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第268話 決着

「お前も、とてつもない力を隠しもっていたようだな」


 ヴァールが空へと逃れていた。


 新雪を全身に覆い、浮遊している姿はどこかよろけているように見えた。


「そうだ。この斧の真価は、この程度ではない」

「ほざけ。調子いいこと抜かしてんじゃねえ」

「俺が嘘をついているとでもいうのか? ならば、ためしてみるか?」


 青の斧をそっと後ろへ引く。


 ヴァールの表情がけわしくなっているように感じた。


「最強の男に最強の斧あり、か。その斧は危険だ」


 ヴァールが空の上へと飛翔していく。


 今度は何をするつもりだ。


 上空から急降下して一撃で俺をしとめる算段か?


 ヴァールの高速で飛ぶ音が聞こえてくる。


 あの巨体をものともせずに高速で移動できるのだ。


 あの男の底力は尋常ではない。


 前方からヴァールの気配が感じられる。


 空の一点にあらわれた彼の陰影がみるみる大きくなっていく。


 空から突撃をしかけてくるつもりかっ。


「とべっ!」


 急ぎ右へ逃れる。だが、一歩遅れた。


 高速で飛び抜けた彼の巨体が大気を押し飛ばし、竜巻を超える風圧を発生させていた。


 荒れ狂う突風に成すすべがなく、俺は吹き飛ばされてしまった。


 瓦礫と化した宮殿の門に頭を打ちつける。


 頭が重くなり、意識が途切れてしまいそうな感覚に陥った。


「しっかりしろ。ここで気絶したら、俺は殺される」


 青の斧を盾にして起き上がる。


 ヴァールが上空で大きく旋回し、俺にまた近づいてきた。


 このような攻撃をしかける敵が他にもいたな。


 左へ飛んで直撃をさけるが、彼の突進によって生まれる突風まで相殺することができない。


 また吹き飛ばされてしまったが、宙で態勢をととのえて近くの瓦礫に着地した。


 ストラの女王、ストロスか。


 彼女と戦ったときは、翼を斬って勝利したのだ。


「ヴァールに同じ攻撃が通用するか」


 ヴァールがまた高速で突進してくる。


 やつに近づくことすらできないのに、翼をもぐことなど不可能だ。


「どうした、グラート。手も足も出ないか」


 ヴァールが上空であざ笑っていた。


「このぐらいの攻撃で手をこまねくなど、お前らしくない」

「だまれっ」

「これで戦いが終わってしまうのは、もったいない。お前には、力のすべてを出し尽くしてもらわなければならん」


 ヴァールが急降下して地面に降り立つ。


 すさまじい地響きとともに鋭い攻撃をしかけてくる。


 それを青の斧でさばいて反撃する。


 彼の前肢を斬りつけたが、大きなダメージをあたえることができなかった。


「どうしたっ、もう終いか!」


 ヴァールも果敢に攻撃をしかけてくる。


 尻尾を使った攻撃に、炎と毒のブレス、地面をゆらすだけで戦局を変えてしまう。


 だが、このまま負けるわけにはいかない。


 ヴァールの弱点は冷気だ。


 青の斧でまた吹雪を発生させて、やつの動きを止めるのだっ。


「青の結晶よ。俺にまた力を貸してくれ!」


 祈るように斧へ手をあてる。


 斧が青い光を発する。


 発生した冷気によって空気が凍結され、白い霧が戦場をつつみはじめる。


「またあの攻撃をしかけるつもりかっ」


 ヴァールがめずらしく怯えていた。


「こんな霧など、炎でかき消してくれるわ!」


 紅蓮の炎が暴風のように放出された。


 炎をかわし、青の斧の力で吹雪を発生させる。


「ドラゴンのお前たちは冷たいものに弱い。極北の地で錬成された力をまたその身に受けよ!」


 空気中できらめいていた結晶が冬の嵐となってヴァールに襲いかかった。


「ぐおおおお!」


 彼はその巨体で冷気を受け止める。


 すべてを凍らせる冬の力の前では、ヴァールといえども苦戦は免れない。


 彼の動きが止まった。千載一遇のチャンスだ!


 青の斧を引っさげ、俺は正面からヴァールに突撃した。


「ふっとべ!」


 左足をふみ込んで、冷たい刃を真横へ斬り払った。



  * * *



 満天にのぼっていた陽が西へかたむいてからも、俺はヴァールと戦い続けていた。


 戦いがはじまってから一度も食事をとらず、ほとんど休まずに斧をふるっていた。


 傷ついた身体に疲労が重くのしかかる。


 斧は重く、足も前へ出なくなるほど身体の自由が利かなくなっていた。


「そろそろ、決着をつけようじゃねえか」


 地面に降り立っていたヴァールが大きな口を開けた。


 彼の黒い鱗も赤くよごれている。


「そうだな」

「このままずっと戦っていてえが、どんなものも終わらねえと締まらねえ。だらだらと長引かせるのはよくない」


 戦場の奥でたたずんでいるのは、アルビオネの軍団か。


 ヴァレンツァの市街からも別の軍団が近づいてきていた。


 アルビオネの別の軍か?


