第257話 いつになっても意見が合わないふたり
ヴァールがヴァレダ・アレシアの侵攻を終えた。
衝撃の真実をつたえられて、思考があやうく停止しかけていた。
「やつらのボスを倒したから、カタリアにいた連中は抵抗しなかったな」
アルビオネに占拠されていたカタリアの関所を背にする。
ルーベンがふり返って、鼻で笑った。
「だが、ヴァレンツァに行くまで、あとふたつも関所を越えないといけないんだぞ。きびしくないか?」
ウバルドは戦局を冷静に見きわめている。
「あとふたつって、その関所は王国のもんだろ?」
「それはアルビオネに攻められる前の話だ。アルビオネがもしヴァレンツァまで攻めてるんだとしたら、他のふたつの関所も今はアルビオネのものだ」
「ああっ、そっかぁ」
アルビオネがヴァレンツァまで攻めている。
ヴァールによってヴァレンツァが攻め落とされてしまったのだろうか。
「ウバルドよ。ザパリョーネが先ほど言っていたことを、どう考える?」
「先ほどって、ヴァールが侵攻を終えたと言ってたことか?」
「そうだ。にわかには信じがたいが、ザパリョーネの言葉が気になって頭からはなれないのだ」
「めずらしいな。お前のような呑気のかたまりが、倒した敵の言葉に動揺するとは」
俺はそれほど呑気ではないはずだ。
ウバルドが歩きながら腕組みする。
「正直なところ、俺にもよくわからん。ヴァレンツァが数日で陥落するとは思えないが、ヴァールの強さも常軌を逸しているからな」
「そうなのだ。ヴァレンツァの守りはかたい。堅牢な関所をかまえ、ヴァレンツァ自体も東西南北のよっつの門で守護されている。騎士団長ベルトランド殿もとても優秀な方なのだから、たとえヴァールといえども簡単にヴァレンツァを落とせるはずがないのだ」
ヴァレンツァが数日で陥落することなど、あり得ない。
そのはずであるが……。
「それでも、ヴァールならば簡単に攻め落としてしまうということか」
「そうだ。あの男の天を衝く武力をもってすれば、ヴァレンツァといえども攻め落とされてしまうかもしれない。それだけ、あの男の強さは異常なのだ」
ヴァールは、戦うために生まれた存在と言っても過言ではない、最強の男だ。
武力の高さもそうだが、類まれな戦闘センスに、戦いへのあくなき探求心。
そして、強い相手の種族にこだわらず敬意を払う、武人の鑑というべき姿は最強の座に君臨するのにふさわしい。
あの男の強さを想像しただけで、全身の毛が立つような、恐怖と不思議な高揚感に満たされるのだ。
「マドヴァであれだけやられたのに、また戦いたそうな顔をしているな」
ウバルドが、にっと笑った。
「そうだな。武人として、あの男とまた戦えるのはうれしい」
「ゾンフでも熾烈な戦いをくり広げたっていうのに、おかしな男だ。血みどろになるのに、なんでそんなにうれしいのか」
「血みどろになりたいわけではないさ。戦いという、高速で過ぎ去っていく非日常に身を置くことがこの上なく快感なのだ。きたえた心身と、丁寧に手入れした武器や防具を駆使して、目の前の強敵を倒す。
長くつらい戦いの上につかんだ勝利は、どのような美酒よりも味わい深い。負ければ悔しいが、自分を見つめなおし、修練を正しく積むことでさらなる高みを目指すことができる。戦いの場に身を置くことは、俺の人生そのものなのだ」
戦いがなければ、俺は窒息していることであろう。
それか、目標をうしなって堕落しているか。
今まで何名もの強敵とわたり合えたから、俺は成長してこれたのだ。
「お前はやはり戦闘バカだな。悪いが、お前の気持ちは今でもまったく理解できん」
ウバルドにはっきり言われてしまったが、彼の表情はどこか明るかった。
「ウバルドに、戦いにかける熱意はつたわらないか」
「つたわらないな。俺は、できることなら安全な場所で見物していたい人間だ。自分を戦場で追い込んでも、いいことなどひとつもない」
「かろうじて勝利をつかめると、この上なく快感なのだがな」
ジルダやシルヴィオでも、俺の熱意は理解してくれないだろう。
「勝利はどんな酒よりもうまい、か。いい言葉じゃねえの!」
ルーベンが大きな声で笑って、俺とウバルドの間に入った。
肩に手をまわして、白い歯を見せた。
「俺はグラートの気持ちがわかるぜ。ちょびっとだけだけどな!」
「ルーベンは戦うのが好きであろう」
「普通ぐらいだな。ウバルほど嫌いじゃねえけど、グラートみてえに考えたことはねえな」
ルーベンも戦いに身を置いてきたのだろうが、戦いを楽しいとは思わないか。
「ふたりとも、呑気にかまえてる場合じゃねえぜ。次のサルンの関所をどうやって越えるか、今のうちに考えないといけないぜ」
長い旅の末、やっとサルンに帰ってきたのか。
俺の土地は、すでにアルビオネの手に落ちている。
アダルジーザは無事であろうか。
ドラスレ村は、どうなっている?
