第263話 認め合うふたり
「どいつもこいつもつまんねえが、ひとつだけ、生き返って僥倖があったぜ」
ヴァールが右手を上げる。
炎がどこからともなくあらわれて、彼の腕にまきつく。
「僥倖だと」
「そうだ。グラート、てめえはやっぱりつええっつうことだ!」
ヴァールが急速に距離をつめてきた。
「うらぁ!」
炎の拳をためらわずに突き出してくる。
「闇の斧の次は炎かっ」
青の斧で受け止めつつ後退する。
ヴァールはかたい青の斧にためらわず殴りつけてくる。
「てめえは間違いなく最強の人間だぜ。力の強さ、意志の高さ、底なしの体力、どれをとっても他のザコとは違うからな」
「褒めてもらえて光栄だが、俺は大した存在ではない」
「無駄に謙遜してんじゃねえよ。そんなお前にやられた俺は、他のザコどもといっしょだったと言いてえのか?」
ヴァールが拳を突き出すたびに、火の粉が俺の頬や腕を焼く。
灼熱の炎は触れただけで針のような刺激をあたえてくる。
「そういうことではない。お前は、俺を過大評価しているだけだ」
ヴァールが俺からはなれて、げらげらと笑った。
「見えすいたうそをついてんじゃねえよ。グラートよ、お前だって本当はわかってるんだろ? 他のザコどもが弱すぎて、話にならねえって」
「そんなことを考えるわけがなかろう! バカも休み休み言え!」
「バカじゃねえさ。お前の顔にも書いてあるぞ。ザコばっかりで退屈してるってな」
そんなことはないっ。
ヴァールが身をひるがえらせて、強烈な蹴りをくり出してくる。
その攻撃を冷静にかわして青の斧で反撃する。
ヴァールも俺の攻撃をかわして後退した。
「なんでも、お前は古代人の末裔なんだってな」
古代人? 預言士のことを言っているのか。
「アルビオネに来た人間から聞いたぞ。その古代人っていうのが、とてつもない力を秘めてる一族だったんだろ?」
「お前がなぜ預言士のことを知っている。お前に言ったおぼえは――」
ヒルデブランドがヴァールに伝えたのか!
「そんなやつの血を受け継いでるんだったら、お前がただの人間じゃねえのもうなずけるぜ」
「ヒルデブランドがアルビオネにいるのであれば、俺の正体を聞かされていても不思議ではないか」
青の斧の石突を床に突き刺す。
「人間は内に強大な力を秘めているのだという。人間たちはお前たちより貧弱なように感じられるが、それは誤りだ。彼らが普段つかっている力は、全体のほんの一部でしかないのだ」
ヴァールがめずらしく耳をかたむけている。
「ほう、そうなのか?」
「そうだ。ヒルデブランドからも、そのように伝えられているはずだ」
「くく。こまけえことは知らねえさ」
「この潜在力を自在にあつかえるのが、古代人である預言士だ。預言士たちはこの絶大な力をつかって高度な文明を起こし、大陸を切り拓いていったのだ」
シモン殿から教わったことを心の中で反芻する。
「預言士たちが栄えていたのは、ヴァレダ・アレシアが建国されるはるかむかしだ。俺はきっと、預言士たちが有していた力の一部しか受け継いでいないであろう。
だが、この力がお前たちドラゴンを圧倒しているのは事実だ。お前の言う通り、己の強大な力を認めるしかあるまい」
俺が幼い頃から使っていたこの力は、人間ではあつかえないものだ。
俺は普通の人間とは違うのかもしれない。だが、俺は人間たちとともに戦うぞ!
