第26話 都へ急げ! 裏切者のギルマスとの再会
魔族の軍の中枢であったドラゴンたちをしりぞけたことで、クレモナの関所をまもっていた魔物たちの統率がみだれた。
都ヴァレンツァに急がなければ、陛下のお命があぶないっ。
クレモナの関所を強引に突破し、ヴァレンツァへと急行した。
「なんとか、クレモナまで切り抜けましたね」
シルヴィオが、馬とトカゲをかけ合わせたような騎獣を走らせている。
「少し強引だったが、止むをえまい」
「一刻の猶予もないですから。それにしても、ドラゴンをあんな簡単にしりぞけてしまうなんて、グラートさんの強さに言葉も出ません」
ドラゴンたちは強かった。
だが、ヴァールアクスさえあれば、俺はどんな敵とも戦える。
「俺が強いのではない。この斧のおかげだ。ヴァールの力をえたこの斧が、俺に千人力の強さをあたえてくれるのだ」
「ヴァールの鱗と牙できたえた斧ですね。ヴァールの力が宿ってるというのは本当なのでしょうか」
「実際のところはわからない。だが、この斧がなければ、俺はドラゴンどもを倒せなかったのは事実だろうな」
ヴァールはとてつもないドラゴンだったが、そのヴァールが俺に起死回生の力をあたえてくれるのだから、少し皮肉だと感じる。
「そうでしょうか。グラートさんなら、どんな武器を使ってもドラゴンを倒せそうな気がしますが」
シルヴィオの声に力がない。疲れているのだろうか。
「クレモナの戦いで消耗したか」
「い、いえ! 俺は疲れてなんかいません。ただ……」
「ただ?」
「ただ、グラートさんがあまりに強すぎて、とても追いつける気がしないので。……やっぱり俺はグラートさんの足もとにもおよびません」
シルヴィオが俺のせいで自信をうしないかけている。
「それはちがうぞ。俺がドラゴンをしりぞけられたのは、あのような大きい魔物との手合いが得意だったからだ」
「そうでしょうか」
「そうだとも! オーガとの戦いで、すばらしい戦いを見せてくれただろう。ギルドを去ってからも、鍛錬をしっかりと続けていたようだな。おどろいたぞ!」
シルヴィオがてれくさそうに頭の後ろをかいた。
「そんなことはありませんよ」
「シルヴィオ。お前は強い。もっと自信をもてっ」
「はっ。ありがとうございます!」
シルヴィオの顔に、いくらか力がもどった。
「グラートぅ」
今度はアダルジーザか。
「どうした?」
「このトカゲみたいなお馬さん。乗りにくい……」
アルビオネの魔族からうばった騎獣があつかいにくいのか。
「そうだな。馬のように素直に走ってくれない」
「手綱で、ちゃんと、指示して……わっ!」
「大丈夫か!?」
アダルジーザが騎獣から落ちてしまった。
彼女は尻から落ちたようだから、けがはしていないようだ。
「乗りにくいようだが、この騎獣はふたりで乗ることができないようだ。もう少し、ゆっくり走るか?」
「ううん。それだと、都に間に合わないから……」
「そうだな……」
クレモナの関所につないであった騎獣だから、人間が乗ることを考慮されていないのだろうな。
「あたしのことはいいからっ。はやく行って!」
「わかった。この騎獣にアダルがどうしても乗れなくなったら、アダルをかついでいく」
なれない騎獣で街道をひた走る。
夜通しで走り続け、陽が東の山々からあらわれた頃に、都ヴァレンツァが遠くに見えてきた。
「見えたぞ。ヴァレンツァだ!」
「ほんとだぁ!」
ヴァレンツァの関所のように高い城塞が、あそこに。ああ! 何カ月ぶりだろう。
あの城壁の向こうには黄金の街並みがひろがっているのだろう。
しかし、城壁の前に魔族らしき者たちの姿が!
「グラートさん!」
「ああっ。アルビオネの本隊に攻撃されているようだ」
「どど、どうしようっ」
ゾルデというヴァールの腹心だった男が指揮しているのか。
「おそらく、敵は主力の何割かをクレモナに割いていたはずだ。俺たちがヴァレンツァに向けて、関所を突破してきたからな」
「そうだと、いいんですが……」
「敵の主力はかなり削られている! 戦いの終わりは目前だっ」
ヴァールアクスを引っさげて、ヴァレンツァの北門に突撃だ!
「おい、なんか来るぞっ」
「クレモナの別働隊か!?」
敵の軍の後方で戦いの手をとめていた者たちが、俺たちに気づいた。
「ちがうっ。あの斧……ドラゴンスレイヤーだぁっ!」
「くそぅ、クレモナの別働隊まで突破されたのか!」
敵の弓兵がすかさず矢をはなってくる。
「ヴァレンツァの北門はまだ敵に突破されていないっ」
「間に合ったってことぉ?」
「そうだ!」
歩兵や槍を持った者たちが、俺に斬りかかっ――。
「すべて、なぎ倒す!」
「ぐわぁ!」
ヴァールアクスの一撃で、魔物たちをいっきにけちらす。
「貴様ら! よくも、俺たちの都をっ」
「わたしも、がんばるよぉ!」
アダルジーザとシルヴィオも加勢してくれる。いいぞ!
