第267話 人間とドラゴン、最強の戦い
「ぐおっ」
ヴァールが巨体をわずかによろけさせた。
ヴァールの頭をけって宙返りをする。そのまま地面に着地した。
「さすがだ、グラート。いい攻撃だ」
「この程度の攻撃で、いちいち褒める必要はなかろう」
「そうではない。疲労がたまった今の状態で、まだこれだけの攻撃がしかけられるんだ。それに、俺にためらわずに向かってくる姿勢も良い」
ブラックドラゴンの姿となったヴァールの表情はつかみにくい。
しかし、小気味よく笑っているように感じる。
「アルビオネの中でも、俺のこの姿を見て平然と挑んでくるやつはひとりもいない。だから退屈してたんだ」
「最強のお前に戦いをしかけられる者は、そういないであろう」
「そうだ。だから俺は、ここで思う存分あばれてえんだよ」
ヴァールが前肢をふりあげる。
ふりおろされた長いかぎ爪を青の斧で受け止める。
今までと比べものにならない力ではじき飛ばされそうになるが、右足に力を込めて耐えた。
「そうら、もっといくぞ」
ヴァールがまた前肢をふり上げてくる。
動きは決して早くないが、巨人よりも強い力でくり出される攻撃を直撃すれば、致命傷は免れない。
青の斧は強靭な防御力でヴァールの攻撃を受け止めてくれる。
並みの斧であれば、とっくにへし折れていたはずだ。
「くらえっ」
右足を踏み込み、斧を左から斬り上げる。
ヴァールの首の付け根を狙ったが、防がれてしまった。
「しねっ、グラートっ」
ヴァールが巨体をひるがえす。
塔のような黒いしっぽが右から襲いかかってくる……!
青の斧を盾にするが、防ぎ切れないっ。
「ぐっ!」
馬の突進よりもはげしい力で吹き飛ばされる。
何かの壁に左の肩を打ちつけて、一瞬、意識が遠くなった。
強い……っ。
亜人の状態でも他をよせつけない力を発揮していたが、それが過去の産物だと思えてしまうほど差がある。
ヴァールが翼をひろげて、俺の下へと近づいてくる。
空から急降下して俺を押しつぶすつもりか。
「戦況をのんびり考察しているヒマなどない……っ」
地面に落とした青の斧を拾い上げる。
移動し、急降下するヴァールの攻撃をかわしたが、衝撃によって転倒してしまった。
「どうした。もっと攻撃してこい!」
ヴァールが咆哮し、首をまっすぐ伸ばしてくる。
背後に飛んでヴァールの攻撃をかわす。
俺が踏みしめていた地面がぽっかりと開いた。
「言われなくてもっ」
青の斧で空を斬る。
冷たい刃が真空波を発生させ、ヴァールに襲いかかる。
「今さらそんな攻撃が利くかっ」
地面をけってヴァールに突撃する。
真空波と斧の多段攻撃だ!
「はっ!」
真空波がヴァールの前肢を斬る。
俺は懐に入り込んで彼の胸を斬り上げた。
「こしゃくなっ」
ヴァールが長い首をふりまわしてくる。
彼の重量のある頭が、俺の肩を殴打した。
また力まかせに吹き飛ばされたが、宙がえりして地面に着地した。
左の肩から激痛がはしる。
先ほどの攻撃で肩の骨か筋を痛めたか。
左腕を上げるのは難しいかもしれない。
「しねえ!」
ヴァールが口をひろげ、猛毒のブレスを放ってくる。
「そのブレスは利かぬ!」
青の斧で毒のブレスを防ぐ。
盾のお陰で直撃を受けることはないが、やはりブレスの勢いがすさまじい。
押し飛ばされないように全力でおさえているが、じりじりと後退させられた。
「俺のブレスを受けても立っていられるのは、グラート、お前だけだ。俺が見込んだだけのことはある」
「利かない攻撃を続けていても、消耗するのはお前だけだぞ」
「ほう。ならば、違う攻撃をしかけてやろう」
ヴァールがブレスを吐くのを止めた。
何をする気だ。
ヴァールが二本の前肢をふみしめて、空に向かって咆哮した。
彼の周囲の地面に、黒い渦のようなものが発生している。
いや、ヴァールの全身を黒いオーラのようなものが覆っていた。
「全身の魔力を集中させているのか」
今のヴァールは隙だらけだ。
ここで攻撃すればダメージをあたえられるか?