「やっぱり、普通じゃねえと思っていやがったんだな」
ヴァールは子どものように笑っている。
「認めるとか、認めねえとか、そんなもんはどうでもいい。もっと言っちまえば、てめえが古代人の末裔なんていうのも、心底どうでもいい。俺らに必要なのは、強いやつと戦いてえっていう気持ちだけだろうが!」
ヴァールが炎の拳を突き出してくる。
青の斧でひとつずつ受け止めるが……武器で防ぐのが面倒に感じてきた。
「おら!」
ヴァールが渾身の力でくり出した突きを左手で受け止めた。
「なにっ」
「ヴァールよ、お前の言う通りだ。俺が預言士の末裔だとか、お前がドラゴンの王であるとか、そのような事実はどうでもよいことだ。俺も力を尽くして、お前を倒すのみだ」
灼熱の炎が俺の手のひらを焼く。
千本の針で刺されているような痛みが走り、焦げたにおいも感じるが、それらすらどうでもいいと思えてしまう。
「ヴァールよ、全力を出せ。手加減して俺に勝てると思っているのか!」
左手に潜在力を集める。
「くっ!」
ヴァールの右拳を割ろうとしたが、手を引っ込められてしまった。
「ついに本気になったっつうわけか。それなら――」
口を開いている今が隙だらけだ!
「はっ!」
左手で斧の柄をつかみ、青い刃を豪快にすくい上げる。
高速な斬撃でヴァールの胸を斬ったと思ったが、攻撃はかわされてしまった。
「はっはっは! それだっ」
続けて斬撃をあびせる。
ヴァ―ルがまた闇の斧を召喚し、俺の攻撃を受け止める。
「もっと力を出せっ。俺に怒り、攻撃をしかけてこい。でなければ、お前を待った意味がねえ!」
ヴァールが俺からはなれ、左手に炎を召喚する。
炎を飛ばすつもりか!?
青の斧を盾にするが、ヴァールは炎を飛ばしてこない。
ヴァールが斧を炙るように炎を近づけて、斧に炎を宿らせた。
「そうら、行くぞ!」
ヴァールが突撃してくる。
闇の斧をふりかぶり、目にも止まらぬ速さで斬りつけてきた。
青の斧を立てて受け止める。
ぶつかった瞬間、閃光がひろがるのと同時に爆発的な衝撃が生まれて、俺は弾き飛ばされてしまった。
背後の壁に背中を打ちつける。
「はっはっは!」
ヴァールがさらに攻撃をしかけてくる……!
顔を上げた先に、炎の斧をふり上げる悪鬼のような男がいた。
「しねぇ!」
あの攻撃を受け止めるのは危険だっ。
「くっ!」
右に転がり込むようにして攻撃をよける。
ヴァールの斧が宮殿の壁を斬りつける。
いや、斬りつけているのではない。破壊しているのかっ。
ヴァールの強烈な一撃で宮殿の壁が吹き飛び、爆破のような衝撃によってまた飛ばされてしまう。
この男の力は底なしかっ。
ドラゴンは元々、人間と比べものにならない膂力を有している。
ドラゴンたちが本気になれば、建造物のひとつくらい、簡単に破壊してしまうだろう。
だが、ヴァールは並のドラゴンなど比較にならない破壊力で、どのような敵も粉砕してしまう。
この男がもつ破壊力は、預言士たちの力を凌駕するか。
「さあ、熱くなってきたぜ。俺様の力は、こんなもんじゃねえぜ!」
玉座の間は戦いにくい。
部屋を出て、長い回廊でヴァールの斧を受け止める。
「せっかく生き返ったんだ。俺をもっと暴れさせろ!」
「ここは陛下が暮らす大切な場所だ。ここで暴れられたら困るのだっ」
「そんなもん知るか!」
ヴァールが斧を押し出してくる。
のけ反った俺に、ヴァールがすばやく斧を斬り落としてくる。
無理な態勢だが両足に力を込めて、ヴァールの攻撃をかろうじてかわす。
瞬時に後退して態勢をととのえ、下げた青の斧を斬り上げた。
「くっ」
ヴァールが闇の斧をすぐにかまえ、俺の攻撃を受け止めたが――その防御を打ち破ってやるっ。
轟音を発する青の斧がヴァールの斧にぶつかり、彼の強固な防御をはじいた。
ここでヴァールを倒す!
斬り上げた刃を上空で回転させる。
下に向けた青い刃をふりおろして、ヴァールを斬った。