。俺たちは国民のために力をつくしたのだ」
「そう、ですが……」
「グラートみたいにぃ、堂々とできないよぅ」
ふたりとも、謙虚だな。
「無実の罪でつかまり、冒険者をやめざるをえない状況にまで追い込まれたが、冒険者を続けてよかった」
民衆の歓喜と興奮が、俺の全身をうるおしてくれる。
義父よ。遠い空の果てで見ているかっ!
「グラートさんはこんなときでも最強ですねっ」
「こわいものなんて、ないもんねぇ」
貴族馬車が宮殿に入り、俺たちは王の間へと案内された。
宮殿の中央。赤いじゅうたんが一直線に引かれた、金と純白の空間。
玉座へと続く回廊を左右からはさみ込むように、王国につかえる騎士たちが顔をつらねている。
彼らのおごそかな表情は、俺をどのように見つめているのだろうか。
「冒険者グラート、アダルジーザ、シルヴィオ。前へ」
ふたりの先頭をまっすぐに歩く。
高貴なる者たちにどのように見定められようが、関係ない。
俺はドラゴンスレイヤー。それ以上でも、それ以下でもないっ。
「冒険者グラート、アダルジーザ、そしてシルヴィオ。このたび、そなたらのはたらきにより、わが国とヴァレンツァは救われた。そなたらが遠いプルチアからはせ参じなければ、わが国とヴァレンツァは今ごろ、アルビオネの者たちに蹂躙されていたことだろう――」
陛下は玉座に座り、凛としたお顔で俺を見おろされている。
祝辞に耳をかたむけているあいだ、かたい表情の陛下が、わずかにほほえんだような気がした。
「――とくにグラートは、その圧倒的な強さでアルビオネの魔族を凌駕しただけにとどまらない。無実の反逆罪を着せられたにもかかわらず、わが国への忠節をわすれず、二度にもわたってわが国を凶悪なドラゴンから救出した。
その多大なる功績と忠節、そして勇気をたたえ、騎士の称号をここに叙任し、サルンの土地をあたえることとする。ドラゴンスレイヤー・グラート。この恩をわすれず、より一層の忠節を王国へ誓うように」
「は。ありがたきしあわせにございます」
俺は立ち上がって、一歩前に出た。
おごそかな式典が、わずかにざわついた。
「名誉ある騎士の叙任に際し、陛下におねがいしたいことがございます」
左右の騎士たちの顔色が変わった。
「冒険者グラート! 陛下の前で無礼ではな――」
「よい。もうしてみよ。騎士グラート」
陛下の壮烈な声がひびく。
「ありがとうございます。わたしは先日まで、無実の罪でプルチアへ流されていました。プルチアは遠い未開の地であり、そこでわたしと同じように、無実の罪や軽い罪で流されてしまった者が大勢、つらい労役に従事しております。
流罪というものは本来、死罪に相当するような重い罪をおかした者にのみくだされる罪です。ですが、今日の王国の判決はどうでしょう? プルチアをはじめ、国外の流刑地に多くの国民が流されております」
陛下はその碧い瞳で、俺をまっすぐに見下ろしておられた。
「おそれおおくも、わたしグラートは陛下から騎士の称号をたまわり、陛下への拝謁がゆるされました。そのため、今日の政治のみだれをただしたく、ここに奏上した次第でございます」
陛下をまよわせているのは王国の騎士たちだろう。
「ようするに、冒険者――おっと、失敬。グラート卿が言いたいのはプルチアの流人に対する恩赦であるな」
壮年男性特有の低い声で言ったのは宰輔のサルヴァオーネだ。
「は。その通りでございます」
「そなたの言い分はわかった。今日の政治のみだれに対しては、わたしも胸を痛めているところだ。流刑地のひどい有様についても、とても心苦しく思う。
しかし、判決のぜひはともかく、一度でも流罪になった者たちに対し、恩赦を軽々しく出すわけにはまいらぬ。さすれば、王国の法がみだれ、今日の政治のみだれ以上の混乱を王国へもたらすことになるのだ」
さすがは宰輔。堂々とした立ちふるまいだ。
「お言葉ですが、宰輔。罪をおかしていない者に恩赦を出しても、王国の法がみだれることはありません。わたしが言いたいのは流人たちの裁判がただしく行われていたのか、その判決が罪にふさわしいものだったのか、しっかりと調査していただきたいということです」
「なるほど。ドラゴンスレイヤー殿は法の執行人でもあらせられたか。これは失敬っ」