 この期に及んで、俺を大軍で取り囲むつもりか――。


「グラート!」


 この声はっ。


 ヴァールと対峙していることを忘れて、俺は後ろの軍へふり返ってしまった。


 彼らはヴァレンツァの正規軍か。


 多数の歩兵たちに囲まれて、栗毛の駿馬にまたがっているのはアダルジーザ。


 白馬にまたがるベルトランド殿の姿もある。


 皆、無事であったのか。


「ひ弱な人間どもめ。今さらあらわれて、俺に勝てると思っているのか」


 アルビオネの軍はヴァールに厳命されているのか、俺を大軍で取り囲んでこない。


 ヴァレンツァの正規軍は横に展開して、一斉に弓をかまえた。


「やめろ!」


 たとえ王命であったとしても、この戦いを邪魔することはゆるさない。


「グラートっ」

「この戦いは、あと少しで終わる。それまで、どうか待ってくれ」

「グラート、お前は何を考えている。悪しきヴァールを倒す千載一遇のチャンスなのだぞ。お前の一存で好機を逃したら、陛下になんと申し開きするつもりか!」


 ベルトランド殿と意見を異にしても、俺は俺の意思を曲げん。


「ヴァールは、アルビオネの軍を駐留させているにも関わらず、俺と一対一の戦いを選択したのだ。それなのに、俺がここであなた方の力に頼ったら、俺は武人としての誇りを失ってしまう」

「だ、だが……」

「どうか、俺のわがままを聞いてほしい。この戦いでまた、俺はこの男を超えたいのだ」


 ヴァレンツァの兵たちは、矢を放つべきか判断できずにいた。


 ベルトランド殿がうなだれて、退くように命令を下してくれた。


「これでお互い、邪魔者がいなくなったわけだな」

「邪魔者ではないが、この戦いに乱入する者はいない」

「どっちだって同じだ」


 ヴァールの巨体が黒い気につつまれる。


 またあの大技をしかけるつもりか!


「お前たち、早くヴァレンツァの外へ出るのだ!」


 ヴァレンツァの兵たちは状況を理解していないのか、不安げに声をあげるだけだ。


 それならば、ヴァールに技を放たせる前におさえ込むっ。


 青の斧を引っさげて突撃するが……足が前に進まない。


 やつの黒い力が俺の身体を押し出しているのか。


 なら、冷気を放って妨害するまで。


 青の斧を突き立てて逆氷柱を発生させる。


 冷気が地面を這うように進んでいくが、ヴァールの黒い力を打ち破ることができなかった。


 力を増幅させたヴァールが空へ向かった。


「今度こそ終いだ」


 ヴァールが宙の一点で止まり、咆哮した。


 青い空が突如として黒く染まる。


 黒い球体が空から降りそそぎ、ヴァレンツァの大地をまた深く傷つける。


「うわあっ!」

「にっ、にげろぉ!」


 兵たちの阿鼻叫喚が聞こえてくるが、彼らを守れる余裕などない。


 落ちてくる隕石のような物体を青の斧で斬りつける。


 直撃をさけることはできても、周辺で発生する爆破までさけることができない。


 腕が引きちぎられそうな力に左右から襲われ、また意識が途切れそうになった。


 だめだ、あきらめるな!


 ヴァールを倒すのだ。


 腕がちぎれようとも、最後まで斧をふり続けるのだっ。


 ヴァールが空から降りてくる。


 地面に降り立った、一瞬の隙に勝機がある。


 俺の力をこの一撃に込める。


 青の結晶がもつ冷気があれば、威力をさらに倍加させることができる。


 急速に冷凍された空気が青の斧を包み込む。


 吹雪で遠くから攻撃するのではだめだ。


 最強のひとふりで、決着をつける!


「いくぞ!」


 途切れそうな意識に喝を入れる。


 疲れた足を叱咤して、ヴァールの前で跳躍した。


「なにっ」


 空中で身体を旋回させて、斧の力をさらに高める。


 ふりおろし、冷気をまとった刃がヴァールの首筋に食い込んだ。


 このまま真下まで斬り伏せる!


 俺の潜在力をすべて解放し、斧をふりおろせっ。


 青の斧はヴァールのかたい鱗を裂いて、地面へと落ちていく。


 胸を裂き、腹も斬り裂いて地面に着地した。


 ヴァールを、倒したのか。


 目がかすむ。


 意識が朦朧もうろうとし、考えることが億劫になる。


 だめだ。耳も聞こえない。


 だれかが何かを話しているように思えたが、俺には判断できなかった。


 巨大な気配が消失するのを感じた。


 俺の意識もそこで途絶えてしまった。


長い戦いの読破お疲れ様でした。

ヴァールとの戦いが決着しましたので、あとはエンディングのみです。

3話ほどしかありませんので、もう少しだけお付き合いください。

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