だが、彼の魔力がそうさせているのか、押し出す力が八方に向かって放たれている。
先ほどのブレスよりも力は弱いが、気を抜けば足をとられてしまいそうだ。
「むやみに動くのは、むしろ危険か」
とっておきの技を放つつもりなのであろう。
好敵手として、しっかりと見届けてやるのが最大の礼儀か。
「またせたな」
ヴァールは黒い気につつまれて、漆黒の身体を影のように黒くしていた。
彼が翼をひろげて空へと舞い上がる。
また、あそこから急降下して俺を踏みつぶすつもりか?
だが、ヴァールは空中をただよったまま、降りてこなかった。
全身をひろげて、まとっていた黒い気を放出した。
空から何かが落ちてくる……?
黒い隕石のようなものがそばで落下したぞっ。
「これがお前の奥の手か!」
黒い力の雨が怒涛の勢いで降りそそぐ。
それは地面にぶつかると爆発し、かたい地面に軽々と穴を開けてしまう。
黒い雨がヴァレンツァの街並みを破壊していく。
くずれていた家屋をさらに破壊し、煌びやかな宮殿も無関係に崩壊させていった。
「こんな攻撃を受けたら……くっ!」
俺のとなりに黒い力が落下する。
足もとで破裂し、その場にとどまることができなかった。
頭上に降り注いだそれを、青の斧でくだいた。
直撃は免れたが、破裂の衝撃が頭と肩を襲った。
額から鮮血がしたたり落ちる。
肩も打撲と火傷が同時に発症したような痛みを感じた。
「ざっと、こんなものだ」
ヴァールがゆっくりと降下する。
着地し、重圧で地面をゆらした。
「その気になれば、この一帯を焦土にすることもできる」
「そのようだな」
「お前には、ゾンフでこの技を使っていたはずだ。忘れたなどとは言わせんぞ」
強大な魔力を使った広範囲攻撃はヴァールの得意技だ。
この攻撃を連発されて、ゾンフ平原は生き物が住めない土地になってしまったのだ。
「この地をゾンフと同じような呪われた土地にさせるわけにはいかない」
「なら、どうするつもりだ」
「お前をこの場で倒す!」
あのときは強力な武器をもっていなかったから、ヴァールを倒すのにかなりの時間を要した。
だが、今の俺の手には最強の斧がにぎられている。
この斧がもつ力を最大限まで引き出せば、ヴァールを倒すことができるはずだ。
「青の斧よ。俺に強大な力をしめせ!」
青の斧を立てて、刃に左手をそえる。
斧から冷たい光が発せられて、周辺の空気を急速に冷やしはじめた。
「次は何をする気だっ」
ヴァールがめずらしくうろたえる。
巨体をゆらしながら後退し、地面をまた大きくふるわせた。
冷たい風が背後から吹きはじめる。
風はダイヤモンドのような細かい結晶を舞わせている。
霧が発生してさらに視界をうばう。
結晶を含んだ風は吹雪となってヴァールに襲いかかった。
「うおおおお!」
彼の悲鳴が霧の向こうから聞こえてくる。
彼の巨大な陰影がうごめき、吹雪を回避せんとさらに後退をはじめたようだ。
青の斧――いや、青の結晶は氷の支配者だ。
この場がたとえ熱帯であっても、軽々と凍結させてしまうほどの魔力を有しているのであろう。
――われに凍らせられないものはない。
青の結晶が俺に語りかけたのか。
――一刻も早くあの外敵を凍結させるのだ。
吹雪の勢いがさらに増していく。
重い柱や門ですら吹き飛ばしてしまいそうな強さであるはずだが、俺だけが吹雪の冷たい力を受けていない。
この斧に勝る武器はこの世界に存在しない。
柄をにぎりしめる右手に強い力が感じられた。