村に残した者たちは、アダルジーザの指揮でヴァレンツァまで逃れただろうか。
「サルンもきっと、アルビオネに占拠されているだろう。少しだけでいいから、ドラスレ村に寄っていきたい」
「そうか。ここはお前の土地であったな」
「アダルや元冒険者の仲間たちは、アルビオネに攻め入られる前に村と土地を放棄しろとつたえている。だから、無事でいてくれているはずだ」
「だが、そうすると、お前の村は……」
まっすぐにヴァレンツァへ向かうことなど、できない。
「でもよぉ。その前に、次の関所をどうやって切り抜けるか、考えないといけないんだろ」
その憂いならば、考える必要はない。
「サルンの関所を通らずにドラスレ村へ向かう道ならば、知っている」
「えっ、そうなのか!?」
「ここは俺の土地だ。関所をつなぐ街道を通らない道ならば、いくらでもある。次のクレモナの関所も同様だ」
関所を通らない裏道の捜索は、ジルダがよく行っていた。
「すげえ! そんな道まで知ってんのかよっ。グラートはやっぱ最強だぜぇ!」
「こう見えても俺は領主だからな。自分の土地は端まで調べている。案ずることはないぞ」
「ち。冒険者から成り上がっただけで、いい気になりやがって」
ウバルドが親指の爪を噛んだ。
* * *
サルンやカタリアの関所は、高い山の隙間に伸びる街道を遮断するように建てられている。
山といっても登山が困難な岩山ではないため、腕利きの冒険者ならば山を越えることができる。
サルンの関所を西へ迂回し、草木の生い茂る坂をのぼる。
太い幹につかまって坂を越え、関所の守衛に見つからないように注意を払えば、ドラスレ村は目前だ。
「山をのぼれば、金を払わなくても関所って越えられるんだなぁ」
ルーベンが額の汗をぬぐう。
となりで笑うウバルドの顔も土でよごれている。
「ルーベン、お前、まさか、いつも関所で税金を払ってたのか?」
「税金っつうか、金を払わなきゃ関所は越えられねえだろ」
「冒険者だったら、裏道つかって関所を越えるのが常識だろ。せっかく稼いだのに、関所なんかに払っていられるか」
裏道をつかって関所を越えるのは、常識ではないぞ……。
「えっ、そうなの!?」
「お前、本当に王国のことが嫌いなのかぁ? しっかり搾取されてるじゃんか」
そういえば、ウバルドはむかしから関所で金を払うことを拒んでいたな。
「ウバルド、ルーベンに悪いことを吹き込むな。裏道をつかうのは、今のような非常時だけだ。常時つかってはならない」
「ち。まじめな野郎だ。天下の街道で、通行料などと称して金をせしめる方が悪いんだ」
「俺は、お前たちに通行料をせしめる側についてしまったからな。ウバルドの言葉は耳が痛い」
関所で通行料を請求するのは、関所の維持費を確保するためであるが、法外な請求を通行人に課す場所もあると、宮廷の官吏から聞いたことがあった。
「なになに。じゃあ、結局、金を払う方がいいのか? よくわかんなくなってきたぞ」
ルーベンがかなり困惑しているな。
「法外な値段でなければ、関所でちゃんと金を払え」
「関所になんか絶対に払うな!」
俺の言葉が、ウバルドの言葉とかさなった。
「ええっ、どっちだよぉ」
「だから関所でちゃんと金を――」
「国のやつらに絶対に払うんじゃないぞ!」
やはりウバルドと考え方の相違があるようだ。
「うへぇ。もう、どっちでもいいや」
ルーベンは、俺とウバルドにはさまれて辟易していた。