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第260話 危険すぎる敵の提案

 オリアレスは策略で俺をヴァレンツァから遠ざけて、ヴァールが俺と直接対決をしないように仕向けた。


 ヴァレンツァを確実に落とすために、ヴァールが俺に倒される危険性を排除したのだ。


 何も知らされていないヴァールはカタリアから侵攻を開始し、数日でヴァレンツァまで陥落してしまったようであった。


「ヴァレンツァが、陥落って……」

「うそだろ……」


 オリアレスから語られた戦局の報告は、到底受け入れられるものではなかった。


「ヴァール様は、おそろしい早さでヴァレンツァまで陥落させました。一日でカタリアを落とし、二日目でヴァレンツァまで軍を進め、三日目の夕方には人間たちをヴァレンツァから撤退させたのです」


 そんなはずはない!


「そんなこと、できるわけねえだろ! あのヒルデさまだって、ヴァレンツァの正規軍には勝てなかったんだぞっ」

「はて、それは存じ上げませんが、ヴァール様が人間たちを倒したのは事実です。わたしたちとともにヴァレンツァまで来ていただければ、わたしの言葉が間違っていないとご理解いただけるでしょうが」


 ルーベンから強く反論されても、オリアレスは顔色ひとつ変えない。


「お前の言葉は、にわかには信じられんな。だって、そうであろう? おのれの目的を達成させるために、俺たちを罠にはめたのだから」

「はあ。あなた様からそう言われれば、わたしは何も言い返すことができません。しかし、わたしは命懸けであなた様をヴァール様の下へとつれてくるようにと、きつく言いつけられているのです」


 三頭の飛竜が軍から出現する。


 するどい声を発して、オリアレスを見張っているように見えた。


「お前がヴァールから命をねらわれている? どういうことだ。意味がわからないぞ」

「ひとつずつ、順を追って説明していきます。ヴァール様は、グラート様と戦われることを非常に楽しみにしておられました。しかし、ヴァレンツァまで侵攻して、あなた様がおられないことにすぐ気づかれました。そして、わたしが悪知恵をはたらかせていると看破されたのです」


 それで、この男を殺そうとしたのか。ヴァールらしい。


「わたしはこたびの侵攻を成功させるために、最大の障害となられるグラート様をなんとしても戦場から遠ざけなければならなかったのです。そのため、人間の国にあえて情報を流し、グラート様がマメルティウスに行くように仕向けたのです」


 あえて情報を流した、か。


「お前が流した情報を、ディベラ……いや、ヴァレダ・アレシアの諜報員たちがつかんでしまったということだな」

「はい。マドヴァの周辺に敵の間諜がまぎれていたことは知っていました。罠にかけられる自信はありませんでしたが、人間たちは意外にもあっさりとかかりました」


 ヴァレダ・アレシアの諜報員たちは、敵が意図的に情報を流していたことに気づけなかったのか。


 だが、彼女たちを責めることはできない。


 マメルティウスの監獄に向かったおかげで、俺はシルヴィオとジルダを救出することができたのだ。


「グラート様がおられないヴァレダ・アレシアは、脆弱でした。ヴァール様がひと暴れしただけで人間たちは恐れおののき、戦場から脱走する者たちが後を絶ちませんでした。

 半日もせずに決着はつき、宮廷の者たちもまっさきにヴァレンツァから脱出しました。ヴァール様がヴァレンツァの宮殿に入られて、こたびの侵攻はあっさりと幕を閉じたのです」


 陛下やベルトランド殿はぶじなのか。


 しかし、精強なヴァレンツァの正規軍がたった一日で敗れたなどと、とても信じられない。


 淡々とはなすオリアレスは、うれしそうな表情をまったく見せない。


 本当に命をねらわれているのか、くちびるがふるえているようにも見えた。


「ヴァール様は、人間たちを倒す宿願を果たされたというのに、激怒なされたのです。グラート様と戦えなかったこと。グラート様を倒し、最強の証を手に入れることができなかったこと。そして、何より卑劣な罠を主の知らぬ間に仕掛けて、ヴァール様の真の宿願を果たさせなかったわたしの愚かな行為と考えに対して、あの方は激怒なさっていたのです。

 即刻、あなた様をつれてこなければ、俺はお前を殺すと、ヴァール様は言われました。ですから、わたしは小勢を率いて、ここまで参ったのです。どうか、ヴァール様の命に従ってください。でなければ、わたしはあの方に殺されてしまいます」


 信じられない話ばかりを立て続けに話されて、頭がついていかなかった。


 ヴァールは、ヴァレダ・アレシアに勝ったのに、俺と戦うことにこだわっているというのか?


 ばかなと思う一方で、みょうな納得感がある。


 あの戦闘狂ならば、考えそうなことだ。


 俺をつれてこなければ殺すという、暴君のごとき立ち振る舞いも、あの男らしい。


「どうするんだ、グラート」


 ルーベンとウバルドも困惑しているか。


「こんなやつの言葉、信じられねえぜ。こんなの罠に決まってるじゃんか」

「ルーベンの言う通りだぜ。ヴァレンツァだって、まだ負けてると決まったわけじゃないんだ。うそを並び立ててお前をまた誘導し、こいつらが有利になるように仕向けてるんだよ。俺らは騙されないぞ!」


