第271話 ヴァレンツァへ、ドラゴンスレイヤーの使命
次の日から本格的にドラスレ村の復旧作業に参加した。
ドラスレ村の村長をはじめ、よその街へ避難していた村民たちと合流して、和気あいあいと進められた。
「アダルさんよ。この木材はどっちにもっていけばいいんだい?」
「その木材はぁ、あっちの家に運んでほしいかなぁ」
「おっけー!」
献身的にはたらくルーベンに、アダルジーザが指示を出している。
「アダルさん、元気になってくれたんですね」
「ああ」
彼女はやはり強い。
だが彼女の強さに甘えないように、俺ももっとはたらかねば。
「それにしても、ルーベンさんとウバルさんって、よそから来られた方々なのに、よく作業してくれてますね」
顔を砂でよごすビビアナが、ふたりを不思議そうに見つめている。
ルーベンと俺と同じく力持ちであるから、森で伐採した木材や岩の運搬を主に引き受けてくれている。
ウバルドは肉体労働がしたくないと言って、村長たちとともに村の再建計画について話し合っている。
「グラートさま。アダルさんから以前にお聞きしたんですが、ウバルさんとも前は仲がよろしくなかったんですよね」
「そうだな。くわしくは話せんが、俺は彼からかなり嫌われていた」
「はあ。それなのに、ふたりとも、なんであんなに作業してくれるんでしょうか。あのふたりもドラスレ村に住むつもりなんでしょうか」
ルーベンとウバルドが村に滞在するかどうかは、俺にもわからないが。
近くの切り株が目に付いたので、そっと腰を下ろした。
「あのふたりの心中を正確に察知することはできないが……そうだな。俺は、自分の思いが彼らに通じたからだと思っている」
「自分の……? グラートさまの思いがですか?」
「そうだ。俺はウバルドと同じギルドで活動していたが、彼から裏切られてしまった。ルーベンとは敵同士で、互いに殺し合う間柄であった。だが、俺はウバルドと和解したいと思っていたし、実直なルーベンのことも気に入っていた。だから、いがみ合うことをやめて、互いに協力していきたいと思っていたのだ」
ウバルドにだまされて、遠いプルチアまで流されてしまったが、最終的には彼と和解できた。
ルーベンは地下ギルドのオドアケルに属していたが、戦いの末に俺の説得に応じてくれた。
「ふたりともヴァレダ・アレシアの礎を築く逸材だ。つまらない理由でうしなってはならない。あのふたりを説得するのは難しかったが、あのときの俺の判断と行動に間違いはなかったのだと、胸を張って言える。おのれを信じてよかった」
ビビアナは口を少し開けて、茫然と俺をながめていた。
「そういうものなのでしょうか」
「そうだとも。きみだってヴァレダ・アレシアの礎を築く逸材のひとりだ」
彼女がびくりと肩をふるわせた。
そして、右手をせわしく動かして、
「そそそそっ、そんなこと、ありませんて!」
俺の主張を頑なに否定した。
「謙遜しなくていい。陛下もきみのはたらきを褒めておられたぞ」
「まさか! 悪い冗談はやめてくださいっ」
「冗談ではないのだがな。うーむ」
ビビアナは褒められることに慣れていないのか。
「ドラスレさまっ」
若い村人に不意に呼び止められた。
「どうした」
「ドラスレさまに、若い女性のお客様が見えています」
若い女性の客だと?
ビビアナをつれて村の門まで移動する。
黒い外套に身を包む者が、門の向こうで立っていた。
「だれかと思ったら、きみか。ディベラ」
ディベラがこくりとうなずいた。
「おひさしぶり……と言うほど、時はまだ経っていないでしょうか」
「そうだな。カタリアで別れて以来だが。元気そうでよかった」
「こちらこそ。ヴァールを滅ぼし、この国をまた救われたこと、大義でありました。僭越ながら、わたしからも礼を言わせてください」
律儀に礼をする彼女を、ビビアナは気味悪くながめている。
「きみのことだ。礼を言うためだけに訪れたわけではあるまい」
「もちろん。あなたの大事なおふたりをお連れしました」
背後の森に三羽の怪鳥イルムが留まっている。
黒い外套を着る諜報員たちの肩を借りながら、こちらへと歩いてくる二人は……シルヴィオとジルダ!
