第265話 炎と冷気、相対する力
「かは……っ」
ヴァールが片膝をつき、黒い血のようなものを吐き出していた。
「ヴァール……?」
ヴァールは右手で頭をおさえている。
くるしそうにせき込み、隙だらけな姿を俺にさらしている。
「マドヴァで戦ったときも、お前は謎の頭痛にくるしんでいたな。あれがまだ治っていないのか?」
ゾンフ平原でかつて戦ったときは、原因不明の頭痛になどかかっていなかった。
「預言士の遺物で現世に降臨した反動なのか」
ヴァールは亡者の監獄を使い、ゾルデの身体に憑依するかたちで復活している。
他者の身体が彼の魂と適合しないのか。
それとも預言士の遺物が副作用をもたらしているのか。
「グラートっ。なぜ、攻撃……してこねえ」
ヴァールが吐血しながら、言葉をのどから引っ張り出していた。
「絶好の、タイミングだろうがっ。戦いを、なめてやがんのか」
「頭痛でくるしんでいる者を無慈悲に攻撃できるわけがなかろう! たとえ敵といえども、くるしんでいる者に手を下すことなどできん」
「へっ。うそついてるんじゃねえよ」
ヴァールが血でよごした顔を上げた。
「マドヴァで戦ったとき、てめえはここぞとばかりに殴りかかってきただろうが。なんで、あれをまたやらねえんだって言ってるんだ」
「あのときは、斧がこわれ、どうすることもできない状況であったからだ。アルビオネの者たちに囲まれ、死を目前にしていたから、背に腹は代えられなかったのだ」
「けっ。じゃあ、今は余裕があるっつうことかよ!」
ヴァールがまた闇の斧を召喚する。
二本の巨大な斧をもって接近してきた。
「おらっ!」
巨大な斧の攻撃を青の斧で受け止める。
「屈辱だぜ。てめえをぶっ殺そうと、力を見せつけてやってるっつうのに、余裕しゃくしゃくだったとはよっ」
「そんなことを言っている場合かっ。お前はずっと頭痛にくるしみながら、ここまで戦ってきたのだろう」
「そんなことはどうだっていい!」
ヴァールの渾身の一撃によってはじき飛ばされる。
急襲するヴァールの攻撃をよけて、宮殿の外まで逃れる。
ヴァールは強烈な一撃によって宮殿の門を破壊していた。
「俺はな、もっと暴れたいんだよ! 俺のすべての力を出し切ってな」
「ばかな! せっかくこの地へ降り立ったというのに、なぜ生き急ぐかっ。強引な侵攻などやめて、マドヴァで養生すればよかろう」
「養生だとっ。ふざけんじゃねえ!」
ヴァールがまた二本の斧をたたきつけてきた。
青の斧で盾を発生させていたが、ヴァールの力を相殺できないっ。
「何もしねえで、毎日を無駄にすごして、何がおもしれえんだ! それこそ、生き返った意味がねえじゃねえかっ」
「俺と戦うのは、お前の体調が万全になってからでもよいだろうっ。それなのに、どうしてわずかな時すら待てないのだ」
「けっ。俺はもともと、長生きなんてする気がねえ。戦士っつうのは、どんなに強くても、いつ戦場で命を落とすかわからねえやつらだろうが。
それなのに、呑気に養生してるやつがいるかっ。てめえの命を惜しむやつは、戦士でもなんでもねえ!」
この男は、異常だ。
戦いへの執着を超えている。
戦いというものに憑りつかれてしまったのだ。
つまらない世界に失望し、渇いてしまった心をうるおすためだけに、死や危険すら冒して戦い続けようとする、戦士の成れの果てなのだ。
「だからよ、グラート。俺を失望させるなよ」
ヴァールが二本の斧を押しつけてくる。
俺も両手で青の斧をもち、ヴァールを押し返そうと試みているが、ヴァールの力に打ち勝つことができないっ。
「おらぁ!」
ヴァールの怪力が俺を押し飛ばす。
状態をくずした俺に、ヴァールが斧を容赦なくたたきつけてくる。
すばやく身体を起こして、青の斧でヴァールの斧を受け止めた。
「どうした、グラート。さっきの余裕は、どこに行った」
「ヴァールよ、お前は強い。俺が死力を尽くしても勝てないほどに」
「なら、マドヴァのときみたいに俺に反撃してみろ!」
左に逃げて、ヴァールの力を右へと流す。
すかさず攻撃をしかけてくるヴァールに、青の斧をふりおろした。
俺とヴァールの間で斧が交差する。
「お前の気持ちは、よくわかった。ならば、もはや止めはしない」
「へっ、そうだ。それでいい」
「俺は武人として、お前を倒す。お前の調子が悪かろうとも、容赦はしない」
身体を引き、すばやく後退する。
青の斧の力を解放する!