宰輔のサルヴァオーネが、はっはっはとつくり笑いを浮かべる。
他の騎士たちも、彼につられて笑い声を出した。
「ドラゴンスレイヤー殿のありがたきお言葉、ちょうだいいたすと言いたいところであるが、プルチアや流刑地の問題はそなたが思っているほど簡単なものではない。わたしの一存では決められぬ」
王国と陛下に混乱をもたらしている元凶はこの男だ。
俺を笑うサルヴァオーネの顔の裏に、豺狼の冷たい感情が見えかくれしていた。
「やめよ、サルヴァオーネ! グラートは二度にもわたり、わが国を救ってくれた勇者。そんな大恩ある者に対し、無礼であろうっ」
「は。もうしわけありませぬ。わたしの言葉がすぎました」
「グラートの奏上は理にかなったものである。いや、何より、みずから危険をおかしてわが国を救ってくれたグラートの勇気に、わたしは少しでもむくいたい」
「は。陛下が、そのようにおっしゃられるのならば……」
サルヴァオーネがわずかに顔を下げて、騎士たちの列に引きさがった。
「騎士グラートよ。そなたの気持ち、たしかに受けとった。流刑地へと流されてしまった者たちを調査し、政治と法のみだれをただすことを約束しよう」
「は。いやしいわたしの発言をお聞きとどけくださり、ありがたきしあわせにございます」
* * *
「グラートがぁ、陛下に奏上したのって、ジルちゃんのためだったんだよねぇ」
叙任式がおわり、盛大なパーティへと移行した。
俺たちは貴賓席を用意していただいた。王国の贅をつくした料理がテーブルにならべられている。
「そうだ。ジルダをはじめ、プルチアには罪のない人間や、軽い罪でながされた者が大勢いた。その彼らに、プルチアの現状を陛下へ奏上すると約束した」
「ジルちゃんやみんな。流刑地から出られるといいねぇ」
アダルジーザは食事に手をつけず、しみじみとつぶやいた。
「ドラス……グラート卿。あたくしの酒も、どうか一献」
「は。ありがとうござ……」
俺の前でワインボトルをかかえているのはネグリ殿!
「おひさしぶりです、ネグリ殿っ。あれから、お変わりないようで」
「当然よ。バカ正直なあなたとちがって、世渡り上手なのが、あたしのいいところなのよ。おっほっほっほ」
女性のようになめらかに笑うのも、あいかわらずですねっ。
ネグリ殿がワインをそそぎながら、そっと顔をちかづける。
「でもあなた、やりすぎよ。式典での宰輔への発言。あれじゃ、俺をまた攻撃しろと言いたげじゃないの」
「いいんですよ、あれで。俺たちの敵がどこにいるのか。あれではっきりした」
「そんなこと言うけどねぇ。あなた、いくらなんでも無謀よ。あなたに無実の罪を着せたのも、おそらく宰輔なのよ。あの男のおそろしさを、一度しっかりとまなんだ方がいいんじゃないかしら」
そう言いながらも、ネグリ殿は俺を案じてくれるんだな。
「ネグリ殿、俺に迂闊にちかづかない方がいいですよ。そうしなければ、ネグリ殿がいくら世渡り上手でも、大やけどを負います」
「あら。あたしをだれだと思って? あなたみたいなおもしろい人材、はなしてやるものですか!
いーい? あなたはこれから、きっとヴァレンツァで陛下の手足となってはたらくことになるわ。そうすれば、いずれまた宰輔とぶつかることになるわ。
あたしは端役だから、あなたに表立って協力できないけれど、裏で便宜をはかってあげるわ。困ったら、いつでもあたしの元をおとずれなさい」
「はい。ありがとうございます」
ヴァレンツァを救っても、また一難。俺がはたらく場所はまだまだありそうだ。
「それにしても、グラート卿って、なんだかしっくりこないわねぇ。ドラスレのほうが、しっくりくるわぁ」
「グラートはぁ、ドラスレだよねっ」
ネグリ殿とアダルジーザが目を見あわせて、「うふふ」と笑う。
「好きな方で呼べばいいさ」
「それじゃあ、あたしは今までのまま、ドラスレで」
「わたしもぅ、今までのまま、グラートがいいかなぁ」
グラート卿……は、たしかにしっくりこないな……。
「はぁ。やっぱり、すごいことになっちゃったなぁ……」
となりで座るシルヴィオも、豪勢な食卓をながめて辟易していた。
流刑地編はここで終わりです。次からは騎士グラート編になります。
宰輔サルヴァオーネの悪事にグラートが挑んでいきます。