第261話 ヴァールとの再会
アルビオネの者たちが用意した馬車に乗り、ヴァレンツァへと向かう。
馬車と言っても、ヴァレンツァの騎士が愛用する優雅な馬車ではない。
武器や食料などを運搬するために使う、荷馬車のようなものだ。
雨や日差しをよける幌などは取り付けられていないし、悪路を走ると揺れもはげしい。
「この馬車、めちゃくちゃ揺れるな」
ウバルドが荷台の側面に身体を固定させている。
「しっかりつかまっていないと、ふり落とされるな」
俺は荷台の後ろにもたれかかっている。
馬車をかこむ魔物たちから、殺気が絶えず放たれている。
居心地は決してよくはないが、槍で突かれてもすぐに反撃できる自信はある。
「まっさか、アルビオネのやつらに護送される日が来るなんてな」
ルーベンもアルビオネの者たちから攻撃されることを覚悟したのか、荷台の側面にヒジを乗せていた。
「お前ら、よく悠長にかまえていられるな」
「心配するなって。こっちにはグラートがついてるんだから。俺らには指一本ふれられないんだろ?」
「そんなの、にわかに信じられないだろうがっ。お前らを見てると、今までよく生きてこれたなと不思議に思うぜ」
ウバルドが舌打ちする。
友人のそんな姿を、普段のルーベンなら笑って受け流すが、今日は笑っていないようであった。
「俺だって、こんなとこにいたくねえよ。だけど、しょうがねえだろ。こういう状況になっちまったんだから」
「やっぱり、こんな怪しい提案に乗らないで、あそこで抵抗してればよかったんだ。そうすれば、ヴァールがそのうちこっちにやってきたんだからよ」
ウバルドは、なかなかおもしろいことを言う。
「ウバルドの言う通りだな。考えもしなかった」
「だからお前はその呑気な性格をなおせぇ!」
ウバルドの悲鳴のような声に、荷台を引いている騎獣が反応してしまった。
「うわっと!」
荷台がはげしく上下する。
揺さぶられるが、ふんばって荷台が動かないように制御するしかなかった。
暴れていた騎獣は、アルビオネの兵たちがしずめてくれた。
「おいっ、お前、変な声を上げるな!」
先の細い曲刀をウバルドに向けられたが、
「やめろ。どのような理由であろうとも、俺の仲間に手を出すことはゆるさん」
俺がにらみつけたら、アルビオネの兵は仕方なく刀を下げた。
「貴様らなんか、さっさとヴァール様に殺されてしまえ!」
ほどなくして、俺たちを乗せた馬車がまた前に進みはじめた。
* * *
クレモナの関所を越えて、彼方までひろがる地平線の向こうにヴァレンツァがあらわれた。
「ついに、ヴァレンツァに戻ってこれたか」
青の斧をつくるときに戻ってきているはずなのに、みょうな懐かしさを感じてしまう。
いろいろな思いが錯綜する。
陛下や民を案ずる気持ちと、アルビオネに対する怒り。
ヴァールと戦いたいと思う裏で、彼を恐怖する自分もいて、今の気持ちをひと言で言いあらわせられない。
俺がヴァールに負けることはない。
マドヴァで戦ったときとは違う。
彼に対抗できる最強の斧を用意し、万全な状態で戦いに臨んでいるのだ。
「この辺も、めちゃくちゃ荒れてるな」
ウバルドの声にはっとする。
荷馬車が歩いている悪路は、宮廷によって整備されていた街道だ。
地面は穴ぼこだらけで、折れた剣や槍が転がっている。
「かなり凄惨な戦いだったんだな」
ここで倒れた者も、そのまま放置されている。
どこからやってきたのか、カラスたちがそこかしこで群れを成していた。
「アルビオネに攻められたというのは、本当だったのだな」
「そうだな……」
戦場の荒れ方は、ゾルデがかつてヴァレンツァを襲ったときの比ではない。
ヴァールがいれば、アルビオネの兵たちも活気づく。
戦いや勝利に対する思いの強さが、戦争の被害をより深刻化させてしまうのか。
ヴァレンツァの北門が近づいてくる。
「うおっ、これは……」
「ひでぇ……」
ルーベンとウバルドがともに絶句する。
頑強な城門は、元のかたちがわからないほど崩壊していた。
鋼鉄のぶあつい扉はどこにも見あたらない。
城門の回廊もくずれて、黒いレンガの山と化している。
「これ、ぜんぶヴァールがやったのか」
「そうかもしれん。あの男なら、城門くらい軽々と破壊してしまうであろう」
やつの凶悪さを、あらためて見せつけられたな。
「くく。今さら、引き返すことなんかできねえからな」
アルビオネの兵たちがあざ笑っている。
自分たちが負けるはずがないと思っているのか。
「引き返す気などない。俺はヴァールと戦いたくて、うずうずしているのだ」
「へっ。その余裕がいつまでもつかな」