「はっ!」
地面をくだいた青の斧が、俺の意思に反応するように光り出す。
ヴァレンツァのかたい石だたみを瞬時に凍らせて、高い逆氷柱が地面から出現した。
逆氷柱が次々とあらわれ、ヴァールに襲いかかる。
「うおっ、なんだこれは!」
ヴァールがすかさず左に逃げたが……その動きは読んでいるぞっ。
「くらえっ」
青の斧がもつ極北の力を解き放つ。
冷たい力が発生し、青い刃を包み込む。
美しい光を放つ力は、ひとふりでヴァールの下へと飛んでいった。
「ぐっ」
ヴァールは人並み外れた反射神経で回避したが、冷たい力をよけ切ることはできなかった。
冷たい力が彼の左腕をからめとり、闇の斧を消失させた。
「ぐっ、腕が……っ」
ヴァールが左腕をおさえながら苦しんでいる。
彼の左腕は凍りつき、自由が利かなくなっていた。
「これが、俺が得た新しい力だ。この斧は、遠い北の地の風雪によってきたえられたものだ。この斧には極北の力が宿っているのだ」
「極北の、力だとっ」
「アルビオネのはるか北にそびえるエルブス山に、究極の武器をつくる素材があるのだ。お前を倒すために、俺はエルブス山まで行ってきたのだ」
ヴァールは冷気にくるしみながら、笑っていた。
「お前も俺のために、わざわざ苦労してきたっつうことか」
「そうだ。並の武器では、お前に勝てない。だから多くの協力者を得て、俺はこの究極の斧を製作したのだ。これでも、お前は俺が本気ではないと疑うのか?」
俺はこの戦いに向けて万全を期している。
お前を倒すために、知恵も勇気も使い果たしたのだ。
「わかったぜ。みとめてやらぁ」
「やっと理解してくれたようだな」
「けっ。てめえがわかりにくいから悪いんだろうが。心配させやがって」
ヴァールが凍る左腕に力を込めはじめる。
手の平から炎が出現し、ヘビのように腕にまとわりつく。
地獄の炎が冷気をかき消して、硬直していた左腕を復活させた。
「炎と冷気か。ちょうどいい組み合わせだぜ」
「どちらが上か、勝負だ!」
左足をふみ込み、青の斧を地面にたたきつける。
「はっ!」
逆氷柱がまた発生してヴァールにまっすぐ向かっていく。
「そんなもんは二度と利かねえ!」
ヴァールは俺の攻撃をよけない。
炎を右腕にもまとわせて、
「うらあ!」
炎のこぶしをそのまま突き出した。
強烈な一撃と炎がかたい逆氷柱を粉砕する。
くだけた氷は水蒸気となって霧散し、視界を白くさえぎった。
ヴァールはまっすぐに突進してくる。
「しねや!」
予想した通りに彼の炎のこぶしが襲いかかってきた。
青の斧を横にかまえて彼のこぶしを受け止める。
ヴァールは目にも止まらぬ連続攻撃をくり出してくるが、俺は後退しながら彼のこぶしを受け止めた。
「おらっ、どうした!? また攻撃が止まってんぞ」
「そんなこと、お前に言われるまでもないっ」
すばやく後退し、青の斧を後ろに引いた。
俺の身体に秘められた力をこの一撃に込めるぞ!
「させねえぞ!」
ヴァールも俺に攻撃させまいと妨害してくるが、距離をたもって冷静に対処するのだっ。
「ふっとべ!」
目を見開き、ヴァールに一歩をふみ出して、青の斧を全力で斬り払った。
青い刃は彼の腹を正確にとらえた。
「が……っ」
重たい刃が斬撃の勢いを倍加させ、ヴァールを宮殿の外門まで吹き飛ばした。
外門は枯れ木のように粉砕され、塵煙がはげしく宙を舞った。