「グラートさん。遅くなりました」
ふたりとも、少しやつれている。
肌の色もよくなさそうであるが、しっかりと食事をあたえれば直に回復するであろう。
「ふたりとも、よく来てくれた」
「はい。この前の戦いではお役に立てず、すみませんでした」
「謝らないといけないのは俺の方だ。危機的な状況であったとはいえ、お前たちをすぐに救出できなかったことを今でも後悔している」
「敵地のど真ん中に潜入していたんですから、しかたないですよ」
シルヴィオは笑ってくれた。
ヴァレダ・アレシアを守るためとはいえ、無茶な任務を引き受けてしまった。
「ジルダも、よく来てくれた。体調は回復したか?」
「おっ、おう」
「無理せずに、ふたりとも休んでいるのだ。村の復旧作業は、俺たちにまかせておけ」
ジルダはワイワイと実施されている作業を、うらやましそうにながめていた。
「そうだけどさあ。あんな様子を見てたら、じっとしていられねえぜ」
「はは。そうかもしれんな」
「アダルもいるの?」
「いるぞ。元気な顔を見せてやってほしい」
ドラスレ村の住民たちがもどってきた。
皆がいれば、何度でも村を建て直せる。
「おふたりは届けましたよ。わたしたちはこれで失礼します」
ディベラがくるりと身をひるがえす。
「ありがとう。恩に着る。サルンの復旧が落ちついたらヴァレンツァに行くと、陛下に伝えてくれ」
ディベラはふり返らずに手だけを上げていた。
* * *
三ヶ月間の復旧活動を経て、ドラスレ村は以前のきれいな姿へと再建された。
民家や作業用の施設はすべて建て替えられ、農地も新しく開拓された。
農作物の収穫はまだ難しいが、よその領地からの支援によって食糧の調達ができている。
ドラスレ村の者たちは強い。
あんなひどい戦いを経験しても、村を何度でも立て直してしまうのだから。
そして、俺はシルヴィオとジルダを連れてヴァレンツァへ訪れている。
ヴァレンツァもヴァールの侵攻によって壊滅的なダメージを受けてしまったが、三ヶ月間の活動によって着実に復旧へと向かっているようだ。
「ヴァレンツァは、まだ全然なおってねえなあ」
「もちろんだ。ヴァレンツァの規模はドラスレ村とは比べものにならない。元の姿にもどるまで、最低でも一年はかかるであろう」
「うへえ。そんなにかかるのかあ」
ジルダが馬の首筋にもたれかかる。
シルヴィオが苦笑した。
「アルビオネはしばらく攻めてこれないんだ。ゆっくり直していけばいいじゃないか」
「そうだ。再建を急ぐことはない。人がいれば、街は何度でもよみがえる。こわれてしまったものは、何度でも直せばいいのだ」
宮殿も再建の途上にある。
建設途中の姿は以前の美しい姿から程遠いが、官吏たちが政務を執るための機能は充分に備えている。
宮殿の門の前で、ベルトランド殿が出迎えてくれていた。
「グラート。よく来てくれた。陛下がお待ちかねだ」
「到着が予定よりも遅れてしまいました。陛下は玉座の間にお出ででしょうか」
「うむ。わたしについてくるのだ」
下馬し、シルヴィオとジルダをつれて宮殿の回廊をふみしめる。
黄金の回廊は赤いじゅうたんが敷かれ、以前のきらびやかな空間ができあがっている。
シルヴィオとジルダがちいさく声をもらして、天井に描かれた絵画に目をうばわれていた。
長い回廊の終点。
ジェレミア国王陛下が金の冠をかぶり、荘厳な玉座に座って俺を待っておられた。
俺はヒザを折り、陛下に頭を下げた。
「サルン領主グラート。参上いたしました」
「うむ。ひさしぶりだ。サルンからの長い旅路、ごくろうであった」
「陛下みずからお招きいただき、光栄のいたりでございます」
陛下のくすくすと女性のように笑う声が聞こえた。
「今さら、かたくるしい挨拶をするのだな。わたしとお前の仲だ。よそよそしくする必要はあるまい」
陛下のお顔は、少し赤みが差しておられた。
「ご寵愛いただいているからといって、無礼をはたらくわけには参りません。臣下の前で、陛下に対してしっかりと礼をつくさねば、陛下を浅ましく扱う者があらわれるともかぎりません」
「お前は、そんなことまで気にかけてくれているのだな。わたしは良い臣下にめぐまれている」
「陛下が正しいお心をもたれているからこそ、臣下がついてくるのでありますよ」
陛下もお元気そうで何よりだ。
「グラート。そなたのはたらきでヴァールの脅威は去った。だが、アルビオネとの戦いは完全に終結したわけではない」
「はい。存じております」
「来たる次の戦いにそなえて、わたしたちはまた力をつけていかなければならない。そのためには、グラート。お前の力が必要だ」
陛下の壮烈な声が玉座の間にひびいた。
「栄えあるヴァレダ・アレシアのため、どうか力を貸してほしい」
「もちろんであります」
「ありがとう。お前には、以前と同じように騎士団長ベルトランドと連携をとり、ヴァレンツァとサルンの防衛に務めてほしい。よって、お前をヴァレダ宮廷騎士団の副騎士団長に命ずる」
玉座の間をかこんでいた官吏たちから、ちいさなどよめきが走る。
シルヴィオとジルダも声をもらしていた。
「わたしとベルトランドからのたっての願いだ。引き受けてくれ」
「は。副騎士団長の任、よろこんでお受けいたします」
「ほんとうか!」
陛下が立ち上がり、左右から大きな歓声がわき起こった。
「副騎士団長グラート!」
「ドラゴンスレイヤーの副騎士団長がここに誕生したぞ!」
「最強の守り神がいれば、この国はずっと安泰だぁ!」
重い腰を上げる。
シルヴィオとジルダが子どものようによろこんでいた。
「グラートさん。おめでとうございます!」
「グラートがついに副騎士団長かよっ。すげぇなあ」
「ありがとう。だが、これで終わりではない。ここからが新しいスタートだっ」
ヴァールを倒しても、アルビオネの脅威はなくならない。
オドアケルの残党たちも、いずれ動き出すことであろう。
だが、すべて打ち滅ぼしてくれよう。
「俺に最強の斧があるかぎり、魔物たちの侵略はゆるさない。外道なる者たちの反逆もすべて鎮めてくれよう。ドラゴンスレイヤー・グラート、この命尽きるまでヴァレダ・アレシアを守ってみせる!」
高らかに宣言すると、宮殿はさらなる歓喜につつまれた。