市街もかなり荒らされていた。
建物はほとんどが元のかたちを留めておらず、瓦礫が散らばっている。
倒れた兵たちの姿が痛ましい。
アルビオネの魔物たちとかさなるように倒れる者もいて、戦争後の凄惨な姿に心が痛んだ。
「すげえ、においがするな」
「うげっ」
死体を早く処理しないと、ここに人が住めなくなるぞ。
「ヴァールは何を考えている。ヴァレンツァを占拠したのに、ここを管理する気がないのか」
女の亜人がとなりにきて、うすく笑った。
「ヴァール様はあなた様との決戦を何よりも優先しておられます。占拠した土地の管理など、後まわしでよいのです」
「バカな! お前たちは領土がほしくて、ヴァールをわざわざ復活させたのであろう。それなのに、ヴァールのわがままを優先するとは、正気とは思えん」
「ヴァール様とあなた様が戦えば、この一帯はすべて焦土と化します。それなのに土地の整備などをして、なんの意味があります? ヴァール様の強さをいまひとつ理解しておられない、あなた様の方が異常です」
ヴァールの強さは、だれよりも理解しているつもりであるが。
「あなたに言われなくとも、われわれはこの奪った土地を思いのままに支配していきます。その様子をあなたに見せられないのが、非常に残念です」
アルビオネの兵たちににらまれても、俺たちを乗せた馬車は車輪をまわしている。
破壊された大通りの終端に、ヴァレンツァの宮殿がたたずんでいた。
宮殿は意外と破壊されていない。
壊されている部分はそこかしこに見あたるが、美しい景観はかろうじて保っている。
「あれが、宮殿かよ」
「そうだ。ここに来るのは、いつ以来かっ」
ルーベンとウバルドの顔に、赤みがわずかに戻った。
「思ってたより破壊されてねえけど、アルビオネの連中がすげえいるな」
「王宮まで、アルビオネに占領されちまったんだな……」
陛下はぶじなのか。
ジェズアルド殿や官吏たちは。ベルトランド殿や騎士たちの姿が見えないのも気がかりだ。
「着いたぞ。降りろ」
馬車から降りて、アルビオネの兵たちに囲まれながら宮殿の門をくぐる。
アルビオネの者たちは宮殿の中で酒盛りをしていたのか、鏡のような床が黒い液体でよごれていた。
沸々と煮えたぎる感情が、腹の奥底を刺激しはじめる。
玉座へとのびる赤いじゅうたんも食べかすでよごされ、見るに堪えない姿と化していた。
この者たちは、絶対にゆるさん。
階段を上がり、黄金の間の奥で鎮座していた男が、
「よお。やっと会えたな」
ヴァールだ。
玉座に太々しく足を乗せ、右手にもった大きな肉にかぶりついていた。
「ここに来れば、お前とまた戦えると思ってたのによ。つまんねえ野郎が、つまんねえことを企んでたせいで、お前を全然ちがう場所に誘導させてたようで悪かったな」
参謀オリアレスがしくんだ、一連の策謀のことを言っているのか。
「俺はよ、グラート。お前をぶっ潰してから、人間の国を支配すると決めてるんだ。それなのに、つまんねえ野郎に邪魔されたせいで、お前と戦えなかったなんて腹立たしくて、今かんがえただけでもいらいらするぜ」
「お前のつまらないこだわりなど、どうでもいい。即刻、玉座から降りろ。その玉座はヴァレダ・アレシアの歴代の国王が大事に使用されてきたもの。お前のようなケダモノが、きたない足を乗せていい場所ではない!」
俺はこの男に敬意を払ってきたが、それはもう終わりだ。
ヴァールが俺を見下ろし、声高らかに笑った。
「グラートよ。お前、俺が死んでる間に、すっかりつまんねえ野郎になっちまったな。前に俺を倒したときは、そんなつまんねえことを言う野郎じゃなかったぜ」
「以前は、それほど大きなものを背負っていなかったからだ。今はちがう。俺はヴァレダ・アレシアを守る騎士。その玉座と、ヴァレンツァの民たちを守るために、お前をこの場から追い出すのだ」
ヴァールがうすら笑いを止める。
目をほそめて、俺をしばらく凝視した末に、手にしている肉を後ろへ放り投げた。
「つまんねえ。お前も、他のやつらと同じか。国だの、民だの、おのれの覇権だのと吼えるザコどもといっしょだ!」
ヴァールが右手で肘掛けをたたいた。
黄金の肘掛けは枯れ木のように、一撃でこなごなになってしまった。
「グラート。俺は失望したぜ。唯一、俺を倒した戦友のお前だったら、俺の気持ちを理解してくれると思ってたのによ」
ヴァールがのっそりと立ち上がった。
玉座の左右にいる彼の近習たちが、足音を立てずに引き下がる。
「てめえをさっさとぶっ殺して、てめえらの国ともども滅ぼしてやるよ!」
はげしく怒るヴァールが高速で距離をつめてきた。