ヴァレンツァの北門に殺到していた魔物たちの軍を、背後から一気呵成に攻め立てる。
敵の数は多いが、背後の一点を短時間で攻めれば、風穴くらいは簡単に開けられる。
「北門の兵をしりぞければ、敵の軍はまっぷたつに割れる。そうすれば敵の指揮系統はいっきにみだれる!」
「うんっ」
寡勢でも、多勢をしりぞけることは充分に――あれは!
「グラート?」
開かれた北門の前で、都の騎士団らしき者たちが戦っている。
かれらの中に、おかっぱ頭の白い顔の男がまじっていた――。
「ひるむな! 陛下とわれらの都を、なんとしてもまもるのだっ」
ウバルドっ!
「あっ! あの人、は……」
「ウバルド……っ」
こんなところで、再会するとは……。
「今はごちゃごちゃと考えているときではない!」
「グラートさん!」
「先に行く!」
心の奥底からわき上がる邪念を吐きすてて、北門の魔物たちに突撃だ!
「くたばれっ!」
跳躍してヴァールアクスを力まかせにたたきつける。
強烈な力が、魔物と街道の石だたみをくだいた。
「なんだ!?」
ヴァールアクスをふりまわし、うろたえる魔物たちをまとめてぶった斬る!
門の前にむらがっていた者たちはこれですべて蹴散らした。
「おっ、お前は……!」
ウバルドも俺の存在に気がついた。
ウバルドの頬は砂でよごれ、チェインメイルをまとった腕は赤く染まっている。
「こんなところで再会するとはな」
ウバルドはぶら下げた右手をふるわせていた。
「その腕では戦えまい。ここは俺にまかせ、都の中へ引きかえすのだ」
「な……んだとっ」
「門の扉を閉めれば、治療に専念できる。応急処置が済んだら、西門か東門の守備にまわればいい」
この男のためを思った助言だったが、
「ふ、ふ……ふざけるな!」
ウバルドがなぜか声をあらげた。
「俺はっ、陛下におつかえする勇者の館のギルドマスターだ。その俺が、尻尾をまいて逃げるというのか!」
「そういうわけではないが……」
「貴様はいつもそうやって俺をバカにするっ。ドラゴンスレイヤーだかなんだか知らないが、調子に乗るのも大概にしろぉ!」
ああ……この男とはやはり、分かり合えないのか。
「グラートさん!」
シルヴィオの声がしてふりかえると、剣をかまえたリザードマンが斬りかかっていた。
ヴァールアクスの一閃でリザードマンの胴を裂いたが……魔物たちがあつまってきたか。
「アダル、シルヴィオ! 気をつけろ。数が多いぞっ」
「え、ええ……」
「そんなこと、言ったってぇ」
腰を下げて、ヴァールアクスに両腕の力を集中させる。
「アダル、シルヴィオ、はなれろ!」
ヴァールを倒した圧倒的な破壊力で、すべてをたたき割る!
「はっ!」
空高くとび、街道の石だたみに刃を――圧倒的な力をたたきつける。
「くっ!」
「きゃぁ!」
超大な爆撃のような力が八方へはなたれる。
圧倒的な力が味方ごと魔物たちを彼方へ吹き飛ばす。
「しまった……力が強すぎたか」
北門の前に、噴水のような穴ができてしまった。
アダルジーザとシルヴィオまで遠くへ吹き飛ばしてしまったか……。
「アダル、シルヴィオ、すまな……」
北の森へとのびる街道に、金色の人間がひとりだけ立っている。
門の周辺にいた他の魔物たちはすべて吹き飛ばされたというのに。
「ドラゴンスレイヤー……貴様か。ヴァールさまの、お命を……うばったのは」
黄金を身にまとったような男だ。
背たけはシルヴィオとおなじくらい。金色のおっ立てられた髪に、白い顔。
ひょろっとした身体に金の胸あてをつけて、金箔のようなマントをはためかせていた。
「その金色の見た目。お前が、ゴールドドラゴンのゾルデとやらか」
「きさま……ゆるさん。ゆるさんぞぉ!」
ゾルデが地面をけり、まっすぐに突撃してくる!
「しねぇぇぇ!」
ヴァールすらしのぐ殺気だっ。
右手で地面に引きずっていた剣はヴァールアクスよりも大きいだと!?
「ぐぅっ」
大剣のすべての重量が、ヴァールアクスの柄にのしかかる。
並の斧なら、この一撃で折れていただろう……。
「貴様だけは、貴様だけは……この手でかならず殺すっ!」
ゾルデの狂気が俺の身体を吹き飛ばした。