 ふたりの強い言葉がたのもしい。


「うそではありません! あのお方の意に反すれば、わたしはここで処刑されてしまうのですっ」

「そんなの知るかっ。お前は作戦参謀なんだろ。参謀なんつうのは、うそをついて兵を効率よく進めるのが役割だろうが」

「ウバルの言う通りだぜっ。てめえの言葉なんか信用できるか。信じてほしいんだったら、ここで処刑されてみろ!」


 痛烈な言葉が投げられるが、俺の意思もふたりと同じであった。


「どうしても、わたしの言うことを信じてくださいませんか」


 オリアレスが絶望的な顔を俺に向けていた。


「信じられないな。俺たちは一度、お前がしかけた罠にはまっている。お人よしと蔑まれる俺でも、さすがに情けをかける気にはならない」


 敵とはいえ慈悲をかけてやりたいが、それでもこの男を迂闊に信じることはできなかった。


 オリアレスが「ああ」と言葉をもらして空を見上げた。


「ならば、わたしの命運はここで尽きるのみ!」


 彼が絶叫してすぐ、紅蓮の炎が三方から放たれた。


「グラート!」

「はなれろっ」


 突然の奇襲に、後退が少し遅れてしまった。


 だが、炎に呑まれたのはオリアレスひとりであった。


 炎を吐いたのは、三頭のドラゴンたち。


 ヴァールの命令は、本当であったのか。


「そんな……」

「ひでえ……」


 巨大な火柱が立ちのぼり、オリアレスの叫喚が聞こえる。


 彼の懇願のような提案が、見えすいた策略でないことが明らかとなった。


 火柱を避けるように、ひとりの女が俺の前にあらわれた。


「ヴァール様の命に従い、反逆者をここで始末しました。これでも、わたしたちについてきてくださらないおつもりでしょうか」


 この女もきっとドラゴンの亜人であろう。


 オリアレスは上官であったはずなのに、彼の絶叫を聞いても顔色ひとつ変えないとは……。


「わかった。お前たちに従おう」

「なんだって!?」


 ルーベンとウバルドが声を上げた。


「マジかよっ。危険すぎるだろ」

「そうだぜ。ひとりで敵のど真ん中に行くなんて無謀すぎるぞ!」


 無謀なのは百も承知だ。


「わかっている。しかし、この炎を見てヴァールとアルビオネがうそをついていないと確信した。ならば、武人としてこの者たちの意思に従おうと思う」

「わけのわからん老人を殺しただけで、簡単に信じるバカがいるかっ。考え直せ!」

「いや。この者たちはうそをついていない。俺ひとりでも行くぞ」


 ヴァールとの決着をつけるのだ。


「いずれにしても、俺はヴァールと戦うことになるのだ。この者たちの提案に乗ろうが、そうでなかろうが、結末は同じだ」

「同じなわけないだろ! 大軍に囲まれたら一巻の終わりなんだぞっ。冷静になれよ!」

「そっ、そうだぜ、グラート。こんなやばい橋、無理してわたる必要ねえぜ」


 ふたりの同意は得られないか。


 俺は一歩をふみ出して、亜人の女の前に立った。


「よろしいのですか? あなたのお仲間は猛反対されているようですが」

「かまわない。俺ひとりで行く。たとえ、お前たちに囲まれても、全滅させる自信はある」


 アルビオネの者たちが、ざわついた。


 亜人の女の顔色も変わった。


「俺もヴァールと同類でな。本来、まわりくどい作戦を立てるのが嫌いなのだ。個人で真正面からぶつかり、力のすべてを出し尽くして勝った者の意思に従うとした方が、簡単でよいのだ」

「正気とは思えませんね。あなたひとりで、わたしたち全員に勝てるとお思いですか」

「勝てるな。なら、ここでためしてみるか?」


 青の斧をそっとかまえる。


 アルビオネの者たちは怒りを向けてくるが、だれひとりとして前に出てこない。


 亜人の女も不快感をあらわにしていたが、深いため息をついて怒りをまぎらわせているようであった。


「ヴァール様があなた様を認める気持ちが、よくわかりました。ヴァール様の命に従い、わたしたちは指一本たりとも、あなた様には触れません」

「そうしてもらえると助かる。後ろのふたりは、俺の仲間だ。彼らにも危害をくわえないと約束しろ。でなければ、ここでお前たちを殲滅する」

「わかりました。いいでしょう」


 亜人の女が苦々しい表情で引き下がった。


 ルーベンとウバルドの顔から大量の汗が噴き出していた。


「すまない。勝手に決めてしまった」

「お、お前……」

「俺の決定が気に食わないのであれば、今のうちに遠くへ逃げるのだ。お前たちが安全な場所に逃げられるまで、時間はかせぐ」


 このアルビオネの小勢をけちらせば、ある程度の時間は稼げるだろう。


「まったく、しょうがねえな」


 ルーベンが頭の後ろを掻いた。


「来てくれるか」

「おう。最初っから、どっかで死ぬつもりで同行してたからな。ここまで来たら、最後までお供してやるよ」

「たすかる」


 ウバルドは、きっとここでお別れだろう。


「ウバルドは、どうする」


 彼は俺をにらみながら、低い声でずっとうなっている。


「今日このときこそ、お前を自分勝手なクソ野郎だと思ったことはないぞ」

「すまない」

「ここまできて、俺ひとりだけ脱落したら、かっこつかないだろうがっ」


 ウバルドも、来てくれるか!


「ヴァールを倒したら、お前から大金をせしめるからな!」

「わかった。恩に着る!」


 ルーベンが狂喜してウバルドに抱きついた。


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